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選択後 壱
蜘蛛(アクラネ)①
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「私は…蜘蛛さんを選ぶ。」
「かしこまりました……それではこちらにサインと拇印を。」
蜘蛛さんと私の婚姻届は私が記入するとサラサラと砂のように消えてしまった。
「それでは、蜘蛛様の部屋にご案内いたします。」
たまちゃんは扉を開けて手招きをした。
私はこれから始まる生活に緊張を残しながら自分の部屋を出た。
すると、出てすぐに蜘蛛さんが壁に寄りかかっていた。
それを見てたまちゃんは足を止めて舌打ちをした。
「おや、もう決まったのかい?」
「蜘蛛様の婚姻届けが記入されました。」
「そうかい!僕を選んでくれるなんて思いもしなかったよ。」
蜘蛛さんの穏やかな声を聴いてもたまちゃんは不機嫌そうに尻尾を膨らませてそそくさと去ってしまった。
たまちゃんが去ると、徐に蜘蛛さんは私に片膝をついて見せた。
「あ、あの……。」
「女性をエスコートするには……ね?お手をどうぞ、My Dear。」
「ど、どうも……。」
私は慣れないエスコートに少々戸惑いつつ蜘蛛さんの手を取った。
その手は触れた瞬間に気が付いたけど、細かい返しのような短い毛に覆われていて、握られた感覚は無機質に近い。
思わずびくっと体を震わせると、蜘蛛さんが苦笑いを浮かべて手を離した。
「驚かせてしまったようだね。……この手は虫の脚と同じ形状になっていてね、気分を害してしまったかな?」
「い、いえ……。」
蜘蛛さんは黒い手袋をはめて息をついた
「よし、これで少しはエスコートに見合うね。」
「すみません。」
「君が気にすることはないさ。僕の落ち度だからね、さぁこちらだよ。」
蜘蛛さんに案内してもらった席は蜘蛛さんの部屋のバルコニーにある席だった。
「すごい……。」
「多分君の部屋の形状では実現しないかと思ってね。部屋の主人ごとに少しずつ部屋が変わっていてね。」
「そうなんですか。」
「こういう部屋も特注できるのも屋敷の醍醐味なんだ。」
蜘蛛さんはそう言って奥の椅子を引いてくれて、私は慌ててその椅子に腰かけた。
「ありがとうございます。」
「とんでもない、女性を喜ばせるのが男の務めだからね。せっかくのお月様だ、ティータイムにしよう。」
そう言って蜘蛛さんは戸棚からティーセットを取り出してきてあっという間に机が彩られた。
「すごい……。」
「これくらいは朝飯前だよ、今は夕飯後だけどね。フフッ。」
このオジサマ感が少しだけ引っかかるけど。
蜘蛛さんが紅茶を準備してくれている間に私は鮮やかなお菓子にくぎ付けになってしまった。
「ご飯が足りなかったのかい?」
「あ、いや、そうじゃなくて。どれも綺麗で迷ってしまって。」
「そうだろう?どれも私の気に入ったお店の物ばかりなんだ。味は保証するよ。」
蜘蛛さんはそう言って私の前に温かい紅茶を置いた。
それだけで、紅茶の香りが鼻をくすぐる。
「あれ、少し香りが違いますね。」
「」
「蜘蛛さん?」
「あ、あぁ、すまないね。君の嬉しそうな顔に見惚れてしまってね。」
見惚れた……のかな。
蜘蛛さんの目は見開いてた。
まるで……ありえない物を見るかのような目だった。
私の気のせいかな……。
「これは町の一角にある喫茶店からもらった特別なものなんだよ。」
「そうなんですか。」
「そこの紅茶が絶品でね。店主と仲良くなるまでに時間も掛かったよ。」
「へぇ!行ってみたいです。」
蜘蛛さんは紅茶を片手にこれはどのお店の物だとか、茶葉の熟成具合とかいろいろな情報を教えてくれて、あっという間に夜も更けていった。
「おや、もうこんな時間だね。」
蜘蛛さんの指さした掛け時計を見ると既に夜中を回っていた。
「本当だ……、すみません遅い時間まで。」
「いえいえ、こちらの誘った時間なんだから気にしないで。」
「では、部屋に戻りますね。」
「あぁ、ゆっくりお休みよ。」
私は蜘蛛さんの見送りを受けて部屋を出た。
「私の毒は効かなかったか。」
「え?」
ふと蜘蛛さんの声がした気がして振り返ると、既に蜘蛛さんの姿はなくなっていた。
無理かけちゃったな……。
こうして私は部屋に戻り、あっという間に眠りについた。
