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第三部 カツランダルク戦記 『第一章・本当の支配者』
25 いやがらせ
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トーリの論をルッソは理解できた。つまりはマイヤの前世の世界みたく、いろんな兵器が発達したとしても、ニンゲン達が野心ダダ漏れにして戦争をするような事にはならないだろう、と。
「論点はそうじゃない。マイヤが発明したものが人殺しの道具になるのは肉親として良く無いんじゃないのか?」
「でも、どうせ未来に同じものを生み出していたはずよ、ニンゲンなら。作ったものを発明した人が罰せられるのではなくて、悪用した者こそ咎めるべきだと思うの」
それに、マイヤは発明したのではなく復元したのだ、とトーリは言いたかった。大体、鉄砲の製造方法なんてイーガの禁書図書館に書物があったりするのだ。イーガ人だったらマイヤと同じことをできたはずだ。
しかし過去、それを為さなかったのは鉄砲があまりにも欠陥が多いからなのだろう。市中で好き勝手にぶっ放されない為の法律を作らなければならないし、魔法でさらに威力を強化する事をしたらそれこそ王国の存亡に関わる事が起きるかもしれない。ライバルたる弩弓メーカーへの配慮も必要になって来る。
「陛下。ルッソはただ、後の世の歴史家たちにマイヤを悪く書かせない為に論を述べているだけでございます」
「ひでえ言い方だな。俺はそうは思わねえぞ?」
「自分達が死んだ後に産まれた人たちが何を言っても気にする必要なんて無いのですよ。私とマイヤはそのつもりで日々を過ごしております。悪名なんて気にしないし淫乱な性分もお気に入り、というものです」
間男たちとの乱交大好き、おまんこいじるの大好き。私とマイヤはサキュバスの血が流れているんですもの。世間一般のニンゲンよりも生きざまと悪口に対しての心構えは違う。いいや、生きている今をこそ尊べと常に自分に呼びかけているのだと。
「アジール公が直訴しようが私はマイヤの工房に鉄砲を作らせ続けます。ソーロー家の当主殿ほか、20名程の貴族らが鉄砲の輸出に異を唱えているようですが……」
宮廷での大会議で決着をつけてやる。そうなったら数と貴族の地位による殴り合いだ。こちらには南天騎士団の四大貴族がいればその他多くの味方がついている。鉄砲にきゃっきゃとはしゃぐ阿呆な近衛騎士団の小領主武者どもである。
「トーリ……」
ルッソはこれ以上何も言う気になれなかった。それなら仕方が無い。その大議会で勝利を納めてもらおうじゃないか。ケノービらが負けるのは目に見えていたから、意気込むことはできなかった。
□ □ □ □ □
果たして、鉄砲の海外輸出に関する大会議はその1か月後に行われた。トーリ陣営の圧勝だった。しかし会議の終わりに、内務大臣からこんな話を聞いてトーリは耳を疑った。
「ルッソがアジールからヨーシデンへの転封を、申し入れたですって!」
こともあろうかセイン王はそれを受け入れてしまった。ヨーシデンはかなり広い。面積で言えばアジールの数倍もあった。
「それは、加増でしょうか! ヨーシデン地方全部を……」
「いいえ。ルッソ殿は沿岸部のみをと申し出たそうですね。中央にあるショーゴイン湾のあたりをもらい受けたそうですよ」
ショーゴイン湾。漁村しかないひなびたところだ。しかし船乗りたちからすごい港になりそうだという話があがっていた。マイヤがヨーシデンの『学術都市』の海側の入り口にとも考えていた。
(なるほど。そこに港町を作ってマイヤの夢を手伝おうと……)
トーリは南の城壁の詰所の仮眠室で、兵士と裸で戯れている最中のカミラに念話魔法で呼びかけた。ルッソがどんなサプライズを用意してくれているのか調べてみて。2日後、うれしいサプライズは無いことが発覚した。
「ルッソ様、ショーゴイン湾を整備しようとは考えていないみたいです」
「なによそれ! マイヤを喜ばせてくれる為じゃなかったの!」
「漁村のままにするらしいと。ルッソ様はちょいと大き目の空き家を借りて住まうみたいですね。外交官の仕事以外には干物を作る勉強もしてみたいとおっしゃっておりました」
これは嫌がらせだわ。マイヤのヨーシデン案はショーゴイン湾の整備もセットに含まれていた。しかしそのことはあの時、語らなかったのに。
「地図の上とはいえ、ルッソ様が地理にお詳しいことを忘れておりませんか?」
「あ……そうだったわ。セインに働きかけて取り消さなくちゃ」
「魔法で考え直させるのも面倒でしょう」
「セインを心変わりさせればいいだけの話よね?」
そうでもないのだ。カミラは至極残念そうに答えた。
「ルッソ様は事前に数多くの貴族やアスカウのお子様方に、王様に転封の命を受け、ヨーシデンに移り住むのだと手紙を送っていたようです」
「どうやって!」
「どうも……贈り物のアジール名物の葡萄酒や魚の腸の魚醤漬けの箱の中に、手紙を忍ばせていた様なのです」
かなり手が込んだことをルッソは施した。旅のエルフの代筆屋に手紙の内容を口述筆記をさせた後、文字を別の紙に複写する魔法を用いて数十もの文を作った。それからその紙の束を街の名産品屋に持って行って、贈り物と一緒にあちこちに飛ばしたのだという。
「そんな面倒な真似を! ヤスミンカ達はどうしていたの!」
「その日はお休みをいただいたようで……子供や赤ちゃんたちを連れて沖合まで船を浮かばせていたそうです」
しかもアジール近海に拠点を置く、モナファン海賊団という一団の砦に招待してもらい、2泊3日の楽しい休暇を過ごしたのだとか。ルッソはそこの連中ともよしみを通じるようになったそうだ。
「……失態ね。ええまあ、いいわ。ルッソがそこまで考える男の子だと見抜けなかった私の責任にしていいわ」
ヤスミンカ達は下っ端の淫魔である。基本、任務よりも私事や本能を優先するのは致し方が無いとされていた。それよりもルッソがそこまで手の込んだ事が出来る男とは信じられなかった。
(さては、ケノービ=ソーローの入れ知恵かしら?)
そう思ったトーリにカミラが心の声で返す。
(ケノービがそこまで考えられたらもっと私たちを苦労させますよ。多分ルッソ様の作戦かと思われます。良かったですね。流石は『おじょうさま』が惚れた殿方でございますよ。)
(わたしがルッソをどれだけ恋しいか、これで想像できるでしょ?)
トーリはしんみりとなって目に涙を浮かべた。ここまで困らせるなんてとても意地悪な人ね。やっぱり野望を捨ててルッソのもとに帰ろうかしら。しかし、乗ってしまった船からもう降りれない。降りたら海に沈むところまでに計画は進んでいた。
カミラはルッソの悪知恵の続きを説明した。あの男はヨーシデンの沿岸部を受け取ったあとに、コリアンナを跡継ぎに指名して譲渡したのだ。
「コリアンナにヨーシデンを! 正気なの!」
「それだけ地位に執着が無いということですね。思い切ったことをなされます」
目論見はわかっている。鉄砲の輸出に条件を付ける為にだろう。ショーゴイン湾を抑えればマイヤの夢にほころびが生じる。姉としてはできる限りかわいい妹の計画をかなえてやりたいはずだ。明らかな嫌がらせ。
ヨーシデンは南のシマナミスタン大陸との交易のメインになるはずだった。ショーゴイン湾の南には、かの大陸の大国・サヌキスタンがあり、その北の海にはアワージラントというホーデンエーネンにゆかりのある島国が浮かんでいた。
王国にとってどちらもよき交易相手だ。アワージラントは特に、シマナミスタン商人や船乗りらが集結している。小国ながら経済的には豊かだ。
「アワージラントを味方につける。『おじょうさま』の計画でしたね?」
ええそうよ。ホーデンエーネンで天下を取った後、王家の一部はアワージラントに亡命するだろう。彼等をそこに封じ込める為に味方につけたかった。アワージラントは多く島を持っている。そのうちの小さな1つに監視を付けて押し込めて貰おうと考えていたのである。
ヨーシデンを得ればそれがやり易くなるはずだった。しかし湾を抑えられればやりにくくなる。南が無くても決してできない事は無いが、あの湾以外の沿岸部は半ば漁民の小領主がみっちりと敷き詰められていた。
シマナミスタンとの戦争があった頃に配置された騎士達の末裔。土地への愛着心が強く、なかなか転封に応じてくれないだろう。シマナミスタンのエルフやドワーフの血が混じっているのも多く、サキュバスの心理魔法が効きにくい者達ばかりだった。
「こうなったら仕方がありませんね。ルッソ様をどこか遠いところに飛ばす……」
「それだけは駄目よ、カミラ」
危険な目に遭わせることはまかりならない。そもそもルッソを王都から遠ざけたのは、政争に巻き込まれて害される恐れがあったからだ。天下を盗った後にアスカウに戻り、ルッソと末永く暮らすことを夢見ていたトーリにはあってはならない選択肢だった。
「でも、コリアンナなら私の心理魔法が……」
コリアンナは、大好きなおばのマイヤに会わせてくれない事でトーリを嫌っていた。それから金儲けの道具にすることもだ。さっさとアスカウに戻っていた彼女は、しばらくは母の顔を見たく無いらしい。
「そのぐらいはできるでしょ?」
「できません。『ひめさま』は我々の得意な魔法の抵抗力を既に身に着けておいでです」
日々、わんこや山羊さんのちんちんを「おっきぃ♡」と悶えて親しみながら、精液をおまんこの奥で受け止めていたせいか、眠っていた力が発現してしまったらしい。
優れたサキュバスの子孫は畜生らの精液でも魔力を得ることが出来るのだ。特にコリアンナは『アニマルザーメン』との相性が抜群というカミラの見立てであった。
「コリアンナ様もまた、天に与えられた才をお持ちでございます」
「母親としては、いろいろと複雑な気持ちだけどうれしいわ!」
「ですが最近、身体の魔力が急激に溜まり込んでいる気がいたします。どうにも魔力が強い、それこそ、亜人と同等のものを受け入れているのではないのかと……」
その理由。コリアンナがアスカウの村の裏手に住む魔獣と『どうぶつエッチ』をしだしたからだ。魔獣の精液に含まれる魔力と滋養は亜人のそれに近かった。コリアンナは小さな体で魔獣のおちんぽを受け入れ続けた事により、知らぬうちにそうなった。
「敵にまわったら厄介です。仲直りが一番よろしいかと」
「けど、標的が1人の場合はカミラの方が強力じゃないの?」
「それがですね……」
サキュバスの心理操作魔法は格上のサキュバスには全く通じない。コリアンナはトーリと同じく『最高クラスの淫魔』の子孫だ。これには逆らえない。カミラは常日頃トーリに言っているが、中の上クラスのサキュバスだ。
マイヤが無事でいれば、コリアンナを屈服させる事は容易かっただろうが、それは今となってはできない話であった。ルッソはコリアンナの魔力について気づいているかもしれない、と思いながらトーリは机の上の巻物を取った。
広げたそれは図面であった。キンキ大陸南部の地図だ。店でよく売られているもの違うところがあった。街道や間道が殆ど記されていないナガオカッツェ山岳部やタンバレーネ山地のあたりに、道と集落が記されていたのだ。
「けれどルッソは浅知恵よ。ケノービよりは知恵が回るけれどそこまでよ。ショーゴイン湾を抑えたって鉄砲は南へ運ばれるのに」
この地図は、輸出用の鉄砲を運ぶルートを示していた。まずはタカイチゲンシュタットの南にある山岳道に入る。それから西にむかってタンバレーネ山地へ。サキュバスらがの山の民だけが知る道を抜ける。
南天騎士団のコーノフェルトらの領地を通り、サカーイへと運ばれる。南天騎士団からサカーイ近辺までの領主達はトーリの味方だ。ルッソが嫌がらせをしても鉄砲は海の外へ売られていくのだ。
(でも……マイヤの夢は修正が必要みたいね。)
トーリはため息をつく。ヨーシデンの建設は後回しにしよう。まずはもう1つの候補となっていたナーガハーマだ。
北部に展開する近衛騎士団の拠点となっていたナーガハーマは、団員の家族が移り住むようになっていた。家族というよりは妾とその子たちだ。本妻らはナントブルグや本領から出ようとしない者ばかりである。
軍事都市となったナーガハーマはそのせいで活況を示しだしていた。しかし話によれば城壁が低くて防備施設がまばら。土地は広いのだがそれを十分に活かせていないのだという。
(ナーガハーマにもマイヤの工房を作る。北部諸侯らに売りつけて資金とするわ。私とマイヤの王国の為の。)
博学なマイヤがいれば都市計画にも着手できるだろう。トーリはこっそりと妹の助手になれそうな人物を雇い始めていた。特に、イナーヴァニアやイーズモーから流れて来た建築士達がホーデンエーネンに逃げてきたから、集めるのは容易だった。
「カミラ。私とマイヤはナーガハーマに向かうわ。1年か2年、そのぐらいはナントブルグを空けるつもりよ」
