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第三部 カツランダルク戦記 『プレリュード』
26 逃避
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イズヴァルトは薄っすらと目を開けた。
だらだらと汗が流れるぐらいにとても暑い。服は全部脱がされ、裸のままだったのに。部屋は鎧戸から少しだけ光が溢れているだけで薄暗かった。
それから、ものすごく煙たい。寝台に横たわっていた彼は、女に乗っかられていた。キセルを持ち、タバコをたしなみながら腰をスライドさせる金髪の女。
心地よいヴァギナがペニスをなでるのが長く続いていたのか、女の中はねばっこくてぬるぬるだった。実際、始まってから何度も射精している。
女は大きな乳房をゆらんとさせながら、イズヴァルトのそれを楽しんでいた。声は一切発さない。でも表情でどれだけ耽溺しているのかがわかる。とてもうれしそうだ。
彼女は寝ている時にやって来た。ニンゲンに姿を変えたハーマイオニーというサキュバスだ。イズヴァルトは挿入が始まってから目覚めはしたが、そのまま目を閉じていた。
何もかもが嫌になった。マイヤにあんなことを言ってまで無理やりに引き剥がし、ホーデンエーネンを正しき道に導きたかった。教団との戦いを終え、頻発する内乱を鎮めて王国を救いたかった。
なのにだ。やったことと言えば人に自慢できない。国王の妾となったトーリと愛欲に溺れ、彼女の剣になろうと意気込んだが思い通りにならなかった。
(拙者は、何をしているのでござる?)
トーリとのおまんこは別にいい。しかし、それに見合った働きを為したかった。彼女の助けになりたかった。
それはそこにいればそれだけでも敵への威圧や抑止力になったけれど、イズヴァルトが目指したかったのはそうではなかった。そうだったのに。
(いや、何もしていない。いなかった。そうだったのでござるよ……)
このまま惰眠をむさぼり、セックスをするだけの毎日を送りたい。ヴィクトリアから預かった、大切な覇王の剣は折れた。3人がかりで勝てると思ったヤギウセッシウサイには負けた。
無能だ。描いていたことが全くできない自分に嫌気が差していた。ハーマイオニーは気持ちく腰を振り続けてくれる。それから吹き出る快感が己の奥に。
イズヴァルトの新しい精液を受けて、ハーマイオニーの下腹に何かが浮き出てきた。淫紋というものだ。ちらと聞いたがサキュバスは、一部をのぞいて自由にデザインができるらしい。
ハーマイオニーの淫紋はタバコを片手に正面で微笑む、三頭身ぐらいのコミカルなサキュバスの絵であった。自分を模したのだろう。それがピンク色に光った。
ついでにハーマイオニーは瞳を桃色に輝かせて、キセルをくわえて煙を吸い込む。ぷはーっ。彼女は絶頂に達すると必ず紫煙を吸った。
イズヴァルトがはっきりと目を開けて尋ねた。幾日経ったでござろうか? 無精髭がびっしりと生えたイズヴァルトに彼女は毒息を吹きかけた。
「ごほっ!」
「イズヴァルトさん。タバコが苦手なんスね?」
「ごほっ! 拙者は何日たっているのか聞いているだけでござるよ!」
「すごいぼやっとしてたんスね」
もう9月の半ばだとハーマイオニーは言った。おおよそ1ヶ月以上が経っていた。すぐに4人のサキュバスの転移魔法でイーガ国境に入り、イズヴァルトだけサキュバスらと一緒に船に乗った。
今いる所はキンキ大陸の南、シマナミスタン大陸の北東部にあるさぬきスタン王国の港町だ。位置的にはサヌキスタンの東端にある。すぐ南にはアワッヒド国との国境がある。
サキュバス達は魔竜に、イズヴァルトをカントニアまで連れて行くように命じられていた。
直接カントニアまでの船に乗ればよいのだが、もう1つの命令も受けていたからシマナミスタンに寄ったのだ。シマナミスタンにいる魔竜の協力者たちとの連絡。
