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第三部 カツランダルク戦記 『第一章・本当の支配者』
24 抑止論
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トーリがどうしてマイヤの発明品を使って儲けようとしているのかについては、セイン王も知らなかった。理由は簡単だ。トーリに心理操作の魔法をかけられてその様な質問ができなくされているだけの事だ。
それを明らかにするためにも直接会って話がしたい。理由によっては将来的に危ない橋を渡るハメになる道具を売らずに解決するかもしれない、とルッソは言った。
「ま、そうなるわな」
会わせてやる。ついでにヤっていけ。国王は家臣らに大臣らに秘密にしろ、と命じた。気になるのはマイヤだった。出来れば彼女からも話を聞きたい。城にいるのか?
「王様、マイヤちゃんはどこにいるの?」
「ここんところはオルガスムナ城に住んでいるようだ。あそこのアルトールと仲が良いらしいからな」
「お城にはいないんだ……」
コリアンナは残念に思った。彼女はマイヤが戻って来てから1度も顔を会わせた事が無かったからだ。養生が大事だからとトーリが拒んだからである。かねてから離婚の事とかで母に怒りを覚えていた。
その上に傍で父親の懸念を聞いたから、母のことを人でなしと思うようになった。手をつないでくれている兄のオルフレッドの顔を見上げた。眉間に皺を寄せてうつむいていた。
「にいちゃん。マイヤちゃんと会えなくてかなしいよね?」
「そんなことで悩んでいるんじゃないけど……」
オルフレッドは今の母に会うのが嫌だった。父に頼まれて決心してついて来たが、やっぱりいざ間近に、となると気が引けた。
「それで、トーリは今、どうしてます?」
「さっきまでやってたからおめかしが必要だろう?」
「構いませんよ。トーリは男の体液のにおいを香水替わりにしている様なものですから、今すぐにでも連れて来てください」
そりゃそうだな、とセイン王は笑った。会うたびにトーリは間男の体臭を身に着けている。でも怒るつもりはない。むしろそっちのほうが欲情をかき立たせるからいい。素の彼女は浮世離れし過ぎな美しさのせいで、性欲が起こらなくなるのだ。ある種の魔物と言ってもいい。
「……ルッソ様」
頭の中でその声を聞いたルッソは指先で印を切った。この声の主は知っている。トーリの側近のカミラだ。
「よくぞお出でなされました。お会いになる前に伝言がございましたら、私にお伝えくださいませ」
「そうするよ。俺もトーリに会えるのが楽しみなんだ」
今日はゆっくり語らいあおうじゃないか。そう思ってルッソは念話魔法の相手に告げた。
□ □ □ □ □
「念話魔法によるルッソ様からの伝言です。今日は会ってもやんないで帰るからな。バーカ」
この部屋に向かってくるルッソから言伝を聞き、やや引きがちに『おじょうさま』に告げたカミラがそう告げた。
「あと、人でなし。精液便所魔族の欠陥品。負け組王家の座敷牢行き末代。妹の稼ぎをふんだくるようになったのは、銭儲けの魔族を名乗りたいからなのか、と……」
「ひどいわ」
トーリは悲しかった。ひどい、と言っているのは今日は抱いて帰ってくれる気が無いということにだ。他の罵詈雑言については、耳にすると子宮を「きゅん♡」とさせていた。
山賊みたいな体格で、人格と前戯と女の扱いの雑さに定評がある間男にやらせた、言葉攻めプレイを思い出してそうなったからだ。トーリはそういう類の男には必ずそのようにさせた。けっ、激安貞操女が。淫魔の子孫は確かだな。貯め過ぎて死んじまった精虫どもでもありがたくもらえよ、その股のタンツボでな。
「けど、それじゃあ私は陥落できないの。もっと、こう、育児放棄してちんぽのすっきり腔に堕した性犯罪者とか、そんな事は言えると聞いてみて?」
「そういう癖はよくありませんよ。ルッソ様はあの男達とは違いますし」
それよりもオルフレッドとコリアンナだ。2人がついて来ているという事は情に訴える戦法だろうとカミラは言った。子供達を使ってトーリの良心を引き出すつもりだ。
「それは織り込み済みよ。だってそれしかルッソには手がないんだもの」
果たしてルッソ達と会う事となった。
「オルフレッド、コリアンナ。久しぶりね。おかあさんはあなたたちと会えてとてもうれしいわ」
子供達は憮然とした顔をしていた。トーリはルッソとセインをちらと見る。お前の言い方は嘘くさくかなわん、と思っているのが伺えた。事実、セインはそう思っていた。
「あら、コリアンナ」
トーリは寝室用の簡素なドレスをまとってだった。村にいるときと同じ格好のコリアンナを見て、「買ってあげた服は?」と尋ねた。
「うっさいなあ! あんなびらびらしたもん着てらんないよ!」
コリアンナはどこまでもコリアンナだ。村娘にしかなれない。対してオルフレッドは刺繍がついた絹の服である。美少年は立派な服も似合っていた。
「おかあちゃん、マイヤちゃんに会わせてよ! オルガスムナんとこに置いたままっていうのはどういうことだよ!」
「そうだよ、母さん。俺達が来るって聞いてたなら、マイヤおばちゃんをこっちに連れて来てくれればよかったじゃないか?」
(マイヤマイヤとうっさいわね。そんなにお母さんと会ってもうれしくないの?)
