聖騎士イズヴァルトの伝説 外伝 『女王の末裔たち』

CHACOとJAGURA

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第三部 カツランダルク戦記 『プレリュード』

27 武器輸出大国・ホーデンエーネン (マイア=テクニカのお話)

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※本編の『青年編』第三十四回の裏エピソード(真実の話)となります。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 まさか、である。火縄式や火打石式以外にも鉄砲の種類があったとは。

 魔法の発火装置を用いてのこのタイプの鉄砲を試し撃ちしてその便利さに驚いた。弾と火薬を装填するだけで事足りるでござる。

 訓練場で手にとったそれの銃底には、きっちりとマイア=テクニカ産のものだということが明記されていた。しかも収められていた木箱には自分と別れた頃の製造日付が。王国暦で言えば349年の7月だ。

(マイヤどの、しゅごいでござりゅ。)

 感激のあまりに心の声までもが舌足らずになってしまった。やはり彼女を、ザーメンとおちんちん目当てに、自分の金魚のフンみたく連れて行かないで正解だったと思った。

 胸の中はマイヤへの称賛でいっぱいだ。鉄砲って素晴らしい。人殺しの武器じゃなければ。持っているだけでイズヴァルトの少年のハートは大きくゆさぶられ、満足する。試し撃ちなら射精の100倍の快感だ。

 カイロネイアのエルフ達も、イズヴァルトやオクタヴィアがイーガからお土産として持ち帰ったものを複製し、魔法でいろいろとカスタマイズを施したりしていた。

 でもマイヤはこれを、エルフたちの助け無しに成し遂げたのだろう。ゼロからの発明は素晴らしいが、1や2の状態からの改良もまた、誇るべきことである。

 飛距離や精度も改善されていた。チンゼーで生産された火縄銃や火打石式銃では到底及ばない。あちらは20メートル以内でないとまず当たらない。鉄砲の名手にもなりつつあるイズヴァルトでも、30メートルがやっとだ。

 ただ、チンゼー産でも凌駕できた名作があった。イズヴァルトが撃つのを見て鉄砲に好奇心が湧いた巫女ビアンカが、火の神におねだりして力を借り、試しに作った短銃である。

 先込め式銃であるが飛距離は400メートルにも及んだ。これはシマーヅの戦士たちが携帯していた、シマナミスタン製の抱え式投石砲の倍以上の射程距離だ。

 この名品をイズヴァルトは所望したかった。しかしビアンカがどうしても生まれてくる娘にあげたいとだだをこね、結局アソマリア王家の家宝となってしまった。

 余談だがアソマリアにはこの百年後、世界屈指の銃器のメーカーが誕生する。アソマリアで初めて鉄砲を作ったビアンカの名前をとって、ビアッキ社と名付けられた。

 ついでながらイズヴァルトが領地を得たタネガシマスカル島では、彼がプロデュースした鉄砲の工房がいくつも建てられていた。この島も鉄砲の世界的メーカーの拠点となる。

 剣と魔法の時代が長く続いたこの世界に、鉄砲が殴り込みをかけ始めていたのがイズヴァルトが生きていた時代であった。

 サーガでは『騎士の時代』の『史上最大で最後の、まばゆき明け前星』と謡われたイズヴァルトである。

 とはいえ彼もまた、この新兵器についてしっかりと学んでいた。魔剣を振るう勇者も先進的な、しかもかっこいい武器に夢中になったのだ。いつもこうぼやきながら。

「やっぱりマイヤは、すごいでござる!」

 恋に盲目になっていると指摘してはならない。なぜなら碩学・マイヤ=カツランダルクはホーデンエーネン以外の人々にとって、この世界の『近代技術の祖』みたいなものだからである。


□ □ □ □ □


 しかし、イーガの魔法工房で出来たこの新兵器が10、いや、20丁もあったのがどうにも合点がいかなかった。

 鉄砲はかっちょいいでごじゃる、と幼児言葉ではしゃげたりはできたが、それなら投石砲の抱え筒のほうが殺傷力が高い。

 轟音と煙を放った時のワクワクぶりは、「魔法改造した連弩のほうが強くね?」と真顔で思った時にかき消える。実際、鉄砲よりもしょぼい魔道士の手による改造連弩のほうが安価で大量生産ができた。

「鉄砲はかっちょいいのは確かに疑うところはござらぬ。しかし何のためにこんなに輸入したのでござろうか?」

 兵士や武将らに聞いてみた。どうしてこんなに多くの鉄砲がござるのか?

