聖騎士イズヴァルトの伝説 外伝 『女王の末裔たち』

CHACOとJAGURA

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第三部 カツランダルク戦記 『第二章・浸食し始める闇』

49 マイヤとの再会

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(……全くもって嘆かわしい!)

 スレッタとミオリネの言い訳を聞かされ続け、シャロンはひどく気を落としていた。

「想像以上のとんでもない相手でした!」
「シャロン様も多分、私達と同じ目に遭うと思いますよ!」

 そんなことはわかっている。イーガ王国の魔道士達が本気を出したら自分だって危うい。しかしこの2人は言い訳の中で同行した他のサキュバス達を悪し様に罵った。力不足なこいつらじゃなく、もっと上の実力のサキュバスがついてきてくれたらこうはならなかっただろう。

「私達はカツランダルクに仕える高位のサキュバスなんです!」
「もっとうまくやれたはず! それなのに部下が足を引っ張るからよ!」

 右腕の骨を折られて悶え苦しむトーリの眼の前で、しかもまだイーガのマレーネが皆を解き放つ前にこんなみっともなさを2人はさらけ出し続けた。

 対して2人の部下となったサキュバス達は言い訳をしなかった。若い2人が落ち着くまで、黙って待とうという配慮だった。

「シャロン様! トーリ様! こんな姿にされた仕返しをしましょうよ!」
「やられっぱなしで悔しくないんですか! カツランダルクの王家の再興のの為に、イーガの連中に実力の差というものを見せつけてやりましょうよ!」

 無意味に等しい激励を2人はかける。魔法を封じられ、しかも一番の実力者であるトーリが治癒魔法を発動できずに折られた右腕を抱えてうめいているところで何もできやしなかった。

「これ以上の発言は認めないわ、2人とも」

 シャロンが叱りつけた。馬車の中でのこの出来事の一部始終を外から伺っていたイーガの魔道士らは、薄ら笑いを浮かべながらサキュバス達を馬車から引きずり下ろした。

 村長とともにマレーネがやって来た。謀略を仕掛け残った女達を、汚物を見るような目で眺める。

「我々はこれから出発いたしますの」

 それからトーリに冷たい一瞥を向け、こう言い放った。

「おねえちゃまと比べて『おこちゃま』でしたわね。まあ、油断はいたしませんけど」

 痛みでそれどころではないトーリの耳には入らなかった。うめくだけだった。この敗戦で学べたら本当に手強い相手となるだろう、とマレーネは自分に言い聞かせながら皆に号令した。

 イーガの者達が村から去ると、シャロンは村の医者にトーリを預けてピックプリトポロポロッテンから話を聞くことにした。スレッタとミオリネは自己弁護の為にわめくだけでまるで役に立たないからだ。どうやってその姿にされたのかがまず聞きたい。

「アナタ達はどうやってそんな姿にされたの?」
「イーガの王立工房にある魔道機械です。あのマレーネ姫が指図したと魔道士から聞き及んでおります」

 その機械。身体を骨ごとミンチにした後に専用のこね機と丸く形作る装置がついているという。

「なんのために作ったのかしら?」
「もとは古代ムサシノ帝国の処刑道具ですよ。それも帝国の最初の頃にあった『人肉饅頭の刑』……シャロン様はご存知無いでしょうが」

 そんな刑罰は聞いたことが無い。はるか昔の話だろう。ピックプリトがいつ頃からこの世界に来ていたのかをシャロンは思い出した。3000年以上前から住んでいた。

「ご存知なのね?」
「あの頃は娼婦としてカントニアの町をまわってましたからね。女エルフどもに追い回されたりと大変でしたけど。イーガの工房にあったものと同じ装置が、ムサシノ帝国の徒刑場にもあったのですよ」

 その装置で作られた人肉饅頭は、罪人の家族や親族に食わせたという。古代ムサシノは残虐な刑罰をたくさん作って支配を強めたという。

 人肉饅頭の装置は処刑の目的以外にも食される事となった。高級レストランや金持ちの奇特な美食家の家で見かけるようになったのだ。使われたのは貧民が捨てた赤ん坊や幼児だ。金になるからと喜んで赤ん坊を差し出した親もいたそうだ。

「……残忍なことを」
「生きたまま少女のあそこをくり抜いて食べる風習よりはマシですよ……これはオーミゲニアのゴール族だったかと記憶しておりますが」
「肉体の蘇生がままならないニンゲンに、あってはならないことよ。優れた治癒魔法があれば、抉られてもいくらか取り戻せるけど……」
「とはいえ、人肉饅頭の作り方なんか、あちらのエルフぐらいしか覚えていないと思いますよ。その手の文献はだいぶ紛失しましたからね」

 今のカントニアの各国には、古代の処刑方法は伝わっていない。そこが大事なのだとピックプリトが念押しする。古い国であるツックバーやコーガが忘れている。けれどもイーガは知っていた。

「……なぜ?」
「エルフたちにいろいろと聞いたのでしょう。あちらの魔道士達の知識欲は貪欲です。何より、世界各国の失われた書や禁じられた書が収められているという『禁書図書館』があります」

 そこに、あの装置の作り方を記した本が残っているのだろうとピックプリトは言った。それから肉体に思念体を定着させる方法。ピックプリトらが加工された機械には、その機能がついていた。だから口を開く饅頭みたいな生命体となったのだ。

「こうしてしゃべれますし念話魔法もいくらかは使える。けれども他の魔法は全く使えません」
「治す方法を探さないと、いけないわね」
「なかなかに難しいかもしれません。とりあえず我々のことは後回しにして、トーリ様の事をどうにかなさらないと」

 エルフたちにかけられた魔封じが、どれほど強力なのかはまだわからない。けれども至極厄介なはずだ。エルフの魔法はサキュバスにとって相性が非常に悪い。果たして読み解くのにどのくらい時間がかかるのだろうか?


□ □ □ □ □


 おおよそ3年ぶりの再会だった。ヨーシデンにある新しい自分の邸宅の予定地でだ。長らく見ていなかったマレーネにマイヤは開口一番、こう発した。

「マレーネたん! マレーネたんだ!」

 自分から会いに行こうと考えていなかったくせに、いや、トーリの心理魔法でそう考えないようにさせられていたが、嬉しくてたまらなかった。マレーネは3年で大きく見違えるぐらいに成長した。自分より大人びている。

「なにもかもがおっきくなってる! 特におっぱい!」

 うふふふ。マレーネは補正具をつけた左足を引きずりながら、義手義足をつけずに車椅子に乗せられたマイヤを担ぎ上げ、頬ずりした。

「おねえちゃま! マイヤおねえちゃまは相変わらずですわ! 3年前と変わらないでいらっしゃいますの!」

 まるで歳をとっていない、というか成長や老化を拒否したような風貌だった。マイヤはもう18歳である。とはいえ愛嬌たっぷりなまあるいたぬき顔の彼女の顔に、年齢と苦難が与えてくれる刻みはなかなかに見いだせるものでは無かった。

「……おっぱい、また大きくなられましたの?」
「うん! 昔みたく100センチぐらいに戻っちゃった!」
「お戻りになられた……つまりはイーガにいた時はご心労などでやせていらっしゃったのですわね。良いことですわ」

 前よりも大きく膨らんでいる義姉のおっぱいを手で触りながら、マレーネは喜んだ。マイヤもマレーネの大きく育った胸に頬ずりをしたいとせがんだ。義妹は人前なのに気にせず胸元をはだけて、ほら、とあらわになった左のおっぱいを差し出した。

「わっ! こんなところでだめだよ、マレーネたん!」
「おねえちゃまはわたくしの赤ちゃんですの。だから恥ずかしいとは思いませんことよ。母乳は出ませんけどお吸いになられて。さあ?」

 マレーネの乳首がふっくらと膨張しはじめ、「吸って、吸って」とマイヤに語りかけた。手足を失った18歳の『赤ん坊』は美味しそうに含んだ。

「んちゅ、んちゅ、んちゅ!」
「うふふふ。おねえちゃま。たーんとおあがりになって。人前でも臆せずに品性下劣な本性をさらけ出せる、理性が欠落した無様な人間なのを皆の前で、存分にお見せになられて?」
「んちゅう! んちゅう! ちゅーっ! (マレーネたんにこうして甘やかされてもらえるなら、ろくでなしと思われてもいいんだもん!)」

 マイヤはマレーネの乳を咥えて離さなかった。自他ともに認める『赤ちゃん人間』に関係者らは、姫の矜持というものを彼女に求めていなかった。それを補ってあまりある才能と愛嬌があるからだ。

