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第三部 カツランダルク戦記 『第二章・浸食し始める闇』
38 牢屋の女達
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ロゼ=トードヴェル=キョウゴクマイヤー。母親はマイヤ=カツランダルク。父は亡きイーガ王子のアドルフ=トードヴェル=キョウゴクマイヤー。マイヤが12の時に産んだ娘である。カツランダルク家の女は早い年頃での出産を難なくやるのだ。
生殖と出産に関してはサキュバスのそれと全く同じだ。陣痛にあたる身体の動きが性交を超えるとんでもない快楽となっている。イキ狂う経験と安産型の体質、赤ん坊と対面した時の喜びのおかげで多産になる。
それゆえに母親は子供への愛着が人一倍深くなるのだが、ロゼともう1人の子であるレーアは別だった。早いアドルフに引き離されてしまったということもあったが。
それから、トーリやカミラにとってフェアディナント以外のマイヤの子は、忌み嫌うべき存在であった。トーリはカミラを介し、国王の養女となっているロゼは秘密のままにして欲しいと求めた。マイヤの子だとわかればホーデンエーネンが動くからだ。
ロゼ姫は機密とされた存在だった。当然ルッソも知り得なかった。
(それなのに、どうして?)
なぜ知った。カミラは尋ねたかったが『存在しない人物』であると言い張りたい建前上、ルッソから聞き出すには手間がいる。それと、使節として今回イーガにやって来たルッソの身の回りについて、カミラは疑問を抱いた。
(いつもはついて来るはずのサキュバスたちはなぜいない?)
トーリがルッソの監視の為に、侍女として身の回りの世話をさせている彼女達は?
□ □ □ □ □
ルッソのイーガ行きに同行していたのはいつものヤスミンカ達ではなかった。カミラやシャロンといった古参連中ではなく、新人と呼ばれる者達だ。
ルッソについて来たのは年若いサキュバス達だった。うち2人はカミラとシャロンと同階級の者の娘である。スレッタとミオリネという名だ。
スレッタは茜色の髪をして丸っこく、ミオリネの方は銀髪で細かった。どちらもまだ成長途中といった体型だった。乳房と尻が薄い10代前半ぐらいのニンゲンの娘に近い。とはいえ彼女達はルッソの3倍近く生きている。
この2人は魔界ではなくこの世界で産まれたのだとルッソは聞いていた。2人とも父親はニンゲンの屑だったらしい。ろくに働きもせず、飲む、打つ、喧嘩を繰り返していたそうだ。父親は早いうちに死んだ。恨みを買って人に刺されて。サキュバスの卵子はこういう男の精子とやけに相性が良かった。
仕事の上で、スレッタとミオリネは常にタッグを組んでいた。母親やカミラらが与えたミッションに2人1組で常にあたっていた。たいていは雑用か使い走りばかりだが、股に産毛みたいな陰毛が生える前から仕事をしてきた。
今回のイーガ同行だが、これが彼女達に初めて与えられた『考える仕事』であった。ルッソの監視とトーリに対する敵対言動や行動があった場合の阻止と報告。ルッソは何故か心の中が読めないし心理操作の魔法が効かないから、魔法に馴れきっているサキュバス達には難儀な相手でもあった。
もう1つ、2人には与えられたミッションがあった。5年ほど前にアドルフ=トードヴェル=キョウゴクマイヤーの近辺を探っていたサキュバス達の捜索だ。特に武闘派として鳴らしていたメグとノンとマミの先輩3人の行方を調べろ。
カミラとその直属の部下が探っていたが王宮にはいなかったから、ホーデンエーネンで指揮をとっているシャロンがスレッタ達に申しつけた。5名の下級のサキュバスをつけてだ。ピックプリトポロポロッテン=ミョロンデロミャルクという若いが信頼できる人物がついていた。下級サキュバスの名前は無駄に長いのが多い。
