23 / 53
第23話 エスメールという男
しおりを挟む
〈空母ツヴァレフ艦内最下部〉
この世に生を受けて18年。
宮中でも海軍士官学校でも怒られるということが無かったエスメールは、ズタズタに切り裂かれた自尊心を拾い集めて修復しようと必死だった。
衆人環視の中怒鳴られたこともあって誰とも顔を合わせず、落ち着ける所を目指してわき目も振らずに走っていると全く自分が何処にいるかわからない場所へ着いてしまった。
「どこだここは…」
いわゆる迷子である。
今まで移動には何人もの付き人がおり、迷子になるなど有り得ずに過ごしてきたが、いざ身一つで放り込まれるとどうしても湧き起こる感情がある。
“寂しさ”である。
怒声を浴びせられたという羞恥心など一瞬で暗い艦内に吸い込まれ、逆に心細い気持ちで一杯になってしまった。
18歳でここまで頼りなく、無礼な男に育ってしまったのは、やはり王室という環境のせいと言ったところか。
どこへ行けば上がれるのかもわからず、さりとて仮にわかったところで怒られた手前、すごすごと戻るのは王族のプライドが許さない。
八方塞がりとなってしまった若く傲慢な王太子は丁度良さそうな凹み体を埋めた。
若干はみ出たが。
少し気持ちが落ち着いたと思っていると遠くの方で階段をカンカンカンと降りる音と自身の名を呼ぶ男の声がした。
「エスメール大佐殿~!どこですか~!!」
「………ここだ!!」
「いや、ここだけじゃどこにいるかわかりませんよ!」
「~ッ!ええい、そこで声を張っていてくれ!僕が向かう!」
と言ったものの、音が反響してしまって全く見当がつかない。
とりあえず勘に頼って走り続けるとどんどん近づく感じがし、なんとか呼びかけてきた男のもとへと辿り着くことが出来た。
「エスメール大佐殿。まったくもう、こんな迷路みたいな艦底部に行かないで下さい。探すのに苦労しますので」
「…」
「とりあえず部屋まで案内します。こちらです」
暗くて顔は見えなかったがシルエットからしてかなりの巨体だ。
声色は優しく、その身長には見合わない。
一体誰だ?
そう思い、男を凝視していると明かりが点いているフロアに出た。
「お前…」
「どうかしましたか?大佐殿」
「奴隷がなぜここにいる?それにその軍服。中尉…士官待遇だと?」
顕(あらわ)になった顔の色は浅黒く、奴隷対象の人間であることは明白だった。
しかし男は驚くエスメールを余所にクルッと反転して見事な敬礼を行い、自己紹介を始めた。
「改めて、お初にお目にかかります大佐殿。第2艦隊司令部付航海参謀、リーエル・ブランコ・プライザー中尉であります。奴隷の身分でしたが現在は解放され、海軍士官学校も卒業済みであります」
「解放?一体誰だそんな物好きは」
「閣下ですよ。アンカー・ライン中将閣下です」
「あの…?」
「えぇ。閣下はとてもお優しくておかしな方ですよ。先程の件も謝罪ではなく態度で示せばお許しになるはずです」
エスメールにとってはいきなり怒鳴ってきた怖い奴という第一印象が定着してしまった為、どうしても奴隷を解放する様な変人には見えなかった。
さらに謝罪はいらないと言われれば頭の上に「?」がつくのは当然だ。
なおも疑う様にじーっと見つめてくるエスメールにリーエルはたまらず苦笑した。
「…大佐殿。返礼をして頂かないと小官の腕を下ろせないのですが…」
「え?」
返礼?なんだそれはといった表情にまたもやリーエルは笑った。
「小官は大佐殿より階級が下ですから先に敬礼をしなければならないのですよ。続いて少佐殿が敬礼をし、解くことでやっと小官の腕が下ろせるわけです…本当にご存知ないのですか?」
本音は「嘘だろ…」だったがそれを表情に出してはプライドの高い彼の怒りの扉を叩いてしまうかもしれない。
リーエルは嘲る様な表情は作らず、思わず相手も笑ってしまう自慢の笑顔を顔の表面に浮かばせた。
強面の笑顔につられて笑ってしまったエスメールだが
「流石に覚えている。…ただ今まで皆その様なことは言ってこなかったから…」
とゴニョゴニョ言葉を濁したがついには敬礼をしてくれた。
不格好で慣れていなさそうな敬礼だったが、1つの階段を登ったかな?と思ったリーエルだった。
〈空母ツヴァレフ艦橋〉
艦底部で起こったイベントとは正反対に、アンカーは不安の池に浸っていた。
それもそのはず、今回の作戦が仮に成功したとしても、帝国軍が半島西部に位置する港を確保してしまえば努力が全て水泡に帰すからだ。
念の為、陸軍本部に連絡をとって港防衛隊とタラザ基地防衛隊右翼の陣容を聞くとほぼ歩兵師団ときた。
