オストメニア大戦

居眠り

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第1話 変わり者のアンカー・ライン

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 〈ルンテシュタット王国領海アーセアン諸島南部沖〉

「駄目です!駆逐艦L-51が応答しません」

「巡洋艦アデッセン、アーデルセン通信途絶!」

「艦隊損耗率、60パーセントを超えた可能性大!」

次々と来る悲報にルンテシュタット王立海軍第5艦隊司令ハイバー・ド・レッソン中将は半ば放心していた。
残るは空母1、戦艦1、重巡1、駆逐艦4だ。
ろくに陣形すら組めず混乱する艦隊。
しかもどれも小破~大破と無傷の艦艇は1隻たりとも存在しなかった。

「こんな嵐の中、的確に攻撃隊を送ってくるとは…!しかも悪天候にもかかわらず恐るべき命中精度…!あの若造の艦隊の腕は確かというわけかッ!!」

レッソンが大いに悔しがっていたその時。

「レーダーに感!左舷方向、8時から10時にかけて接近する物体あり!敵の攻撃機と思われます!」

「左舷対空戦、用意!」

「急げ!配置につけッ!」

レーダー担当員の叫声。艦長の怒声。砲雷長の叱咤に各員が所定の持ち場で準備をする。
敵がここまで接近したとなるともう艦隊司令の役割は無い。
ただ祈ることしか出来ない。

「…!来たぞッ!距離1キロ半!」

見張員が大声で知らせるが近場はともかく離れた砲手にはこの嵐ですぐには聞こえない。
艦内通信でなんとか防空総指揮者がいるところに連絡を飛ばす。
しかし敵機発見の報が届いた時には既に1.3キロを切っていた。

「ッてぇー!!!」

高角砲の砲声。機関銃や機関砲のけたたましい発砲音と硝煙の匂い。
自分は戦場にいる。
否が応でもそう感じてしまう。
第5艦隊旗艦、空母ツヴェレーン左舷3番機関砲手であるロバーサル・ニミリッツァー2等兵はそう感じた。

「撃ちまくれッ!叩き墜してやれッ!!」

「うぉおおお!!!」

3番機関砲の班長が指揮棒で標的を指示しながら叫ぶ。
ニミリッツァーも恐怖を紛らわす為により大きな声で叫んだ。
だが無情にも攻撃は当たらず、敵機は魚雷投下態勢に入る。

「左舷8時より雷跡1!本艦へ急速に接近中!」

見張員が艦橋への受話器に向かって報告した。
すると艦が徐々に面舵を取り始める。
しかし先の攻撃で2本被雷した為か、動きが遅い。
魚雷は高速で空母ツヴェレーンの土手っ腹に突き刺さり爆発…しなかった。
周りはため息をつき、艦内放送に耳を傾ける。
一度攻撃され、被弾する度に判定が行われるためだ。

「全艦に通達する。現時刻10時17分で空母ツヴェレーンは撃沈したこととする。と同時に、旗艦撃沈により組織的行動が不可能と判断。第5艦隊の敗北となる。よって勝者は第2艦隊!」

艦内は意気消沈し、ニミリッツァーも悔しがった。

「これにて、模擬戦を終了とする!」


〈ルンテシュタット王国ヴェントリア軍港〉
南暦1936年4月2日
ルンテ(ルンテシュタットの略称)王立海軍第2艦隊旗艦、空母ツヴァレフから1人の青年が降りてきた。
ヴェントリア軍港にいた下士官や兵士らは彼を見てすぐさま敬礼をする。
青年はその仰々しい対応に少し不服そうな声で後ろについて来ている女性士官に愚痴をこぼした。

「なんで毎回毎回あんなキビキビ敬礼してくるのかねぇ…。もっとゆっくりでいいのにさ…」

「仕方ありませんよ司令。貴方は貴族ですし、中将の階級を持つ身ですからね。それに兵士は平民。反対に高官の大多数は貴族です。態度が悪ければ貴族特別法に則って処罰されるかもしれませんから…ね、ラート?」

ニャーと眠そうに返事をしたのは女性士官の腕に収まる青年の愛猫ラートだ。
そのラートを抱え、撫でながら青年の愚痴を聞いている女性士官は青年の副官でありお世話係のような存在、ルナティック・セント・ベストロニカ少佐である。
170センチの女性にしては高身長に加え、澄んだ蒼色の瞳。
ポニーテールにした金髪とその容姿は見た者をもう一度振り返させるほど綺麗であった。
そしてまだぶつくさ言っている青年はアンカー・ライン中将だ。
身長176センチで軍人にしてはかなり痩せている。
が、最低限の筋肉や脂肪がついているので一般人として見れば問題無い肉付きであった。
こげ茶の髪色に黒い瞳、そして普通の顔は特に印象づけることは無く、2人が歩いていると