しかし彼女達は意気込みすぎてしまった。王宮にはカミラ様がいるんだし、などと思ってルッソの監視をやめ、失踪した先輩達の捜索に全力をあげることにした。イーガに着いて早々、メグ達が消息を絶った場所へと向かった。コーヅケーニッヒの北にある、商人の某が所有しているという屋敷だ。それが昨日の朝の話だった。
そして今、スレッタとミオリネはピックプリトポロポロッテンほか5名のサキュバス達とともに牢に入っていた。よりにもよって王国最強の魔道騎士団の屯所にある牢屋だ。サキュバスの天敵たるエルフの結界魔法が施された強固なもの。その狭い中に7人全員が押し込まれていた。
「だから言ったじゃないですか。カミラ様と会って相談してからがいいって」
不愉快そうにうつむくスレッタとミオリネにピックプリトポロポロッテンが言う。他のサキュバス達は暇そうに寝ていたりぼけっとしている。魔法も封じられて手慰みができない状態だった。
「ワタシらにきつく言ってくれればよかったじゃない……」
恨みがこもったミオリネの声。下位のサキュバスは上の位のサキュバスに強く出られない。トーリは明言していないが階級による差別や忖度がなされていた。口酸っぱく言ったがミオリネ達は聞かなかった。
(異界生まれは、これだから嫌だ。)
ピックプリトポロポロッテンらが誰もそう思った。魔界生まれのサキュバスは下の位の者の意見も聞いて考えを改めたりしてくれた。でも、この2人を含めたこの世界で生まれた子たちは違った。ニンゲンの世界の悪いところに引きずられている。上の言う事は正しくて絶対で、下の奴らの言う事は阿呆の言う事そのままだ、と信じて動いている。
「ねえピックプリト、この結界を破る術式を知らない?」
「昨日の夜も言ったじゃないですか?」
「忘れているのかな、って思っただけなの」
そんなわけがあるか。シャロンが信頼する実力を持つピックプリトポロポロッテンは、諦める他は無いと断じていた。エルフの結界魔法は淫魔を熟知している。カミラみたいな中級の魔族もなかなか破れないだろう。
(これはたぶん、ミナッカミニアじゃなくてサガミニアかカイロネイアの。あいつら、魔法にかけてはアタシらより上。とてもじゃないけど読み解けない……)
サキュバスにとって、サガミニアとカイロネイアは危険な土地だ。『おちんぽイーター』としての天敵である女エルフは彼女達を目の敵にしていた。見つけ次第捕らえて里に連れ込み、こうした結界を張る家にぶち込まれる。
それからは『なかよしこよし』と称する性的虐待を受ける日々を送る。数十年もだ。エルフ達の技は女の泣き所を熟知しており男のそれよりも快楽は深いが、精を吸い取れないサキュバスらはたちまち疲弊した。釈放される頃はしわしわのガリガリで、よぼよぼと歩くような廃人になっていた。ピックプリトポロポロッテンの友人も何人かやられた。
「ピックプリト、策は無いのかしら?」
「こんなところに何日も閉じ込められるなんて嫌だわ! ああくそ、来るんじゃなかったわイーガに!」
スレッタとミオリネがやかましい声をあげる。他のサキュバスらは、彼女達をこの場で殴ろうかと思った。しかしそれをやれば上にチクられる。任務に違反したのを咎めたのに殴られた、などと嘘を言うだろう。彼女達がこの世界の悪習に染まりきっているから、きっとそうするだろう。
年若いサキュバスがわめいていると、数名の足音が廊下から響いて来た。その先頭に立つのは銀髪で褐色肌の女エルフと、もう1人は透ける様な緑色のスカートをはいた金髪の女エルフだった。金髪のが呼びかける。
「さっきからうるさいべえ。こいつら、何語で話しているんだべえか?」
「魔界の言葉だろう。パルパティアさん、君はご存じかと思っていたが?」
