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第三部 カツランダルク戦記 『第三章・カツランダルクの姉妹』
107 トーリとルッソ
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何かが入って来たので排除しようと仕掛けた。避けられぬように魔力をできるだけ抑え、最初の一撃で葬る様に待ち構えた。たいていのものを燃やすはずの火炎弾を放った。死んだはずだ。
それなのに、入口にいるそれは燃え尽きなかった。まるで効いていない様だった。なぜかと考えて意識を高める。火炎弾の魔力が消え失せている。
(どうしてだ?)
それの魔力がどういう種類のものかを感じ取る。視覚こそあるが聴覚は戻って来ていない状態だが、魔力や気配で他者がどういうものかを知る事は可能だ。相手が蓄えている魔力と、それが動かす術式なら判別できた。
(……これは!)
この世界の常なる者達が扱うものとは別種だ。王国を滅ぼした、憎き宿敵であるあの一族に近い。抑えられない激情がこみあげて来る。
いや、しかもだ。よりにもよって、あの一族の『先祖』に一番似ているようだ。遠い昔、どこかで聞いたことがあった。あれの最初の子の代で、一番上の男児が、羊飼いをしながら魔道士としての道を歩んだそうだ。大陸制覇を目指したのはその弟たちだった。
……と、なれば。
(是が非でも殺さなくてはならない。)
あれは自分達の一族に対抗する術式を作り上げていた。我らの祖ならば力押しで無いものにできただろうが、あれほどの魔力は自分達には無かった。淫魔が得意とする魔法も戦いの魔法も何もかも、役に立たなかった。
(またもやホーデンエーネンの刺客か! おのれ! 私をどこまでも邪魔する気か!)
それが平然と前に進み出るのを見て更なる術式を繰り出す。魔族の魔法が駄目ならこっちはどうだ? パラッツォの枢機卿らが用いる神聖魔法であれば。
(我の前に現れたことを後悔するがよい。下郎がっ!)
□ □ □ □ □
やられたと一瞬思った。けれども燃え盛る火炎球が、いきなりかき消えたのに驚きを覚えるとともに、ルッソはその部屋に軟体生物に護られる様に立つ何かを目にしていた。
(なんなんだ、あれ?)
真っ白に輝く幽霊のようなモノ。肢体見事な髪の長い女の様に見える輪郭だ。頭のてっぺんに輪っかの様なものが浮かんでいる。不思議と愛おしさを覚えてしまったが、自分の右横に強烈な違和感を覚えてしまっていたから、感傷に浸れなかった。
(こいつは……!)
濃密な魔力の塊だ。右だけじゃなく左にも。凝縮して何かの魔法を仕掛けるつもりだろう。避けるという選択肢を考える前に身体が動いた。それに向けて体当たりを仕掛けたのだ。
傍目から見れば何もないところに寄りかかろうとしか見えない動きだ。ピルリアとパルパティアは呆気に取られて言葉を発せなかった。ただ、戦う気に満ちていたアナキンだけは、喉を締められていなかった。
「ルッソさん、いきなり何を!」
が、ルッソが何かに弾かれてよろける動きを見せたので気が付いた。彼が左側の何にもないところにもぶつかって確信した。
(ルッソは魔力そのものが……見える?)
アナキンが剣を握りしめて念を込めた。パルパティアが印を切って、それの真上に術式陣を展開させた。即座に、その光の陣から燃え盛る炎が起こった。けれどもパルパティアはこれが無駄な魔法だとわかっていた。アナキンを急かす。
「ぼっちゃん、『魔族殺しの剣』の準備を!」
「わかっている!」
アナキンも察知していた。あれは魔族の思念体だ。彼が握るミスリルの剣もだ。紅く色が変わっていたのだ。
「ルッソさん、間合いを詰めて!」
「ああ!」
ルッソはゆっくりと進み出る。軟体生物たちは彼を避ける為に縮こまってしまった。その霊体は信じられなかった。
(なぜ! なぜあの者を避けるのだ!)
しかも自分の魔法が発動する前に潰されたのだ。あれはあの一族の中で相当に優秀な『魔族殺し』らしい。しかしむざむざとやられるわけにはいかぬ。
(この場で死ぬのはお前だ!)
