聖騎士イズヴァルトの伝説 外伝 『女王の末裔たち』

CHACOとJAGURA

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第三部 カツランダルク戦記 『第三章・カツランダルクの姉妹』

98 アナキンとピルリア

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(何故呼んだんだ、兄上は?)

 ホーデンエーネン王国暦356年5月21日。
 
 アナキン=スカルファッカーはナガオカッツェ公領にある山沿いの道を歩いていた。但し西側の、山賊によく出くわすほうの荒れ道だった。
 
 この15日前、兄の知り合いというサキュバスがやって来て2日でスカルファッカー領に連れ戻され、その翌日すぐに出発させられた。セイン国王からの勅書を兄が広げ、急かしたからだ。
 
(転移魔法を使っているからって、1週間ぐらいゆっくりさせてくれればいいのに。)

 留学から10年。スカルファッカー領はだいぶ様変わりしていた。町の外にはマイア=テクニカの工場が建っていた。ピルリアの兄は防衛兵団の副団長になっていた。父はかなり老けてしまい、病気がちになっていた。
 
 それからとても気に入らないことがあった。妹2人がオルフレッドというアスカウ公の息子の妾になって、それぞれ2人ずつ子供を産み育てていたことだ。手紙で知っていたが実物を見ると途端に怒りや不安がわいてしまった。妹の子供達がどうにも、この館の跡継ぎみたく見えたからだ。
 
(父さんはオルフレッドにスカルファッカー領を継がせるつもりなのか? 俺がいるのに。魔法の勉強をしっかりと果たしたんだぞ、俺は?)
 
 まるでうだつのあがらない人間だった、前世のことを思い出してしまう。毎朝7時に出社して22時だか23時ぐらいでないと終わらない労働環境。しかし縁故採用の2年先輩は彼より2時間遅く出社し、定時前に帰って行った。仕事をしないくせに人事評価は良。
 
(いつだったか……会社のキャンプ大会であの連中はいい車に乗って可愛い恋人を肩に抱いていたよな。俺の同期の女の子を堕胎させたりしていたくせに。これだからコネ野郎は……。)

 そのむかつく前世の人物とオルフレッドとが、だぶって見える、森林と川しか見えぬつまらない風景を眺め続けていると、なおさら思い出して怒りを覚えてしまう。
 
 彼が今いるその道は、ちょうどタンバレーネの『山の民』が住まう範囲に近づきつつあった。目的地はもうそろそろだが、そこから1か月、2カ月と滞在するのだと思うと気が滅入った。
 
(本当にあるのか、財宝なんて?)

 兄からの依頼。ナガオカッツェから自治を保持し続けるタンバレーネ山地の間に、大陸戦国時代以前の遺跡群があるから調査をして欲しい。
 
 ナントブルグの古い書庫から発見した古文書によれば、それらの遺跡は逃亡した敵対王朝の要害で、今も光り続ける宝石や金塊が眠っているらしい。それを見つければアスカウ公とヨーシデン公が計画を進めている、『えくすぷれす』の資金にあてられるはずだ。
 
(兄上が言う事はどうもうさんくさい……)

 とはいえ断る事はできなかった。成功しても失敗しても、この任務を果たさなければアスカウ公に難癖をつけられてしまう。公は今、南天騎士団の領地で人民騒乱を収めに回っていると聞いたが、どのような朝議を通してこの捜索を企図したのかをアナキンは存じていなかった。
 
「ぼっちゃん。なんか顔が浮かないですねえ?」

 後ろから声がした。振り向くとピルリアがいた。彼女は厨房馬車で作った弁当を隊員達に配っていたのだ。籠から堅焼きの大きなパンを1つ取り出して夫に渡した。焼きたてで熱かった。中にはチーズと干し肉が入っている。

「ありがとう、ピルリア」
「どういたしまして。それより食料は持つんですかね? おおよそ1カ月、遺跡をめぐるんでしょう?」

 アナキンは後ろを見た。たくさんの馬車が連なっている。食料や機材、テントや医薬品を運んでいたのだ。
 
「多分大丈夫だよ。キャンプ地にはヨーシデンからも物資補給の馬車が来てくれるそうだからね。しかし1か月か。辛いな」

 アナキンは周囲を見渡す。景色こそ良いが集落はどこにも無く、寂しいことこの上ない。この辺りは賊がよく出るとも聞いていた。遺跡がある地域はどうなのだろうか。
 
「ところでピルリア、あの人たちはどうしている?」
「パルパティアさんがたですか?」

 アナキンはうなずいた。この一行にはイーガの魔道士が加わっていた。魔法で隠した通路や宝物庫に、仕掛け罠を調べてもらう為に加えたのだ。この為にケノービは多額の献金をしたそうだ。
 
「まさか、パルパティア先生までつけてくれるなんて……」

 彼女はアナキンとピルリアの幼年時代の魔法の師であった。魔道学問所や魔道騎士団で指折りの使い手としてイーガでは知られている。
 
 それから、彼女は彼にエルフがどれ程の品性の持ち主なのかを教えてくれた人生の師でもあった。家庭教師として来た時から、太ももと股が見えてしまう薄い生地のスカートをはいていた。一緒に風呂に入ることもあった。その時には『ちんちん育て』と称し、幼いアナキンはエルフの指と口でもって、小さな陰茎と陰嚢とで愛撫を受けた。彼の陰茎が大きく育ったのも、彼女が構ってくれたからだ。
 
