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第三部 カツランダルク戦記 『第三章・カツランダルクの姉妹』
86 混戦
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カンチャーナはさっと引き下がった。キファニアに呼びかけられてだ。彼女から漂う闘気が減じるのを感じたヤギウセッシウサイも、剣を鞘に納めた。
その一方で魔竜は腸が煮えくり返っていた。そないな話を持ちかけるんやったら、事前に使い寄越してこんかい。こんな乱暴をせんでも話ぐらいは聞いたるのに。
「ごろつきのやり方やで、ほんまに!」
「ごもっとも。なれど、魔竜殿はナントブルグの女王の『子』のしもべに危害を加えるように見えたゆえ、このようにいたした次第。何卒ご容赦あれ」
「危害? あ、あのなあ。うちはなあ、昔の知り合いが近づいて来はったんで、温泉浸かりながら一杯どうや、と持ちかけに来たんやで?」
カミラは昔の仕事場仲間で、ヤスミンカは魔竜の地元の領地で保険のお姉さんをやっていた。保険外交員時代のヤスミンカはお菓子をちょくちょく摘んでいたけれど、今よりとってもすっきりしていた。元は魔界の小中学校で陸上クラブで汗をたくさんかく毎日を送る、アスリート系のサキュバスだった。
「その久しぶりの会合っちゅうもんを、あんさんらは邪魔してくれはったんや。どう落とし前をつけるつもりや?」
「もうしわけごぜえませんですべえ!」
ドレスも髪も紫に染まる豊満美女となったミーナタカトミが、胸元を開けて大きな乳房をさらした。乳首は紫どころか淡いピンク色だ。
「おれのおっぱいを、コンゴウアミダラデンの赤ちゃんたちに貸しますだよ。それでゆるしていただきたいですべえ」
「アホ! あんさんはお乳がでえへんやんか! でっかいもんつけとるのに、赤ちゃんに粉ミルクしか飲ませられへんかったのは、どこのどいつや!」
「も、もうしわけねえですべえ……」
ミーナタカトミはドラゴン族である。哺乳類ではない。ニンゲンのような形態になれるが、元が違うので凄いでかくても乳は出なかった。
「どないするんや?」
魔竜の呼びかけにキファニアが答えた。言葉ではなく魔法で。彼女の周囲が一瞬のうちに凍てつき、草木は氷でまとわれた。
「ならば、魔竜殿のお力でもって我らを屈服させていただきたい」
「……あほぬかせ!」
「これが、この世界の流儀」
「そんなお定まり、聞いてられるかいな!」
キファニアの魔力は絶大だ。特に氷魔法にかけてはこの世界で右に出るものはいない。かつては北のムーツにいたオーガの覇王がトップランカーだったが、彼の死後数千年経った現在は、キファニアが王座にあった。
キファニアが軽く印を切った。身体から吹雪が起こる。魔竜はやばいと感じた。火の魔法を得意とする彼女は、氷や水の魔法の天才とやりあうのが苦手だ。水は火を克服する。
しかも魔界と違い、この世界は彼女にとって外地だ。本当の実力は発揮出来なかった。
キファニアが吹雪を撒き散らしながらゆっくりと歩み寄る。果たして今のままで凌げるだろうかと魔竜は恐れた。まだ隠し玉を持っているが、あれを使うと魔力消費がとんでもないことになる。
「……魔竜様!」
サイカノマゴイチの脳裏に少女の声が聞こえた。直後、「どろん!」という声がキファニアのまわりでこだました。いつの間にか彼女の身体にあちこちに葉っぱがとりついていた。
「ぼん!」
またも同じ声。葉っぱが一斉に爆発を起こした。それほど勢いは無く、軽く、ぽん、という感じだったがそれがいくつも。そのせいでキファニアは魔法への意識を阻まれてしまった。彼女の身体とエルフの里の特殊な生地で縫われた服はダメージを受けなかったが、とにかく音がやかましい。
「つまらぬ手妻……」
だが効果はある。吹雪の勢いが弱まった。その上、魔竜はキファニアの頭上に魔族のものによる術式の気配を感じた。
しかし。恐れていた。この技を使う人物は決してキファニアに勝てない。天と地の差がある感じていた魔力が急速に凝縮し、はっきりと感じられる『力場』を為した。エルフの女と連れ達が真上を見上げる。1枚の木の葉が舞っていた。
「ぽんっ!」
またも掛け声。葉っぱは巨大な岩となった。頭上3メートル。間髪入れずキファニアを押しつぶそうと落ちてきた。
標的は速かった。彼女の身体は氷のドームで覆われた。落ちようとした巨岩にも冷気がまとわりつき、薄い氷を張って動かなくなった。またもさっきの声。今度は肉声だ。キファニアの背後から。
「わたしの技が! どうして!」
「あかん、ポコリーヌ! とっとと逃げなはれ! あんさんの様な木ッ端が敵う相手とちゃいまっせ!」
しまった。感情のあまり魔竜はつい叫んでしまった。キファニアを包む子氷のドームの後方で、いくつもの氷柱槍が顕現した。彼女を邪魔した相手がやられてしまう!
でもそうはならなかった。ミーナタカトミが素早く飛び上がって声の主の眼の前で立ちはだかってくれた。彼女が起こした紫電で氷柱はことごとく粉砕された。ミーナタカトミの背後には、たぬきの耳としっぽをつけた娘が立ちすくんでいた。
たぬきの獣人、ポコリーヌ。魔界の魔族である。コンゴウアミダラデンの宿泊施設で中居をやっている。ローブの上に取り付けた胸当てが苦しそうだ。乳がそこそこあるからだ。愛くるしい顔立ちで男どもに人気だった。
「ミーナタカトミさまっ!」
「ポコリーヌ、出過ぎだべえ。キファニアさまは並大抵の魔族じゃかなわねえべえよ」
「でも、スギタニゼンジュウボウさまが、魔竜様をお助けしようと……」
(ゼンジュウボウかいな?)
魔竜は気配をさぐった。空を見た。目を見開き、東の空に魔力の塊があるのを確かめた。『偽装破りの慧眼』の魔法をかけた。姿があらわになった。
コウモリの様な羽根を背中に生やした黒山羊の獣人。腰巻きの下から亀頭がご立派なちんぽをにょーんとさせている。魔竜のこの世界での懐刀であるスギタニゼンジュウボウだ。
気が弱い彼はびくついていた。ガタガタと震えていた。なんで私の身隠し魔法を解いちゃうんですか。そう言いたげな感情の波動を感じて魔竜は答えた。
「余計なことせんでええ!」
「で、でもぉ……」
部下にはやれ、と命じた後だった。ニナが突如、両手両足をなにかに縛られて浮きあげられた。ヴァシルも激しい空気の動き背後で感じると振り向き、穂を突き出す。鳴り合う音がした。垂直に立てられた片刃剣だった。
「ちっ。転移魔法で奇襲かよ! 魔族のくせにさかしいな!」
払った直刀の相手は女だ。動きやすそうな半袖の鎖帷子をまとっている。ポニーテールにした黒髪と切れ長のつり上がった目が印象的だ。ヴァシルが受け払いからの横殴りの一撃を加えようとすると、そいつは真後ろに回転して避けた。身のこなしがとても軽い。
「ムーラン、余計なことはせんでええ!」
魔竜が呼びかけた女はサキュバスのムーラン。コンゴウアミダラデンの保養所でダンスを踊っている。しかし実際は護衛任務などにつく武闘派だ。常人ではなかなか目で追えぬヴァシルの槍術をかいくぐり、彼の手の甲に軽くくれてやった。しかし深手とならなかった。すぐに引っ込めたからだ。
「やらせるかよ、淫魔」
「だったら大人しくして、坊や?」
「いつも男に指図される側がするんじゃないよ。生意気だ」
腕と脚を縛られ、持ち上げられたニナは自分を縛っているものが何なのかを知った。金色の毛髪だ。1本1本が鋼線みたいにとても頑丈だ。
その髪の持ち主はニナの真下にいた。サキュバスのラプンツェル。長い髪を自在に操り、それでチンポをくすぐったりしごいたりするのを得意とする。コンゴウアミダラデンでは情報収集担当だ。
「おとなしくして頂戴。これ以上の手荒な真似はしたくないの」
脳がとろけるような声の響き。ニナは返そうとしたが、服の隙間に柔らかい毛の束がいくつも入り込んできて素肌をくすぐり始めて来たので、こういう類のものだと知った。ちょっとした愛撫で済ませてくれるだろう。大人しく待っていよう。
ニナとヴァシルが襲われていたのと同時に、ダニェルも奇襲を受けていた。前後からだ。サキュバス2人と共に来たらしい。
魔族ではなかった。どうもニンゲンだ。しかし闘気は『優秀な戦士』とは段違いのもの。前面の男は茶髪と茶色い瞳の優男で、刃がギザギザの変わった剣を持っている。背後のは大男だ。つるはげで傷だらけの髭面で薙刀だった。
前面の男が気合いを発しながら打ちかかった。ダニェルは斧で受け止めた。受けた手応えはかなりのものだ。
「手ごわそうな感じだべえ」
男にサキュバスの体液の匂いがあった。背後からも。そのにおいがどのように動くかで予測する。ダニェルはジャンプした。重そうな巨体のくせに跳躍力はとんでもない。10メートル以上もだ。
真下では空振りした薙刀の男が唖然となっていた。なんていう跳躍力だ。
「消えたのか?」
「違う。ジャドーロよ、飛び上がったんだ」
「あんなに高く! 俺の世界の耳長とはまるで違うぞ、チェルザラ!」
「俺も初めて見る。『耳長』は猟者に狩られる高慢で惰弱な森の民……ではないようだな、この世界では!」
ダニェルは浮遊魔法をかける。すぐに飛翔魔法に切り替えた。ニナとヴァシルがサキュバス2人に襲われているのを見たからだ。
ニナは薙刀のほう、ヴァシルは剣のほうのがまとわせていた匂いを放つサキュバスに襲われているようだ。どっちもめんこいお嬢さんたちだべえ。
「でも、たすけねえと」
「そうはさせるか!」
ぎざぎざの剣を持つチェルザラが上昇して追ってきていた。飛翔魔法だ。とてつもない殺意がこもった闘気が感じられる。闘気が倍加している。なめていると殺されるだろう。チェルザラが剣を引いて構えた。
「我が剣、受けてみよ! 星爆烈流斬!」
剣に伝わっていた闘気が斬撃波となってダニェルに襲いかかった。しかも一斉に8撃の。チェルザラの必殺技である。
ダニェルの身体は理性よりも早く動いていた。飛翔魔法を解いた。落ちながら斧を振るって持ちこたえる。斬撃波を防ぎきれず、右足の皮膚と衣の前が裂かれた。どっしりとした陰茎と陰嚢が丸見えになってしまった。
チェルザラが横にそれた。浮遊魔法だ。ダニェルもそれに応える。
「防げたか! だがこれで終わりではない!」」
「すまねえべえ。おめえさまがどこの誰かわかんねえけど……」
「何をぐだぐだと! 次の一撃で貴様を終わらせてやる!」
チェルザラは剣を構えた。しかし必殺技はもう繰り出せなかった。「さがれーッ!」というジャドーロの声が聞こえたがその先は何も聞こえないし考えることも、感じることも出来なかった。
この男はダニェルの斧に八つ裂きにされていた。彼の剣技を圧倒する重い早業だった。四散した相方の死体を見てジャドーロが叫んだ。
「チェルザラは! やつの世界を救った勇者なのだぞ! そんなあっさり殺されてたまるか!」
ジャドーロが咆哮する。しかしその身体はすぐに崩れ落ちた。短槍が深々と胸に突き刺さっていた。ヴァシルが投げつけたものだ。ヴァシルを襲っていたムーランは、捕らえられてくすぐりを受けていたニナの氷結魔法で、下半身を氷漬けにされ、動けなくなってしまっていた。
「ダニェル! 雑魚相手に時間かけすぎだぞ! いつものお前なら1分以内で殺れるだろう、あんな奴ら!」
「すまないべぇ……ただ、格好良くイキってたからたくさん手合わせしてあげたかったんだべえよ」
ダニェル達の戦いを見ていたスギタニゼンジュウボウは、気が気でなかった。小便を漏らしてしまっていた。
「うわわ……まさか『ゆうしゃ』がああもあっさりと……」
魔竜はもっと忸怩たる思いだった。あかん。あんな小物どもけしかけてもあかんよ。
(異界の『ゆうしゃ』で魔界に攻め込むもんなんぞ、ほとんどがイキリちらしとるだけのおこちゃまやでぇ……この世界のホンモノにはかないまへんどすわ……)
改めてキファニアに呼びかけた。トーリの今後についてじっくり話し合おう。この世界の『あるじ』にすることだって色々条件が合えば取り計らうこともしてやる。
「こわいお連れはんともども、コンゴウアミダラデンでゆるりとしながら、話し合いでどうでっしゃろ?」
「有り難い。やっと我らの思いが通じた。是非お願いしたい」
無表情だったキファニアが、この時やっと笑みを浮かべた。
その一方で魔竜は腸が煮えくり返っていた。そないな話を持ちかけるんやったら、事前に使い寄越してこんかい。こんな乱暴をせんでも話ぐらいは聞いたるのに。
「ごろつきのやり方やで、ほんまに!」
「ごもっとも。なれど、魔竜殿はナントブルグの女王の『子』のしもべに危害を加えるように見えたゆえ、このようにいたした次第。何卒ご容赦あれ」
「危害? あ、あのなあ。うちはなあ、昔の知り合いが近づいて来はったんで、温泉浸かりながら一杯どうや、と持ちかけに来たんやで?」
