保護猫subは愛されたい

あうる

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「いやぁ、いいもの見せてもらったよ本当っ!」

やたらとテンションの高いその人を紹介されたのは、私がマスターに拾われてからどれくらい立った日の事だったろうか。

「ん~、いい!満腹になったぽんぽんを晒して幸せそうに寝ている子猫ちゃんとか、ほんっとうに癒しだよねぇ」

どうやら、この彼の中でも、私がマスターの猫というのは周知の事実らしく。

「これまで野良猫だったのが信じらんないくらい。よかったねぇ、いいご主人様に恵まれてさぁ」

手をワキワキとさせてうずうずしているようだが、気軽にこちらに触れてこようとはしない。
今の状態になってみてようやく少しだけわかるようになったが、恐らく彼はマスター同様domだろう。
それも、マスターに近いくらい高レベルの。

「はい、ありがとうございます」

マスターの膝の上、ゴロゴロと甘えながら微笑む私に、「うんうん、いいねいいね!」と満足気な表情を浮かべる。
逆に、どこか不満げな顔をしているのはマスターだ。
表向き表情は変わらないが、ここ数日でマスターの機嫌の機微はなんとなくわかるようになった。

マスターは私と誰かが会話をすることを好まず、私の気持ちが他者へと向けられることも望ましくはないと思っている。


そこから考えると、これはもしや。

「嫉妬だね!」
「うるさい」

ニマニマと笑いながら断言され、こちらに向かって伸ばされた手をピシャリと叩き落す。
それもお互いに本気ではないのだろう。
友人同士の軽い戯れのようだと判断し、ほほえましく思いながら、ん~と伸びをしてマスターの手に頬を寄せる。

「この方はマスターのご友人ですか?」
「一応はね」
「僕はあの店の常連でもあるんだよ。雄吾が君を捕獲したあの日も店にいたんだ」
「あぁ…」

捕獲、と言われてしまうと困惑するが、確かに猫のように飼われているのは間違いではない。

「あの時からもうお互い相思相愛って感じだったもんねぇ。
僕もついつい気を利かせちゃってさぁ」
「……」
「純也君が君たちの後を追おうとしてたから、彼に気がありそうな男をけしかけて妨害してみたんだけど、今頃うまくいってるかなぁ。もしうまくいっていたら僕は愛のキューピッドだね!」

いいことをしたとほくそ笑む彼に、「お前の仕業か、あれは」と嘆息するマスター。

「いい仕事をしただろう?」
「まぁ上出来か」

喉をくすぐられ、毛づくろいをする母猫のような素振りで全身に軽く口づけられ、うっとりと目を閉じる。
なんだか気になる会話もあったような気がするが、それを気にしたところ飼い猫の私にできることなど何もない。
ただ、思い浮かぶことはひとつ。

あの日、騒ぐだけ騒いだ上でマスターの不興を買った彼は、マスターのコマンドを受けて顔を真っ青にし、その場にへたり込んだ。
がくがくと震えてしまった彼を冷たく見下ろしていたマスターだが、そこで予想外の事が起きたのだ。
「その人を引き取りたいのですが」と、表情一つ変えずに言い切り、部屋を訪れた男。
なんだかどこかで見たことのあるような気もしたが、誰だったのかは今でもわからない。
少し考えこんだようなマスターだが、礼儀正しくやってきた男に何か感じるものがあったのか。
男を部屋に招き入れると、彼は当然の顔をしていまだ震える彼を抱え上げ「失礼します」ときっちり頭を下げて帰っていった。
「やめろ」「離せよ…」と、小さく呟きながらも、縋りつくように男の背にしがみついたその姿は、強く印象に残っている。
その頭を、よしよし、となだめる撫でていた男の手は、私を撫でるマスターの手によく似ていた。

「ふふふ、いいねぇ。domもsubも、みぃんな幸せで僕も幸せさ」

両手を広げてにこにこと笑う。
彼は本当に、この家に来てから笑顔しか浮かべていない。
けれどそれが胡散臭いということもなく、心底から喜んでいるのだとわかるのが不思議だ。

「……晶が覚える必要はないけれど、一応紹介だけはしておこうか」
「はい」

マスターの友人であるならば、名前くらいは覚えておきたい。

「この男は東野といってね。特に庇護欲の強いタイプのdomだから、あまり傍には近づかないように」
東野旭とうのあさひだよ!雄吾とは大学時代からの仲間でね。普段はバース性の人間相手の相談係っていうか、色々な手続きの代行をしたりしてるんだ!」
「弁護士と司法書士、両方の資格を持つ便利屋と思えばいい」

弁護士と司法書士。
詳しくは覚えていないが、その二つは両立できるものだったのだろうか。

「一応社会的に認められたとはいえ、マイノリティに対する偏見ってのはなかなか根強いからね。
そこはしっかり公的な権利を主張していくためにも色々な手続きは必要だろ?
養子縁組や、パートナー登録、二人で生活するための家の購入なんてのも僕におまかせさ!
あの店の土地や、このマンションの土地を斡旋したのも僕だしね」

長い付き合いがうかがえる二人の息の合いようが、少しだけ羨ましい。

「今日こいつをここに呼んだのは、そろそろ正式な手続きを始めようと思ったからなんだ」
「……手続き、ですか?」
「あぁ。最初にいっただろう?結婚しよう、籍を入れようと」
「養子縁組……ですか?」
「そうだ」

それはさすがにまだ早いのでは?

そう思ったが、それを自分の口から言い出すのはためらわれた。

「おいおい雄吾、駄目じゃないか!猫ちゃんが不安そうな顔をしているよ?不安があるならちゃんとお互いに話し合ってからじゃないと。こういうのは最初が肝心なんだから、しっかりしてくれたまえよ!」

不安。
これは不安なのだろうか。
なんだか自分でもよくわからない。
不安があるなら行ってごらん、とでもいうように優しく見下ろしてくれるマスターに、私は勇気を出して問いかけた。

「本当に私が……マスターの権利を奪ってもいい物なんでしょうか」



「ーーーー晶?」

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