足止めの為の土魔法を仕掛ける。ルッソの目の前の床板が外れ、土の壁が現れた。それをピルリアが剛拳で打ち砕く。そのまま彼女は大きく跳躍し、鋼の爪がついた拳で霊体の胸を狙った。
「ピルリアさん、それは違う!」
パルパティアが飛ぶ。ピルリアは身体ごと霊体をすり抜けてしまった。壁に足をつけると反転して背中を狙うが、やらかしてしまった、と悔いた。
「しまった!」
ルッソにはまるで役立たずの魔法が仕掛けられたのだ。神聖魔法ではない。部屋一面に無数の熱線が飛び交った。部屋の外にいたアナキンには当たらなかったが、ルッソやピルリア、パルパティアには容赦なく注がれる。軟体生物たちも巻き添えを喰らった。
「ピルリア! パルパティアさん! ルッソさん!」
だが、あちら側から何かが飛んで来てアナキンの身体に飛び込んできた。抱きかかえたのはピルリア。彼女は無事では無かった。至る所にやけどを負い、兜は穴だらけだった。
「……パルパティア先生は!」
煙がかき消えた。起こしたのは立ったままのルッソだった。服と防具が穴だらけになっていたが、その他は無事だった。
けれども、ピルリアをかばおうとしたパルパティアは喰らってしまった。彼女の身体には熱線で空けられた穴だらけだった。ルッソが口を開いた。
「今の魔法はあの時の……」
トーリと喧嘩別れした時に受けた炎の魔法。魔竜から学んだものらしいとサキュバス達から聞いたことがある。
「さては、きみはトーリだね?」
ルッソは兜を脱いで顔を見せる。思念は次の攻撃を仕掛けるのをやめた。その顔を見て力が抜けてしまったからだ。
(ルッソ……ルッソだったの?)
最愛の人がどうして私の邪魔を? 討伐軍に加わったのか。惑い、悩みながらも彼女は軟体達に命じた。動くな。
「トーリ。君はなんでそんな姿になってしまったのかい? 今の君が思念体だったら……誰に身体を壊された? 教えてくれ!」
思念体は答えられない。感情が高ぶり過ぎ、念話術式にもストップをかけてしまうぐらいに動揺していたからだ。
「だったら、君をそんなひどい目に遭わせた奴を一緒にやっつけに行こうよ。それならいいだろ。君が傷つけてしまった人達は俺のせいにすればいい。君の仕返しが終わったら、俺が代わりに処刑台に行くから……」
ルッソはそう持ち掛けたがトーリには聞こえていなかった。怒りで何かをわめいている様にしか見えない。足元で斃れている女を殺した自分を、激しく非難している様に見えた。
(ちがうの……ちがうの、ルッソ……)
自分はカヅノ=セイジにやられた身体を取り戻す為に。それから、このイーガから来たハーフエルフの女が加わる討伐軍を倒すべく、力を蓄えていただけだ。
ルッソを前に彼女はもう、祖先の憎しみや血の復讐などどうでもよくなっていた。なんと言い訳をしたいいのだろう。自分がしでかしてしまった殺戮を、どう償えばいいか、彼に聞きたい。
「……君、まさか、しゃべれることも聞こえることもできなくなったのかい?」
慰めの言葉をかけるが、ルッソのその声を、今だ聞く事が出来なかった。ならばもう一度念話魔法をかけなおそう。ルッソとトーリが同時に考えて使おうとした時だ。
「貴様、パルパティア先生を殺したな!」
アナキンの声だった。ルッソは後ろから走って来た彼に突き飛ばされた。
「仇ッ!」
彼は魔族殺しの剣を発動させていた。無防備なトーリの霊体が右腹から裂かれる。その時、彼女はルッソと語る為の念話術式を発動し、終えていたところであった。
「ルッソ!」
「トーリ!」
身体が真っ二つになったような痛み。苦しい。
「……助けて!」
叫んですぐに、アナキンからまた一撃を喰らった。
「アナキン! これ以上はやめるんだ! その子はトーリだよ! 俺がこの世で一番大好きな人だ! 大事な嫁さんなんだ!」
「何を言う! こいつはパルパティア先生の仇だ! 悪霊だッ!」
ルッソは息絶えつつある思念体を、更に斬り刻んでいくアナキンに飛び掛かった。彼を取り押さえるが、激高したアナキンはそれを振り払い、倒れた彼の喉元を、剣の切っ先で深々と刺してしまった。
「……え? あ……ああ……」
ルッソは身体を震わせながら口から血を吐き、アナキンの剣を掴んだ。死にかけてもなお、念話魔法でアナキンに、トーリに呼びかけた。
(やめてくれ、アナキンさん。もうトーリはパルパティアさんの……みんなを殺した報いを受けたよ……トーリ……)
助けられなくて、ごめん。そう言い残してルッソは事切れた。倒れた彼の首から剣を引き抜くと、アナキンは思念体とこの一部始終を見ていたピルリアの両方を見た。
「ははは……おれは、俺は、何をやってしまったんだ?」
「アナキンぼっちゃん?」
アナキンはどうするか迷っていた。この剣でルッソに詫びを入れるべきか。彼の血が付いた剣を持ち、首筋に刃を当てていた。
(だ……め……)
彼がしようとしていたことに、もはや死を待つのみのトーリが動いた。軟体生物への最後の命令。
(自殺を止めて!)
触手に呼びかけ、彼の腕に絡みつかせる。ピルリアも飛び込んできて彼から剣を奪って投げ捨てると、抱きしめた。
「あたしの前でどうして死のうとするんですか! ぼっちゃんはあたしの大切なお方なんですよ!」
頭の芯が痺れて何も考えられなくなったアナキンはただ、ピルリアの抱擁を受けるだけだった。
(……そうよ。それでいいわ。)
トーリの思念にも死が訪れた。目の前の2人が抱き合うのを見て何故か怒りがわかなかった。
(ルッソを殺してしまったのは、わたしなんだから。わたしが馬鹿な真似をしたから……)
彼に対して恨みは持たない。すべての終わりの10秒前、彼女はこの城が大きく振動し、アナキンとピルリアが崩れた石材に飲み込まれていくのを見た。
そして最後につぶやいた。
(魔法だ。あの男のしわざだ。)
彼女は全てを焔で焼き尽くすが如き怒りを燃えがらせたまま、違う世界へと旅立って行った。先に発った夫の後を追う為にである。
それなのに、入口にいるそれは燃え尽きなかった。まるで効いていない様だった。なぜかと考えて意識を高める。火炎弾の魔力が消え失せている。
(どうしてだ?)
それの魔力がどういう種類のものかを感じ取る。視覚こそあるが聴覚は戻って来ていない状態だが、魔力や気配で他者がどういうものかを知る事は可能だ。相手が蓄えている魔力と、それが動かす術式なら判別できた。
(……これは!)
この世界の常なる者達が扱うものとは別種だ。王国を滅ぼした、憎き宿敵であるあの一族に近い。抑えられない激情がこみあげて来る。
いや、しかもだ。よりにもよって、あの一族の『先祖』に一番似ているようだ。遠い昔、どこかで聞いたことがあった。あれの最初の子の代で、一番上の男児が、羊飼いをしながら魔道士としての道を歩んだそうだ。大陸制覇を目指したのはその弟たちだった。
……と、なれば。
(是が非でも殺さなくてはならない。)
あれは自分達の一族に対抗する術式を作り上げていた。我らの祖ならば力押しで無いものにできただろうが、あれほどの魔力は自分達には無かった。淫魔が得意とする魔法も戦いの魔法も何もかも、役に立たなかった。
(またもやホーデンエーネンの刺客か! おのれ! 私をどこまでも邪魔する気か!)
それが平然と前に進み出るのを見て更なる術式を繰り出す。魔族の魔法が駄目ならこっちはどうだ? パラッツォの枢機卿らが用いる神聖魔法であれば。
(我の前に現れたことを後悔するがよい。下郎がっ!)
□ □ □ □ □
やられたと一瞬思った。けれども燃え盛る火炎球が、いきなりかき消えたのに驚きを覚えるとともに、ルッソはその部屋に軟体生物に護られる様に立つ何かを目にしていた。
(なんなんだ、あれ?)
真っ白に輝く幽霊のようなモノ。肢体見事な髪の長い女の様に見える輪郭だ。頭のてっぺんに輪っかの様なものが浮かんでいる。不思議と愛おしさを覚えてしまったが、自分の右横に強烈な違和感を覚えてしまっていたから、感傷に浸れなかった。
(こいつは……!)
濃密な魔力の塊だ。右だけじゃなく左にも。凝縮して何かの魔法を仕掛けるつもりだろう。避けるという選択肢を考える前に身体が動いた。それに向けて体当たりを仕掛けたのだ。
傍目から見れば何もないところに寄りかかろうとしか見えない動きだ。ピルリアとパルパティアは呆気に取られて言葉を発せなかった。ただ、戦う気に満ちていたアナキンだけは、喉を締められていなかった。
「ルッソさん、いきなり何を!」
が、ルッソが何かに弾かれてよろける動きを見せたので気が付いた。彼が左側の何にもないところにもぶつかって確信した。
(ルッソは魔力そのものが……見える?)
アナキンが剣を握りしめて念を込めた。パルパティアが印を切って、それの真上に術式陣を展開させた。即座に、その光の陣から燃え盛る炎が起こった。けれどもパルパティアはこれが無駄な魔法だとわかっていた。アナキンを急かす。
「ぼっちゃん、『魔族殺しの剣』の準備を!」
「わかっている!」
アナキンも察知していた。あれは魔族の思念体だ。彼が握るミスリルの剣もだ。紅く色が変わっていたのだ。
「ルッソさん、間合いを詰めて!」
「ああ!」
ルッソはゆっくりと進み出る。軟体生物たちは彼を避ける為に縮こまってしまった。その霊体は信じられなかった。
(なぜ! なぜあの者を避けるのだ!)
しかも自分の魔法が発動する前に潰されたのだ。あれはあの一族の中で相当に優秀な『魔族殺し』らしい。しかしむざむざとやられるわけにはいかぬ。
(この場で死ぬのはお前だ!)
足止めの為の土魔法を仕掛ける。ルッソの目の前の床板が外れ、土の壁が現れた。それをピルリアが剛拳で打ち砕く。そのまま彼女は大きく跳躍し、鋼の爪がついた拳で霊体の胸を狙った。
「ピルリアさん、それは違う!」
パルパティアが飛ぶ。ピルリアは身体ごと霊体をすり抜けてしまった。壁に足をつけると反転して背中を狙うが、やらかしてしまった、と悔いた。
「しまった!」
ルッソにはまるで役立たずの魔法が仕掛けられたのだ。神聖魔法ではない。部屋一面に無数の熱線が飛び交った。部屋の外にいたアナキンには当たらなかったが、ルッソやピルリア、パルパティアには容赦なく注がれる。軟体生物たちも巻き添えを喰らった。
「ピルリア! パルパティアさん! ルッソさん!」
だが、あちら側から何かが飛んで来てアナキンの身体に飛び込んできた。抱きかかえたのはピルリア。彼女は無事では無かった。至る所にやけどを負い、兜は穴だらけだった。
「……パルパティア先生は!」
煙がかき消えた。起こしたのは立ったままのルッソだった。服と防具が穴だらけになっていたが、その他は無事だった。
けれども、ピルリアをかばおうとしたパルパティアは喰らってしまった。彼女の身体には熱線で空けられた穴だらけだった。ルッソが口を開いた。
「今の魔法はあの時の……」
トーリと喧嘩別れした時に受けた炎の魔法。魔竜から学んだものらしいとサキュバス達から聞いたことがある。
「さては、きみはトーリだね?」
ルッソは兜を脱いで顔を見せる。思念は次の攻撃を仕掛けるのをやめた。その顔を見て力が抜けてしまったからだ。
(ルッソ……ルッソだったの?)
