15 / 67
15
しおりを挟む
カウンターの下から出ていくことに躊躇いはなかった。
呼びかけたのが、マスターだったから。
「マスター」
「隣においで」
差し伸べられた手を取り、マスターの横に立つ。
なにか言葉を発するべきかと躊躇うその唇をマスターがそっと塞ぎ、艶やかに笑った。
「これが私の可愛い猫だよ」
「ちょ……!!」
ザワザワとした、店内のざわめきも気にならない。
なぜなら。
「マスター!?そこまでする!?」
「あ、今度は耳塞ごうとしてるし!!」
「ちょ、瞳も見せてよー!!」
目の前には、マスターの指先だけ。
触れるのは、マスターの体温だけ。
いたずらに触れる指先が、少しだけくすぐったい。
「うわ……」
「あらまぁ……」
あちらこちらから聞こえる感嘆。
「いいなぁ」とボソリ呟く声。
瞳は隠しても、口を塞がれなかったということは、だ。
何を口にすればいいか、視界すら塞がれた中で一頻り悩んで、結局口をついて出たのは、たった一言。
「マスターの猫、です」
「「「!!」」」
「自己紹介できて偉いね、上手だよ」
「はい」
ヨシヨシと頭を撫でられ、ぱっと視界がクリアになった。
どうやら、ようやくマスターのお許しが出たらしい。
広がった視界の先には、画面上で見ているよりも遥かに圧を感じるような客人達の姿。
皆、晶に声をかけたくてウズウズしているのが丸分かりの様子だ。
「……マスター?」
「ここの子達なら、いいよ」
好きにお話してごらん、と耳元に囁くマスター。
「但し、この店の中だけならね」と付け加えられた言葉は、束縛と言うには妙にくすぐったい。
しかし何を言えばいいのか、今度こそ本気で困ってしまった。
名前……を名乗るのも今更か。
そもそも猫は名乗らない。
ならば猫らしい振る舞いとはどうすればいいのか。
よく分からなかったのでとりあえず、精一杯猫らしく「ニャァ」と鳴いてみる事にした。
「……は?え?」
「……よろしく、だってさ」
くすくす笑いながらのマスターの解説は、9割型正しい。
「人語話せなくなるレベルに調教済み……?」
「結局会話させる気ないってオチか」
呆れ半分、感心半分。
「ま、とりあえず顔は見れたわけだし、お披露目はこれでいっか。皆もう一回乾杯しよ~!改めて猫さんの歓迎会!猫さんは何飲む?」
「いや、この子の分はいいよ」
「え、まさか未成年じゃないよね?」
「立派な成人」
「よかった、犯罪じゃなくて!本当に良かった!」
理屈ではなく、肌で感じる仲間意識。
今までの晶にはなかった感覚だ。
この場所が、マスターの作り出した彼らの為の縄張り。
そう考えると何故か自分まで誇らしく観じてしまい、薄く微笑む晶。
「……ここで、皆に飼われる猫になるかい?」
「いいえ!私はマスターの猫です」
飼われるのなら、マスターがいい。
即答し、何故そんなことを?と咄嗟に目の前にあったマスターの腕を縋る様に掴む。
「マスター、」
「大丈夫、そんなに不安そうな顔をしないで。……意地悪を言ってごめんね?」
「意地悪……ですか?」
何のことだかさっぱりわからない。
眼の前でかすかに揺れる晶の頭を、耐えきれないとばかりに引き寄せ、ぎゅとその胸に抱え込むマスター。
「……無自覚すぎるのも少し問題か。
早くいつもの部屋に帰りたくなったよ」
返事をするかわり、自分もだと伝えるように、背中を掴む手に力を込める晶。
にぎやかな場所も悪くはないが、一番好きなのはマスターの腕の中。
二人きりになれる場所。
「君は、私を甘やかす達人だね」
呼びかけたのが、マスターだったから。
「マスター」
「隣においで」
差し伸べられた手を取り、マスターの横に立つ。
なにか言葉を発するべきかと躊躇うその唇をマスターがそっと塞ぎ、艶やかに笑った。
「これが私の可愛い猫だよ」
「ちょ……!!」
ザワザワとした、店内のざわめきも気にならない。
なぜなら。
「マスター!?そこまでする!?」
「あ、今度は耳塞ごうとしてるし!!」
「ちょ、瞳も見せてよー!!」
目の前には、マスターの指先だけ。
触れるのは、マスターの体温だけ。
いたずらに触れる指先が、少しだけくすぐったい。
「うわ……」
「あらまぁ……」
あちらこちらから聞こえる感嘆。
「いいなぁ」とボソリ呟く声。
瞳は隠しても、口を塞がれなかったということは、だ。
何を口にすればいいか、視界すら塞がれた中で一頻り悩んで、結局口をついて出たのは、たった一言。
「マスターの猫、です」
「「「!!」」」
「自己紹介できて偉いね、上手だよ」
「はい」
ヨシヨシと頭を撫でられ、ぱっと視界がクリアになった。
どうやら、ようやくマスターのお許しが出たらしい。
広がった視界の先には、画面上で見ているよりも遥かに圧を感じるような客人達の姿。
皆、晶に声をかけたくてウズウズしているのが丸分かりの様子だ。