不快感。それとともにトーリは寂しさを覚えた。今の自分は愛されていない。でも愛情をかけない自分が悪いの。ごめんね子どもたち。
が、こう思わせて動揺を生む策ではないかとも思っていた。これがルッソの意図か。ずいぶんと幼稚だ。覚悟を決めた者には通じぬよ、と自分を鼓舞する。
「あのね、オルフレッド、コリアンナ……」
トーリはこう説明した。マイヤは今大事な仕事の真っ最中なの。この国をとてもとても豊かにするための発明品を作っているのよ。
「それ、発明というかおばちゃんの前世の世界にあった道具を製造しているだけだろ? 大体なんでそれで金儲けをしようとしているんだよ?」
王様も理由を知らないのだからうさんくさくて仕方が無いよ。オルフレッドが冷ややかに言うとカミラが念話で助言した。そろそろ語るべき時なのでは?
(そうね。そうするわ。)
「陛下。ルッソ。私はマイヤの工房で作った鉄砲やその他諸々の道具で得た利益で、あることを為したいのです」
マイヤが夢に見ていた王国初の総合大学を建てる。マイヤをその学長にする事だと。
「そりゃあ聞いたことあるな。イズヴァルトと子だくさんの家庭を築く、以外にもそういう夢があると語ってくれたことがあったな、あいつは」
「そうです、陛下。しかしマイヤはもう1つ、あることを含めて夢を目指そうとしておりますの」
「あることって、なんだい?」
ルッソが尋ねた。トーリは目を細めて2人を見る。しかし見ているのは、マイヤを抱っこして赤ちゃんプレイをやっていた時の姿だ。
哺乳瓶に入れた麦酒をちゅうちゅうと飲ませ、マイヤは無邪気に笑いながらトーリに語ってくれた。大学創建にちなむ壮大な夢をである。
「大学だけでなく新たな都市も作る、いわゆる学術都市というものを造りたいそうです」
なんともまあ、でかいことを。ルッソとセインは顔を見合わせた。初耳であるが途方もない話だったからだ。
大学つきの都は大陸の北側か南側のど真ん中、ナーガハーマの郊外かヨーシデンを考えている。しかしヨーシデンのほうが現実的だろう。ナーガハーマは今、軍隊が駐屯しているからだ。
「ヨーシデンか……」
地理にも詳しいルッソは納得していた。あの土地は大陸南部のいわばど真ん中に当たる。気候は温暖で土地が広い。王家の直轄地でもあった。南の沿岸部は良港となり得るらしい。
発展の見込みは十分あった。ヨーシデンなら悪くない。とてもいい土地だ。でもあそこは守るのが難しい、たいへんに開けたところでもある。
「そこを王家から買い取って、都を築こうと考えているのかい?」
「ええ。マイヤはあそこに目を付けているの。それが草ぼうぼうの原っぱのままなのはもったいないわって嘆いていたわ。でもね」
ヨーシデンを選択するとなれば、もっと金のかかるおまけをつける事となる。イーガの魔法技術による列車、『えくすぷれす』を学術都市にまで伸ばすという計画なのだ。
「しかもその『えくすぷれす』の道をマイヤは、東はイーガから西はサカーイまで、北はナントブルグまで伸びるように望んでいるの」
イーガのみならずホーデンエーネンの主要都市も結ぶ、キンキ大陸を横断するその路線をマイヤは、『きんてつ』と名付けるつもりだとトーリは言った。
本当は地面に二本並べて伸ばした鉄の軌道に、その上を走る魔法の荷車を動かしたいそうだ。それが『きんてつ』の『てつ』の部分にあたるらしい。残念ながらマイヤの提案はついぞ、受け要られなかったのだが。