陸軍本部長カート元帥はなんとかなると高を括っていたがどうにも信用ならない。
叔父伝いで更なる援兵を要請しておいたがおそらく間に合わないだろう。
となるともう明朝に出航しなければならないかもしれない。
「余裕なさすぎるだろ…」
ぼやいたところで敵は待ってくれないのでレッソンに明朝出撃の意見具申を無線で報せ、艦内には司令部要員の招集命令を下した。
「司令部要員、及び連絡将校は直ちに艦橋へ上れ。以上だ」
「お呼びですよ、大佐殿」
[艦橋へ来いと言ってますね、閣下]
リーエルとアルリエはちょうど部屋に荷物を置いたばかりの新参者達に急いで来るよう伝えた。
アンカーの声色が若干焦っていた様に聞こえたからである。
この世に生を受けて18年。
宮中でも海軍士官学校でも怒られるということが無かったエスメールは、ズタズタに切り裂かれた自尊心を拾い集めて修復しようと必死だった。
衆人環視の中怒鳴られたこともあって誰とも顔を合わせず、落ち着ける所を目指してわき目も振らずに走っていると全く自分が何処にいるかわからない場所へ着いてしまった。
「どこだここは…」
いわゆる迷子である。
今まで移動には何人もの付き人がおり、迷子になるなど有り得ずに過ごしてきたが、いざ身一つで放り込まれるとどうしても湧き起こる感情がある。
“寂しさ”である。
怒声を浴びせられたという羞恥心など一瞬で暗い艦内に吸い込まれ、逆に心細い気持ちで一杯になってしまった。
18歳でここまで頼りなく、無礼な男に育ってしまったのは、やはり王室という環境のせいと言ったところか。
どこへ行けば上がれるのかもわからず、さりとて仮にわかったところで怒られた手前、すごすごと戻るのは王族のプライドが許さない。
八方塞がりとなってしまった若く傲慢な王太子は丁度良さそうな凹み体を埋めた。
若干はみ出たが。
少し気持ちが落ち着いたと思っていると遠くの方で階段をカンカンカンと降りる音と自身の名を呼ぶ男の声がした。
「エスメール大佐殿~!どこですか~!!」
「………ここだ!!」
「いや、ここだけじゃどこにいるかわかりませんよ!」
「~ッ!ええい、そこで声を張っていてくれ!僕が向かう!」
と言ったものの、音が反響してしまって全く見当がつかない。
とりあえず勘に頼って走り続けるとどんどん近づく感じがし、なんとか呼びかけてきた男のもとへと辿り着くことが出来た。
「エスメール大佐殿。まったくもう、こんな迷路みたいな艦底部に行かないで下さい。探すのに苦労しますので」
「…」
「とりあえず部屋まで案内します。こちらです」
暗くて顔は見えなかったがシルエットからしてかなりの巨体だ。
声色は優しく、その身長には見合わない。
一体誰だ?
そう思い、男を凝視していると明かりが点いているフロアに出た。
「お前…」
「どうかしましたか?大佐殿」
「奴隷がなぜここにいる?それにその軍服。中尉…士官待遇だと?」
顕(あらわ)になった顔の色は浅黒く、奴隷対象の人間であることは明白だった。
しかし男は驚くエスメールを余所にクルッと反転して見事な敬礼を行い、自己紹介を始めた。
「改めて、お初にお目にかかります大佐殿。第2艦隊司令部付航海参謀、リーエル・ブランコ・プライザー中尉であります。奴隷の身分でしたが現在は解放され、海軍士官学校も卒業済みであります」
「解放?一体誰だそんな物好きは」
「閣下ですよ。アンカー・ライン中将閣下です」
「あの…?」
「えぇ。閣下はとてもお優しくておかしな方ですよ。先程の件も謝罪ではなく態度で示せばお許しになるはずです」
エスメールにとってはいきなり怒鳴ってきた怖い奴という第一印象が定着してしまった為、どうしても奴隷を解放する様な変人には見えなかった。
さらに謝罪はいらないと言われれば頭の上に「?」がつくのは当然だ。
なおも疑う様にじーっと見つめてくるエスメールにリーエルはたまらず苦笑した。
「…大佐殿。返礼をして頂かないと小官の腕を下ろせないのですが…」
「え?」
返礼?なんだそれはといった表情にまたもやリーエルは笑った。
「小官は大佐殿より階級が下ですから先に敬礼をしなければならないのですよ。続いて少佐殿が敬礼をし、解くことでやっと小官の腕が下ろせるわけです…本当にご存知ないのですか?」
本音は「嘘だろ…」だったがそれを表情に出してはプライドの高い彼の怒りの扉を叩いてしまうかもしれない。
リーエルは嘲る様な表情は作らず、思わず相手も笑ってしまう自慢の笑顔を顔の表面に浮かばせた。
強面の笑顔につられて笑ってしまったエスメールだが
「流石に覚えている。…ただ今まで皆その様なことは言ってこなかったから…」
とゴニョゴニョ言葉を濁したがついには敬礼をしてくれた。
不格好で慣れていなさそうな敬礼だったが、1つの階段を登ったかな?と思ったリーエルだった。
〈空母ツヴァレフ艦橋〉
艦底部で起こったイベントとは正反対に、アンカーは不安の池に浸っていた。
それもそのはず、今回の作戦が仮に成功したとしても、帝国軍が半島西部に位置する港を確保してしまえば努力が全て水泡に帰すからだ。
念の為、陸軍本部に連絡をとって港防衛隊とタラザ基地防衛隊右翼の陣容を聞くとほぼ歩兵師団ときた。
陸軍本部長カート元帥はなんとかなると高を括っていたがどうにも信用ならない。
叔父伝いで更なる援兵を要請しておいたがおそらく間に合わないだろう。
となるともう明朝に出航しなければならないかもしれない。
「余裕なさすぎるだろ…」
ぼやいたところで敵は待ってくれないのでレッソンに明朝出撃の意見具申を無線で報せ、艦内には司令部要員の招集命令を下した。
「司令部要員、及び連絡将校は直ちに艦橋へ上れ。以上だ」
「お呼びですよ、大佐殿」
[艦橋へ来いと言ってますね、閣下]
リーエルとアルリエはちょうど部屋に荷物を置いたばかりの新参者達に急いで来るよう伝えた。
アンカーの声色が若干焦っていた様に聞こえたからである。
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
戦場立志伝
居眠り
SF
荒廃した地球を捨てた人類は宇宙へと飛び立つ。
運良く見つけた惑星で人類は民主国家ゾラ連合を
建国する。だが独裁を主張する一部の革命家たちがゾラ連合を脱出し、ガンダー帝国を築いてしまった。さらにその中でも過激な思想を持った過激派が宇宙海賊アビスを立ち上げた。それを抑える目的でゾラ連合からハル平和民主連合が結成されるなど宇宙は混沌の一途を辿る。
主人公のアルベルトは愛機に乗ってゾラ連合のエースパイロットとして戦場を駆ける。
第一機動部隊
桑名 裕輝
歴史・時代
突如アメリカ軍陸上攻撃機によって帝都が壊滅的損害を受けた後に宣戦布告を受けた大日本帝国。
祖国のため、そして愛する者のため大日本帝国の精鋭である第一機動部隊が米国太平洋艦隊重要拠点グアムを叩く。
続・歴史改変戦記「北のまほろば」
高木一優
SF
この物語は『歴史改変戦記「信長、中国を攻めるってよ」』の続編になります。正編のあらすじは序章で説明されますので、続編から読み始めても問題ありません。
タイム・マシンが実用化された近未来、歴史学者である私の論文が中国政府に採用され歴史改変実験「碧海作戦」が発動される。私の秘書官・戸部典子は歴女の知識を活用して戦国武将たちを支援する。歴史改変により織田信長は中国本土に攻め入り中華帝国を築き上げたのだが、日本国は帝国に飲み込まれて消滅してしまった。信長の中華帝国は殷賑を極め、世界の富を集める経済大国へと成長する。やがて西欧の勢力が帝国を襲い、私と戸部典子は真田信繁と伊達政宗を助けて西欧艦隊の攻撃を退け、ローマ教皇の領土的野心を砕く。平和が訪れたのもつかの間、十七世紀の帝国の北方では再び戦乱が巻き起ころうとしていた。歴史を思考実験するポリティカル歴史改変コメディー。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
改造空母機動艦隊
蒼 飛雲
歴史・時代
兵棋演習の結果、洋上航空戦における空母の大量損耗は避け得ないと悟った帝国海軍は高価な正規空母の新造をあきらめ、旧式戦艦や特務艦を改造することで数を揃える方向に舵を切る。
そして、昭和一六年一二月。
日本の前途に暗雲が立ち込める中、祖国防衛のために改造空母艦隊は出撃する。
「瑞鳳」「祥鳳」「龍鳳」が、さらに「千歳」「千代田」「瑞穂」がその数を頼みに太平洋艦隊を迎え撃つ。
猿の内政官 ~天下統一のお助けのお助け~
橋本洋一
歴史・時代
この世が乱れ、国同士が戦う、戦国乱世。
記憶を失くした優しいだけの少年、雲之介(くものすけ)と元今川家の陪々臣(ばいばいしん)で浪人の木下藤吉郎が出会い、二人は尾張の大うつけ、織田信長の元へと足を運ぶ。織田家に仕官した雲之介はやがて内政の才を発揮し、二人の主君にとって無くてはならぬ存在へとなる。
これは、優しさを武器に二人の主君を天下人へと導いた少年の物語
※架空戦記です。史実で死ぬはずの人物が生存したり、歴史が早く進む可能性があります
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる