オストメニア大戦

居眠り

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第49話 内憂外患

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 御前会議の翌日、アンカーはドクトラにカーリス半島防衛戦の素案を提出すべく海軍本部に赴いたが、彼は不在だった。

「元帥閣下は昨夜より王宮の軍会議室に詰められておられます」

 居所を聞かれた受付の准尉がそう答えたので、副官のエスメールを伴って王宮へ馬車で向かった。
 王宮までの道のりには大通りを走っていったわけだが、窓から見える風景はいつもと変わらない。
 現在我が国が存亡の危機にあるということを皆知らされていないのだから当然と言えば当然なのだが。

「……皮肉だな。俺がこの国を守るということは奴隷制を守るってことなんだから」

「何か言いましたか?中将」

別に。とアンカーは言いかけたが、一瞬考えた後、ゆっくりとエスメールの方を向いた。

「殿下」

「え、改まってどうしたんですか……」

「大事な話です。お話ししてもよろしいでしょうか」

 アンカーの部下として着任して以来、甘々な性格は幕僚の面々(主にエカテリーナ)に矯正されてきたエスメールは、急に呼称を変えた上司に驚いたがすぐに態度を王太子様に変えた。

「ここで?馬車の中だが」

「うるさくて盗み聞き出来ないここだからこそです」

 ガタゴトと揺れる車内を満たし始めた緊張感に、両者表情が固くなる。しかし、その沈黙をアンカーは破った。

「殿下は、奴隷について……どうお思いにですか」

「奴隷……?」

 首を傾げる王太子をアンカーは額に冷や汗を浮かべながら見つめる。しばらくして、エスメールは悟った様に何度も頷いて言った。

「中将がここまで重く尋ねるという事は、我が国の支配体制に疑問を持っているから?」

「……畏れ多いことながら」

 頭を下げるアンカーに、王太子は慌てて顔を上げるように促す。

「別に僕は国家のやり方に不満を言ってくれたって構わないさ。だって父上の唯我独尊っぷりを見てきたからね」

 反面教師に利用させてもらったよ。と自慢げに宣われた殿下にアンカーはホッとすると同時に、あることを疑問に思わずにはいられなかった。

(じゃあなんであんなに傲慢になってたんすかねぇ……)

「で、中将は僕に具体的に何を言いたい?遠慮なく言ってくれ。あと喋り方元通りで構わないよ」

 段々口調も素になってきたエスメールにアンカーは警戒を緩めた。

「ではお言葉に甘えて。俺がしたいこと……やるべき事として掲げているのは奴隷解放。全奴隷階級の臣民を……ね」

「大変だなぁ」

 他人事の様に言う王太子殿下だったが、アンカーが自身にして欲しいことは既に理解していた様ですぐに返答した。

「僕が国王になったら奴隷を解放してほしいと。そういうわけだ」

「流石だな大佐。どっかの国王より知性豊富で助かる」

「……我が王室の黒歴史だ。ホントもう」

「まぁそれは置いておいて。で、大佐はどうなんだ?俺の目的を聞いて」

「……即答は出来ない。でもいずれ答えは出すし、このことは口外しないことを誓おう」

 石畳みの上をガラガラと走る馬車の中で行われたこの秘密の会談は、アンカーの意思を将来の国王に伝えたというだけでも大成功だった。
 もっとも、勝たなければこの話は全て水泡に帰す。
 アンカーは持ち得る力でこの大戦の難関に挑む事となる。


〈ルンテ王宮〉
 内緒話を終えた2人が軍会議室に顔を出すと、首脳参謀本部長が先に訪れており、ドクトラと話をしていた。

「お、来たな。まぁ掛けろ掛けろ」

 不自然な笑みを浮かべる年長者2人組に若年者2人組は嫌な予感を持ったが、ニコニコしている彼らの圧に屈して愛想笑いをするしか出来ず、(半ば無理矢理)着席させられた。

「ライン中将。早速だが君の防衛作戦案を聞かせてくれ!」

「アンカー、妙案を期待しているぞ!」

 ギュース元帥と叔父のドクトラはもう不自然極まりない態度でこちらを急かす。
 この光景を後ろで立ってみているエスメールはドン引きしているのが見ずとも分かるのが地味に辛い。
 縁者のおかしな姿を見られて、穴があったら飛び込みたい気持ちを殺したアンカーは2人に変な態度のわけを恐る恐る聞いた。

「いや何もないぞ!決してカート元帥が陸軍本部長を更迭されたからとかではないぞ!あとあの軍務大臣に文句をつけた閣僚の何名かが失脚したのともまっっったく関係ないからな!そうだろうドクトラ!?」

「その通りだギュース!いつ我々も大恩ある陛下に首を切られるか分かったものではないな!わはははは!!!」

「「…………」」

 文字通り絶句した。
 アンカーは一瞬気を失いかけたし、エスメールに至っては口から魂が抜けたかの様に立ったまま白目を剥いている。
 これからが大事だという時期に陸軍本部長の更迭!閣僚の入れ替え!

(ふざけるなぁああああ!!!)

 ここが王宮でなければ叔父たちに混ざって大声で叫んでいたであろう。
 さて、5分ほど経って落ち着いた4人は(エスメールも着席した)会議を始めた。

「具体的に誰が更迭されたんです?叔父上」

「経済大臣、軍需産業大臣、民需産業大臣、陸海運航大臣そして陸軍本部長の計5名だ。全員昨日の御前会議で軍務大臣にケチをつけた者たちだな。まぁカート元帥に関しては血圧悪化で再入院しているから代理の目処は立ってはいるものの、やはり混乱は免れないだろう」

「人心も昨日で一気に陛下から離れてしまった。大貴族の動きも活発化していると聞く。奴ら隙あらばクーデターでも起こしそうな雰囲気だぞ」

「そちらに関してはギュース元帥にお任せする他ありません。申し訳ないですが。我々実戦組はとりあえず目の前の脅威を注視します」

「内も外も敵だらけだと思うがね、わしは」

 そう言ってギュース元帥はやれやれと深いため息を吐く。重い空気が室内に充満し始めたが、エスメールがこれを吹き飛ばした。

「内の敵は外の敵に呼応するものです。外を叩けば問題ないと考えます」

「大佐の言う通りです。見事、成し遂げてご覧に入れます」

「……頼む」

 ドクトラがアンカーの目を見て声を絞り出す。
 アンカーを含めた海軍にこの国の命運が懸かっているのだ。
 責任を改めて痛感したアンカーは、持ってきた作戦案の概要の説明を開始した。
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