「……壮大に過ぎる」
途方もない労力と資金が必要になるだろうとルッソは思った。セイン王は口をぽかんと空けていた。話がついていけないようだ。
「『えくすぷれす』がホーデンエーネンにもできれば、王都とヨーシデンまでは3時間で着くでしょう。イーガのコーヅケーニッヒは? 西のサカーイは? どちらも1日で行けるはずよ。1か月2か月かかっていた旅が数十分の一の時間に縮む。マイヤはそれを夢見ているの。そしてその3つの都の中継地を……」
自分が建てた大学がある新しき都市に。驚くべき可能性を秘めた、今は草むらばかりの土地を拓き、石造りの街を築くのだ。
けれどもそれは身勝手な夢想とも言えた。例え将来的に発展を望めるだろうが、既に出来上がっている都市や経済の中に、無理やりにねじ込むのなら反発を産むだろう。
「トーリ。そんなすごいことをマイヤは考えていたんだね?」
「そうよ、ルッソ。あの子は天才。世界一の勇者たるイズヴァルトさんに匹敵する、いいえ、それ以上の存在になる子よ?」
「でも、それを鉄砲を売りさばくことで叶えようなんて許されないよ」
たとえ鉄砲を売った金で都市を造り、大学を建て、『えくすぷれす』の路線を延長してもそれは、流血と憎しみの上に築かれるものである。その憎しみはもしかしたら、後々のホーデンエーネンに降りかかるかもしれない。
ルッソがアジール港からの鉄砲輸出禁止を申し出のは、諸外国に鉄砲が伝播して更なる戦争を引き起こすかもしれないというおそれがあったからだ。
さらに亜人をも一撃で葬る武器に進化すれば、それこそマイヤはニンゲンだけでなく、彼らの間からも恨むべき存在の名前になってしまうかもしれない。それはあまりにも悲しいことだろう。
「だから、もっと別の手立てで得たお金でやるべきなんだよ。トーリ」
やり方はもっと他にあるはずだ。鉄砲よりもお金は入ってこないが別の発明品を売って得た利益を使うのもいいし、世界一の金持ち国であるイーガの援助を受けてもいい。
あるいは、税金の中から予算を確保するのもいいじゃないか。ただ、そのやり方は長い時間がかかるだろう。
「その夢をかなえるには、ふつうは20年や30年かかるはずだ。それを5年だか10年ぐらいでやり遂げようとしている様に見えるよ。俺の考え違いかい?」
トーリがルッソの目をまっすぐに見つめて来た。ええ、そうよ。急いでいるの。
「どうして?」
「大切な、皆には黙っていたことを伝えるわ……マイヤはあまり長くは生きられない身体になってしまっているの」
ルッソ達の瞼が動いた。悪い冗談なのか本当のことか。マイヤの身体の事を話していいのかと念話魔法でカミラが訊く。かまわない。トーリは語り始めた。
「卵巣の病気は取って無くなったけど、他の病が潜んでいるのよ」
「なにそれ?」
コリアンナにとって初耳だった。赤ちゃんがもう産めないんだよとルッソが告げた。そうだったの。呆然とした様子だった。ただ、コリアンナはマイヤが両腕両脚を損なっていることをルッソは教えていない。小さい彼女にあまりにも衝撃が過ぎるからだ。
「今は発症いていないけれど、いずれはマイヤの身体を容赦なく襲うでしょう。早ければ5年、いや、10年後には……」
但し、セックスによる精液摂取を途切れさせたり、トーリが長く傍にいない場合にだ。それがあればもっと生きるはずだ。30を越えるとあやしいらしいが。
