聖騎士イズヴァルトの伝説 外伝 『女王の末裔たち』

CHACOとJAGURA

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第三部 カツランダルク戦記 『第二章・浸食し始める闇』

53 狩り

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 まだ造り始めたばかりのヨーシデンの生活は、不便としか言いようが無かった。食料は全て自分で調達だ。マイヤが開いてくれた宴でマレーネらは思い知らされた。
 
 出されたのはスープとパンとわずかばかりの肉。パンや穀物がゆは大量にあったし、味付けこそ素晴らしかったが、食料が滞っているので毎日の食事はもっとひどい。
 
「おねえちゃまはこんなものを、毎日召し上がっているの?」
「ちょくちょくナントブルグに戻るから、威張れるほどじゃないんだけどね。でもここで働くみんなはいつもこのぐらいの食事だから、せめていろどりが良くなるようにと兵士さんに頼んで畑を耕してもらったり、にわとりを育てて貰ったりしているんだよ」

 それから、このぐらいの食事なら平気だとマイヤは言った。イズヴァルトとの旅暮らしの中で、このぐらいの食事の日はもっとあった。横に座りさじでスープをすくって、義姉に「あーん」とさせながらマレーネは感心した。とてもたくましいですわ。

 けれども自分と部下らはそこまで耐えられない。マイヤと再会した翌日から、マレーネは部下とともに狩りをする事となった。幸いなことに、工事現場の周辺の草原や森には、結構な数の野生動物が生息していた。狩場にはもってこいだ。
 
 だからといって面倒くさい事に変わりない。いくさばかりをする荒くれものどものド田舎は、などと部下の魔道士たちがぼやくのを聞きながら、マレーネも愚痴をこぼした。
 
「あーあ。辛いことこの上ございませんわ」

 内戦ばかりのホーデンエーネンでなければ、こんなハメにはならなかった。そう思いながら報告で聞いた『手弁当』の残りを思い出す。あと2週間程しか無いという。もっとも、麦がゆと宴に出されたものよりひどい、お湯でとけば即席で出来上がる玉ねぎのスープだが。
 
 通信魔道士をやってトーバコフから兵糧船を向かわせる様にした。南のショーゴイン湾は整備されていない漁村ばかりだが、ちゃんと整備すれば国内屈指の良港になる。どの漁港に着けばいいかも聞いていた。一時期、湾のあたりを領していた人物がイーガにこうした情報をくれたのだ。
 
 再び馬上の人となったマレーネは、獣がたくさん出るという原っぱにたどり着くと部下らに号令をかけた。物見達が散らばった。しばらくしてパルパティアが報告を受け取った。西に向かった者達が猪の群れを見つけた。マレーネが采配を振るうと部下達がどっと動く。炎があがってしばらくすると、部下達が焼け死んだ猪を数頭担いで戻って来た。なかなかに立派な猪たちだ。
 
「見てください。まるまると太って食べごたえがありますよ!」
「そうですわね。イーガの山奥でも見かけないぐらい大きいですわ」

 3000人が食べるには量は少ないが、この狩りに加わった者のぶんだけわけるだけである。穀物なら荷馬車にまだいくらか残っている。肉が足らないのだ。

「この猪をマイヤ様にもおすそ分けなさったらいかがでしょう。昨晩の宴は、かゆと果物しかございませんでしたし……」
「けどおねえちゃま、ぶーちゃんのお肉を嫌がるので無理だと思いますわ」
「豚では無くて猪ですよ?」
「それもそうでしたわね。猪と豚は違う生き物ですから、きっとお召しになられるでしょう。うふふ」

 猪はその場で解体された。マイヤがいる砦に戻ると、その昼に食事として出された。呼ばれたマイヤは喜々としてお昼に加わった。マレーネの横に座った。

「マレーネちゃん。どんなお料理が出て来るの?」
「うふふ。おねえちゃまの大好物ですわ」
「うーん。川魚を甘じょっぱい液体で味付けしたものとかかな?」
「うふふふ。それは出てからのお楽しみですわ」
 
 が、出された猪肉の焼肉を見るとマイヤはむずかって泣き始めた。
 
「このにおい、ぶーちゃんの! やだー! やだー!」
「おほほほ。これは猪ですわ。ぶーちゃんじゃございませんの」
「やだー! ぶーちゃんもいのししもおんなじだよー! きらい! こわいよ、こわいよ! わたしぶーちゃん、ぜったいたべない!」