「買いかぶり過ぎだべえよ。こほん。おーい、あなたたち。さっきからうるさいけど何を話していたのかね?」
流暢なホーデンエーネンことばで金髪の女エルフが呼びかける。スカートから薄い陰毛が覆われた割れ目をちらと見せる金髪のパルパティアを見て、スレッタとミオリネが眉を吊り上げた。彼女達をコテンパンにやっつけ、牢屋にぶち込んだ張本人だったからだ。
「あの時のハーフエルフ!」
「ここから出しなさいよ!」
「それは駄目だよ。王家の所有地に無断で入り込んだ君達が悪い」
スレッタ達が潜入捜査をしたアドルフの隠れ家は、イーガ王家の持ち物となっていた。表向きはイズヴァルトとマイヤの為の邸宅の建設予定地だが、裏ではアドルフ王子の隠れた非道の捜査と検証を行う場にしていた。
「マミとメグとノンを返しなさいよ!」
ピックプリトポロポロッテンは激高し、非難の声をあげる中に入っていた。あの3人とは身分こそ違えど、おまんこを手でいじりあうぐらいの仲良しだった。この中で一番居場所を突き止めたかったのは彼女だった。
「……あいつら、もうこの世にいねえらしいと言った方がいいべえか、ミレイユさん?」
カントニアことばでパルパティアがミレイユに言う。まだ早いだろう。まずは落ち着かせてからだ。ミレイユはベルトにぶら下げた袋から豆粒大の水晶を1つ、摘まみ上げた。
「なんなのよそれ!」
「まずはこれを見て落ち着いてほしい」
ミレイユが持っていたのは映像水晶だった。牢屋の壁に動画が映し出される。高い山が連なる見事な稜線とみっしりと生えた木々。その風景の中で素っ裸のエルフの子供達が水浴びをしたり川べりで楽しそうにはしゃいでいた。映像水晶から音が出た。
「おらたちの住むカイロネイアは、とても豊かな自然に囲まれた天然の保養地ずら!ほら見て、子供達も元気いっぱいにはしゃいでいますずらよ!」
ご丁寧にもキンキ大陸の言語に翻訳されていた。しかしサキュバス達は蒼い顔をしながら映像を見ていた。きれいではあるが、どこを見ても紅葉ばかりであった。冷たい川で元気に泳ぐエルフの子供達を信じられないという目で見ていた。
「紅葉の季節になれば、木の実狩りやキノコ狩り! ニラッサの郷の近くで、天幕を張ってのゆるーい野宿も楽しもうずら!」
映像の中のエルフは確かに楽しそう、ではある。しかし天幕を張っていた場所が高山の、断崖絶壁に囲まれた場所だった。キャンプというよりは過酷な山登りだ。
「それから牧場にはゆかいでかわいい仲間がたっくさんずら! はやくみんなに会いたいと待ち望んでいるずらですよ!」
確かに牧場ではあるが、体長2メートルほどのカマキリの魔獣や虎やヒグマ、怪鳥ばかりである。獰猛ではあるが滅多にニンゲンを襲わない。木の実や茸を食べて生活している大人しい連中ではあるが、その厳つい容貌を可愛いと思えるサキュバスは、この中にはいなかった。スレッタがミレイユをにらみつけた。
「なによこれ?」
「カイロネイアの観光動画だ。君達も十分楽しめるだろう。仕事もたくさんあるし、移住するといい」
畑は余っているし、鉱山仕事に細工仕事、いろいろとあるからIターンも選択肢として充分にありうるだろう。しかしカイロネイアは山深いド田舎だ。けれども提携しているサガミニアのツックイーの森なら、人里にも行けるのでそっちも悪くないとミレイユは言った。
「ミレイユさん、そいつらを向こうに連れて行くんだべえか? そういう話だったっけなあ……」
「そうだった。のんきなことをしてしまったな……君達」
スレッタらにミレイユが告げる。無断侵入の罪は重い。このままだと君達は、イーガ王国と盟約を結んでいる我々のカイロネイアにとどめ置かれる事となるだろう。
「そんなの嫌!」
「出して! なんでもするから早く出して!」
「続きがある。聞け。しかし君達がこの条件を呑むならだ」
条件とは?