「トーリ、どうして黙っていたんだい? そんな大事なことを俺達に……」
「それだけあの子の意志は強いのよ、ルッソ。子供を産めなくなった、身体が弱くなったから急いで夢をかなえなくてはならないの。それと、鉄砲についてはね」
自分はルッソと論を信じている。トーリはセインに目を向けた。
「今は鉄砲を用いての会戦が起こることでしょう。しかし鉄砲の威力があがり、諸外国が大量に持つ、それこそ1人の兵士に1丁行き渡る様になれば、戦いでの死者が多くなりどの国も戦争について軽々しく考えなくなるはずです」
事実、1人の戦闘力がニンゲンの兵士の10人から20人分の亜人が多い大陸に、侵攻しようとする国など無いではないか。大陸内では小競り合いをやらかすが。それでもこの数百年、大陸統一を望んで大戦争を起こした国は殆ど無かった。
「我が国のご先祖様がたや、イーズモーの暗黒卿がおられましたが、大陸統一を果たす為の大戦争を引き起こす国はございませんでした」
それも亜人達という強力な『兵器』でありニンゲンの上位存在があったからだ。チンゼーには亜人種は殆どいなかったが、暑く、疫病が多いから攻めても旨味はあまり無い。海洋という壁もある。
「けど、威力がある兵器を沢山持っているからって戦争を避ける事にはならないだろうよ。マイヤが前世の世界のことを語ってくれたじゃないか、トーリ」
進化した鉄砲、1分間に数百発の弾を放つ機関銃や城を吹き飛ばす様な爆弾、触れた者は苦しみながら死ぬ毒ガスを作り出しても戦争は止むことは無かった。
「争いは無くならないよ、トーリ。それだったら鉄砲なんか……」
「マイヤの前世の世界の話じゃない。ニンゲンのみが高度な文明が持つ世の中。ニンゲンという種族が世界の王みたいなところでしょう?」
ニンゲンの上位存在ともいうべき亜人や魔族がいない。この世界で最も弱い知的生命体とされている彼らが、マイヤの前世の世界では……。
「怖いのはせいぜいが数の少ない猛獣かたまにおこる天災ぐらい。だから、そうなってしまったのよ。この世界は違うわ」
この世界には、愚かなことを為そうとするニンゲン達を叱ってくれる存在がたくさんいる。亜人に魔族達。彼等がニンゲンという種族の増長を無意識のうちに直してやっているのだ。
「マイヤの世界と違ってこの世界のニンゲンは、自分達の非力さをよく存じているはずよ。だから身の程をわきまえる。乱暴をしてもある程度になったら控える。これがもし、亜人が社会からの排斥ができるような弱い存在だったら、そうはいかなくなると思うわ」
今の様に亜人らを盟友や隣人という立場ではなく、尖兵としてこき使い、支配することだろう。そうなった時にニンゲンという種は増長するはずだ。
「だから私、この世界のことを信じているの。アカサカチハヤの魔竜だっているわけだしね。鉄砲が広まってもきっと、ルッソが思っているほど『おおごと』にはならないはずよ?」
それを明らかにするためにも直接会って話がしたい。理由によっては将来的に危ない橋を渡るハメになる道具を売らずに解決するかもしれない、とルッソは言った。
「ま、そうなるわな」
会わせてやる。ついでにヤっていけ。国王は家臣らに大臣らに秘密にしろ、と命じた。気になるのはマイヤだった。出来れば彼女からも話を聞きたい。城にいるのか?
「王様、マイヤちゃんはどこにいるの?」
「ここんところはオルガスムナ城に住んでいるようだ。あそこのアルトールと仲が良いらしいからな」
「お城にはいないんだ……」
コリアンナは残念に思った。彼女はマイヤが戻って来てから1度も顔を会わせた事が無かったからだ。養生が大事だからとトーリが拒んだからである。かねてから離婚の事とかで母に怒りを覚えていた。
その上に傍で父親の懸念を聞いたから、母のことを人でなしと思うようになった。手をつないでくれている兄のオルフレッドの顔を見上げた。眉間に皺を寄せてうつむいていた。
「にいちゃん。マイヤちゃんと会えなくてかなしいよね?」
「そんなことで悩んでいるんじゃないけど……」
オルフレッドは今の母に会うのが嫌だった。父に頼まれて決心してついて来たが、やっぱりいざ間近に、となると気が引けた。
「それで、トーリは今、どうしてます?」
「さっきまでやってたからおめかしが必要だろう?」
「構いませんよ。トーリは男の体液のにおいを香水替わりにしている様なものですから、今すぐにでも連れて来てください」
そりゃそうだな、とセイン王は笑った。会うたびにトーリは間男の体臭を身に着けている。でも怒るつもりはない。むしろそっちのほうが欲情をかき立たせるからいい。素の彼女は浮世離れし過ぎな美しさのせいで、性欲が起こらなくなるのだ。ある種の魔物と言ってもいい。
「……ルッソ様」
頭の中でその声を聞いたルッソは指先で印を切った。この声の主は知っている。トーリの側近のカミラだ。
「よくぞお出でなされました。お会いになる前に伝言がございましたら、私にお伝えくださいませ」
「そうするよ。俺もトーリに会えるのが楽しみなんだ」
今日はゆっくり語らいあおうじゃないか。そう思ってルッソは念話魔法の相手に告げた。
□ □ □ □ □
「念話魔法によるルッソ様からの伝言です。今日は会ってもやんないで帰るからな。バーカ」
この部屋に向かってくるルッソから言伝を聞き、やや引きがちに『おじょうさま』に告げたカミラがそう告げた。
「あと、人でなし。精液便所魔族の欠陥品。負け組王家の座敷牢行き末代。妹の稼ぎをふんだくるようになったのは、銭儲けの魔族を名乗りたいからなのか、と……」
「ひどいわ」
トーリは悲しかった。ひどい、と言っているのは今日は抱いて帰ってくれる気が無いということにだ。他の罵詈雑言については、耳にすると子宮を「きゅん♡」とさせていた。
山賊みたいな体格で、人格と前戯と女の扱いの雑さに定評がある間男にやらせた、言葉攻めプレイを思い出してそうなったからだ。トーリはそういう類の男には必ずそのようにさせた。けっ、激安貞操女が。淫魔の子孫は確かだな。貯め過ぎて死んじまった精虫どもでもありがたくもらえよ、その股のタンツボでな。
「けど、それじゃあ私は陥落できないの。もっと、こう、育児放棄してちんぽのすっきり腔に堕した性犯罪者とか、そんな事は言えると聞いてみて?」
「そういう癖はよくありませんよ。ルッソ様はあの男達とは違いますし」
それよりもオルフレッドとコリアンナだ。2人がついて来ているという事は情に訴える戦法だろうとカミラは言った。子供達を使ってトーリの良心を引き出すつもりだ。
「それは織り込み済みよ。だってそれしかルッソには手がないんだもの」
果たしてルッソ達と会う事となった。
「オルフレッド、コリアンナ。久しぶりね。おかあさんはあなたたちと会えてとてもうれしいわ」
子供達は憮然とした顔をしていた。トーリはルッソとセインをちらと見る。お前の言い方は嘘くさくかなわん、と思っているのが伺えた。事実、セインはそう思っていた。
「あら、コリアンナ」
トーリは寝室用の簡素なドレスをまとってだった。村にいるときと同じ格好のコリアンナを見て、「買ってあげた服は?」と尋ねた。
「うっさいなあ! あんなびらびらしたもん着てらんないよ!」
コリアンナはどこまでもコリアンナだ。村娘にしかなれない。対してオルフレッドは刺繍がついた絹の服である。美少年は立派な服も似合っていた。
「おかあちゃん、マイヤちゃんに会わせてよ! オルガスムナんとこに置いたままっていうのはどういうことだよ!」
「そうだよ、母さん。俺達が来るって聞いてたなら、マイヤおばちゃんをこっちに連れて来てくれればよかったじゃないか?」
(マイヤマイヤとうっさいわね。そんなにお母さんと会ってもうれしくないの?)
不快感。それとともにトーリは寂しさを覚えた。今の自分は愛されていない。でも愛情をかけない自分が悪いの。ごめんね子どもたち。
が、こう思わせて動揺を生む策ではないかとも思っていた。これがルッソの意図か。ずいぶんと幼稚だ。覚悟を決めた者には通じぬよ、と自分を鼓舞する。
「あのね、オルフレッド、コリアンナ……」
トーリはこう説明した。マイヤは今大事な仕事の真っ最中なの。この国をとてもとても豊かにするための発明品を作っているのよ。
「それ、発明というかおばちゃんの前世の世界にあった道具を製造しているだけだろ? 大体なんでそれで金儲けをしようとしているんだよ?」
王様も理由を知らないのだからうさんくさくて仕方が無いよ。オルフレッドが冷ややかに言うとカミラが念話で助言した。そろそろ語るべき時なのでは?