カミラは昔の仕事場仲間で、ヤスミンカは魔竜の地元の領地で保険のお姉さんをやっていた。保険外交員時代のヤスミンカはお菓子をちょくちょく摘んでいたけれど、今よりとってもすっきりしていた。元は魔界の小中学校で陸上クラブで汗をたくさんかく毎日を送る、アスリート系のサキュバスだった。
「その久しぶりの会合っちゅうもんを、あんさんらは邪魔してくれはったんや。どう落とし前をつけるつもりや?」
「もうしわけごぜえませんですべえ!」
ドレスも髪も紫に染まる豊満美女となったミーナタカトミが、胸元を開けて大きな乳房をさらした。乳首は紫どころか淡いピンク色だ。
「おれのおっぱいを、コンゴウアミダラデンの赤ちゃんたちに貸しますだよ。それでゆるしていただきたいですべえ」
「アホ! あんさんはお乳がでえへんやんか! でっかいもんつけとるのに、赤ちゃんに粉ミルクしか飲ませられへんかったのは、どこのどいつや!」
「も、もうしわけねえですべえ……」
ミーナタカトミはドラゴン族である。哺乳類ではない。ニンゲンのような形態になれるが、元が違うので凄いでかくても乳は出なかった。
「どないするんや?」
魔竜の呼びかけにキファニアが答えた。言葉ではなく魔法で。彼女の周囲が一瞬のうちに凍てつき、草木は氷でまとわれた。
「ならば、魔竜殿のお力でもって我らを屈服させていただきたい」
「……あほぬかせ!」
「これが、この世界の流儀」
「そんなお定まり、聞いてられるかいな!」
キファニアの魔力は絶大だ。特に氷魔法にかけてはこの世界で右に出るものはいない。かつては北のムーツにいたオーガの覇王がトップランカーだったが、彼の死後数千年経った現在は、キファニアが王座にあった。
キファニアが軽く印を切った。身体から吹雪が起こる。魔竜はやばいと感じた。火の魔法を得意とする彼女は、氷や水の魔法の天才とやりあうのが苦手だ。水は火を克服する。
しかも魔界と違い、この世界は彼女にとって外地だ。本当の実力は発揮出来なかった。
キファニアが吹雪を撒き散らしながらゆっくりと歩み寄る。果たして今のままで凌げるだろうかと魔竜は恐れた。まだ隠し玉を持っているが、あれを使うと魔力消費がとんでもないことになる。
「……魔竜様!」
サイカノマゴイチの脳裏に少女の声が聞こえた。直後、「どろん!」という声がキファニアのまわりでこだました。いつの間にか彼女の身体にあちこちに葉っぱがとりついていた。
「ぼん!」
またも同じ声。葉っぱが一斉に爆発を起こした。それほど勢いは無く、軽く、ぽん、という感じだったがそれがいくつも。そのせいでキファニアは魔法への意識を阻まれてしまった。彼女の身体とエルフの里の特殊な生地で縫われた服はダメージを受けなかったが、とにかく音がやかましい。
「つまらぬ手妻……」
だが効果はある。吹雪の勢いが弱まった。その上、魔竜はキファニアの頭上に魔族のものによる術式の気配を感じた。
しかし。恐れていた。この技を使う人物は決してキファニアに勝てない。天と地の差がある感じていた魔力が急速に凝縮し、はっきりと感じられる『力場』を為した。エルフの女と連れ達が真上を見上げる。1枚の木の葉が舞っていた。
「ぽんっ!」
またも掛け声。葉っぱは巨大な岩となった。頭上3メートル。間髪入れずキファニアを押しつぶそうと落ちてきた。
標的は速かった。彼女の身体は氷のドームで覆われた。落ちようとした巨岩にも冷気がまとわりつき、薄い氷を張って動かなくなった。またもさっきの声。今度は肉声だ。キファニアの背後から。
「わたしの技が! どうして!」
「あかん、ポコリーヌ! とっとと逃げなはれ! あんさんの様な木ッ端が敵う相手とちゃいまっせ!」
しまった。感情のあまり魔竜はつい叫んでしまった。キファニアを包む子氷のドームの後方で、いくつもの氷柱槍が顕現した。彼女を邪魔した相手がやられてしまう!