ミレイユが何を言うのかサキュバス達は聞き耳を立てた。
「マレーネ姫のホーデンエーネン行きに協力してくれ。姫はマイア=テクニカのイーガ本社の代理人にも指定されている。つまりは、わかるかね?」
□ □ □ □ □
「ミレイユさんからの知らせです。あのサキュバス達はマレーネ姫様と同行されるそうです」
コーヅケーニッヒのとある酒場。ルッソは目の前にいる、銀髪の美しい娘から聞いてうなずいた。身長は160ぐらいで15歳ぐらいの年頃。細面で化粧の映える娘だ。とはいえこの娘は女ではない。声は男のそれである。
耳が少しとんがっている。亜人だ。カイル=グリーヴァスという。イーガ産まれのハーフエルフだ。ルッソはアジール領時代に彼と知り合った。イズヴァルトとマイヤの知り合いという話を聞いて仲良くなった。
西のモナファン海賊団の令嬢に見初められ、入り婿となった。一回り近く歳下の妻、クリスティーナとは3人も子を為したほどに仲が良い。その子の映像水晶を何度か見たルッソは、こんなわがままそうで可愛らしいお嬢ちゃんが3人も子を、と驚いた。しかし実のところは4児の母らしい。
カイルは海賊団の魔法使い集団の教育役と顧問を担っている。優秀な野良魔道士を海賊団にヘッドハンティングする為、しばしばイーガに戻っていた。ちなみにだが名門・ガモーコヴィッツ家の一門でもある。
「ルッソさんが流してくれた情報のおかげです。マレーネ様もたいへん助かったとおっしゃってました」
今晩、お時間があれば是非とも会って感謝を述べたいとカイルは告げた。どうせベッドの上でだろうとルッソが指摘すると、カイルは頬を赤く染めた。イーガの女は王族までもが、貞操観念が女エルフ並みにいい加減なのだ。
「カイルさんも散々に搾り取られたんでしょうね」
「ははは。姫様はすけべきわまりないですからね。魔法の教育役のパルパティアさんのも、いろいろと悪いことを教わったみたいだし」
女の子みたいなカイルだが、股間の逸物は『凶悪』の一言に尽きた。昨晩、お相手したマレーネには、「とんでもない人殺しね!」などと罵られながらまたがれた。しかし彼女とは何年も付き合いがある。イーガに戻ると必ず、姫様のおまんこのお世話係をやらされていた。
「どうでしょう。妹さんの『義理の妹君』に一度会ってはいかがでしょうか?」
「感謝だけ伝えておいてください。あと、姫様の目的を必ず果たせるように願っております、と」
マレーネの目的はマイヤに会う事だった。サキュバス達というお土産があればトーリも駄々をこねられないだろう。これはルッソの嫌がらせ作戦でもあった。もうすでに王手をかけているトーリには、ただの悪あがきとしか言えないが、少しでも彼女を動揺させればそれでいい。
それと、この策は海を渡ったとある人物が1枚かんでいた。ルッソはその人物と手紙などでやりとりをしている。その人物もトーリの増長を危険視していた1人であった。
生殖と出産に関してはサキュバスのそれと全く同じだ。陣痛にあたる身体の動きが性交を超えるとんでもない快楽となっている。イキ狂う経験と安産型の体質、赤ん坊と対面した時の喜びのおかげで多産になる。
それゆえに母親は子供への愛着が人一倍深くなるのだが、ロゼともう1人の子であるレーアは別だった。早いアドルフに引き離されてしまったということもあったが。
それから、トーリやカミラにとってフェアディナント以外のマイヤの子は、忌み嫌うべき存在であった。トーリはカミラを介し、国王の養女となっているロゼは秘密のままにして欲しいと求めた。マイヤの子だとわかればホーデンエーネンが動くからだ。
ロゼ姫は機密とされた存在だった。当然ルッソも知り得なかった。
(それなのに、どうして?)