「金髪の美女が上官ではないのか?」

と言われる始末である。
ただし左頬に鋭利な切り傷があり、これは幼少時にケンカした相手に刃物で切られた後で、ケンカ相手の少年とその家族はライン家によって姿を消した。
特にアンカーは自身の容姿については気にしたことなどなかったが。

「フン。俺はもう貴族姓は返上した。血は貴族でも立場は平民と同じさ」

「はいはい。そんなことより司令、海軍本部に顔を出しませんと。馬車が待っているはずですから急ぎましょう」

そう言ってベストロニカはアンカーの背中を押していった。
馬車に乗って数分。

「おい!さっさと歩け!」

怒鳴り声が外から聞こえる。
ここ、ルンテシュタット王国では不思議なことではない。
奴隷となった人々が奴隷商によって首都ヴェールヴェンや他の都市に連れてこられるのである。
その奴隷達を貴族は買い、自身の領地の鉱山やら運河やら農業やらの労働を無理矢理させるのだ。

「奴隷…か」

そう呟いたアンカーも歴とした貴族である。
が、彼は貴族姓である「ド」の文字を役所を通し正式に消したのだ。
彼は貴族達の中では珍しい反奴隷派の人間で、左頬の傷がその理由であった。
この傷が出来て以降、反奴隷派として秘密裏に活動している。
まだ歳は25。思いを同じくする副官のベストロニカも24歳という若さである。
このままいけば奴隷制を撤廃出来る地位までいける。
そう思っていると馬車が止まった。

「閣下。到着しました」

「ん。あぁご苦労」

「ご苦労様です」

馭者の尉官が声をかけ、アンカー、ベストロニカが礼を言う。
着いた場所は海軍本部。
今回アンカーが訪れた理由は第2艦隊の哨戒、訓練任務の帰還報告を行う為だった。
受付を顔パスで通し、海軍本部長の執務室への長い廊下を2人と1匹が歩く。
アンカーの愛猫ラートは歩いてはいないが。
すると前方よりこちらに気づき、声をかけてくる者がいた。

「アンカーじゃないか!君が海軍本部に顔を出すなんて珍しいこともあるんだね」

「今日は任務の終了日だよナラ。流石に1ヶ月間海に出て顔も出さないのはまずいさ」

「そいつはそうだ。お、ラート。久々だね。航海中、新鮮な魚は頂けたかい?」

勿論だというような顔で答えるラートの頭を撫でつつベストロニカにもナラは挨拶をした。

「こんにちはヴィジョンノ(ルンテ語でお嬢さん、未婚の女性を指す)。1ヶ月の航海は如何でしたか?」

「こんにちはミロル司令。航海自体は滞りなく終わりました。まぁ第5艦隊との大事な模擬戦前に寝坊しかけた御方がいらっしゃいましたがそれもなんとか間に合いましたから良しとしましょう」

「うっ。…そうだナラ。確かお前も明後日出航だろ?準備は大丈夫か?」

「君に言われるまでもなく万事完了してるとも」

「うむ、よろし痛でででででで!」

「ニャーッ!」

「こらラート!飼い主に爪を立てるな!」

「ハッハッハッ。ラートのやつ、アンカーにお前が言うなとばかりに攻撃して。本当に面白い子だ」

「笑い事かよ!」

「僕にとってはね」

そんな中将とは思えない言動をする2人を見てベストロニカはクスクスと笑った。
彼はナラ・イエール・ビンセント・ミロル。
階級は海軍中将。第3艦隊司令である。
歳はアンカーと同じ25歳。アンカーとは正反対な明るい茶髪に青色の目。一見特徴は無いように見えるが身長は190センチもあり、かなりでかい。
そのくせ一人称は「僕」なのでアンカーは

「でかい図体のくせして気持ち悪い」

と酷評するがナラに言わせてみれば

「お貴族出身のくせに反奴隷派という立場の君こそ気持ち悪いよ」

というような返答をするほどの仲だ。
彼もアンカーの野心を知る同志だ。
軽口もそこそこに3人と1匹は別々の方向へ歩き出した。
2人と1匹は執務室に。
いま1人は広大な海へと。
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