「……マスター?」
「ここの子達なら、いいよ」
好きにお話してごらん、と耳元に囁くマスター。
「但し、この店の中だけならね」と付け加えられた言葉は、束縛と言うには妙にくすぐったい。
しかし何を言えばいいのか、今度こそ本気で困ってしまった。
名前……を名乗るのも今更か。
そもそも猫は名乗らない。
ならば猫らしい振る舞いとはどうすればいいのか。
よく分からなかったのでとりあえず、精一杯猫らしく「ニャァ」と鳴いてみる事にした。
「……は?え?」
「……よろしく、だってさ」
くすくす笑いながらのマスターの解説は、9割型正しい。
「人語話せなくなるレベルに調教済み……?」
「結局会話させる気ないってオチか」
呆れ半分、感心半分。
「ま、とりあえず顔は見れたわけだし、お披露目はこれでいっか。皆もう一回乾杯しよ~!改めて猫さんの歓迎会!猫さんは何飲む?」
「いや、この子の分はいいよ」
「え、まさか未成年じゃないよね?」
「立派な成人」
「よかった、犯罪じゃなくて!本当に良かった!」
理屈ではなく、肌で感じる仲間意識。
今までの晶にはなかった感覚だ。
この場所が、マスターの作り出した彼らの為の縄張り。
そう考えると何故か自分まで誇らしく観じてしまい、薄く微笑む晶。
「……ここで、皆に飼われる猫になるかい?」
「いいえ!私はマスターの猫です」
飼われるのなら、マスターがいい。
即答し、何故そんなことを?と咄嗟に目の前にあったマスターの腕を縋る様に掴む。
「マスター、」
「大丈夫、そんなに不安そうな顔をしないで。……意地悪を言ってごめんね?」
「意地悪……ですか?」
何のことだかさっぱりわからない。
眼の前でかすかに揺れる晶の頭を、耐えきれないとばかりに引き寄せ、ぎゅとその胸に抱え込むマスター。
「……無自覚すぎるのも少し問題か。
早くいつもの部屋に帰りたくなったよ」
返事をするかわり、自分もだと伝えるように、背中を掴む手に力を込める晶。
にぎやかな場所も悪くはないが、一番好きなのはマスターの腕の中。
二人きりになれる場所。
「君は、私を甘やかす達人だね」
20
お気に入りに追加
596
あなたにおすすめの小説
王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜
・不定期
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
兄さん、僕貴方にだけSubになるDomなんです!
かぎのえみずる
BL
双子の兄を持つ章吾は、大人顔負けのDomとして生まれてきたはずなのに、兄にだけはSubになってしまう性質で。
幼少期に分かって以来兄を避けていたが、二十歳を超える頃、再会し二人の歯車がまた巡る
Dom/Subユニバースボーイズラブです。
初めてDom/Subユニバース書いてみたので違和感あっても気にしないでください。
Dom/Subユニバースの用語説明なしです。
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。
平凡なSubの俺はスパダリDomに愛されて幸せです
おもち
BL
スパダリDom(いつもの)× 平凡Sub(いつもの)
BDSM要素はほぼ無し。
甘やかすのが好きなDomが好きなので、安定にイチャイチャ溺愛しています。
順次スケベパートも追加していきます
相性最高な最悪の男 ~ラブホで会った大嫌いな同僚に執着されて逃げられない~
柊 千鶴
BL
【執着攻め×強気受け】
人付き合いを好まず、常に周囲と一定の距離を置いてきた篠崎には、唯一激しく口論を交わす男がいた。
その仲の悪さから「天敵」と称される同期の男だ。
完璧人間と名高い男とは性格も意見も合わず、顔を合わせればいがみ合う日々を送っていた。
ところがある日。
篠崎が人肌恋しさを慰めるため、出会い系サイトで男を見繕いホテルに向かうと、部屋の中では件の「天敵」月島亮介が待っていた。
「ど、どうしてお前がここにいる⁉」「それはこちらの台詞だ…!」
一夜の過ちとして終わるかと思われた関係は、徐々にふたりの間に変化をもたらし、月島の秘められた執着心が明らかになっていく。
いつも嫌味を言い合っているライバルとマッチングしてしまい、一晩だけの関係で終わるには惜しいほど身体の相性は良く、抜け出せないまま囲われ執着され溺愛されていく話。小説家になろうに投稿した小説の改訂版です。
合わせて漫画もよろしくお願いします。(https://www.alphapolis.co.jp/manga/763604729/304424900)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる