聖騎士イズヴァルトの伝説 外伝 『女王の末裔たち』

CHACOとJAGURA

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第三部 カツランダルク戦記 『第三章・カツランダルクの姉妹』

78 焚きつけられた男

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 トーリが邸を訪れたのは、マイヤが意気込んだすぐ後だった。タカミ様ごきげんよう。柔和な笑みを向けて妹に抱き着いた。
 
「お久しぶりね、マイヤ!」
「きついよ! くるしいっ!」

 喜びのあまりついつい力が籠ってしまった。細身のトーリだがかなりの馬鹿力である。

「トーリ。お久しぶりって、1週間も経っていないじゃない?」

 ところでヨーシデンに来た理由はなにかな。トーリはセイン王の妾らのことを話した。ヒ素や水銀や鉛を用いた薬か何かを日常的に用い、身体中が毒だらけ。
 
「うわああっ! そ、そんな療法、聞いたことも無いよ! けど、美容法だったらあるかな。鉛おしろいに水銀入りの化粧品もそうだけど、肌を白くする秘薬として本には書かれていたかな」

 それと、これらの毒を用いた美容薬には痩身効果があるそうだ。ホーデンエーネンも相当な昔には流行っていた。しかしそういうものを用いる女は30ぐらいでくたばり、赤ん坊も奇形児や早死にする者が多かったという。
 
「まさか……他のお妾様がたは、アスカウ公様に競おうとなさったのでは、ございませんか?」

 国王の一番の寵愛を受けているのはトーリだ。国王の妾達の顔と容姿の情報もつかんでいたからタカミは指摘したのだ。トーリほどの美人はいなかった。アスカウ公と『おしゃぶり姫の姉』と言うネームバリューが無くとも後宮で天下をとれる。
 
「競うなんて……私は今は、誰とでも仲良くして誰かを深く愛したくはないわ。マイヤ以外は……」

 そう言って妹の身体をぎゅっと抱きしめる。それから魔力を注ぎ込んだ。洗脳の魔法も含めて。
 
(ずっといっしょにいようね、マイヤ? ずっと、ずうっとだよ?)

 妹の柔らかくて甘い身体を抱きしめ、長い髪に頬ずりしながらもっと念じる。大学を建てたからって、旅立つなんて許さないわ。

(私を置いて、どこかへ行っちゃうなんて嫌なんだから。)

 魔力の動きと種類をうかがい得たタカミは、ぞっとなった。姉が妹を抱きしめて魔力を注ぐ姿は、何度かその様子を目撃していたが、支配する魔法もかけられていたのはここで初めてわかったからだ。
 
(妹を縛り付けるつもりなのか?)

 その晩はトーリとマイヤは姉妹同士で睦みあった。それからタカミはマイヤから『夢』を語ってもらうことができなくなっていた。
 
「トリシア大学を建てたんだから、どうやって運営するかも考えないと。組織運営の事についても勉強しなくちゃ」

(逃避をさせないというわけか。これが姉のすることか、トーリ=カツランダルク?)

 あの女はやはり、信用ならないと改めて思い直した。
 

□ □ □ □ □


 その翌々日。カナザワース島のパラッツォ教団の大伽藍。
 
 枢機卿のカヅノ=セイジは、久方ぶりにタカミを目にした。ホーデンエーネンから帰って来たタカミは難しそうな顔をしてうつむいていた。
 
(なんだ? いつもは充実しきった顔で戻って来ているのに。『おしゃぶり姫』とやれなかったのか?)
 
 カヅノはそう思うがタカミはマイヤと一度もしたことが無い。おしゃぶりもだ。彼はマイヤの知識と前世の記憶を知りたくて、彼女に近づいただけである。カヅノが呼びかけるとタカミは面をあげた。
 
「久しぶりだな。南ホーデンエーネンでの布教はどうだ?」
「ヨーシデンに教会を建てることが決まりましたが、その他は小さな礼拝所まで、といったところですよ。法律ができても信者は増えません」
「南はマハラ教が根強いからな。武人どもにはハチマンウーサ信仰だってある。しかしだ。お前のその顔、何かを知ってえらく具合が悪い様に見えるぞ?」