最愛の人がどうして私の邪魔を? 討伐軍に加わったのか。惑い、悩みながらも彼女は軟体達に命じた。動くな。
「トーリ。君はなんでそんな姿になってしまったのかい? 今の君が思念体だったら……誰に身体を壊された? 教えてくれ!」
思念体は答えられない。感情が高ぶり過ぎ、念話術式にもストップをかけてしまうぐらいに動揺していたからだ。
「だったら、君をそんなひどい目に遭わせた奴を一緒にやっつけに行こうよ。それならいいだろ。君が傷つけてしまった人達は俺のせいにすればいい。君の仕返しが終わったら、俺が代わりに処刑台に行くから……」
ルッソはそう持ち掛けたがトーリには聞こえていなかった。怒りで何かをわめいている様にしか見えない。足元で斃れている女を殺した自分を、激しく非難している様に見えた。
(ちがうの……ちがうの、ルッソ……)
自分はカヅノ=セイジにやられた身体を取り戻す為に。それから、このイーガから来たハーフエルフの女が加わる討伐軍を倒すべく、力を蓄えていただけだ。
ルッソを前に彼女はもう、祖先の憎しみや血の復讐などどうでもよくなっていた。なんと言い訳をしたいいのだろう。自分がしでかしてしまった殺戮を、どう償えばいいか、彼に聞きたい。
「……君、まさか、しゃべれることも聞こえることもできなくなったのかい?」
慰めの言葉をかけるが、ルッソのその声を、今だ聞く事が出来なかった。ならばもう一度念話魔法をかけなおそう。ルッソとトーリが同時に考えて使おうとした時だ。
「貴様、パルパティア先生を殺したな!」
アナキンの声だった。ルッソは後ろから走って来た彼に突き飛ばされた。
「仇ッ!」
彼は魔族殺しの剣を発動させていた。無防備なトーリの霊体が右腹から裂かれる。その時、彼女はルッソと語る為の念話術式を発動し、終えていたところであった。
「ルッソ!」
「トーリ!」
身体が真っ二つになったような痛み。苦しい。
「……助けて!」
叫んですぐに、アナキンからまた一撃を喰らった。
「アナキン! これ以上はやめるんだ! その子はトーリだよ! 俺がこの世で一番大好きな人だ! 大事な嫁さんなんだ!」
「何を言う! こいつはパルパティア先生の仇だ! 悪霊だッ!」
ルッソは息絶えつつある思念体を、更に斬り刻んでいくアナキンに飛び掛かった。彼を取り押さえるが、激高したアナキンはそれを振り払い、倒れた彼の喉元を、剣の切っ先で深々と刺してしまった。
「……え? あ……ああ……」
ルッソは身体を震わせながら口から血を吐き、アナキンの剣を掴んだ。死にかけてもなお、念話魔法でアナキンに、トーリに呼びかけた。
(やめてくれ、アナキンさん。もうトーリはパルパティアさんの……みんなを殺した報いを受けたよ……トーリ……)
助けられなくて、ごめん。そう言い残してルッソは事切れた。倒れた彼の首から剣を引き抜くと、アナキンは思念体とこの一部始終を見ていたピルリアの両方を見た。
「ははは……おれは、俺は、何をやってしまったんだ?」
「アナキンぼっちゃん?」
アナキンはどうするか迷っていた。この剣でルッソに詫びを入れるべきか。彼の血が付いた剣を持ち、首筋に刃を当てていた。
(だ……め……)
彼がしようとしていたことに、もはや死を待つのみのトーリが動いた。軟体生物への最後の命令。
(自殺を止めて!)
触手に呼びかけ、彼の腕に絡みつかせる。ピルリアも飛び込んできて彼から剣を奪って投げ捨てると、抱きしめた。
「あたしの前でどうして死のうとするんですか! ぼっちゃんはあたしの大切なお方なんですよ!」
頭の芯が痺れて何も考えられなくなったアナキンはただ、ピルリアの抱擁を受けるだけだった。
(……そうよ。それでいいわ。)
トーリの思念にも死が訪れた。目の前の2人が抱き合うのを見て何故か怒りがわかなかった。
(ルッソを殺してしまったのは、わたしなんだから。わたしが馬鹿な真似をしたから……)
彼に対して恨みは持たない。すべての終わりの10秒前、彼女はこの城が大きく振動し、アナキンとピルリアが崩れた石材に飲み込まれていくのを見た。
そして最後につぶやいた。
(魔法だ。あの男のしわざだ。)
彼女は全てを焔で焼き尽くすが如き怒りを燃えがらせたまま、違う世界へと旅立って行った。先に発った夫の後を追う為にである。
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