うろんな気配のホーデンエーネンに、南から睨みを効かせるようにと魔竜は考えていた。シマナミスタンの大陸の民はこの大陸に唯一生息している世界最強の種族・ドラゴンの女王とみなしている。
特にシマナミスタンの亜人達が、魔竜を神様のごとく崇めていた。ただ、神というよりは会長とか理事長みたいな感じである。しかし魔竜の威光は絶大であった。
「ところで、イナンナどのは? クリスタどのは?」
「ほんとにぼやっとしてたんスね?」
イナンナはイーガにいる皆をまとめ、カントニアへ帰還の指図を。クリスタは子宮に宿ったマルカスとの思い出をおだやかな環境で育む為に、旧知のムカリ達と共にムーツへ向かった。
「別れ間際に、気落ちなさんなずら、とクリスタさんは言ってたっスよ。忘れたんですか?」
「……何も覚えていないでござるよ。拙者はただ、ちんちんだけが意識を保ち得ていたでござる」
この1ヶ月以上、イズヴァルトは飯を食うとと寝ることと、サキュバス達とセックスをすること以外覚えていなかった。食事もいつものようにおいしく食べていたわけではなかった。とにかく腹に入れられれば、である。
「……覇王の剣は?」
「持ってきたっス」
うえっ、とえづいて喉の調子を整えながら、ハーマイオニーはイズヴァルトから降りて、布に包まれたものを見せてやった。
覇王の剣は真っ二つに折れたままだった。柄のほうの刃がぼろぼろになっていたのは、折れた後もヤギウセッシウサイと打ち合ったからだろう。
「こんなになってしまったでござるか。拙者は、もうだめでござるな」
「セッシウサイ様がイズヴァルトさんが船に乗るまで、何度も謝ってましたよ」
イーガの港まで、ヤギウセッシウサイは付き添ってくれたという。それまでずっと、オークの剣豪はぐってりとしていたイズヴァルトを担いでくれた。
イズヴァルトが燃え尽きて真っ白になっていた時、心配そうにぶひい、と鳴いていたそうな。
「治らぬのでござろうか?」
「魔界に持って帰ればもしかしたら、っスけどね。でも、ここの世界の鍛冶屋はみんな、この剣は直せないと言ってましたよ」
折れたまま。ただ、魔剣に込められた魔力はいまだ保持したままだ。柄のほうに残っている。折れた反対側は薙刀にでもすれば良いだろう。イズヴァルトはそうすることにした。
「それとお詫びの印として、セッシウサイ様からこの二振りを預かっているっス」
ハーマイオニーは壁に立てかけていた2本の剣をイズヴァルトに渡す。長さ80センチほどのミスリルの両刃剣と、50センチほどの片刃の小剣だ。
「セッシウサイさまが昔、この世界の武器工房を巡って得たものらしいっス。『ソード=オブ=ブロント』に比べりゃ劣りますが、それでもかなりの業物じゃないんスかね?」
「……ありがたいことにござる。しかし、拙者はこれを振るって戦うことはあるのでござろうか?」
少なくともホーデンエーネンでは、もう無いだろうとイズヴァルトは思う。自分がいなくてもあの国はどうにかなるだろう。目指してきたことが挫折して、もうすっかりやる気が失せた。
あとは、100年だか150年の余生をカントニアで過ごすことにしよう。世界をまわるのもいい。ちょっとした人助けでなら剣を抜くこともできそうだ。
(いや。パラッツォ教団に手を貸すというのも、ありではござるな。)
教団の傭兵として戦いに身を投じようか。戦場でかつての同僚たちや王国の勇者たちと戦うことになれば、もしかしたらホーデンエーネンは心変わりをするかもしれない。
イズヴァルトは剣を置いた。ハーマイオニーがまた覆いかぶさってきた。太ももでペニスがくすぐられ、たちまち勃起した。息を合わせて腰を動かし、寝台の上で再び泥沼のように媾い続けた。
□ □ □ □ □
暑い国で4人のサキュバスとともに快楽を貪るだけの毎日を送った。それからカントニア行きの船に乗り込んだ。2週間の航海の後、イーズィでイズヴァルトは4人と別れた。