でもそうはならなかった。ミーナタカトミが素早く飛び上がって声の主の眼の前で立ちはだかってくれた。彼女が起こした紫電で氷柱はことごとく粉砕された。ミーナタカトミの背後には、たぬきの耳としっぽをつけた娘が立ちすくんでいた。
たぬきの獣人、ポコリーヌ。魔界の魔族である。コンゴウアミダラデンの宿泊施設で中居をやっている。ローブの上に取り付けた胸当てが苦しそうだ。乳がそこそこあるからだ。愛くるしい顔立ちで男どもに人気だった。
「ミーナタカトミさまっ!」
「ポコリーヌ、出過ぎだべえ。キファニアさまは並大抵の魔族じゃかなわねえべえよ」
「でも、スギタニゼンジュウボウさまが、魔竜様をお助けしようと……」
(ゼンジュウボウかいな?)
魔竜は気配をさぐった。空を見た。目を見開き、東の空に魔力の塊があるのを確かめた。『偽装破りの慧眼』の魔法をかけた。姿があらわになった。
コウモリの様な羽根を背中に生やした黒山羊の獣人。腰巻きの下から亀頭がご立派なちんぽをにょーんとさせている。魔竜のこの世界での懐刀であるスギタニゼンジュウボウだ。
気が弱い彼はびくついていた。ガタガタと震えていた。なんで私の身隠し魔法を解いちゃうんですか。そう言いたげな感情の波動を感じて魔竜は答えた。
「余計なことせんでええ!」
「で、でもぉ……」
部下にはやれ、と命じた後だった。ニナが突如、両手両足をなにかに縛られて浮きあげられた。ヴァシルも激しい空気の動き背後で感じると振り向き、穂を突き出す。鳴り合う音がした。垂直に立てられた片刃剣だった。
「ちっ。転移魔法で奇襲かよ! 魔族のくせにさかしいな!」
払った直刀の相手は女だ。動きやすそうな半袖の鎖帷子をまとっている。ポニーテールにした黒髪と切れ長のつり上がった目が印象的だ。ヴァシルが受け払いからの横殴りの一撃を加えようとすると、そいつは真後ろに回転して避けた。身のこなしがとても軽い。
「ムーラン、余計なことはせんでええ!」
魔竜が呼びかけた女はサキュバスのムーラン。コンゴウアミダラデンの保養所でダンスを踊っている。しかし実際は護衛任務などにつく武闘派だ。常人ではなかなか目で追えぬヴァシルの槍術をかいくぐり、彼の手の甲に軽くくれてやった。しかし深手とならなかった。すぐに引っ込めたからだ。
「やらせるかよ、淫魔」
「だったら大人しくして、坊や?」
「いつも男に指図される側がするんじゃないよ。生意気だ」
腕と脚を縛られ、持ち上げられたニナは自分を縛っているものが何なのかを知った。金色の毛髪だ。1本1本が鋼線みたいにとても頑丈だ。
その髪の持ち主はニナの真下にいた。サキュバスのラプンツェル。長い髪を自在に操り、それでチンポをくすぐったりしごいたりするのを得意とする。コンゴウアミダラデンでは情報収集担当だ。
「おとなしくして頂戴。これ以上の手荒な真似はしたくないの」
脳がとろけるような声の響き。ニナは返そうとしたが、服の隙間に柔らかい毛の束がいくつも入り込んできて素肌をくすぐり始めて来たので、こういう類のものだと知った。ちょっとした愛撫で済ませてくれるだろう。大人しく待っていよう。
ニナとヴァシルが襲われていたのと同時に、ダニェルも奇襲を受けていた。前後からだ。サキュバス2人と共に来たらしい。
魔族ではなかった。どうもニンゲンだ。しかし闘気は『優秀な戦士』とは段違いのもの。前面の男は茶髪と茶色い瞳の優男で、刃がギザギザの変わった剣を持っている。背後のは大男だ。つるはげで傷だらけの髭面で薙刀だった。
前面の男が気合いを発しながら打ちかかった。ダニェルは斧で受け止めた。受けた手応えはかなりのものだ。
「手ごわそうな感じだべえ」
