オストメニア大戦

居眠り

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第44話 揺れ動く心

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 ターデップ麾下の駆逐艦の援護やアルセルムの特攻もあり、ルンテ海軍第4艦隊は残存艦艇を集結させてカーリス半島に帰港した。
 旗艦アルペルは中破に留まったが、他の艦艇は大破、最悪の場合スクラップ送りになるほどの被害を受けた。
 開戦から半年。
 ルンテ上層部の思惑はここまで完全に外れており、戦局は芳しくないのが現状である。


〈ルンテ王都ヴェールヴェン〉

「アルワラ本島沖海戦で壊滅した第3艦隊と、今回半壊した第4艦隊を統合して第1高速機動艦隊を新設する。これは戦艦アルペルを旗艦とした重巡2、軽巡2、駆逐艦12で構成される予定で、高速で海域を巡回する遊撃艦隊となる。貴官にはその司令を務めてもらいたい」

 概要をまとめた資料を手渡したドクトラは痩せこけた顔を来訪者に向けた。

「俺は敗軍の将ですよ。もしや、実戦部隊は人員不足ですか」

 自嘲気味に書類を受け取り、パラパラとめくる男はターデップ中将であった。

「アンカー……ライン中将が無期限謹慎から復帰しないのもあって現場では実戦を経験した将官が不足している。もちろん誰だって“初めて”のことはあるが、海軍のほとんど連戦連敗に近い戦況を鑑みてこれ以上被害を増やすわけにはいかん」

 ドクトラが平時とは打って変わって生真面目な話し方をするのは可笑しく感じるものの、ターデップの心境は部下を多数失って笑うどころでは無かった。

「では、尚更負け組に居場所は無いはずですが。……特に艦隊の半数を殺した戦いをした奴は」

「2つを天秤に掛けた時、どちらを優先するかは火を見るよりも明らか。だろう?」

 はぁ。と、諦めか後悔のため息をこぼすターデップに対し、ドクトラは話を続けた。

「貴官が決して無能でないことぐらい、わしはよく知っておる。あれは貴官の責任ではない。わしが負うべき責だ。軍務大臣にあれこれ嫌味を言われたが、貴官の様な優秀な人材を手放す訳にはいかんのだ。国を守る為にはな」

「そこまで仰るのならお引き受けします。ですが、僭越なから申し上げますと……」

 ターデップは、あたりをチラチラと確認してからドクトラに促されて発言した。

「この戦争、ルートランド共和国の直接支援がない限り……負けます」



 “ルートランド共和国の参戦がない限り負ける”
 この一言を残して行ったターデップを退室させたドクトラは、妻が挿れてくれたコーヒーをちびちびと飲みながら国防のことで頭を一杯にしていた。

「陸海軍の損耗率はスカリー帝国を超え、カーリス皇国も未だ活動的。国内は大貴族の利権争い、軍・政府上層部の闘争……どうしたものか」

 最悪銃後の争いには目を瞑るとして、海軍本部長の立場から考えねばならないのは物的・人的資源の損耗をこれ以上増やさないことだ。

「新型戦艦と空母はやっと起工したばかりだしのぅ……。ええい!」

 日頃では絶対に挙げない怒声を吐き出してから、執務室を出た。

「アンカーには悪いが、今頼れるのは君しかおらん!」

 ついてくるハーレから上着を受け取り、馬車に乗り込んだ海軍本部長はライン家へと向かった。


〈ライン家〉

「海軍本部長のドクトラが参ったと義兄上に伝えてもらいたいのだが」

「旦那様は只今ご在宅ではございません。昨日より物見遊山にお出かけになりました」

 着いて早速門番に言われた言葉にドクトラは呆れた。戦争中だというのに旅行とは。

「ではアンカーは居るかね?」

「はい。しかし……」

 言葉を濁す門番をドクトラは不審に思ったが、門を開けてくれたのでさっさとアンカーに会いに行く。
 執事のナースルに突然の来訪を驚かれたが、挨拶も手短にアンカーの居室へと歩を進める。

