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第一部 幼年編

第十七回

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「イズヴァルトさん! 行かないで! 戦うのはだめだよかなわないよ!」

 足首を縛られていただけではなかった。両腕も縛られていた。そうされて地面の上に倒されたマイヤは泣き叫び続ける。彼女はスカートを腰までめくりあげられて、白い脚と尻とを丸出しにされていた。

 その尻からはぶちゅぶちゅぶちゅと音を立てながら下痢便が垂れ流れている。ヴィクトリアとヤギウセッシウサイの一騎打ちを見て緊張しすぎ、お腹がゆるくなったからだ。

 彼女は尻からぶりゅぶりゅと音を立てながら、必死になってイズヴァルトを呼び戻そうとしていた。彼女を縛ったのはイズヴァルトだった。

 一旦はヴィクトリアと一緒に魔竜に降伏しよう。ヴィヤーサとロシェが連れていかれたのなら、例えコンゴウアミダラデンに連れて行かれても、彼等と協力すれば逃げ出せるはずだ。

「貴殿はそんなことを考えていたのでござるか!」

 思わずイズヴァルトは激怒して、彼女のおしりをぺんぺんしてしまった。尚も説得しようとして来たので少年騎士は、その辺にあった綱でとうとう彼女の手足を縛ってしまったのだ。

 その可愛い娘に折檻をしてしまった少年騎士は、突き進みながらももの凄く気分が悪かった。彼女の一計はうなずける。しかし闘志と若い心が許さなかった。戦いに向けいささか冷えてきた頭が、彼に理性を取り戻させた。

(あのかわいいおしりにぺんぺんするのは……これっきりにしたいでござるよ!)

 心ではそう思いながら口は固く閉じる。大きな体を折り曲げてイズヴァルトは剣を突き出し、ヤギウセッシウサイの懐に突っ込んだ。

「君、なかなかに素早いな!」

 鎖帷子を身にまとっているのに、身体強化魔法を使わずにここまで走るとは。ヤギウセッシウサイは賞賛の意を込めて呼びかけた。しかし突きは見せかけだった。急に跳躍して身体を回し、イズヴァルトはフードの中の首を斬り落とそうと図った。

「……ほう!」

 フードの中から喜びの声。イズヴァルトの渾身の回転斬りはフードを少しかすめるだけで終わった。ヤギウセッシウサイが峰打ちを食らわせようとすると、イズヴァルトは剣を投げて太刀筋を反らせ、転がって着地。

 ヴィクトリアが手を放していた細剣を握ると、身体を低く構えたまま餓狼のごとく相手の左脛に斬りかかった。

「何と素早い!」

 ひらりと避けながらセッシウサイが褒める。この子供は侮りがたい。いいや、是非とも自分の手で鍛えてみたい。尚も斬りかかるイズヴァルトの剣技に、ヴィクトリアを守りたいという意思だけを感じると、これこそが自分が求めていた弟子であり、友になるに違いない、と小声でつぶやいた。

「それにだ。君の剣にはどこか見覚えがある……」

 一族伝家の愛刀を送った、オーガ族の親友のそれに近いとぼそりと言った。ひらりとかわしながら呼びかける。

「君。オーガのアルムという名前に聞き覚えは? 君の剣の師の1人にいるはずだと思うが……」
「オーガのオンじいであれば存じているでござるよ! 拙者の剣の師匠のそのまた師匠! しかし拙者は遠目でちらと見ただけでござった!」
「オンじい? ううむ……やはり違うかな。まあ、アルム程の剣士であればきっと、オーガ族の弟子を何人か持っているはずだと思うが。まあいい」

 ヤギウセッシウサイはつぶやいた。君の剣と身のこなしはとても素晴らしい。だがしかし、それで勝てるとは思わないことだ。早死にすると。

 イズヴァルトは黙りこくったまま斬りかかる。荒い息を放ち夢中になって脚を運び剣を繰り出す。しかしそこでこの少年騎士は、いつもと違う感覚を剣の柄から感じ取っていた。

 剣が自分に何かを呼びかけている様な感覚が。それと同時にこんな戦いの最中なのに、股間のものは激しく勃起っしていた。まだ知らない未知の世界にいざなわれようとする、期待が充血していたのかもしれない。

 イズヴァルトはふと何かを思い、ヤギウセッシウサイを斬ろうとするのを止めた。五歩と十歩と後ずさった。『魔蜂の突針』が己の腕に、何かを語りかけていると感じて掌に意を込めた。

「……こうでござるか!」

 イズヴァルトはだいぶ離れた視界にいるヤギウセッシウサイを斬るかのように剣をふるった。フードの中から大声があがった。

 ヤギウセッシウサイは突如、持っていた剣で空を切っていたのだ。刹那、彼の背後で岩や地面が切り裂かれたのをイズヴァルトは目にした。

「ならば……!」

 イズヴァルトは右手に持った剣で何度も、ヤギウセッシウサイに向けて振る。その都度相手は剣で何かを斬ってあたりの地面に深い斬り込みを作り続けた。

 途端、イズヴァルトの疲れを感じた。身体ではなく頭に。頭脳に。意識に。視界もややぼやけてしまっていた。おぼろげな輪郭となったヤギウセッシウサイが、驚きの声をあげてこう呼びかけた。

「まさか! 君は姫騎士エリザベスの剣を……『魔蜂の突針』の力をそこまで引き出せたというのか! 後生恐るべし!」

 イズヴァルトが放ったのはヴィクトリアの剣に込められた魔法の力だった。彼女が引き出せなかったそれは、ヤギウセッシウサイが記憶している限り一番使えた者は、魔竜が譲り渡した本人だけだった。

「武の才はおろか魔剣を扱う才までも! 俺は増々嬉しくなった!」

 そうは言ってられないだろ、と背中から声が。ヤギウセッシウサイは前につんのめった。後ろからヴィクトリアが体当たりを食らわせていたからだ。

「ボウヤ! その剣の才能を扱う才能があるんだったらアンタにやるよ! ついでにもう1本。でかいのも持っていきな!」

 叫んで転がりながらヤギウセッシウサイから離れたヴィクトリアは、イズヴァルトに彼の背後にある大きな1本を取れと呼びかけた。

「魔力がからきしなアタイが使えたんだから、アンタだったらもっと引き出せるだろうさ!」

 イズヴァルトはうなずいた。背後を振り向いて素早くそれを持ち上げる。『覇王の大剣』と『魔蜂の突針』をもってヤギウセッシウサイに斬りかかった。

 無我夢中になっての斬撃。大剣のほうはイズヴァルトに盛んに呼びかけていた。刀身には常に重圧の魔法の力がかかり、それを受け止めるヤギウセッシウサイの腕に痛みを覚えさせた。

 『姫竜の牙』のレプリカを扱うよりも負担が無かった。こちらのほうが相性もリーチも彼の剣技にかなっていた。起き上がったヴィクトリアが「こっちに!」と呼びかけるのを耳にすると細い1本を投げてよこした。

「形勢逆転さ。連携していくよっ!」

 ヴィクトリアもまた加勢する。気力のみで立っていた様なものだったが彼女の底力は果てしなかった。かなりの剣士2人の攻勢に、ヤギウセッシウサイはとうとう音を上げた。

「我が敗北、止む無し!」

 身体を覆い隠す大きなまとっていたマントをめくり、腰に帯びた二振りの柄を見せた。左に白色の。右に黒色の。ヤギウセッシウサイは右手で左のを抜く。目に見えぬ抜刀を勘だけでイズヴァルトは避けきった。

 魔竜の部下が右手に持つのは、柄も刀身も真っ白の幅広の剣。イズヴァルトは『覇王の剣』を遥かに凌ぐ魔力をその剣から感じ取っていた。

「……拙者らも、そろそろ潮時でござろうか」
「いいや。俺の負けだ! この『白の叛逆』を抜いたら負け、と我が主から言われたからな!」

 何をのんきなことを、叫びながらヴィクトリアは一撃を放った。剣先は相手の顔面を捕らえていた。しかし寸前のところでヤギウセッシウサイは避けたが、フードはめくれてしまった。 

 イズヴァルトとヴィクトリアはとうとう、かの剣豪の素顔を見る事とあいなった。頭は茶色い、硬そうな毛に覆われており顔面はまるで猪だった。とはいえ、ヤギウセッシウサイは獣人族ではなかった。

「貴殿、何の種族でござるか! いのししさんのようなお顔でござるが……」
「……オーク族だ。但し魔界のだが。違う世界では大鬼や『トロル族』の様な顔立ちの者もいるが、魔界のオーガは俺の様な猪や豚の獣人に似た姿をしているのだ」