 タカミはセイジから一瞬だけ目をそらした。何を言わぬか考えていたな、とうかがいながら話を聞く。アスカウ公は妹君をずっと手元に置きたいようだ。沢山の銭や高い地位で繋ぎとめようとしている。つまりは束縛だ。
 
「縛っている? まあ、あの人気者の妹がいた方が何かとやりやすいだろうよ。けど、イズヴァルトとかいう奴と別れてから、評判が悪いらしいな」
「南側はそうですね。『司祭騎士団長殿』をホーデンエーネンにお返しいたしましょうか?」
「フン。『副騎士団長サマ』の計画を邪魔する気か? そりゃああの『かたわ』を奪取する事も入っているが、今はその時期ではない。北部諸侯に工作をし終えるまでは、まだだな」

 教団は司祭騎士団の副騎士団長が建てた計略を、もしもの事があった時の為に進めていた。それが成功するとホーデンエーネンを2つに分かつはずだ。
 
 ただ、これを実行するのはあくまで、ナントブルグが「信用に置けぬ」場合のみだ。教主はやむを得ない時に実行するものだと皆に言っていた。
 
「その計画も、ホーデンエーネンに我らのおまんこ仲間で盟友たる、アスカウ公サマがいてはやっても意味が無いだろう。あの女の人心掌握の魔法は恐ろしい。あれを封じない限りは計画は進められん。夢とやらのままだ」
「……でしょうね。そうでありたいです」

 タカミがその場を去る。カヅノは増々疑問を抱いた。いつもなら険悪ながらも、あと少し会話が続くはずなのだが。奴め、何かをにおわせて去って行ったな?
 
(アスカウ公と『おしゃぶり姫』、あんまり健康的な仲では無さそうだな。)

 よしわかった。調べさせてもらおう。ひび割れを見つけ出して、タカミには悪いがホーデンエーネンがパラッツォ教徒を迫害される時代に戻してやる。副騎士団長サマの目論見を叶えさせてやろうか。
 
(汚い計略はお前の仕事。フン、そう言いたいのか、手を汚すことを恐れる臆病者め。だから俺より小さいのだぞ?)
 
 タカミのペニスのサイズは、カヅノのそれより3センチ短かった。それでも『でかい』と言われる類のものであったが。
 
 
□ □ □ □ □


 教団は決して純粋無垢という訳ではない。利益は追い求める。計略をはかる。もしもの時の為の保険というのもかけてある。同盟相手の内情収集というのがその1つだ。
 
 各地に散らばった信徒、司祭騎士、教典の巫女、手を貸してくれる亜人や魔族の手を借りて情報を集めている。主に教団に敵意を抱いている同盟国内の勢力もそうだが、手を取り合う者達の腹の内も探っていた。
 
 そういった情報を集めてまとめる部門が教団内にはあった。しかしカナザワース島にある総本山にはいない。エチゴニア島のハルヒアトゥントゥリ山の寺院にだ。そこにいる枢機卿が情報の管理をしていた。
 
「ほう。ナントブルグとヨーシデンの情報が欲しい?」

 机の上に置いた『たぶれっとぱっと』で、何かを読んでいた男がカヅノ=セイジに呼びかけた。黒髪で背はセイジと同じぐらい、しかし太り気味で顔が丸い。美男子の部類だが。
 
「あれだけアスカウ公を嫌がっていたのに? どういう風の吹き回しだ?」
「本当に敵とみなすべきか迷っているんだ。彼奴が信用に足るか足らんか情報が欲しい。特にヨーシデン公まわりのだ。届いていないか、クニキダ?」

 クニキダと呼ばれた男は「たくさんある」と答えた。タカミからの報告以外にいろいろとあがっている。特にヨーシデンの学術都市についてだ。
 
「あそこにはパラッツォ教徒の労働者が、多く働いているからな。それと、商人や領主達からも、いろいろと」
「商人? 領主? 改宗者か?」
「そんな大層なもんじゃないよ。君、エチウ人のおっぱいの大きさを馬鹿にしてもらっては困るよ?」