男にサキュバスの体液の匂いがあった。背後からも。そのにおいがどのように動くかで予測する。ダニェルはジャンプした。重そうな巨体のくせに跳躍力はとんでもない。10メートル以上もだ。
真下では空振りした薙刀の男が唖然となっていた。なんていう跳躍力だ。
「消えたのか?」
「違う。ジャドーロよ、飛び上がったんだ」
「あんなに高く! 俺の世界の耳長とはまるで違うぞ、チェルザラ!」
「俺も初めて見る。『耳長』は猟者に狩られる高慢で惰弱な森の民……ではないようだな、この世界では!」
ダニェルは浮遊魔法をかける。すぐに飛翔魔法に切り替えた。ニナとヴァシルがサキュバス2人に襲われているのを見たからだ。
ニナは薙刀のほう、ヴァシルは剣のほうのがまとわせていた匂いを放つサキュバスに襲われているようだ。どっちもめんこいお嬢さんたちだべえ。
「でも、たすけねえと」
「そうはさせるか!」
ぎざぎざの剣を持つチェルザラが上昇して追ってきていた。飛翔魔法だ。とてつもない殺意がこもった闘気が感じられる。闘気が倍加している。なめていると殺されるだろう。チェルザラが剣を引いて構えた。
「我が剣、受けてみよ! 星爆烈流斬!」
剣に伝わっていた闘気が斬撃波となってダニェルに襲いかかった。しかも一斉に8撃の。チェルザラの必殺技である。
ダニェルの身体は理性よりも早く動いていた。飛翔魔法を解いた。落ちながら斧を振るって持ちこたえる。斬撃波を防ぎきれず、右足の皮膚と衣の前が裂かれた。どっしりとした陰茎と陰嚢が丸見えになってしまった。
チェルザラが横にそれた。浮遊魔法だ。ダニェルもそれに応える。
「防げたか! だがこれで終わりではない!」」
「すまねえべえ。おめえさまがどこの誰かわかんねえけど……」
「何をぐだぐだと! 次の一撃で貴様を終わらせてやる!」
チェルザラは剣を構えた。しかし必殺技はもう繰り出せなかった。「さがれーッ!」というジャドーロの声が聞こえたがその先は何も聞こえないし考えることも、感じることも出来なかった。
この男はダニェルの斧に八つ裂きにされていた。彼の剣技を圧倒する重い早業だった。四散した相方の死体を見てジャドーロが叫んだ。
「チェルザラは! やつの世界を救った勇者なのだぞ! そんなあっさり殺されてたまるか!」
ジャドーロが咆哮する。しかしその身体はすぐに崩れ落ちた。短槍が深々と胸に突き刺さっていた。ヴァシルが投げつけたものだ。ヴァシルを襲っていたムーランは、捕らえられてくすぐりを受けていたニナの氷結魔法で、下半身を氷漬けにされ、動けなくなってしまっていた。
「ダニェル! 雑魚相手に時間かけすぎだぞ! いつものお前なら1分以内で殺れるだろう、あんな奴ら!」
「すまないべぇ……ただ、格好良くイキってたからたくさん手合わせしてあげたかったんだべえよ」
ダニェル達の戦いを見ていたスギタニゼンジュウボウは、気が気でなかった。小便を漏らしてしまっていた。
「うわわ……まさか『ゆうしゃ』がああもあっさりと……」
魔竜はもっと忸怩たる思いだった。あかん。あんな小物どもけしかけてもあかんよ。
(異界の『ゆうしゃ』で魔界に攻め込むもんなんぞ、ほとんどがイキリちらしとるだけのおこちゃまやでぇ……この世界のホンモノにはかないまへんどすわ……)
改めてキファニアに呼びかけた。トーリの今後についてじっくり話し合おう。この世界の『あるじ』にすることだって色々条件が合えば取り計らうこともしてやる。
「こわいお連れはんともども、コンゴウアミダラデンでゆるりとしながら、話し合いでどうでっしゃろ?」
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