だから私は知らなかった。
蜘蛛さんのあの時の目の理由も。
私の寝顔を見おろす蜘蛛さんの正体も。
「かしこまりました……それではこちらにサインと拇印を。」
蜘蛛さんと私の婚姻届は私が記入するとサラサラと砂のように消えてしまった。
「それでは、蜘蛛様の部屋にご案内いたします。」
たまちゃんは扉を開けて手招きをした。
私はこれから始まる生活に緊張を残しながら自分の部屋を出た。
すると、出てすぐに蜘蛛さんが壁に寄りかかっていた。
それを見てたまちゃんは足を止めて舌打ちをした。
「おや、もう決まったのかい?」
「蜘蛛様の婚姻届けが記入されました。」
「そうかい!僕を選んでくれるなんて思いもしなかったよ。」
蜘蛛さんの穏やかな声を聴いてもたまちゃんは不機嫌そうに尻尾を膨らませてそそくさと去ってしまった。
たまちゃんが去ると、徐に蜘蛛さんは私に片膝をついて見せた。
「あ、あの……。」
「女性をエスコートするには……ね?お手をどうぞ、My Dear。」
「ど、どうも……。」
私は慣れないエスコートに少々戸惑いつつ蜘蛛さんの手を取った。
その手は触れた瞬間に気が付いたけど、細かい返しのような短い毛に覆われていて、握られた感覚は無機質に近い。
思わずびくっと体を震わせると、蜘蛛さんが苦笑いを浮かべて手を離した。
「驚かせてしまったようだね。……この手は虫の脚と同じ形状になっていてね、気分を害してしまったかな?」
「い、いえ……。」
蜘蛛さんは黒い手袋をはめて息をついた
「よし、これで少しはエスコートに見合うね。」
「すみません。」
「君が気にすることはないさ。僕の落ち度だからね、さぁこちらだよ。」
蜘蛛さんに案内してもらった席は蜘蛛さんの部屋のバルコニーにある席だった。
「すごい……。」
「多分君の部屋の形状では実現しないかと思ってね。部屋の主人ごとに少しずつ部屋が変わっていてね。」
「そうなんですか。」
「こういう部屋も特注できるのも屋敷の醍醐味なんだ。」
蜘蛛さんはそう言って奥の椅子を引いてくれて、私は慌ててその椅子に腰かけた。
「ありがとうございます。」
「とんでもない、女性を喜ばせるのが男の務めだからね。せっかくのお月様だ、ティータイムにしよう。」
そう言って蜘蛛さんは戸棚からティーセットを取り出してきてあっという間に机が彩られた。
「すごい……。」
「これくらいは朝飯前だよ、今は夕飯後だけどね。フフッ。」
このオジサマ感が少しだけ引っかかるけど。
蜘蛛さんが紅茶を準備してくれている間に私は鮮やかなお菓子にくぎ付けになってしまった。
「ご飯が足りなかったのかい?」
「あ、いや、そうじゃなくて。どれも綺麗で迷ってしまって。」
「そうだろう?どれも私の気に入ったお店の物ばかりなんだ。味は保証するよ。」
蜘蛛さんはそう言って私の前に温かい紅茶を置いた。
それだけで、紅茶の香りが鼻をくすぐる。
「あれ、少し香りが違いますね。」
「」
「蜘蛛さん?」
「あ、あぁ、すまないね。君の嬉しそうな顔に見惚れてしまってね。」
見惚れた……のかな。
蜘蛛さんの目は見開いてた。
まるで……ありえない物を見るかのような目だった。
私の気のせいかな……。
「これは町の一角にある喫茶店からもらった特別なものなんだよ。」
「そうなんですか。」
「そこの紅茶が絶品でね。店主と仲良くなるまでに時間も掛かったよ。」
「へぇ!行ってみたいです。」
蜘蛛さんは紅茶を片手にこれはどのお店の物だとか、茶葉の熟成具合とかいろいろな情報を教えてくれて、あっという間に夜も更けていった。
「おや、もうこんな時間だね。」
蜘蛛さんの指さした掛け時計を見ると既に夜中を回っていた。
「本当だ……、すみません遅い時間まで。」
「いえいえ、こちらの誘った時間なんだから気にしないで。」
「では、部屋に戻りますね。」
「あぁ、ゆっくりお休みよ。」
私は蜘蛛さんの見送りを受けて部屋を出た。
「私の毒は効かなかったか。」
「え?」
ふと蜘蛛さんの声がした気がして振り返ると、既に蜘蛛さんの姿はなくなっていた。
無理かけちゃったな……。
こうして私は部屋に戻り、あっという間に眠りについた。
だから私は知らなかった。
蜘蛛さんのあの時の目の理由も。
私の寝顔を見おろす蜘蛛さんの正体も。
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