保護猫subは愛されたい

あうる

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そして問題の当日。

常連達の提案によっていつもより1時間ほど早く開店した店内では、有志達によって店で不審者が問題を起こした際の対応をどうするかの協議が始められている。
店の常連達の団結力の強さはこれまでにもなんどか見せられてきたが、今回ここを仕切っているのは、精悍な顔つきをした、見覚えのある若い男性客。

「ご協力いただきまして感謝しますよ、鈴鹿さん」
「いいのよ。あの子にとっても昔取った杵柄、楽しそうにしていることだし」

まだ営業前だからと、雄吾と並んで店に立つ晶の視線の先には、カウンター席に座り、悠然とした笑みを浮かべながら、どこかほほえまし気な様子で自らのパートナーを見守る鈴鹿の姿。

「すっかり張り切っちゃって。可愛いでしょう?」
「そうですね、さすがは鈴鹿さんの仕込みです」

ここはむしろ男らしい、カッコいいと褒めるべきシーンだと思うのだが、彼らにとっては違うらしい。
晶の目には頼もしく映る颯爽とした後ろ姿も、支配者の目から見れば、父兄参観で張り切って手を挙げる子供と大差ない印象だ。
事前に説明を受けたところによれば、彼女のパートナーは元民間のSPで、現在の仕事は、鈴鹿の営業する店の用心棒兼、キャスト達の警護。
おかしな客による付きまといやストーキングが発生した際にもいち早く対処し、それなりの対応を行っているというプロ中のプロであり、SPの前職は自衛隊というまさに筋金入りの実戦経験者。
今回の話を聞きつけ、自ら鈴鹿に志願してこの場に乗り込んできた猛者の一人であり、何か問題があった時には端末から連絡を、と指示されていた相手の一人だ。
確かに、ここから見ても生き生きとした表情を浮かべているように見える。
とてもsubには見えないが、その内面に潜んでいる欲望と、本人の外見には何の因果関係もない。
ほっそりとした一見儚げな外見のdomもいれば、筋骨隆々で普段は喧嘩上等なsubだっているのだと、晶はこの世界に足を踏み入れたから初めて知った。

「ねぇマスター。そのワルイ子なんだけど、いい素材だったらうちでもらっても構わないかしら」
「どうぞお好きなように。店で調教なりなんなりなさってください」
「助かるわ。この間うちのキャストの一人が結婚してしまって。
ハードなショーを担当するキャストが不在なのよ」
「それはそれは」

含み笑う悪い大人達。
料金には乗らない酒をふるいまいながらの会話はなかなかに不穏だ。

「そうそう子猫ちゃん、あなたも近いうちにお店に遊びいらっしゃいな。
その様子だとマスターとの間も随分落ち着いて来てるのでしょう?いい刺激になるわよ」

ふふ、と冗談交じりに晶に粉をかける鈴鹿。
店というのは、例の緊縛の。
恐ろしい気持ちもないではないが、全く気にならないというのも嘘になる。
返答に困った結果、晶はそっと隣に立つ雄吾の腕をつかみ、曖昧に濁した。

「マスターにお願いしてみます」
「そうね、楽しみにしてるわ」

こうして決まった相手とだけではあるが、会話を楽しむことにもだんだんと慣れてきた。
雄吾もこの場では晶の会話に口をはさむことはほとんどなく、好きにして構わないと事前に告げられている。
とはいえ、まだまだ晶にとっての優先順位が雄吾第一であることにはなんら変わりはなく、こうして何かあれば雄吾を頼ってしまう。
情けないとは思うが、常連達に言わせれば、「保護面してるマスターが楽しそうだから全然いいと思う」の一言。
晶の不慣れな接客が、domである彼らにとっては堪らなく庇護欲をそそるものらしい。
まさに飼い主と戯れる子猫を見ているかのようなほほえまし気な視線を向けられているわけなのだが、だからこ逆に、店のsub(仲間)に妙なちょっかいをかけてくる相手に対しては、こうした過激な反応が起こるものだそうで。

あちらは随分大事になっているなと、ちらり店の奥に視線をやれば、テーブルの上にはいつのまにか何やら大きな箱が。
その中から何かを取り出しては、常連達に説明をしているようだが…。

「……あの箱は」
「困りますよ鈴鹿さん、妙なものを持ち込まれては」

渋い顔の雄吾は、どうやら中身がなんであるのかを知っているらしい。

「電撃ロットにスタンガン、あとは取り押さえた後に使用する縄と手錠といったところかしら。さすがに、お遊びの延長程度の玩具だけしか許していないわ」
「電撃ロット……?」
「それを玩具だと言い切ってしまえるのはあなた方の業界だけですよ」

呆気にとられる晶に、深々とため息を吐く雄吾。

「大丈夫よ。電撃と言っても火傷を負うほどの物じゃないし、せいぜい動きが数秒止まる程度の威力しかないわ」

その言葉に、何か気づいた様子で眉をしかめる雄吾。

「――まさか、普段店のショーで使用しているものをもって来たんですか?」
「使い慣れた獲物の方が扱いやすいでしょ?」

意味ありげに流し目で自らのパートナーに視線を送る鈴鹿。
その視線に気づくなり、まるで犬のような溌剌とした表情で、手を振る姿が微笑ましい。
まぁ、その手に物騒が道具がなければ、の話ではあるが。

「普段は彼もショーに?」
「まさか。あの子は私だけのsubよ。店では誰にも手出しはさせないわ。
ただ、ああいった手合いの道具の扱いは誰よりも慣れているから、整備に関しても色々任せているのよ。
さっきも言ったけど、ハードなショーは今出演者不在で中止しているから、ほとんどあの子専用の玩具みたいなものね」

餅は餅屋というでしょ、とサラッとした口調で、持ってきた獲物が全て本物であることを示唆する鈴鹿。
「ところでマスター、あの子達は大丈夫なの?」と、常連達に混ざった小柄な青年達に視線を向ける。
勿論そこにいるのは言わずと知れた零たちである。

晶としても、まさか彼らが来るとは思わなかったのだが、零はと言えば、鈴鹿のパートナーから小型のスタンガンを与えられ、真剣な表情で使い方を教わっている最中。
その背後では、結が常連達と一緒に手錠やら縄やらをどこに隠しておくかの相談をしている様子だ。
すると、何か問題でもあったのかこちらの視線に気づいた結が、どこか困ったような表情を浮かべ、縄を手にこちらに向かってくる。

「マスター、あの、皆さんと相談したんですけど、いっそのこと店の壁にフックを取り付けて、こういうものは堂々と飾ってしまったらどうかって…」

こういうもの、というのは、後ろで常連達が意気揚々と掲げる、手錠、縄、蝋燭、といった危ないお道具の数々。

そもそも蝋燭に至っては何故ここにあるのかすら全く不明だ。
隠すくらいなら、いっそ開き直って初めから店全体をこういう雰囲気で統一してしまえ、という発想らしい。
まぁ、確かに初めて入った店でそんなものが飾ってあったら、ほとんどの人間は委縮して騒ぎを起こすどころではなくなるだろうが…。

「うちはその手の店じゃないんだが」
「……ですよね?」

真面目な顔で応対する雄吾と結に、晶は鈴鹿と顔を見合わせ、小さく笑った。
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