 マレーネはマイヤを抱きながら、彼女の侍女や家来ら呼びかけた。せっかく自分たちが来たんだから,、宴会の1つや2つをしてもてなせ。

「お金がなければわたくしが建て替えておきますの! さあさあ、ヨーシデンの市場に飛んでいって食材を山程買い込んできなさーい!」

 ちゅぱっ、と音を立てながら、マイヤが乳首から口を離した。ちょっとちょっとマレーネたん、きいてきいて。

「どうしたんですの?」
「一応はマレーネたんと3000人ぐらいのイーガのみんなのための宴の準備はしているんだけど……市場に行っても食べ物はなかなか手に入らないと思うよ?」
「それはどうしてかしら? おねえちゃまが囲っている精液蛇口どもの胃袋に入ってしまっているから?」

 そうじゃない。マイヤは詳しく説明した。

「国の西側で反乱がまた騒がしくなってきて、ヨーシデンの収穫物があらかた南天騎士団に徴発されちゃったんだよ……」


□ □ □ □ □


 各所の反乱は王国西側の各町で鍛冶屋や薬屋の声から起こった。採掘された鉄や硫黄の供給量が減り、価格が数倍にも跳ね上がった。炊事具や農耕器具の修繕や新調が出来ないし、硫黄を材料とする様々な薬も作られなくなった。

 それに加えて増税だ。ナーガハーマやヨーシデンの街づくりや、街道や港湾の整備だけでなく、それを見て自分たちも整備してみようと考えた領主達による課税がそれだ。ヨーシデンは平穏だが、南天騎士団の領地からサカーイにかけて、至る所で起こる様になった。

 反乱は大規模になっていた。南天騎士団は秘蔵の『六枚銅貨部隊』を投入してまで対応に追われている。そのぐらい忙殺されているという訳でもあった。

 鉄と硫黄の供給減。その理由はマイヤと深く関係していた。鉄砲だ。ホーデンエーネン産のは良質だということで海外で高く売れた。高額なライセンス契約とバカ高い製法本を買った国も、自分の国のそれがいささか粗末だったのでわざわざ輸入していたのだ。1世代や2世代前のモデルを、王国内の価格の数倍で。

 国内では。鉄砲は国王の直属軍だけでなく南天騎士団や北部諸侯の軍勢も盛んに買い求めるようになっていた。もちろん本家本元のマイア=テクニカ産のをである。更にそこそこ金がある市井の者や農民も。町や村の武器屋では初期モデル……火縄式や火打石式の短銃や長銃が売られていたぐらいだった。

 しかしその結果、国内で採れた鉄の多くがマイア=テクニカの工房に回されてしまった。王国はろくでもない事に鉄を最優先で武器防具業界にまわす法律を昨年のはじめに制定してしまっている。ゆえに民衆の怒りが爆発した。

 その法律に1枚噛んでいた人物が、マイア=テクニカの中にいた。その日も王国でのマイア=テクニカの本店がある、オルガスムナ領の大工房の事務室で書類を読んでいた。

「なるほど。鉄砲の減産を要請しに来ましたか……」

 肌が浅黒く丸々と太った、褐色肌の女。シマナミスタン人のタルッホ=ユッキカルだ。手に取っていたのは王国の産業庁からの要請書だった。

 オルガスムナ、ナントブルグ、タカイチゲンシュタット他、マイア=テクニカの工房と生産に協力する諸工房の鉄砲生産をこれまでの半分にせよ。

 阿呆か、と言ってやりたかった。これまで散々儲けさせてやったのに。鉄砲を売ったあがりの一部は王国の蔵に納められていた。

「ナントブルグの王家どもめが。掌を返しおって、薄情者め!」

 雇い主であるトーリも、そう吐き捨てるに違いないと思いながら席を立った。

(この件について相談しなければ。)

 相手は大工房で魔道士達の指揮をとる、親友のエウレカ=リットフェンテルトではない。彼女に話しても王家の意向に従うしか無い、などと予想通りの返事が返ってくるだろう。

 タルッホも半ばあきらめている。相談、とはいいつつも愚痴を吐くしか無いだろう。けれども足掻けるのなら足掻きたい。この商売はこれまで見たことの無い銭が舞い込んできて、とても面白いと思えたからだ。

 誰も連れて行かずに工房の敷地を出て、近くの酒場に入った。タルッホが話したい相手は、酒場の隅のテーブルで飲んでいた。ひどく汚い服を着た老いた男だ。

「タルッホ。お前1人か」
「ええ。だあれも連れて来ておりませんよ」
「そうか……サキュバスどもに、気づかれていないだろうな?」
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