オストメニア大戦

居眠り

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第19話 航空戦力と海洋戦力

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 艦隊司令のナラが戦死した今、艦隊の指揮権は次点のザンボルトに移される。
艦長や副長が艦橋に見当たらない以上、艦の指揮権もザンボルトに委ねられることになる。
 しかし、アムストガルトは直撃弾で人員を損耗しており、指揮機能は失われている。
 とはいえ、司令塔の中にはアムストガルトの乗員が数名生存しているはずなので、手を借りようと思い立ち上がった時、艦が大きく揺れ出した。
 状況が分からないが、もう長くはもたないのだろうか?
艦の現状把握をしなければと立ち上がった時、伝声管から艦橋の安否を問う副長の声が聞こえた。
 電話ではなく伝声管?と思ったがもしやと無線機を一瞥すると、案の定破壊されている。
 負傷している右腕を左手で支えながら伝声管に歩み寄り、

「こちら艦橋のザンボルト参謀長。司令塔へ。第3艦隊司令部は壊滅、及び艦長が行方不明。現在の状況報せ」

 痛みを堪える声でザンボルトは応答し、すぐに副長が心配そうに返答を寄越してくれた。

「こちら司令塔!参謀長殿、ご無事でしたか!良かった。…...戦況は圧倒的不利になっております。アムルガルトが転覆、重巡1、軽巡2隻が被弾。駆逐艦2隻が撃沈されております」

「それほどまで損害を受けているのか…」

「…...それと申し上げにくいことながら本艦に爆弾が数発直撃。うち1発が艦中央部に甚大な被害を与えた様で…アムストガルトは浸水しております。これらを考慮し、副長権限で既に総員退艦命令を下してしまいましたが…...」

「いや、構わない。それより司令塔には何人いる?」

「私含めて10人ほどです。先程そちらに2人状況確認の為に送りましたが…」

 副長が説明し終えると同時に扉が開き、2人の水兵が扉を開けて駆け込んできた。
 だが、あまりの惨状に2人とも悲鳴を上げた。

「…...っ、何かありましたか参謀長殿!?」

 副長は2人の悲鳴を伝声管越しに聞こえた様で、ひどく動揺している。
冷静さを保っている様に見えたが、やはり艦が沈むというのは誰でもパニックになるらしい。

「いいか副長、落ち着け。そして聞いてくれ。司令が戦死された。御遺体は確保してある。ボートに乗せて重巡まで移動させたいのだが、出来るか?」

 しばらく絶句していた副長だったが、重巡に連絡をとりますと一言残し、蓋を閉める音がそれに続いた。
 ザンボルトは呆然と立ち尽くしている水兵達に視線を向けて、ナラの遺体を隠す物と担架を探してくるように下命した。
 司令が戦死したことに同じく動揺していたが、艦に響き渡る爆音に我を取り戻して艦内へ走り去っていった。
 ザンボルトは立ち上がり、ガラスが砕け散った窓から外に視線を向けた。
 どうやら敵の攻撃は止んだらしい。

「…...負けたな」

 炎上する重巡や真っ二つに折れた駆逐艦、そして赤い船底を見せながら沈没していくアムルガルトを見つめながらザンボルトは呟いた。

〈アルワラ本島砲台〉

「おい!こっちに負傷者1名、担架を寄越せ!」

「こっちのやつは…砲台長か?」

「こいつはひでぇ…」

「おいお前、しっかりしろ!勝ったんだぞ!航空隊がルンテのクソ野郎をぶちのめしたんだ!」

 蔵田は衛生兵と思しき軍人達に助け起こされた。
 全身を打ったのか指1本すら動かせず、耳鳴りもひどかったが、かろうじて彼らの声は聞き取れた。

「勝っ…た、のか?」

「そうだ!待ってろ、すぐに担架が来る!」

「死体袋も持ってきてくれ!砲台長が戦死された!」

 その発言に意識が朦朧としていた蔵田は目をカッと開き狼狽した。

「茂地原砲台長…!砲台長ッ!」

「おい、若いの!この曹長が誰か分かるのか?」

 首を傾けて向けた視線の先には、下半身を無くした茂地原の亡骸があった。

「茂地原砲台長ッ!砲台長!」

「落ち着け!おい、砲台長を早く入れろ!」

「若いの、これが戦争なんだ。諦めろ」

 彼を担架に乗せるべく次々と伸びてくる手を払い除けることが出来ないまま、蔵田は衛生兵達に連れて行かれた。
 微かに隙間から見えた茂地原の死顔は少し笑っているように見えた。
 それがより一層、蔵田の心を深く傷つけた。

 4月17日午前10時55分。
 約1時間にわたる航空攻撃に第3艦隊は壊滅的被害を受けた。
 戦艦2、重巡1、軽巡2、駆逐艦4に艦隊司令を失って残存艦艇は一路北へ撤退していった。
 一方で皇国側の被害は砲台陣地が全滅、航空機12機未帰還という損害にとどまった。

 アルワラ本島沖海戦はルンテシュタット王国海軍の大敗で終わった。
 この海戦は皇国が世界に歴史的勝利として大々的に報じたことにより、各国は空母と航空機の調達に舵を切ることとなる。

 4月20日。
 スカリー帝国は皇国と王国の本格的戦闘が開始されたことを受け、ルンテシュタット王国に宣戦を布告した。
 スカリー帝国は反ルンテ主義を掲げ、現皇帝を傀儡としたシッキラー総統が率いており、カーリス皇国と長年同盟関係にあった。
 陸軍超大国でもある帝国が介入するということは、第2次オストメニア大戦が始まったことを意味する。

〈ヴェントリア軍港〉
 4月25日午後1時5分。
 アンカーは不機嫌だった。
 いつから不機嫌かというと、ナラが指揮する第3艦隊が南下を開始し、それ以降連絡が途絶えてしまったという報告書を見てからである。
 つまりはこの報告書が届いた何日も前からずっと機嫌を損ねていた。
 元々の任務は半島付近で哨戒を行い、出撃してくるであろうと睨んだ敵艦隊の捕捉撃滅、というものだ。
 ナラはそれをどう拡大解釈したのか、武功の為に勝手に行動を起こした。
 ーーやはり彼は戦場に向いていない。
 そう思いつつ、何故だか騒がしい軍港の自室のベッドで寝転がりながらイライラしていると

「不機嫌そうだな、ライン中将」

 重々しい声が頭の上から降ってきた。

「イ、イッヒラルド中将…」

 既視感を覚えながらアンカーは起き上がって敬礼をする。
 開いていたドアを、無用心だぞ、という目で見ながらイッヒラルドは返礼した。
 続けて視線を机の上にある報告書に向け、すぐにアンカーの方へ振り返る。眉根を寄せているのがアンカーにもしっかり見て取れた。

「まさか独断専行に走るとはな。彼は以外と血気盛んな様だ」

「士官学校時代からあんな調子です」

 他愛もない会話を惰性で続けたが、イッヒラルドがここを訪れた理由を聞いてなかった。

「閣下。そういえば何の御用で?」

 おぉそうだそうだと頭を掻きながら、彼は急用だと伝えてきた。

「急用とは?」

 とてもそうには見えないが…...
怪訝そうにイッヒラルドを見つめると、彼は聞いて驚けと言わんばかりに、六枚の写真を見せてきた。

「これは......ルートランド海軍の艦艇ですか。大型空母までいるとは......」

「いかにも。だが、我々と矛を交える気はないらしい」

 空母2隻を含む艦隊を写している写真を見て、何故!? と驚愕していると、彼は回答をすぐにくれた。

「ルートランド海軍の海外駐留艦隊であるグレース艦隊が、先程ここから約1日の距離まで来ていることが判明した、というより確認されたらしい。大使館を通じて事前に来ることを軍上層部は認知していたらしいが、我々の様な現場組は今日あたり知らされたという訳だ」

「あぁ、だからさっきからうるさかったんですね…...」

「島嶼部の警戒任務にあたっていた水雷戦隊の連絡機が帰ってきたのであろう。この写真は偵察機が撮影したものだ。艦隊発見の報を受けて一時混乱していたようだ」

「しかし、ルートランド共和国の海軍が何故?」

「大使館員を含む自国民の退避だと向こうは言っているが、方便だろう。真意は別にあると見ている」

 真意、という単語に反応したアンカーは、一歩詰め寄ってイッヒラルドに質問した。

「して、その真意とは?」

「うむ。我が国とスカリー帝国の情報が欲しいようだ。彼らの仮想敵国の1つだからな、帝国は」

「つまり、我々は情報を引き出す為の当て馬、ということですか」

 なお一層不満が募り口を尖らせたアンカーに、イッヒラルドは苦笑しつつ彼を宥めた。

「しかし、スカリー帝国の後背を脅かす存在であることには違いない。彼らとの同盟......はイデオロギー的に難しいだろうが、非公式な互恵関係は築けるはずだ」

 スラスラと機密情報を話す人生の先輩を見やりながらアンカーは最後に2つ質問した。

「閣下。それは閣下ご自身のお考えですか?」

「無論。貴官も同じことを考えておるのだろう?」

「左様です。会談はいつ頃になりそうですか?」

「連絡がついた先方の司令は、すぐにでも席に着きたいと言ってきている。到着後、数日以内には会談を持つだろう」

「なるほど。ありがとうございました」

 アンカーはイッヒラルドにお礼を言い、また敬礼した。

 無為に敵を作ってきた中で、唐突に降って湧いた朗報に少し気分が落ち着いた気がする。
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