「その間、オルガスムナ領の工房はどういたしましょう?」
「……ちょうどいい人物を見つけたの。工房魔道士長のエウレカ=リットフェンテルトの知り合いよ。海の向こうの人らしいけどね」
いろいろとやらかしたがなかなかのやり手だと聞いている。トーリはそう告げて椅子から腰を上げた。これから国王に働きかけに行くのだ。
「論点はそうじゃない。マイヤが発明したものが人殺しの道具になるのは肉親として良く無いんじゃないのか?」
「でも、どうせ未来に同じものを生み出していたはずよ、ニンゲンなら。作ったものを発明した人が罰せられるのではなくて、悪用した者こそ咎めるべきだと思うの」
それに、マイヤは発明したのではなく復元したのだ、とトーリは言いたかった。大体、鉄砲の製造方法なんてイーガの禁書図書館に書物があったりするのだ。イーガ人だったらマイヤと同じことをできたはずだ。
しかし過去、それを為さなかったのは鉄砲があまりにも欠陥が多いからなのだろう。市中で好き勝手にぶっ放されない為の法律を作らなければならないし、魔法でさらに威力を強化する事をしたらそれこそ王国の存亡に関わる事が起きるかもしれない。ライバルたる弩弓メーカーへの配慮も必要になって来る。
「陛下。ルッソはただ、後の世の歴史家たちにマイヤを悪く書かせない為に論を述べているだけでございます」
「ひでえ言い方だな。俺はそうは思わねえぞ?」
「自分達が死んだ後に産まれた人たちが何を言っても気にする必要なんて無いのですよ。私とマイヤはそのつもりで日々を過ごしております。悪名なんて気にしないし淫乱な性分もお気に入り、というものです」
間男たちとの乱交大好き、おまんこいじるの大好き。私とマイヤはサキュバスの血が流れているんですもの。世間一般のニンゲンよりも生きざまと悪口に対しての心構えは違う。いいや、生きている今をこそ尊べと常に自分に呼びかけているのだと。
「アジール公が直訴しようが私はマイヤの工房に鉄砲を作らせ続けます。ソーロー家の当主殿ほか、20名程の貴族らが鉄砲の輸出に異を唱えているようですが……」
宮廷での大会議で決着をつけてやる。そうなったら数と貴族の地位による殴り合いだ。こちらには南天騎士団の四大貴族がいればその他多くの味方がついている。鉄砲にきゃっきゃとはしゃぐ阿呆な近衛騎士団の小領主武者どもである。
「トーリ……」
ルッソはこれ以上何も言う気になれなかった。それなら仕方が無い。その大議会で勝利を納めてもらおうじゃないか。ケノービらが負けるのは目に見えていたから、意気込むことはできなかった。
□ □ □ □ □
果たして、鉄砲の海外輸出に関する大会議はその1か月後に行われた。トーリ陣営の圧勝だった。しかし会議の終わりに、内務大臣からこんな話を聞いてトーリは耳を疑った。
「ルッソがアジールからヨーシデンへの転封を、申し入れたですって!」
こともあろうかセイン王はそれを受け入れてしまった。ヨーシデンはかなり広い。面積で言えばアジールの数倍もあった。
「それは、加増でしょうか! ヨーシデン地方全部を……」
「いいえ。ルッソ殿は沿岸部のみをと申し出たそうですね。中央にあるショーゴイン湾のあたりをもらい受けたそうですよ」
ショーゴイン湾。漁村しかないひなびたところだ。しかし船乗りたちからすごい港になりそうだという話があがっていた。マイヤがヨーシデンの『学術都市』の海側の入り口にとも考えていた。
(なるほど。そこに港町を作ってマイヤの夢を手伝おうと……)
トーリは南の城壁の詰所の仮眠室で、兵士と裸で戯れている最中のカミラに念話魔法で呼びかけた。ルッソがどんなサプライズを用意してくれているのか調べてみて。2日後、うれしいサプライズは無いことが発覚した。
「ルッソ様、ショーゴイン湾を整備しようとは考えていないみたいです」
「なによそれ! マイヤを喜ばせてくれる為じゃなかったの!」
「漁村のままにするらしいと。ルッソ様はちょいと大き目の空き家を借りて住まうみたいですね。外交官の仕事以外には干物を作る勉強もしてみたいとおっしゃっておりました」
これは嫌がらせだわ。マイヤのヨーシデン案はショーゴイン湾の整備もセットに含まれていた。しかしそのことはあの時、語らなかったのに。
「地図の上とはいえ、ルッソ様が地理にお詳しいことを忘れておりませんか?」