なぜ知った。カミラは尋ねたかったが『存在しない人物』であると言い張りたい建前上、ルッソから聞き出すには手間がいる。それと、使節として今回イーガにやって来たルッソの身の回りについて、カミラは疑問を抱いた。
(いつもはついて来るはずのサキュバスたちはなぜいない?)
トーリがルッソの監視の為に、侍女として身の回りの世話をさせている彼女達は?
□ □ □ □ □
ルッソのイーガ行きに同行していたのはいつものヤスミンカ達ではなかった。カミラやシャロンといった古参連中ではなく、新人と呼ばれる者達だ。
ルッソについて来たのは年若いサキュバス達だった。うち2人はカミラとシャロンと同階級の者の娘である。スレッタとミオリネという名だ。
スレッタは茜色の髪をして丸っこく、ミオリネの方は銀髪で細かった。どちらもまだ成長途中といった体型だった。乳房と尻が薄い10代前半ぐらいのニンゲンの娘に近い。とはいえ彼女達はルッソの3倍近く生きている。
この2人は魔界ではなくこの世界で産まれたのだとルッソは聞いていた。2人とも父親はニンゲンの屑だったらしい。ろくに働きもせず、飲む、打つ、喧嘩を繰り返していたそうだ。父親は早いうちに死んだ。恨みを買って人に刺されて。サキュバスの卵子はこういう男の精子とやけに相性が良かった。
仕事の上で、スレッタとミオリネは常にタッグを組んでいた。母親やカミラらが与えたミッションに2人1組で常にあたっていた。たいていは雑用か使い走りばかりだが、股に産毛みたいな陰毛が生える前から仕事をしてきた。
今回のイーガ同行だが、これが彼女達に初めて与えられた『考える仕事』であった。ルッソの監視とトーリに対する敵対言動や行動があった場合の阻止と報告。ルッソは何故か心の中が読めないし心理操作の魔法が効かないから、魔法に馴れきっているサキュバス達には難儀な相手でもあった。
もう1つ、2人には与えられたミッションがあった。5年ほど前にアドルフ=トードヴェル=キョウゴクマイヤーの近辺を探っていたサキュバス達の捜索だ。特に武闘派として鳴らしていたメグとノンとマミの先輩3人の行方を調べろ。
カミラとその直属の部下が探っていたが王宮にはいなかったから、ホーデンエーネンで指揮をとっているシャロンがスレッタ達に申しつけた。5名の下級のサキュバスをつけてだ。ピックプリトポロポロッテン=ミョロンデロミャルクという若いが信頼できる人物がついていた。下級サキュバスの名前は無駄に長いのが多い。
しかし彼女達は意気込みすぎてしまった。王宮にはカミラ様がいるんだし、などと思ってルッソの監視をやめ、失踪した先輩達の捜索に全力をあげることにした。イーガに着いて早々、メグ達が消息を絶った場所へと向かった。コーヅケーニッヒの北にある、商人の某が所有しているという屋敷だ。それが昨日の朝の話だった。
そして今、スレッタとミオリネはピックプリトポロポロッテンほか5名のサキュバス達とともに牢に入っていた。よりにもよって王国最強の魔道騎士団の屯所にある牢屋だ。サキュバスの天敵たるエルフの結界魔法が施された強固なもの。その狭い中に7人全員が押し込まれていた。
「だから言ったじゃないですか。カミラ様と会って相談してからがいいって」
不愉快そうにうつむくスレッタとミオリネにピックプリトポロポロッテンが言う。他のサキュバス達は暇そうに寝ていたりぼけっとしている。魔法も封じられて手慰みができない状態だった。
「ワタシらにきつく言ってくれればよかったじゃない……」
恨みがこもったミオリネの声。下位のサキュバスは上の位のサキュバスに強く出られない。トーリは明言していないが階級による差別や忖度がなされていた。口酸っぱく言ったがミオリネ達は聞かなかった。
(異界生まれは、これだから嫌だ。)
ピックプリトポロポロッテンらが誰もそう思った。魔界生まれのサキュバスは下の位の者の意見も聞いて考えを改めたりしてくれた。でも、この2人を含めたこの世界で生まれた子たちは違った。ニンゲンの世界の悪いところに引きずられている。上の言う事は正しくて絶対で、下の奴らの言う事は阿呆の言う事そのままだ、と信じて動いている。