 そう言ってバタバタともがくマイヤを、マレーネは後ろから羽交い絞めにした。やっておしまい、と家来達に呼びかけると彼等は殺到し、マイヤの頬を無理やりに掴んで口を開かせた。

「ごっ、ごういんだよー!」
「おねえちゃま。おねえちゃまの為にわたくしたちが骨の折れる思いをして狩り、心を尽くして調理したものをちゃんと食べてくださいね」
「やだ! ぶーちゃんだけはたべない! やだやだ! やだ!」
「……無理にでも召し上がっていただきますわよ?」

 細かくされた肉をのせたさじが、マイヤの口にねじこまれた。吐き出さぬように手で口を抑えられ、無理やりに顎を動かされる。
 
「んー! んー!」
「ほうら。もぐもぐ。もぐもぐなさって?」
「ぶびゅうう! うぐちゅう!」
「よーく味わったら飲み込んでくださいな」
「うぐぐう……ごくん」
「そうそう、その調子。もーっとおあがりくださいね?」

 マイヤは大人しくなった。食べた肉がそこそこに旨かったからなのか少しずつだが続けて口に入れた。そもそも彼女はナントブルグや旅先で、イズヴァルトと豚肉料理に舌鼓を打った食いしん坊だったのだ。
 
 出された皿が空っぽにすると、マイヤは泣きっ面で義妹をにらんだ。ふえええん、むりやりになんてひどいよう。

「人が嫌がることをするなんて。マレーネちゃんは私の事、きらいなの?」
「うふふ。おねえちゃまのことはとっても大好きですの。兄上様を殺したいのなら喜んでいたしますわ。むしろわたくしに自害を望まれても、そのように取り計らいますの」
「……そんな物騒なことぜったいにいわないとわかってるくせに。私はおもちゃじゃないんだからね?」

 これはマレーネなりの愛情表現だとマイヤは思っていた。嫌がるものを無理に食べたのは、自分がかなり年上だからである。小さな女の子を悲しませてはいけない。前世の人生のぶんをあわせればマイヤは40近くになる。精神的にアラフォーの者なのだから15歳のかわいい女の子の為に嫌なことの1つぐらいしてあげなくちゃ。

 食事が終わるとマイヤは「現場にいるから見学していってね」とマレーネに呼びかけ、屈強な兵士達とともに出て行った。マイヤの午後の『おやつ』の当番でもある。
 
 彼等の股間から漂うくさい我慢汁のにおいを嗅ぎながら、パルパティアがマレーネに傍に寄った。
 
「あいつら、サキュバスのおまんこ液できんたま汁がどくどく出るようになっておりますべえ」
「わかっておりますわよ。さしずめ陰茎も育っているでしょう。おねえちゃまを楽しませるために……さて」

 何かわかったことがあったか。食事の最中、マレーネは魔道士らにマイヤの心の中を覗かせていた。眠っていた記憶を引き出させて語らせる、自白魔法の応用だ。入念な準備が要る。
 
「マイヤ様。ぶーちゃんのことで散々にひどい目に遭わされたみたいです」
「誰に?」
「アドルフ様の、家来にあたる人たちですべえ」

 闇の仕事を受け持つ連中だろう。うかがったマイヤのその記憶には、顔に傷がある人相のよろしくない男達がアドルフの留守中にマイヤを豚便所に突き落とした。豚達は催淫剤でさからされて彼女に襲い掛かった。
 
 汚ならしいその中でマイヤは豚達に犯され、その上ならず者らに真上から糞小便をひっかけられたという。
 
「ひどい話です……あれ、マレーネ様。どうしてそんなにこにことしてらっしゃるんで?」
「豚便所……それもいいですわね。おねえちゃまと一緒に、糞まみれになって豚さんに犯されるの、やってみたいですわ……」
「姫様の趣味はいまいちわかんねえべえな」

 もう一つ聞きたい。マイヤの魔力は高まっているのか。あれを食べたはずだとマレーネは指摘した。自分がここに来る前に届いたはず。食べているはずだ。
 
「……まあ、一応は」

 パルパティアは浮かぬ顔だった。表情で察したマレーネは悔しそうな顔だった。
 
(……魔族の血が目覚めると思っておりましたのに!)
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