保護猫subは愛されたい

あうる

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「可愛い子。首輪は何色がいいかしら」
「姉さん!!」

その場に跪いたアキラの首筋を一撫でする冷たい手。

「触れるな!!」
「だって、この子にはまだ鎖がついていないじゃない。これでは駄目、足りないわ」
「晶、come!来い
「駄目よ。stop動くな

相反するコマンドに、頭の中がぐちゅぐちゃに掻き回される。
マスターの言うことに従いたい。
けれど、身体が言うことを聞かない。
小刻みに震える体と、荒くなる息。


「雄吾、あなたにはわからないでしょう?」
「姉さん、やめてくれ。晶がサブドロップしかけている!これ以上は危険だ!」
「本当に大切なものは失って初めてわかる、なんて嘘っぱちよ」
「晶!!しっかりしろ!!」
「本当に大切なものは、失ったら何もかもそこでおしまいなの」
「晶!!」
「後は深く沈むだけ」

言い争う声。
触れているのがどちらの手なのか、それすらもよくわからない。
あぁ、自分は一体何をしているのか。

「仔猫ちゃん、あなたは私達の父親によく似ているわ」

父親。
その言葉だけが、妙にくっきりと頭の中に浮かび上がったその瞬間。
ブレた視界の中に、青ざめ、必死の様子でこちらを見下ろすマスターの姿が見えた。

goodnight dearおやすみなさい可愛い子
stop!駄目だ!Wake!起きろ!

かつてマスターから同じコマンドを受けた時、あんなにも安らかだった心が、静かに沈んでいく。


どうしょうもなく深い眠りに誘われながら、どうしても目を覚まさなくてはと藻掻く。
 
ガシャーン!!

「……晶っ目を覚ませ!!」  
「そんなマネをしても駄目よ?貴方に私は殺せない」

陶器の割れる音、だろうか。
テーブルの上の皿が割れた?
割ったのは誰。

「貴女などもうどうでもいい。
ーー晶、こちらを見るんだ。look!見ろ!

強い意志を放つコマンドに意識が覚醒した刹那。
不意に、目の前に鮮やかな赤が滴った。

「晶、見るんだ」

目の前に滴る真っ赤なーー血?
誰の??誰が。
固く握られた掌。
床に散らばった陶器の欠片。


「ゆ…ごさ……?」
「そうだ、晶」
「ゆうごさん」
「口を開けなさい、晶」
「雄吾さん、血が」

血が流れている。
恐らくは拳の中、握り込んだ陶器の欠片が肉に食い込んでいるに違いない。
早く手当をしなくては。

「雄吾さん」
「命令だ、晶。私を置いていくというのなら、この血を一滴残らず全て飲み干してからにしなさい」
「……んっ」

唇にへばりついた血の味が、マスターからの熱い口づけによって喉の奥へと流れていく。

すべての血を飲み干すなど、不可能に決まっていた。
そんな無茶を口にしてでも、晶をここに繋ぎ止めようとしている人。
こんなにも自分を必要とする人が、他にいるだろうか。

「晶……」

ほんの僅か、唇が離れた合間を見逃さず、晶はマスターの手を掴んだ。

「雄吾さん、やめてください」
「……晶?」
「早く傷の手当を」

止血するものを探し、お守り代わりだと密かにポケットに忍ばせていた真っ赤なリボンを思いだす。
雄吾の掌を開かせ、そこから落ちた破片には目もくれることなく、リボンをぐるぐるに巻きつけた。

「晶、戻ったのか?」

虚をつかれたようなマスターの言葉に、何度も何度も、深く頷く。

「あぁ……」

傷口になど構うことなく、安堵の声を上げてアキラを抱きしめるマスター。

「……自力でサブドロップから抜け出すなんて、大した精神力ね」
「………マスターより大切なものなんて、私にはありませんから」

たとえ手足がちぎれても、マスターが命じるなら、晶はそれに従うだろう。

マスターから流れる血。
それを見た瞬間から、他のなにもかもどうでも良くなった。
目の前が真っ赤になる衝撃。
抱きしめられた分だけ、強くその背中を抱きしめ返す。

「……どうやら先に見誤ったのは私のようね。貴方には申し訳ないことをしたわ。
救急箱を持ってくるから、それまでそこの馬鹿な弟を頼めるかしら」
「はい、勿論」

注意深くうなずきながら、そこに不穏な行動が見られないか観察する。
マスターの身内とはいえ、晶には彼女が何を考えているのかさっぱり分からなかった。

「心配しなくてもそのくらいの傷どうということはないわよ。雄吾の若い頃にはその位、日常茶飯事だったもの」
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