「そういや、昨日の晩にパルパティアさんとしたんでしょう?」

 ピルリアが笑みを向ける。アナキンは出発してから2日に1度、パルパティアと馬車の中で寝る事があったのだ。
 
「聞くなよ。君も可愛がってもらっているだろう?」
「指づかいが前よりも上手くなってましたからね。わたし、何度もイカされちゃいましたよ。いいにおいだし……」
「においか。ちょっとミルクのにおいが強くなったかな、先生」

 彼は暗闇の中で抱いた師の身体の感触を思い出した。幼いころから美しいままの彼女は、あの頃より少し柔らかな肉をつけていた。妊娠し、子を産んだので身体が丸くなったのだろう。甘いにおいが漂っていた。

 パルパティアは一昨年子供を産んでいた。女の子でモーリーと名付けられた。父親はあの聖騎士イズヴァルトだ。まだ小さな娘は息子夫婦に預けられている。
 
(イズヴァルトか。)

 硬いパンをかじりながらアナキンは思った。胸が焼けるような感じがして、うまくものを考えられない、重い気分に包まれた。
 
 あの男が自分より先に、先生を物にしたことが許せない。聞けばあの男、イーガのマレーネ姫に2人の子を産ませたらしいじゃないか。それだけでない、イズヴァルトにはある噂があった、アスカウ公のご長男で国王の『義弟』、小姓頭のオルフレッドの実の父なのだとか。
 
(何もかも恵まれているじゃないか。田舎領主の倅のくせに。)

 アナキンはイズヴァルトに敵愾心を抱き続けていた。彼は転生者だ。第二の人生を得たことに理由があると幼いころから考えていた。大きな野望や事業を果たす才や実力を自分は持っている。だからこそ、前世の記憶を持つと言われていないイズヴァルトが、自分より優れていると人に評されるのが許せなかった、
 
(あのイズヴァルトが先生に子を産ませたんなら……)
 
 自分も孕ませてやりたい。それだけじゃない。自分は彼女を側室として迎え入れてやれば、イズヴァルトに差がつくだろうとアナキンは思った。
 
 パルパティアはピルリアとまた違うタイプの美女だ。柔らかくも華奢で、搾り取られる様な性愛で可愛がってくれる彼女を妾にしたい。彼には手に入れる為の地位と財産が約束されていた。スカルファッカーの当主になれば、必ず。
 
 物思いに沈む夫の顔を、ピルリアはひどく心配そうな顔をして見つめていた。
 
(ぼっちゃん、あくどい顔になってる。)

 きっとパルパティア絡みだろう。妾にするだけならまだいいけど、それを誰かに言いふらしたり、自分が誰よりも優れている、などと思って欲しくは無かった。
 
 夫がこの様な浮かない顔をするのを最近見るようになった。そういう時はたくさんかまってすっきりさせる手を使ったが、最近は肌を重ね合わせた後もふと、こういう顔をするのを何度も見てきた。
 
 幼いころから約束されてきた領主の座が近づくにつれて、本性の良くないが露わになってきているかもしれない。心配だ。
 
 彼女は最近、こう思う様になった、スカルファッカー家の継承権を捨て、イーガの魔道士学校で教官などをやって慎ましく暮らす人生を彼に送って欲しい。彼の前世の話はよく知っている。今のこの状況は、その頃と比べて随分と豊かだし幸せじゃないか。なぜ、何もかもを欲しがるんだろう?
 
「ぼっちゃん、あんまりなにもかも求めちゃ足をすくわれますよ?」
「うん……ごめんね、ピルリア」

 アナキンはうなずいてパンの残りを食べ始める。思い切り背伸びをするのを見るとピルリアは他の者らに弁当を配る為に去った。
 
 彼女は食事を配り続け、隊列の最前列まで向かう。そこにはパルパティアとイーガの魔道士たちがいた。あちこちに小さなガラス製の器具を取りつけた、まあるい布の玉に術式をかけて空に飛ばす。観測用の小型気球だ。
 
「パルパティアさん、皆さん方。お弁当ですよ」
「ありがとうございますべえ」

 パルパティアやその他の魔道士らは、分厚い緑色のローブを羽織り、身体に胸甲をまとっていた。腰には剣や短銃。背中には箙と弓。戦いを予期しての装備だ。この辺りに山賊がいる聞いていたから、昼も夜もこの格好のままだった。
 
「賊は見つかりましたか?」
「情報によれば、砦がここらへんにあるらしいべえ。そいつを見つけて先にやっつける。それがおれたちと騎士様がたのお仕事だべえよ」
「その時にはあたしとぼっちゃんも加勢しますよ」
「お二方の助力かあ。心強いべえなあ!」

 パルパティアはからからと笑った。純朴そうな笑い方だったが美しさを損なわなかった。ピルリアは『たぶれっとぱっど』を出してそれをのぞき込む男に目を向けた。身長が170ぐらいで髭を生やしているが、まだ若い。
 
「この魔法が使えるようになったんですねえ?」

 男が顔をあげた。アスカウ地方のなまりが濃い発音だ。
 
「まあね。でも皆さん程馴れちゃいないよ。そういや、ピルリアさんも使えるんだよね。手伝って欲しいなあ?」
「あはは。使えるけどあたしじゃすぐに集中力が切れちゃいますよ。身体強化の術式が優れているだけです」

 自分の魔法は戦闘専門だ、と言ってピルリアは苦笑いした。この目の前の男のほうがいろいろな術式の才があった。まだ見習いの域だが覚えは早く、あと1年もすれば中級魔道士に肩を並べるだろうとも言われていた。

「パルパティアせんせいにたっくさん褒められてる、ルッソさんにかないませんよ」

 ルッソ=シュミット。彼はイーガ側の協力者、パルパティアの補佐として、この調査に参加していたのだ。
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