 パラッツォ教徒を妾にした、領主や商人は大抵が彼女達の虜となるという。奴隷の中で特に顔立ちがよく、性格は慎ましい。ただしバストサイズはホーデンエーネン女の平均より上で豊満。子供のころから常にセックスをしてきたから、はるかに床上手。
 
 大抵の男達は善良、である。そんな女達に情が移ってしまい、心を開いてしまうという。いや、信徒にはならないけどパラッツォ教団のシンパになってしまうそうだ。
 
「最近は奥方らが、男性教徒を愛人にするのが流行り始めたようだね。その様な報告もあるよ」
「あっちならわかる。チンゼー人並みにずる剥けててデカいからな」

 パラッツォ教徒の男は千差万別あるけれど、割礼と『『甘露(アームリータ』』による効能と、5~6歳の頃から始める性交の習慣とで、誰もが『名刀』を持つ。竿師界隈ではシマナミスタン人より人気が高い。それから年頃の娘達が、私生児をポコポコと産むようになり始めていた。相手は当然、エチウ人だ。

「おまんこを舐めるのも、ホーデンエーネン人よりうまいだろう。男も女も一筋縄にはいかないよ、信徒達は」

 信者を愛人や妾にする者らは、寝物語でべらべらと語ってしまうのだ。ホーデンエーネン人は勇ましい様に見えるが、純朴で愚かだ。クニキダは立ち上がり、書棚から1台の『たぶれっとぱっど』を取り出した。

「今ある全てが凝縮されているものが、これだ」

 カヅノの手に渡る。起動させ、画面を指で触りながら記載されたものを確かめていく。
 
「こんなことまで調べているのか? 思っていたより詳細だぞ……」

 中にはヨーシデンにいる、マイヤを補佐する者によるレポートもあった。彼女のまわりにもパラッツォ教徒は、かなりいる。
 
「ホーデンエーネン南部のことは、全部筒抜けだ。タカミは良い感じに書かれていた。布教を頑張っていると感心するぐらいにね」

 しかし、あろうことか『おしゃぶり姫』とは寝ていない様子だ。絶品の床上手という噂なのに。
 
「君はアスカウ公と寝ているのだろう? もっとお近づきになれば『おしゃぶり姫』とも楽しめるのでは?」
「フン。くだらんことを。仇敵の妹なんぞ抱きたくもない。もしやるんなら、姉のほうを滅ぼしてからだ。そうしないと安心して眠れない」
「物騒なことを。しかしアスカウ公は教主様のご友人だぞ。言葉を慎め。聞かれているかもしれない」

 カヅノは索敵魔法を用いて周囲を確かめた。聞こえる範囲にいる者はクニキダだけ。盗聴の魔法を仕掛けられているという様子も伺えなかった。
 
「……今のは単なる失言だ。ありがとう。恩に着る」
「重要な情報を写し終わったら返してくれ。でないと何かあった時、俺が疑われるからな」
「もちろんだ。ところで……」

 まさか教主に告げ口はしないだろうな? カヅノが念を押して聞くとクニキダは薄笑いを浮かべた。
 
「俺が? 馬鹿をいうな。何の目的でだ?」
「コーザにおもねる為にだろう。それ以外に何が考えられる?」
 
 たわけたことを。なんの冗談だ、とクニキダは吐き捨てた。
 
「いいか。俺達はコーザの夢に手を貸す為にここにいるのではない。為すべき『大志』、我らの前世の世界を救う救世主を探しに、この世界に生まれ変わって来たのだ。それはコーザではない。お前も理解しているだろう?」
「救世主……本当にいるのか、この世界に?」
「いるさ。きっといる。そのもしかしての話となるが……司祭騎士団長のあの男こそ、まさにそのお方ではないのか?」
 
 クニキダの目は輝いていた。熱病に取りつかれてつつ、夢を見る少年の様だった。カヅノは肯定したくは無かった。一目見て嫌悪の感情に取りつかれていた。
 
「あんな奴が救世主なら、俺は現人神と呼ばれたいもんだ。あいつがとんでもない傑物だというのはわかっているが……どうしても好きになれない。吐き気がするぐらいにな」
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