イーズィ王国の港町から、カイロネイアにあるニラッサの里に向かう河川船に乗り換えた。カイロネイア山地はいくつも河が流れている。船が重宝される。
正義だの大義だのを忘れて、ただただ河船に揺られるのをイズヴァルトは楽しんだ。この定期船は面白いことに、夜になると一番近くの河岸にある集落に泊まり、そこで夜を明かすのだ。
「えらくゆっくりしているでござるな、船長どの?」
イズヴァルトは一緒の家に泊まることとなった河船の船長に尋ねた。船長はカイロネイアの褐色エルフだ。美男だがどうにもじじくさいところがあった。
「カイロネイアの河はえっらく入り組んでおる。あの船は20ノット出せるが、くねくねとしていて3日ぐらいかけねえとニラッサに着かねえずらよ」
「夜を徹して船を浮かせればよろしいでござろうに?」
「急いだってなーんも良いことがねえずら。旅はゆっくりするもんずらよ」
船長は笑った。このカイロネイアにはそこかしこに温泉や鉱泉が湧いている。この河岸にも共同浴場が。そして今、イズヴァルトは船長と風呂を一緒にしていたところであった。
「ゆっくり、のんびりでござるか……」
「ニンゲンどもはせかせかし過ぎずら。本当は100年以上生きられるはずなのに、慌てすぎて50やそこらのがきんちょの年頃で死んじまう。あんたもそうならんようにせえよ?」
若々しい美男なのに、喋り口調がやっぱりじじくさい。それを可笑しく思いながらもイズヴァルトはうなずいた。
けれども、心の奥では焦ってもいたし怒りの様なものが渦巻いていた。みじめだと思っていた自分が徐々に元気を取り戻すと、凶暴と言いたくなる力がみなぎるようになっていた。
翌日から甲板で稽古をするようになった。ヤギウセッシウサイにもらった剣を振り、旅を一緒にする腕自慢のエルフと手合わせをする。
でもまだ物足りない。ニラッサに行けばオクタヴィアらに会って、実戦形式の鍛錬を行いたかった。魔法をふんだんに使った大怪我も辞さないものをだ。オクタヴィアなら喜んで引き受けてくれるだろう。
船は予定通り出発してから3日目でニラッサに到着した。しかし待っていたのはオクタヴィアだけではなかった。一緒にイーガに行き、そのまま行方知れずとなったエレクトラがいたのだ。
「なぜでござる?」
オクタヴィアが恋心を抱いているイズヴァルトに、わんこの様に飛びかかるのをひらりとかわして彼はエレクトラの肩を掴んで問い詰めた。
「なにゆえ貴殿がここに!」
エレクトラはうつむいたままだった。顔からは旅立つ前に鼻についた、うさんくさい自信が失せていた。
「あは、あははは……」
エレクトラは困りきっていたのを笑ってごまかした。
「薄ら笑いを浮かべるな、エレクトラ=ガモーコヴィッツ!」
イズヴァルトが彼女の首を締め上げる。何があったのか吐け。自分を導こうとした者がどうしておめおめとここにいる?
「イズヴァルトさん! それ以上はいかんずら! おらが説明するから!」
オクタヴィアがなだめて語った。エレクトラはイーガ王に追い払われたのだ。彼女は国内に騒擾を起こしかねない。たまたま仕事でイーガを訪れていた自分とミレイユに国外へ連れて行くように頼んだ。
「あはは……わたしは見捨てられちゃいましたよ。イーガでなーんもできませんでした。魔導騎士団の昔の仲間に会えば、イズヴァルトさんに天下を盗らせるぐらいの義勇兵や資産をかき集められたんですけどねぇ……」
エレクトラは力なく笑う。今の彼女には謀略を行う意欲は無い様に思われた。美しいが何もできない、ただの中年女に見えた。
(これが、拙者を導こうと自信たっぷりだった、イーガの王子の母でござるか?)
か弱く見えるエレクトラに、イズヴァルトは別種の怒りを覚えた。策が失敗したのならまた別の計画を練れば良いのだ。何をぼやいている。自信を失ったままでいる?