「ねえピックプリト、この結界を破る術式を知らない?」
「昨日の夜も言ったじゃないですか?」
「忘れているのかな、って思っただけなの」
そんなわけがあるか。シャロンが信頼する実力を持つピックプリトポロポロッテンは、諦める他は無いと断じていた。エルフの結界魔法は淫魔を熟知している。カミラみたいな中級の魔族もなかなか破れないだろう。
(これはたぶん、ミナッカミニアじゃなくてサガミニアかカイロネイアの。あいつら、魔法にかけてはアタシらより上。とてもじゃないけど読み解けない……)
サキュバスにとって、サガミニアとカイロネイアは危険な土地だ。『おちんぽイーター』としての天敵である女エルフは彼女達を目の敵にしていた。見つけ次第捕らえて里に連れ込み、こうした結界を張る家にぶち込まれる。
それからは『なかよしこよし』と称する性的虐待を受ける日々を送る。数十年もだ。エルフ達の技は女の泣き所を熟知しており男のそれよりも快楽は深いが、精を吸い取れないサキュバスらはたちまち疲弊した。釈放される頃はしわしわのガリガリで、よぼよぼと歩くような廃人になっていた。ピックプリトポロポロッテンの友人も何人かやられた。
「ピックプリト、策は無いのかしら?」
「こんなところに何日も閉じ込められるなんて嫌だわ! ああくそ、来るんじゃなかったわイーガに!」
スレッタとミオリネがやかましい声をあげる。他のサキュバスらは、彼女達をこの場で殴ろうかと思った。しかしそれをやれば上にチクられる。任務に違反したのを咎めたのに殴られた、などと嘘を言うだろう。彼女達がこの世界の悪習に染まりきっているから、きっとそうするだろう。
年若いサキュバスがわめいていると、数名の足音が廊下から響いて来た。その先頭に立つのは銀髪で褐色肌の女エルフと、もう1人は透ける様な緑色のスカートをはいた金髪の女エルフだった。金髪のが呼びかける。
「さっきからうるさいべえ。こいつら、何語で話しているんだべえか?」
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「買いかぶり過ぎだべえよ。こほん。おーい、あなたたち。さっきからうるさいけど何を話していたのかね?」
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「あの時のハーフエルフ!」
「ここから出しなさいよ!」
「それは駄目だよ。王家の所有地に無断で入り込んだ君達が悪い」
スレッタ達が潜入捜査をしたアドルフの隠れ家は、イーガ王家の持ち物となっていた。表向きはイズヴァルトとマイヤの為の邸宅の建設予定地だが、裏ではアドルフ王子の隠れた非道の捜査と検証を行う場にしていた。
「マミとメグとノンを返しなさいよ!」
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「……あいつら、もうこの世にいねえらしいと言った方がいいべえか、ミレイユさん?」
カントニアことばでパルパティアがミレイユに言う。まだ早いだろう。まずは落ち着かせてからだ。ミレイユはベルトにぶら下げた袋から豆粒大の水晶を1つ、摘まみ上げた。
「なんなのよそれ!」
「まずはこれを見て落ち着いてほしい」
ミレイユが持っていたのは映像水晶だった。牢屋の壁に動画が映し出される。高い山が連なる見事な稜線とみっしりと生えた木々。その風景の中で素っ裸のエルフの子供達が水浴びをしたり川べりで楽しそうにはしゃいでいた。映像水晶から音が出た。
「おらたちの住むカイロネイアは、とても豊かな自然に囲まれた天然の保養地ずら!ほら見て、子供達も元気いっぱいにはしゃいでいますずらよ!」
ご丁寧にもキンキ大陸の言語に翻訳されていた。しかしサキュバス達は蒼い顔をしながら映像を見ていた。きれいではあるが、どこを見ても紅葉ばかりであった。冷たい川で元気に泳ぐエルフの子供達を信じられないという目で見ていた。
「紅葉の季節になれば、木の実狩りやキノコ狩り! ニラッサの郷の近くで、天幕を張ってのゆるーい野宿も楽しもうずら!」