「あ……そうだったわ。セインに働きかけて取り消さなくちゃ」
「魔法で考え直させるのも面倒でしょう」
「セインを心変わりさせればいいだけの話よね?」
そうでもないのだ。カミラは至極残念そうに答えた。
「ルッソ様は事前に数多くの貴族やアスカウのお子様方に、王様に転封の命を受け、ヨーシデンに移り住むのだと手紙を送っていたようです」
「どうやって!」
「どうも……贈り物のアジール名物の葡萄酒や魚の腸の魚醤漬けの箱の中に、手紙を忍ばせていた様なのです」
かなり手が込んだことをルッソは施した。旅のエルフの代筆屋に手紙の内容を口述筆記をさせた後、文字を別の紙に複写する魔法を用いて数十もの文を作った。それからその紙の束を街の名産品屋に持って行って、贈り物と一緒にあちこちに飛ばしたのだという。
「そんな面倒な真似を! ヤスミンカ達はどうしていたの!」
「その日はお休みをいただいたようで……子供や赤ちゃんたちを連れて沖合まで船を浮かばせていたそうです」
しかもアジール近海に拠点を置く、モナファン海賊団という一団の砦に招待してもらい、2泊3日の楽しい休暇を過ごしたのだとか。ルッソはそこの連中ともよしみを通じるようになったそうだ。
「……失態ね。ええまあ、いいわ。ルッソがそこまで考える男の子だと見抜けなかった私の責任にしていいわ」
ヤスミンカ達は下っ端の淫魔である。基本、任務よりも私事や本能を優先するのは致し方が無いとされていた。それよりもルッソがそこまで手の込んだ事が出来る男とは信じられなかった。
(さては、ケノービ=ソーローの入れ知恵かしら?)
そう思ったトーリにカミラが心の声で返す。
(ケノービがそこまで考えられたらもっと私たちを苦労させますよ。多分ルッソ様の作戦かと思われます。良かったですね。流石は『おじょうさま』が惚れた殿方でございますよ。)
(わたしがルッソをどれだけ恋しいか、これで想像できるでしょ?)
トーリはしんみりとなって目に涙を浮かべた。ここまで困らせるなんてとても意地悪な人ね。やっぱり野望を捨ててルッソのもとに帰ろうかしら。しかし、乗ってしまった船からもう降りれない。降りたら海に沈むところまでに計画は進んでいた。
カミラはルッソの悪知恵の続きを説明した。あの男はヨーシデンの沿岸部を受け取ったあとに、コリアンナを跡継ぎに指名して譲渡したのだ。
「コリアンナにヨーシデンを! 正気なの!」
「それだけ地位に執着が無いということですね。思い切ったことをなされます」
目論見はわかっている。鉄砲の輸出に条件を付ける為にだろう。ショーゴイン湾を抑えればマイヤの夢にほころびが生じる。姉としてはできる限りかわいい妹の計画をかなえてやりたいはずだ。明らかな嫌がらせ。
ヨーシデンは南のシマナミスタン大陸との交易のメインになるはずだった。ショーゴイン湾の南には、かの大陸の大国・サヌキスタンがあり、その北の海にはアワージラントというホーデンエーネンにゆかりのある島国が浮かんでいた。
王国にとってどちらもよき交易相手だ。アワージラントは特に、シマナミスタン商人や船乗りらが集結している。小国ながら経済的には豊かだ。
「アワージラントを味方につける。『おじょうさま』の計画でしたね?」
ええそうよ。ホーデンエーネンで天下を取った後、王家の一部はアワージラントに亡命するだろう。彼等をそこに封じ込める為に味方につけたかった。アワージラントは多く島を持っている。そのうちの小さな1つに監視を付けて押し込めて貰おうと考えていたのである。
ヨーシデンを得ればそれがやり易くなるはずだった。しかし湾を抑えられればやりにくくなる。南が無くても決してできない事は無いが、あの湾以外の沿岸部は半ば漁民の小領主がみっちりと敷き詰められていた。
シマナミスタンとの戦争があった頃に配置された騎士達の末裔。土地への愛着心が強く、なかなか転封に応じてくれないだろう。シマナミスタンのエルフやドワーフの血が混じっているのも多く、サキュバスの心理魔法が効きにくい者達ばかりだった。
「こうなったら仕方がありませんね。ルッソ様をどこか遠いところに飛ばす……」
「それだけは駄目よ、カミラ」