「これが、『イーガの魔王』とやらをあざ笑うほどの知恵者なのでござろうか? いいや、拙者は認めぬでござるよ、エレクトラどの」
「……」
「オクタヴィアどの。空いている小屋を所望したい。すまぬが今宵は貴殿といちゃいちゃはできないでござるよ……」
何をするのかわかっていたオクタヴィアは、寂しそうな目を少しだけ見せてから2人を案内した。ニラッサの里の川べりにある休憩小屋だ。
案内の道中、エレクトラは押し黙っていた。小屋に入りイズヴァルトは自分から服を脱ぐと、エレクトラを敷いた藁の上に押し倒した。
「イズヴァルトさん?」
「わかっているでござるな? 貴殿と拙者は賭けに負けた者同士でござる。拙者はくやしくてたまらない。ホーデンエーネンを導けなかったどころか、マイヤとも二度と元に戻れぬ」
その悔しさを貴殿にぶちまけてやる。自分の愛人になれ、とイズヴァルトは迫った。
「それは、なぜ?」
「わかっているでござろう。貴殿のご子息に、いいや、元の夫君に奪われたからでござるよ、愛する人を。ならば拙者は貴殿を奪う。それだけのことでござる」
エレクトラは拒まなかった。まとっていたつなぎの服のスカートをめくり、股を広げる。すらりとした脚の間にイズヴァルトは分け入った。
「これは、懲罰にござるよ!」
「……ああっ!」
怒張が襞の奥へと沈み込んだ。進むにつれて初めての感じるものをイズヴァルトは覚えた。コーガ王が言っていた様に、エレクトラの器管は仕掛けが施されていた。
男の快感を増す特殊な薬が染み込んでいた。他のニンゲンの女とは違う、独特の快感だ。間諜として、工作員として役に立つように作り変えたのは本当だった。
(しびれる……しかし……。)
それ以上にエレクトラの奥は熱かった。感じやすいのか動くとエレクトラは目をうつろにさせて喘ぎ始めた。彼女も自分の敗北を快楽で忘れたかったのだ。
みじめさが2人の肉の喜びを、結びつく時の激しさを強くした。陵辱し蹂躙する気持ちでイズヴァルトは力強く動くが、エレクトラはそれに思い切りすがりついた。
「貴殿は、もう拙者のものでござる」
エレクトラは言葉を発さなかったがうなずいていた。このように言われるのが自分には合っている。卑屈な立ち振る舞いの奥にしっかりと残っていた尊厳や矜持は、今の彼女には無かった。
激しく絡んでくるエレクトラの洞の中で、イズヴァルトはうめいて精を放った。長く続く放出だった。
彼女の身体の中では、子供のもととなるものが住処から出て、大きな広間に向かっていた。そこはイズヴァルトの精液を余さず吸い込まれていた。その種でエレクトラは子供を宿した。
10ヶ月後に世に生まれ、イズヴァルトが生涯で一番深く愛した娘になる。名前はエレナという。
その娘にも父と同じ様な、大きな使命が待っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
※これ以降は本編『青年編』第二十三回に続くこととなります。
だらだらと汗が流れるぐらいにとても暑い。服は全部脱がされ、裸のままだったのに。部屋は鎧戸から少しだけ光が溢れているだけで薄暗かった。
それから、ものすごく煙たい。寝台に横たわっていた彼は、女に乗っかられていた。キセルを持ち、タバコをたしなみながら腰をスライドさせる金髪の女。
心地よいヴァギナがペニスをなでるのが長く続いていたのか、女の中はねばっこくてぬるぬるだった。実際、始まってから何度も射精している。
女は大きな乳房をゆらんとさせながら、イズヴァルトのそれを楽しんでいた。声は一切発さない。でも表情でどれだけ耽溺しているのかがわかる。とてもうれしそうだ。
彼女は寝ている時にやって来た。ニンゲンに姿を変えたハーマイオニーというサキュバスだ。イズヴァルトは挿入が始まってから目覚めはしたが、そのまま目を閉じていた。
何もかもが嫌になった。マイヤにあんなことを言ってまで無理やりに引き剥がし、ホーデンエーネンを正しき道に導きたかった。教団との戦いを終え、頻発する内乱を鎮めて王国を救いたかった。
なのにだ。やったことと言えば人に自慢できない。国王の妾となったトーリと愛欲に溺れ、彼女の剣になろうと意気込んだが思い通りにならなかった。
(拙者は、何をしているのでござる?)