 イズヴァルトはヴィクトリアに、オークという種族を知っているでござるかと尋ねる。ヴィクトリアは名前だけ、とうなずいた。

「アタイのご先祖が仲間にしていたって聞いているけどさ」
「先祖とは……」
「サイゴークの覇王・アルグレイブ暗黒卿のことさ!」

 それからヴィクトリアは言い伝えをかいつまんでイズヴァルトに語る。オーク族の男は好色かつ精力絶倫。女をかたっぱしから犯して孕ませ続けるあくどい種族なのだと。

 暗黒卿は滅ぼした領主の妻や娘を、その人物にあてがって子を産ませるのをとても楽しんだという。暗黒卿も相当な悪党である。そんな屑でもサイゴークに繁栄を築いた立派な先祖であると、ヴィクトリアは否定しなかった。

「そんでアタイのご先祖のお供のオークってのが、白豚の様な顔と体つきだったらしいね。ヤギウセッシウサイ、アンタの魔界でのお仲間かい?」
「ぶ、ぶひいいい……」

 ヤギウセッシウサイはいなないた。まさしくそれこそ『白豚族』と呼ばれる魔界の一族。ただ、彼等が腹ませた違う種族の女は、オークとしてではなく母の種族として産まれる事が常だった。

「それが本当なら、オークとは……なんと破廉恥な種族なのでござろうか!」

 イズヴァルトは思わず嘆いた。しかし目の前のオークの剣豪は助平な気配はみじんもない。彼はきっと仲間達の乱行で良心を痛めているのだろうと思って問いかけた。

「ち、ちがう。断じて違う! それはあくまで我が種族や支族のほんのひと握りだ! 魔界のオーク族はそもそも情愛が深くおだやかで、この世界の女エルフみたいに乱倫を好むような色阿呆では断じてない!」

 むしろこの世界の亜人のほうがとんでもない、とヤギウセッシウサイは答えた。コンゴウアミダラデンのサキュバスどもを朝から晩までいてこまし、挙句の果てには孕みづらい彼女達を何人もの子の母親にしてしまうというとんでもない者ばかりだと。

「と、とりあえず俺の負けだ! しかし君達はここから引き返すのだ!」
「負けならば拙者らはこの先に進んでも良いということでござる」
「そうさ。アンタんとこのえっろいサキュバスに連れ去られただろ、ヴィヤーサとロシェが。あいつらを取り返さないまではこのまま先に進めさせてもらうよ?」

 ヤギウセッシウサイは怯えながら、「そうもいかないだろう」と進む先を指さした。いつの間にかがけ崩れが起こり、道はすっかり閉じられていたのだ。

「それだけではない。魔竜様の別の部下が待ち構えている。中には容赦ない者もいる。多分君達2人ではどうにもならんだろう……それと」

 あそにいる可愛い娘さんを連れて、この先に進むのはいかがなものかとヤギウセッシウサイは諭した。だがどうにも気分が悪い。何かねっとりとした淫らな空気に包まれているかの様に感じ、心地が良くなかった。

 それもそのはず、倒れていたマイヤが彼を見てずっとよだれを垂らしていたからだった。この『精虫液中毒者』は本能で、この魔族にとてつもない欲を抱いていた。

「なんかおいしそうなざーめんみるくを飲ませてくれる感じがするなあ。じゅるるる……」

 一刻一刻と時が進むごとに、その童女からのプレッシャーが増々重く感じられるようになった。もしかしたら自分は干からびるまで吸い取られるかもしれない。オーク族の精液は栄養満点で美味なのだ。

 飲精好きのサキュバスから彼は、しこたま搾り取られる日常茶飯事を送っていたからそれを切に感じ取っていた。

「……エルザ。頼む。あの幼な子に殺されそうな気がする。俺を逃がしてくれ!」
「な、何をおっしゃるでござるか!」

 待て、とイズヴァルトが叫んですぐ、オークの剣豪はその場から消えていなくなってしまった。途端、マイヤは急に泣き顔となってえんえんと泣き始めた。とてもおいしそうなものを飲ませてくれる相手がいなくなった事に、大きな喪失感を抱いたからである。

 果たしてイズヴァルト達は魔竜の一番の剣豪を撤退させ、一命を取り留めたがこの先に進むことが出来なくなった。ここから馬で帰ろうとしても四つ足の獣は逃げてここにはいない。

 さて、彼等はここからどの様な道をゆくことになるのか?

 その続きについてはまた、次回にて。
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