危険な目に遭わせることはまかりならない。そもそもルッソを王都から遠ざけたのは、政争に巻き込まれて害される恐れがあったからだ。天下を盗った後にアスカウに戻り、ルッソと末永く暮らすことを夢見ていたトーリにはあってはならない選択肢だった。
「でも、コリアンナなら私の心理魔法が……」
コリアンナは、大好きなおばのマイヤに会わせてくれない事でトーリを嫌っていた。それから金儲けの道具にすることもだ。さっさとアスカウに戻っていた彼女は、しばらくは母の顔を見たく無いらしい。
「そのぐらいはできるでしょ?」
「できません。『ひめさま』は我々の得意な魔法の抵抗力を既に身に着けておいでです」
日々、わんこや山羊さんのちんちんを「おっきぃ♡」と悶えて親しみながら、精液をおまんこの奥で受け止めていたせいか、眠っていた力が発現してしまったらしい。
優れたサキュバスの子孫は畜生らの精液でも魔力を得ることが出来るのだ。特にコリアンナは『アニマルザーメン』との相性が抜群というカミラの見立てであった。
「コリアンナ様もまた、天に与えられた才をお持ちでございます」
「母親としては、いろいろと複雑な気持ちだけどうれしいわ!」
「ですが最近、身体の魔力が急激に溜まり込んでいる気がいたします。どうにも魔力が強い、それこそ、亜人と同等のものを受け入れているのではないのかと……」
その理由。コリアンナがアスカウの村の裏手に住む魔獣と『どうぶつエッチ』をしだしたからだ。魔獣の精液に含まれる魔力と滋養は亜人のそれに近かった。コリアンナは小さな体で魔獣のおちんぽを受け入れ続けた事により、知らぬうちにそうなった。
「敵にまわったら厄介です。仲直りが一番よろしいかと」
「けど、標的が1人の場合はカミラの方が強力じゃないの?」
「それがですね……」
サキュバスの心理操作魔法は格上のサキュバスには全く通じない。コリアンナはトーリと同じく『最高クラスの淫魔』の子孫だ。これには逆らえない。カミラは常日頃トーリに言っているが、中の上クラスのサキュバスだ。
マイヤが無事でいれば、コリアンナを屈服させる事は容易かっただろうが、それは今となってはできない話であった。ルッソはコリアンナの魔力について気づいているかもしれない、と思いながらトーリは机の上の巻物を取った。
広げたそれは図面であった。キンキ大陸南部の地図だ。店でよく売られているもの違うところがあった。街道や間道が殆ど記されていないナガオカッツェ山岳部やタンバレーネ山地のあたりに、道と集落が記されていたのだ。
「けれどルッソは浅知恵よ。ケノービよりは知恵が回るけれどそこまでよ。ショーゴイン湾を抑えたって鉄砲は南へ運ばれるのに」
この地図は、輸出用の鉄砲を運ぶルートを示していた。まずはタカイチゲンシュタットの南にある山岳道に入る。それから西にむかってタンバレーネ山地へ。サキュバスらがの山の民だけが知る道を抜ける。
南天騎士団のコーノフェルトらの領地を通り、サカーイへと運ばれる。南天騎士団からサカーイ近辺までの領主達はトーリの味方だ。ルッソが嫌がらせをしても鉄砲は海の外へ売られていくのだ。
(でも……マイヤの夢は修正が必要みたいね。)
トーリはため息をつく。ヨーシデンの建設は後回しにしよう。まずはもう1つの候補となっていたナーガハーマだ。
北部に展開する近衛騎士団の拠点となっていたナーガハーマは、団員の家族が移り住むようになっていた。家族というよりは妾とその子たちだ。本妻らはナントブルグや本領から出ようとしない者ばかりである。
軍事都市となったナーガハーマはそのせいで活況を示しだしていた。しかし話によれば城壁が低くて防備施設がまばら。土地は広いのだがそれを十分に活かせていないのだという。
(ナーガハーマにもマイヤの工房を作る。北部諸侯らに売りつけて資金とするわ。私とマイヤの王国の為の。)
博学なマイヤがいれば都市計画にも着手できるだろう。トーリはこっそりと妹の助手になれそうな人物を雇い始めていた。特に、イナーヴァニアやイーズモーから流れて来た建築士達がホーデンエーネンに逃げてきたから、集めるのは容易だった。
「カミラ。私とマイヤはナーガハーマに向かうわ。1年か2年、そのぐらいはナントブルグを空けるつもりよ」
「その間、オルガスムナ領の工房はどういたしましょう?」
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