トーリとのおまんこは別にいい。しかし、それに見合った働きを為したかった。彼女の助けになりたかった。
それはそこにいればそれだけでも敵への威圧や抑止力になったけれど、イズヴァルトが目指したかったのはそうではなかった。そうだったのに。
(いや、何もしていない。いなかった。そうだったのでござるよ……)
このまま惰眠をむさぼり、セックスをするだけの毎日を送りたい。ヴィクトリアから預かった、大切な覇王の剣は折れた。3人がかりで勝てると思ったヤギウセッシウサイには負けた。
無能だ。描いていたことが全くできない自分に嫌気が差していた。ハーマイオニーは気持ちく腰を振り続けてくれる。それから吹き出る快感が己の奥に。
イズヴァルトの新しい精液を受けて、ハーマイオニーの下腹に何かが浮き出てきた。淫紋というものだ。ちらと聞いたがサキュバスは、一部をのぞいて自由にデザインができるらしい。
ハーマイオニーの淫紋はタバコを片手に正面で微笑む、三頭身ぐらいのコミカルなサキュバスの絵であった。自分を模したのだろう。それがピンク色に光った。
ついでにハーマイオニーは瞳を桃色に輝かせて、キセルをくわえて煙を吸い込む。ぷはーっ。彼女は絶頂に達すると必ず紫煙を吸った。
イズヴァルトがはっきりと目を開けて尋ねた。幾日経ったでござろうか? 無精髭がびっしりと生えたイズヴァルトに彼女は毒息を吹きかけた。
「ごほっ!」
「イズヴァルトさん。タバコが苦手なんスね?」
「ごほっ! 拙者は何日たっているのか聞いているだけでござるよ!」
「すごいぼやっとしてたんスね」
もう9月の半ばだとハーマイオニーは言った。おおよそ1ヶ月以上が経っていた。すぐに4人のサキュバスの転移魔法でイーガ国境に入り、イズヴァルトだけサキュバスらと一緒に船に乗った。
今いる所はキンキ大陸の南、シマナミスタン大陸の北東部にあるさぬきスタン王国の港町だ。位置的にはサヌキスタンの東端にある。すぐ南にはアワッヒド国との国境がある。
サキュバス達は魔竜に、イズヴァルトをカントニアまで連れて行くように命じられていた。
直接カントニアまでの船に乗ればよいのだが、もう1つの命令も受けていたからシマナミスタンに寄ったのだ。シマナミスタンにいる魔竜の協力者たちとの連絡。
うろんな気配のホーデンエーネンに、南から睨みを効かせるようにと魔竜は考えていた。シマナミスタンの大陸の民はこの大陸に唯一生息している世界最強の種族・ドラゴンの女王とみなしている。
特にシマナミスタンの亜人達が、魔竜を神様のごとく崇めていた。ただ、神というよりは会長とか理事長みたいな感じである。しかし魔竜の威光は絶大であった。
「ところで、イナンナどのは? クリスタどのは?」
「ほんとにぼやっとしてたんスね?」
イナンナはイーガにいる皆をまとめ、カントニアへ帰還の指図を。クリスタは子宮に宿ったマルカスとの思い出をおだやかな環境で育む為に、旧知のムカリ達と共にムーツへ向かった。
「別れ間際に、気落ちなさんなずら、とクリスタさんは言ってたっスよ。忘れたんですか?」
「……何も覚えていないでござるよ。拙者はただ、ちんちんだけが意識を保ち得ていたでござる」
この1ヶ月以上、イズヴァルトは飯を食うとと寝ることと、サキュバス達とセックスをすること以外覚えていなかった。食事もいつものようにおいしく食べていたわけではなかった。とにかく腹に入れられれば、である。
「……覇王の剣は?」
「持ってきたっス」
うえっ、とえづいて喉の調子を整えながら、ハーマイオニーはイズヴァルトから降りて、布に包まれたものを見せてやった。
覇王の剣は真っ二つに折れたままだった。柄のほうの刃がぼろぼろになっていたのは、折れた後もヤギウセッシウサイと打ち合ったからだろう。
