オストメニア大戦

居眠り

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第11話 愚かな上層部と有能な現場

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 「…は?」

理解出来ない開戦事由に思わず声が出てしまったが、諸将も口をぽかんと開けている。
当然だ。
たったそれだけで開戦に踏み切るなど阿呆の所業。
前々から国王のことは大嫌いだったがこれには怒りを通り越して呆れ果てるしかない。
やる気満々だったナラでさえ硬直してしまっている。

「とにかく、諸君には精一杯の努力を求める。以上だ」

凍りついた空気を溶かすべくドクトラがなんとかしようとした様だがどう見ても不発。
おそらくドクトラ自身も理解しかねているのだろう。
なんとも言えない雰囲気に耐えきれずアンカーはさっさと本部長執務室を出る。

「馬鹿げてる…。こんなことで兵士達に命を懸けて戦えとどうして言える…!?」

小声で呟きながら長い廊下を歩いているとナラがすぐに追いついてきた。

「おい、アンカー!ちょっと僕には理解出来ないんだがお貴族様からしたら国王陛下の御心を察せるのかい?」

「分かるわけないだろう!呆れた!心底呆れたよ!王族や貴族は奴隷や財産に少し被害が及んだだけで大騒ぎする!おかげさまで海軍の状態が整ってない現状、皇国軍に先制攻撃されたら一気に不利になる。せめて3週間待ってくれれば…!」

制御していた心は親友が話しかけてきたという一種の安心感に破られ、思わず声を荒げてしまう。
そんなアンカーを落ち着かせようとナラは別の方向に誘導してくる。

「軍務大臣閣下はなんて言ってるのか知ってるかい?」

「知らん!」

「知っておる」

「「!?」」

いきなり割り込んできた老人の声に2人は全身に鳥肌が立った。

「イ、イッヒラルド中将!」

「驚くことはあるまい。貴官らの愚痴も分かる。流石にこれは驚きを禁じ得ん」

アンカーの明らかな不敬罪発言はスルーしてくれたのか聞こえていなかったのか。
分からないがナラの疑問にすぐ答えをくれた。

「軍務大臣のリーク・ペテロは私の同郷でな。ここに来る前に直々に電話を寄越しよった」

「それでどの様なお考えだったんです?」

「喜んでおったよ。奴め戦争すれば勝てると踏んでおる。20年前と今は状況が違うというのに…」

どうやらルンテ軍のトップ2人が開戦に乗り気だったらしい。
乗り気なこと自体はこの際いいとしてせめて現場の状況ぐらい把握してから決めろと声を大にして言いたいのをぐっと堪える。

「それで、叔父上…いえ、元帥閣下はいつ作戦会議を行うご予定かご存知でしょうか?」

「貴官らが飛び出していった後すぐに『明日の朝』と我々に言っておったの」

「…やっちまったな、アンカー」

「お前もな。…あとで謝りに行きます」

「構わんて。あ奴は大して怒っとらん。むしろ怒りの矛先は恐れ多いことながら陛下だ」

「えっ、叔父上がそう言っておられたのですか?」

「言っとらんさ。しかし表情ですぐに読めたわ。…ふっふっふっ」

声を漏らして失笑する様子をアンカーとナラは顔を見合わせる。
どうやらイッヒラルドは古き考えに捉われつつもアンカーの様な現王政に批判的な者達の思想にも興味があるらしい。
失礼ながらおかしな方だ。
そう思いながら礼を言い、その場を後にした。

「良かったな、アンカー。イッヒラルド中将じゃなかったら死刑もんだったよ」

「…ここから出るまでは口を慎もう」

「で?どうする。ここに泊まるのかい?」

「その予定だったが流石に時間的余裕がないからヴェントリアに向かう。参謀長と作戦参謀達を呼んどかないとな」

「んじゃ僕もヴェントリアに行くよ。積荷の積み替えの監督は副官に任せるけど君とも打ち合わせをしときたいからね」

「ご自由に」


〈海軍本部待合室〉
アンカーとナラの2人は待機していたベストロニカとその腕に抱えられているラートと合流した。
戦争状態に入ったというのに女性の、それも美女の腕の中でくつろいでいるラートを見ると猫は気楽でいいな…という気持ちになる。
うらやまけしからん。

「それで司令。開戦事由は何でしたか?」

「ヴェントリアへ行く。馬車の中で話そう」

「…!分かりました」

「僕も乗っていいかい?」

「ご自由に」

「…さっきから君冷たくないかい?」

「平常運転です」

さっきまで戦争だ武功だと騒いでいたナラもあの戦争事由を聞いたら力が抜けたらしい。
血気盛んだったナラを鎮めれた点で言えばあの戦争事由も役に立ったか。
そんなことを考えながらいつも通りの会話をしながら手に持ったメモを受付に渡し、3人と1匹は馬車に乗り込む。

「あ、少佐。バラストロング大佐とロックラー大尉、それとプライザー中尉に連絡はしたかい?」

「とっくにしております、司令」

「流石だ」

「ありがとうございます」

ベストロニカの膝の上で丸くなるラートが何故かドヤ顔をキメているが別にお前が誇ることではないぞ。


〈ヴェントリア軍港〉
開戦の報を伝えられた軍港の補給員や修理員は大騒ぎだった。

「おい、開戦だってよ!」

「今すぐに動ける艦隊は?」

「第3、第4艦隊です」

「第1艦隊は出せないのか?」

「馬鹿野郎、国王陛下直属の艦隊だぞ!動くわけねぇ…」

「おい、軍用馬車だぞ!退けッ!退けッ!」

大急ぎで走ってもらった馬と馭者を労いつつ降りると騒いでいた連中も一斉に敬礼してくる。
本当は2ヶ月の休暇だったんだがな…と思いつつ冷静に指示を与えるべく最新状況を確認する。

「港湾長!現在1番早く出せる艦隊は?」

「はッはいッ!第3、第4艦隊の2艦隊のみです」

「模擬戦用と実戦用の荷の積み替えに何日かかる?」

「2日です!」

「遅い!第2、第5艦隊の修理に回す人員を全員回せ!1日で終わらせろ」

「しっ、しかし!そのような命令は本部長から頂いておりませんが…」

「明日になったらくる。なら今やっておいて損はない。今すぐやってくれ。責任は俺が持つ!」

「…分かりました。おい、てめぇら!全員第3、第4艦隊の積み下ろし作業にかかれ!全員だ!」

「「「了解しました!」」」

するとさっきまで騒いでた者達の半分が瞬時にドック目指して走り出す。
また残りの半分は倉庫に向かっていく。
ついさっきまで目の前にいた港湾長も猛ダッシュで指揮櫓に登って大声を張っている。
隣で「僕の仕事取られた…」という様な顔をしている司令が約1名いるが気にしない。
実際、事は急を要する。
半島を取られてはならない。





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