「実のところ、これらの鉄砲は武器の予算にも計上されていなかったのですよ。何と引き換えに、という話も知りません」
「チクゼニア軍には500丁ほど入ってきたそうです。オグラーヤもそのぐらいは得たとかなんとか……」
「手に入れた方法ですか? うーん。聞いてないですねえ」
「上のかたがたの考えていることは、我々しもじもの兵士にはわからんのですよ」

 とはいえ皆は「てっぽう、かっけー!」と喜んでいた。兵士の中にはスタイリッシュさを求めて、鉄砲を撃つ構えをいろいろと編みだすものもいた。その兵士は後年、戦乱ものの舞台俳優として人気を博したそうである。

 イズヴァルトは困った。本当の理由が聞きたい。そう思いながら侵略戦争反対を声高に叫び、チクゼニア軍から新鋭の3丁を『わび』として受け取り、配下やミツクニュモスと射的競争に明け暮れた。

 チクゼニアその本当の理由を島での滞在が10日ほど経った頃、オグラーヤとチクゼニアに鉄砲が供与されたわけを知る人物がやってきた。

 この侵略作戦を計画し、指揮した一人。ムナカッタ家の領主のマフド=ムナカッタ。イズヴァルトの物語の講談どおり、この数年後に住民反乱で命を落とす人物である。

 サーガとは違い、彼は満身創痍であった。右目はえぐられて包帯を巻き、左腕は肘から先が無くなっていた。海戦に勝利したゲースティアの追撃で酷い負傷を負ったのだ。

「これから残存兵をまとめて逃げる所だ。貴殿はショージュ=オーウェンを頼ったら良い」

 それが第一声。しかし傷がいささか古く見えた。イズヴァルトが尋ねると海戦は半月前に起こったのだと返った。そのぐらいなら治癒魔法でおおかた傷は塞がるだろう。

「我らはゲースティアをなめきっていた。オグラーヤの武将は御大将のパルメア=クロッタル殿ほか、ことごとくが討ち取られた……」

 パルメア=クロッタルは女当主。武勇に優れていた彼女は女だらけの猛者を集めた親衛部隊を結成していた。チンゼーで鉄砲を一番早く取り入れたのも彼女だった。

 しかし猛く凛々しき女戦士達は大将ともども、当代一の海将の智略に食われた。さらにその首を取ったのは、これが初陣のショージュの息子であった。ゲースティア沿岸から進撃した船団にいた。

「モートファール=オーウェンという名を覚えておくと良い。いずれ次代の大提督と恐れられるだろう」

 モートファールはイズヴァルトの1歳年下。しかも亜人の戦士に匹敵する武勇の持ち主だという。余談だが後々に『西のモートファール、東のイズヴァルト』などと皆が持ち上げるようになる。

「ゲースティアの人食いクジラ艦隊が恐ろしいのはよーくわかったでござる。だから貴殿が逃げる前に聞きたい。最新式のイーガの鉄砲を手に入れたのはどうやってでござる?」
「そっちが気になるか……いいだろう。どうせ負けいくさをやってしまったし、国王陛下や他国から追求され、あらいざらいぶちまけるだろうが教えておこう」

 マフド=ムナカッタは鉄砲を買ったのではなく、贈与されたのだと答えた。オグラーヤを経由してチクゼニアのムナカッタ家に500丁が届けられた。

「贈り物でござると?」
「ああそうだ。しかも送り元はイズヴァルト、貴殿の母国からだよ」

 イズヴァルトと一緒にいたミツクニュモスは唖然とした。なにゆえ鉄砲を。しかもイーガ産のを。この島にあるのはマイア=テクニカ工房製だと聞いていたが、それは嘘だったのか?

「イズヴァルト。ホーデンエーネン人が工房長を務めるマイア=テクニカが、イーガ国内だけにしか無いと未だに思っているのか?」
「ま、まさか……マイヤは……」
「知らんのか。まあ無理もない。キンキ大陸からの情報はチンゼーにはあまり入ってこないからな。貴殿のかわいい『おしゃぶり姫』は、ホーデンエーネンに戻ってマイア=テクニカの第2工房をホーデンエーネンに建てたのだよ」

 イーガの王子の側室であり、幼いフェアディナントを育てているはずのマイヤがである。ホーデンエーネンに今いるという。

「なぜにホーデンエーネンにも……」
「貴公、鉄砲と弾薬の原料を忘れておるな。ホーデンエーネンでよく取れる、鉄と鉛、硫黄と硝石だよ」

 火薬は他にも原料があったり別製法があるのだが、スタンダードな製法で必要な原料は、ホーデンエーネン国内でよく採れた。特に硫黄はイーガ国内の鉱山は皆無だった。
 
 マイヤはホーデンエーネンに戻っていた。去年の夏に王の嫡子ジョーケインを産み、国内でさらなる権勢を得た姉のトーリの右腕であり、王国の産業長官として辣腕を奮っていた。

 そしてマイア=テクニカの第2工房が建てられたのは、カツランダルク本流が新たに得たヨーシデン地方だ。

 ど田舎だったヨーシデンは今、沿岸部を中心に急ピッチで都市建設が始まっていた。これから王国初の総合大学と学生や商人らを受け入れる学術都市を築く為にだ。

 その資金の大半は、マイア=テクニカからの利益とイーガの支援から得ていた。しかしヨーシデンの不自然といえるぐらいの発展は、世の中の人々から多額の税金が流れているという疑いを抱かれていた。

「その500丁はホーデンエーネン王国のマイア=テクニカ社の、マイヤ様から贈与されたものと私は聞いている。パルメア様はマイヤ姫と何度かお会いしたらしい」
「マイヤが……どうして……」

 それを聞いたミツクニュモスがボソリと言った。その500丁で威力を知らしめ、多額の製品を売り飛ばそうという魂胆だったのだろうと。

「500丁はやりすぎにござる! マイヤが……血を見るのがきらいな、人を殺すよりもちんちんのおっきをしゃぶり殺す方を選ぶ、かわいくて善良なマイヤが……」

 死の商人のマネごとなどを。イズヴァルトの目の前に底の無い闇が広がる。マイア=テクニカの新兵器でより多くの屍が築かれる未来を想像した。彼女はこんなことまでして、夢を叶えたいと思っていたのだろうか。

「マイア=テクニカの鉄砲は素晴らしいものだ。チンゼーの工房では真似出来ない。新型の投石砲製品も売りに出したぞ。オグラーヤの衆は自慢げだった」

 オグラーヤの船にも何隻かが最新式のものを搭載していたとマフドは言った。小型の投石砲だが通常の倍の破壊力を見せてくれた。

 ちなみにだがゲースティアもまた、マイア=テクニカ製の新型鉄砲や投石砲を仕入れていた。オグラーヤほど多くは揃えなかったが、新兵器による戦術の研究を進めていた。

「パルメア=クロッタル殿は、我らは負けたのだよ。最新の兵器を得て傲慢になり、戦術の拙さを顧みなかった。そして多くの死と、二度と闘志を抱けぬ様な敗けを味わってしまった」

 でもそれはオグラーヤの野心を刺激した、マイヤの工房で生まれた新兵器のせいとも言える。これが夢を叶えつつあるマイヤの生き方だった。

 島から出てサイゴーク大陸へと向かうイズヴァルトは、常に苦悶の表情を浮かべていた。

(拙者はあの時、ホーデンエーネンもマイヤの夢も何もかも捨てて、彼女を連れ帰るべきだったでござろうか……?)

 いや、そうではない。彼女が己の業により地獄に落ちる時、自分も一緒についていけばいいとイズヴァルトは思った。

 そんな最期の遂げ方ならば、喜んでできるはずだ。


『カツランダルク戦記 プレリュード』  ―了ー
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