(そうね。そうするわ。)
「陛下。ルッソ。私はマイヤの工房で作った鉄砲やその他諸々の道具で得た利益で、あることを為したいのです」
マイヤが夢に見ていた王国初の総合大学を建てる。マイヤをその学長にする事だと。
「そりゃあ聞いたことあるな。イズヴァルトと子だくさんの家庭を築く、以外にもそういう夢があると語ってくれたことがあったな、あいつは」
「そうです、陛下。しかしマイヤはもう1つ、あることを含めて夢を目指そうとしておりますの」
「あることって、なんだい?」
ルッソが尋ねた。トーリは目を細めて2人を見る。しかし見ているのは、マイヤを抱っこして赤ちゃんプレイをやっていた時の姿だ。
哺乳瓶に入れた麦酒をちゅうちゅうと飲ませ、マイヤは無邪気に笑いながらトーリに語ってくれた。大学創建にちなむ壮大な夢をである。
「大学だけでなく新たな都市も作る、いわゆる学術都市というものを造りたいそうです」
なんともまあ、でかいことを。ルッソとセインは顔を見合わせた。初耳であるが途方もない話だったからだ。
大学つきの都は大陸の北側か南側のど真ん中、ナーガハーマの郊外かヨーシデンを考えている。しかしヨーシデンのほうが現実的だろう。ナーガハーマは今、軍隊が駐屯しているからだ。
「ヨーシデンか……」
地理にも詳しいルッソは納得していた。あの土地は大陸南部のいわばど真ん中に当たる。気候は温暖で土地が広い。王家の直轄地でもあった。南の沿岸部は良港となり得るらしい。
発展の見込みは十分あった。ヨーシデンなら悪くない。とてもいい土地だ。でもあそこは守るのが難しい、たいへんに開けたところでもある。
「そこを王家から買い取って、都を築こうと考えているのかい?」
「ええ。マイヤはあそこに目を付けているの。それが草ぼうぼうの原っぱのままなのはもったいないわって嘆いていたわ。でもね」
ヨーシデンを選択するとなれば、もっと金のかかるおまけをつける事となる。イーガの魔法技術による列車、『えくすぷれす』を学術都市にまで伸ばすという計画なのだ。
「しかもその『えくすぷれす』の道をマイヤは、東はイーガから西はサカーイまで、北はナントブルグまで伸びるように望んでいるの」
イーガのみならずホーデンエーネンの主要都市も結ぶ、キンキ大陸を横断するその路線をマイヤは、『きんてつ』と名付けるつもりだとトーリは言った。
本当は地面に二本並べて伸ばした鉄の軌道に、その上を走る魔法の荷車を動かしたいそうだ。それが『きんてつ』の『てつ』の部分にあたるらしい。残念ながらマイヤの提案はついぞ、受け要られなかったのだが。
「……壮大に過ぎる」
途方もない労力と資金が必要になるだろうとルッソは思った。セイン王は口をぽかんと空けていた。話がついていけないようだ。
「『えくすぷれす』がホーデンエーネンにもできれば、王都とヨーシデンまでは3時間で着くでしょう。イーガのコーヅケーニッヒは? 西のサカーイは? どちらも1日で行けるはずよ。1か月2か月かかっていた旅が数十分の一の時間に縮む。マイヤはそれを夢見ているの。そしてその3つの都の中継地を……」
自分が建てた大学がある新しき都市に。驚くべき可能性を秘めた、今は草むらばかりの土地を拓き、石造りの街を築くのだ。
けれどもそれは身勝手な夢想とも言えた。例え将来的に発展を望めるだろうが、既に出来上がっている都市や経済の中に、無理やりにねじ込むのなら反発を産むだろう。
「トーリ。そんなすごいことをマイヤは考えていたんだね?」
「そうよ、ルッソ。あの子は天才。世界一の勇者たるイズヴァルトさんに匹敵する、いいえ、それ以上の存在になる子よ?」
「でも、それを鉄砲を売りさばくことで叶えようなんて許されないよ」
たとえ鉄砲を売った金で都市を造り、大学を建て、『えくすぷれす』の路線を延長してもそれは、流血と憎しみの上に築かれるものである。その憎しみはもしかしたら、後々のホーデンエーネンに降りかかるかもしれない。
ルッソがアジール港からの鉄砲輸出禁止を申し出のは、諸外国に鉄砲が伝播して更なる戦争を引き起こすかもしれないというおそれがあったからだ。
さらに亜人をも一撃で葬る武器に進化すれば、それこそマイヤはニンゲンだけでなく、彼らの間からも恨むべき存在の名前になってしまうかもしれない。それはあまりにも悲しいことだろう。
「だから、もっと別の手立てで得たお金でやるべきなんだよ。トーリ」