映像の中のエルフは確かに楽しそう、ではある。しかし天幕を張っていた場所が高山の、断崖絶壁に囲まれた場所だった。キャンプというよりは過酷な山登りだ。
「それから牧場にはゆかいでかわいい仲間がたっくさんずら! はやくみんなに会いたいと待ち望んでいるずらですよ!」
確かに牧場ではあるが、体長2メートルほどのカマキリの魔獣や虎やヒグマ、怪鳥ばかりである。獰猛ではあるが滅多にニンゲンを襲わない。木の実や茸を食べて生活している大人しい連中ではあるが、その厳つい容貌を可愛いと思えるサキュバスは、この中にはいなかった。スレッタがミレイユをにらみつけた。
「なによこれ?」
「カイロネイアの観光動画だ。君達も十分楽しめるだろう。仕事もたくさんあるし、移住するといい」
畑は余っているし、鉱山仕事に細工仕事、いろいろとあるからIターンも選択肢として充分にありうるだろう。しかしカイロネイアは山深いド田舎だ。けれども提携しているサガミニアのツックイーの森なら、人里にも行けるのでそっちも悪くないとミレイユは言った。
「ミレイユさん、そいつらを向こうに連れて行くんだべえか? そういう話だったっけなあ……」
「そうだった。のんきなことをしてしまったな……君達」
スレッタらにミレイユが告げる。無断侵入の罪は重い。このままだと君達は、イーガ王国と盟約を結んでいる我々のカイロネイアにとどめ置かれる事となるだろう。
「そんなの嫌!」
「出して! なんでもするから早く出して!」
「続きがある。聞け。しかし君達がこの条件を呑むならだ」
条件とは?
ミレイユが何を言うのかサキュバス達は聞き耳を立てた。
「マレーネ姫のホーデンエーネン行きに協力してくれ。姫はマイア=テクニカのイーガ本社の代理人にも指定されている。つまりは、わかるかね?」
□ □ □ □ □
「ミレイユさんからの知らせです。あのサキュバス達はマレーネ姫様と同行されるそうです」
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耳が少しとんがっている。亜人だ。カイル=グリーヴァスという。イーガ産まれのハーフエルフだ。ルッソはアジール領時代に彼と知り合った。イズヴァルトとマイヤの知り合いという話を聞いて仲良くなった。
西のモナファン海賊団の令嬢に見初められ、入り婿となった。一回り近く歳下の妻、クリスティーナとは3人も子を為したほどに仲が良い。その子の映像水晶を何度か見たルッソは、こんなわがままそうで可愛らしいお嬢ちゃんが3人も子を、と驚いた。しかし実のところは4児の母らしい。
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「感謝だけ伝えておいてください。あと、姫様の目的を必ず果たせるように願っております、と」
マレーネの目的はマイヤに会う事だった。サキュバス達というお土産があればトーリも駄々をこねられないだろう。これはルッソの嫌がらせ作戦でもあった。もうすでに王手をかけているトーリには、ただの悪あがきとしか言えないが、少しでも彼女を動揺させればそれでいい。
それと、この策は海を渡ったとある人物が1枚かんでいた。ルッソはその人物と手紙などでやりとりをしている。その人物もトーリの増長を危険視していた1人であった。
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にのみや朱乃
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(性的描写あり)
僕は家庭教師として、高校三年生のユキの家に行った。
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ユキは勉強したくない、科目を変えようと言う。ユキが提案した科目とは。
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