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第39話 貴族の対立
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〈ルンテ王都ヴェールヴェン〉
5月25日。
リンドー空襲の説明の為、アンドレ・ド・レーネンスキー伯爵は王宮に参上した。
「……王宮にはなるべく来たくない。そう思わんか2人とも」
「はい、父上」
「大いに同意だ親父殿」
田舎暮らしを好む珍しい大貴族は、静かな宮内を口をへの字に曲げて嫌悪感を露わにしながら歩く。
そして左隣でアンドレにピッタリくっついて歩く次男、レウリアはすぐさま相槌を打ち、父親の斜め後ろで貴族らしくない荒々しい足取りのレウリウムは吐き捨てるように言った。
その頭には包帯が巻かれている。
「ここは中心に近づけば近づくほど吐き気を催すよ。奴らの粘っこい視線が俺は大嫌いだ」
「兄上、流石に言い過ぎです。彼らに聞かれます」
「気にすることはない。戦場に出たことがない奴らに遠慮なんかするな」
3人を遠くから取り巻いて視線を送ってくる貴族達を警戒するレウリアの忠告に対し、レウリウムはむしろ好戦的に鋭い目で観察者達を睨みつける。
「お前達、そろそろ黙れ。着くぞ」
多数の衛兵が厳しく守っている会議室に近づいてきたレーネンスキー伯爵家の一行は途端に口を閉じ、身だしなみを整える。
衛兵が静かにドアを開け、3人は空気が澱んだ場所に入室した。
「………」
「ふん、所詮は成り上がりの田舎貴族か。時間すら守れんとは」
「お久しぶりです、伯爵殿」
「…シャルロンソ。久方ぶりだな」
先に入室していたのはレーネンスキー伯爵家を含む王国4大貴族と呼ばれる男達だった。
そのうち、友好的な態度をとってきたのは最年少のシャルロンソ・ド・アンドロコフ伯爵(37歳)だけで、次に時間について小馬鹿にしてきたのは極度の肥満体型を誇るジョルジオ・ド・レドニーン侯爵(57歳)。
そして最後に目を閉じたまま腕を組んでいる男こそが、この4人のまとめ役であるデュポーヌ・ド・スヴェーロフ侯爵(76歳)だ。
レドニーンはルンテシュタット王国内でトップレベルの経済力を誇っている名家中の名家の当主だ。
レドニーン侯爵家は鉱山から得た金銭を元手に軍需工場から大量の兵器を生産し、「量より質」を掲げるレーネンスキー伯爵家と軍への納入争いで対立していることが原因でかなり仲が悪い。
さらにレドニーン侯爵は自身の統治している事故物件的な領地を他家に押し付けたり、兵器生産に必要な物資を圧力で安く買い叩いたりするなど、人として評価がすこぶる悪いのもあってレーネンスキー伯爵からは
「人語を喋れる豚」
と酷評され、その2人息子はと言うと
「ゴミ」
「最低な人間」
と陰口を叩くほど人格が歪んでいる人間だった。
そして噂の豚殿はレーネンスキーにガン無視されたことに怒った。そのブヨブヨの額にはわずかに青筋が浮かんでいるように見える。
「貴様!レドニーン侯爵家の当主たる我輩を無視するとは何事か!挨拶も出来ず、時間にも遅れるような輩がここに来るでないわ!」
その言葉にレーネンスキーもキレた。
「遅刻なぞしとらんわ!見よ、まだ5分あるではないか!それにまともな挨拶が出来んのはどっちだ!」
「なにを…!この成り上がり者めが!!」
唾を吐き散らしながら怒鳴るレドニーンに反撃しようとレドニーンが口を開こうとしたその時。
「やめんか、見苦しい」
2人の大貴族の舌戦を落ち着いた声で諭したのはスヴェーロフだった。
「もうすぐ会議が始まる。国王陛下にその醜態を見せられる度胸があるのなら続けてもらって結構だが」
「「しかし此奴が!!」」
年甲斐も無くしょうもない喧嘩の続きを行おうとする2人に、スヴェーロフが閉じていた目を片方だけ開けて先程より強い語気で言い放った。
「2度は無いぞ、諸侯」
「「………!」」
かつて敵対関係にあった貴族達を蹴落として今の地位を築いた老人に気圧された2人は静かに着席した。
と同時に政府閣僚が慌てた様子で次々と入室して来た。おそらく今まで他の仕事があったのだろう。
またもやレドニーンがいびり始めるかと思われたが、彼は意外にも大人しく座ったままだ。隣に座る老人が怖いのは明白だ。
それから間も無くして、国王ハンニル2世が入室するという式部官のよく通る声が会議室に響き渡る。
「国王陛下の御成り~!」
数人の衛兵を伴って入ってきた国王ハンニル2世はえらく不機嫌だった。無理もない。余裕で勝てると思っていた自分の浅い考えが戦局に表れてしまっているのだから。
起立してハンニル2世を迎え入れた閣僚と大貴族達は、彼が席に着いてから一呼吸置いて一斉に座った。
「では、今次戦争の戦況報告、及び今後の展望について説明させて頂きます」
開口一番に口を開いたのは政府首班である軍務大臣のペテロだ。
得意げな彼とは対照的に、内務大臣のドウルス・ド・チェンは不満そのものだった。席次的には内務大臣の方が上であるのだから、面白いはずがない。
そして戦況報告を行おうとしたペテロだったが、海軍本部長のドクトラがそれを遮った。
「失礼。……藪から棒ですが陛下にお尋ねいたします。今次戦争の大義名分は奈辺にありや?」
5月25日。
リンドー空襲の説明の為、アンドレ・ド・レーネンスキー伯爵は王宮に参上した。
「……王宮にはなるべく来たくない。そう思わんか2人とも」
「はい、父上」
「大いに同意だ親父殿」
田舎暮らしを好む珍しい大貴族は、静かな宮内を口をへの字に曲げて嫌悪感を露わにしながら歩く。
そして左隣でアンドレにピッタリくっついて歩く次男、レウリアはすぐさま相槌を打ち、父親の斜め後ろで貴族らしくない荒々しい足取りのレウリウムは吐き捨てるように言った。
その頭には包帯が巻かれている。
「ここは中心に近づけば近づくほど吐き気を催すよ。奴らの粘っこい視線が俺は大嫌いだ」
「兄上、流石に言い過ぎです。彼らに聞かれます」
「気にすることはない。戦場に出たことがない奴らに遠慮なんかするな」
3人を遠くから取り巻いて視線を送ってくる貴族達を警戒するレウリアの忠告に対し、レウリウムはむしろ好戦的に鋭い目で観察者達を睨みつける。
「お前達、そろそろ黙れ。着くぞ」
多数の衛兵が厳しく守っている会議室に近づいてきたレーネンスキー伯爵家の一行は途端に口を閉じ、身だしなみを整える。
衛兵が静かにドアを開け、3人は空気が澱んだ場所に入室した。
「………」
「ふん、所詮は成り上がりの田舎貴族か。時間すら守れんとは」
「お久しぶりです、伯爵殿」
「…シャルロンソ。久方ぶりだな」
先に入室していたのはレーネンスキー伯爵家を含む王国4大貴族と呼ばれる男達だった。
そのうち、友好的な態度をとってきたのは最年少のシャルロンソ・ド・アンドロコフ伯爵(37歳)だけで、次に時間について小馬鹿にしてきたのは極度の肥満体型を誇るジョルジオ・ド・レドニーン侯爵(57歳)。
そして最後に目を閉じたまま腕を組んでいる男こそが、この4人のまとめ役であるデュポーヌ・ド・スヴェーロフ侯爵(76歳)だ。
レドニーンはルンテシュタット王国内でトップレベルの経済力を誇っている名家中の名家の当主だ。
レドニーン侯爵家は鉱山から得た金銭を元手に軍需工場から大量の兵器を生産し、「量より質」を掲げるレーネンスキー伯爵家と軍への納入争いで対立していることが原因でかなり仲が悪い。
さらにレドニーン侯爵は自身の統治している事故物件的な領地を他家に押し付けたり、兵器生産に必要な物資を圧力で安く買い叩いたりするなど、人として評価がすこぶる悪いのもあってレーネンスキー伯爵からは
「人語を喋れる豚」
と酷評され、その2人息子はと言うと
「ゴミ」
「最低な人間」
と陰口を叩くほど人格が歪んでいる人間だった。
そして噂の豚殿はレーネンスキーにガン無視されたことに怒った。そのブヨブヨの額にはわずかに青筋が浮かんでいるように見える。
「貴様!レドニーン侯爵家の当主たる我輩を無視するとは何事か!挨拶も出来ず、時間にも遅れるような輩がここに来るでないわ!」
その言葉にレーネンスキーもキレた。
「遅刻なぞしとらんわ!見よ、まだ5分あるではないか!それにまともな挨拶が出来んのはどっちだ!」
「なにを…!この成り上がり者めが!!」
唾を吐き散らしながら怒鳴るレドニーンに反撃しようとレドニーンが口を開こうとしたその時。
「やめんか、見苦しい」
2人の大貴族の舌戦を落ち着いた声で諭したのはスヴェーロフだった。
「もうすぐ会議が始まる。国王陛下にその醜態を見せられる度胸があるのなら続けてもらって結構だが」
「「しかし此奴が!!」」
年甲斐も無くしょうもない喧嘩の続きを行おうとする2人に、スヴェーロフが閉じていた目を片方だけ開けて先程より強い語気で言い放った。
「2度は無いぞ、諸侯」
「「………!」」
かつて敵対関係にあった貴族達を蹴落として今の地位を築いた老人に気圧された2人は静かに着席した。
と同時に政府閣僚が慌てた様子で次々と入室して来た。おそらく今まで他の仕事があったのだろう。
またもやレドニーンがいびり始めるかと思われたが、彼は意外にも大人しく座ったままだ。隣に座る老人が怖いのは明白だ。
それから間も無くして、国王ハンニル2世が入室するという式部官のよく通る声が会議室に響き渡る。
「国王陛下の御成り~!」
数人の衛兵を伴って入ってきた国王ハンニル2世はえらく不機嫌だった。無理もない。余裕で勝てると思っていた自分の浅い考えが戦局に表れてしまっているのだから。
起立してハンニル2世を迎え入れた閣僚と大貴族達は、彼が席に着いてから一呼吸置いて一斉に座った。
「では、今次戦争の戦況報告、及び今後の展望について説明させて頂きます」
開口一番に口を開いたのは政府首班である軍務大臣のペテロだ。
得意げな彼とは対照的に、内務大臣のドウルス・ド・チェンは不満そのものだった。席次的には内務大臣の方が上であるのだから、面白いはずがない。
そして戦況報告を行おうとしたペテロだったが、海軍本部長のドクトラがそれを遮った。
「失礼。……藪から棒ですが陛下にお尋ねいたします。今次戦争の大義名分は奈辺にありや?」
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