やり方はもっと他にあるはずだ。鉄砲よりもお金は入ってこないが別の発明品を売って得た利益を使うのもいいし、世界一の金持ち国であるイーガの援助を受けてもいい。
あるいは、税金の中から予算を確保するのもいいじゃないか。ただ、そのやり方は長い時間がかかるだろう。
「その夢をかなえるには、ふつうは20年や30年かかるはずだ。それを5年だか10年ぐらいでやり遂げようとしている様に見えるよ。俺の考え違いかい?」
トーリがルッソの目をまっすぐに見つめて来た。ええ、そうよ。急いでいるの。
「どうして?」
「大切な、皆には黙っていたことを伝えるわ……マイヤはあまり長くは生きられない身体になってしまっているの」
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「今は発症いていないけれど、いずれはマイヤの身体を容赦なく襲うでしょう。早ければ5年、いや、10年後には……」
但し、セックスによる精液摂取を途切れさせたり、トーリが長く傍にいない場合にだ。それがあればもっと生きるはずだ。30を越えるとあやしいらしいが。
「トーリ、どうして黙っていたんだい? そんな大事なことを俺達に……」
「それだけあの子の意志は強いのよ、ルッソ。子供を産めなくなった、身体が弱くなったから急いで夢をかなえなくてはならないの。それと、鉄砲についてはね」
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「今は鉄砲を用いての会戦が起こることでしょう。しかし鉄砲の威力があがり、諸外国が大量に持つ、それこそ1人の兵士に1丁行き渡る様になれば、戦いでの死者が多くなりどの国も戦争について軽々しく考えなくなるはずです」
事実、1人の戦闘力がニンゲンの兵士の10人から20人分の亜人が多い大陸に、侵攻しようとする国など無いではないか。大陸内では小競り合いをやらかすが。それでもこの数百年、大陸統一を望んで大戦争を起こした国は殆ど無かった。
「我が国のご先祖様がたや、イーズモーの暗黒卿がおられましたが、大陸統一を果たす為の大戦争を引き起こす国はございませんでした」
それも亜人達という強力な『兵器』でありニンゲンの上位存在があったからだ。チンゼーには亜人種は殆どいなかったが、暑く、疫病が多いから攻めても旨味はあまり無い。海洋という壁もある。
「けど、威力がある兵器を沢山持っているからって戦争を避ける事にはならないだろうよ。マイヤが前世の世界のことを語ってくれたじゃないか、トーリ」
進化した鉄砲、1分間に数百発の弾を放つ機関銃や城を吹き飛ばす様な爆弾、触れた者は苦しみながら死ぬ毒ガスを作り出しても戦争は止むことは無かった。
「争いは無くならないよ、トーリ。それだったら鉄砲なんか……」
「マイヤの前世の世界の話じゃない。ニンゲンのみが高度な文明が持つ世の中。ニンゲンという種族が世界の王みたいなところでしょう?」
ニンゲンの上位存在ともいうべき亜人や魔族がいない。この世界で最も弱い知的生命体とされている彼らが、マイヤの前世の世界では……。
「怖いのはせいぜいが数の少ない猛獣かたまにおこる天災ぐらい。だから、そうなってしまったのよ。この世界は違うわ」
この世界には、愚かなことを為そうとするニンゲン達を叱ってくれる存在がたくさんいる。亜人に魔族達。彼等がニンゲンという種族の増長を無意識のうちに直してやっているのだ。
「マイヤの世界と違ってこの世界のニンゲンは、自分達の非力さをよく存じているはずよ。だから身の程をわきまえる。乱暴をしてもある程度になったら控える。これがもし、亜人が社会からの排斥ができるような弱い存在だったら、そうはいかなくなると思うわ」
今の様に亜人らを盟友や隣人という立場ではなく、尖兵としてこき使い、支配することだろう。そうなった時にニンゲンという種は増長するはずだ。
「だから私、この世界のことを信じているの。アカサカチハヤの魔竜だっているわけだしね。鉄砲が広まってもきっと、ルッソが思っているほど『おおごと』にはならないはずよ?」
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
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