「アンカー、わしだ。君に話がある」

 ドア越しに声をかけるが中から返事はない。
 ナースルに呼ばれて来たアンデルに視線を向けると、彼は心配そうに見上げてくる。

「……入るぞ」

 軋むドアノブに力を込めて、ドクトラは薄暗いアンカーの居室に入る。
 目が慣れてくると、普段は綺麗にしてある本棚の本が無造作に床に積まれ、机を見るとそこも同様に本で山積みだった。
 部屋の入り口から死角になっているベッドに向かうと、そこにアンカーはいた。
 掛け布団の上に寝転がり、右腕を両目の上に乗せている。

「…アンカー」

 ドクトラは机のそばにあった椅子に座って声を掛けるが、反応は返ってこない。

「アンカー」

 今度は少し強めに言う。
 すると彼は腕を頭からずり下ろして腫れた目をドクトラに向けた。

「どうしたんだ、一体」

 半身だけ起き上がったアンカーは、掠れた声を発した。

「ヨルバ姉さんが……」

「何?ヨルバちゃんがどうしたというんだ」

 血は繋がっていなくとも、家族を失った縁者の話となるとドクトラは聞き逃さんとばかりに耳をそばだてる。
 アンカーは続けて言った。

「もう……長くないと医者に言われました」

「なんと……!」

 足をベッドから下ろして床に着け、肘を膝に突いた青年は頭を抱える。

「ヨルバ姉さんは……死んじゃ駄目だ。あの人は、ずっと、ずっと!外で遊べずに生きてきた。姉さんだけじゃない。この国のあらゆる貴族の娘がこの謎の病に罹って……死んでいく」

 “死んでいく”
 と強調して吐露したアンカーに、ドクトラは言葉を失いかける。
 だが医者が言ったことに素人は何も覆せない。確固たる証拠や原因が突き止められない限り。

「アンカー。君が謹慎している間必死にヨルバちゃんを助けようとしたのはあの本の山を見ればよく分かる。だがな、人それぞれに運命があるんだ。医療が発達しているであろう未来ならともかく、今は無理なのだ。………諦めることも君の心を安らげる手段の1つだ」

 言い終わって、発言の意味を理解した途端、アンカーは床を蹴って立ち上がった。
 そして両腕でドクトラの胸ぐらを締め上げた。
 その素早さと行動はナラが戦死した時と酷似している。

「人の運命なんてどうして分かる!運命なんて、俺が変えてみせる。変えてやるさ!!……人の命を…ヨルバ姉さんを何だと思ってるんだ!!」

「お前にそれを言われたくはない!!」

 アンカーの激昂に、ドクトラは落ち着いた表情のまま怒鳴りつけた。

「何だとッ!?」

 アンカーも負けじと敬愛する叔父を睨む。しかしドクトラはアンカーの矛盾を冷静に射抜いた。

「カーリス人の漂流者を殺そうとした”ゴミ“に言われる筋合いなどないわ!」

「ご、ゴミ……?」

 ドクトラらしからぬ毒舌ぶりに思わず手が緩む。

「カーリス人とて人だ。我々ルンテシュタット人も人だ。スカリー帝国も、ルートランド共和国も。みな人だ」

「でも!カーリスの奴らはナラを……ナラを殺した!!復讐して何が悪い!?」

「それをして何になる」

「ッ!」

 さらに緩んだアンカーの手をゆつくりと離し、襟を整える。そしてしっかりと目を見てもう一度ドクトラは声を張った。

「そんなことをしても、ミロル中将は帰って来ない。何も戻りはしない。新たな火種を生むだけだ。そのことを分からん歳でもないだろう!」

 怒声に気圧され、アンカーはベッドに腰を落とす。
 戦意喪失を感じたドクトラは今度は優しい声でこう言った。

「これ以上新しい火種を作らない為にも、戦争の早期終結に君が必要なのだ。……アンカー、海軍に戻ってきてくれんか?」

 いつの間にか出てくる涙に視界を奪われながらも、アンカーは叔父を見る。

「軍務大臣はわしが黙らせる。この戦争は我が国が引き起こした。だからケジメはしっかりつけねばならん。劣勢な我々が均衡にまで持ち込むには、君の存在がなくてはならんとわしは思っている」

 両目から熱い液体が溢れだす。

「頼む。アンカー……」

 ドクトラが床に膝を突いて、アンカーの両手を取る。

「おれは………俺は……!」
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