「こんなになってしまったでござるか。拙者は、もうだめでござるな」
「セッシウサイ様がイズヴァルトさんが船に乗るまで、何度も謝ってましたよ」
イーガの港まで、ヤギウセッシウサイは付き添ってくれたという。それまでずっと、オークの剣豪はぐってりとしていたイズヴァルトを担いでくれた。
イズヴァルトが燃え尽きて真っ白になっていた時、心配そうにぶひい、と鳴いていたそうな。
「治らぬのでござろうか?」
「魔界に持って帰ればもしかしたら、っスけどね。でも、ここの世界の鍛冶屋はみんな、この剣は直せないと言ってましたよ」
折れたまま。ただ、魔剣に込められた魔力はいまだ保持したままだ。柄のほうに残っている。折れた反対側は薙刀にでもすれば良いだろう。イズヴァルトはそうすることにした。
「それとお詫びの印として、セッシウサイ様からこの二振りを預かっているっス」
ハーマイオニーは壁に立てかけていた2本の剣をイズヴァルトに渡す。長さ80センチほどのミスリルの両刃剣と、50センチほどの片刃の小剣だ。
「セッシウサイさまが昔、この世界の武器工房を巡って得たものらしいっス。『ソード=オブ=ブロント』に比べりゃ劣りますが、それでもかなりの業物じゃないんスかね?」
「……ありがたいことにござる。しかし、拙者はこれを振るって戦うことはあるのでござろうか?」
少なくともホーデンエーネンでは、もう無いだろうとイズヴァルトは思う。自分がいなくてもあの国はどうにかなるだろう。目指してきたことが挫折して、もうすっかりやる気が失せた。
あとは、100年だか150年の余生をカントニアで過ごすことにしよう。世界をまわるのもいい。ちょっとした人助けでなら剣を抜くこともできそうだ。
(いや。パラッツォ教団に手を貸すというのも、ありではござるな。)
教団の傭兵として戦いに身を投じようか。戦場でかつての同僚たちや王国の勇者たちと戦うことになれば、もしかしたらホーデンエーネンは心変わりをするかもしれない。
イズヴァルトは剣を置いた。ハーマイオニーがまた覆いかぶさってきた。太ももでペニスがくすぐられ、たちまち勃起した。息を合わせて腰を動かし、寝台の上で再び泥沼のように媾い続けた。
□ □ □ □ □
暑い国で4人のサキュバスとともに快楽を貪るだけの毎日を送った。それからカントニア行きの船に乗り込んだ。2週間の航海の後、イーズィでイズヴァルトは4人と別れた。
イーズィ王国の港町から、カイロネイアにあるニラッサの里に向かう河川船に乗り換えた。カイロネイア山地はいくつも河が流れている。船が重宝される。
正義だの大義だのを忘れて、ただただ河船に揺られるのをイズヴァルトは楽しんだ。この定期船は面白いことに、夜になると一番近くの河岸にある集落に泊まり、そこで夜を明かすのだ。
「えらくゆっくりしているでござるな、船長どの?」
イズヴァルトは一緒の家に泊まることとなった河船の船長に尋ねた。船長はカイロネイアの褐色エルフだ。美男だがどうにもじじくさいところがあった。
「カイロネイアの河はえっらく入り組んでおる。あの船は20ノット出せるが、くねくねとしていて3日ぐらいかけねえとニラッサに着かねえずらよ」
「夜を徹して船を浮かせればよろしいでござろうに?」
「急いだってなーんも良いことがねえずら。旅はゆっくりするもんずらよ」
船長は笑った。このカイロネイアにはそこかしこに温泉や鉱泉が湧いている。この河岸にも共同浴場が。そして今、イズヴァルトは船長と風呂を一緒にしていたところであった。
「ゆっくり、のんびりでござるか……」
「ニンゲンどもはせかせかし過ぎずら。本当は100年以上生きられるはずなのに、慌てすぎて50やそこらのがきんちょの年頃で死んじまう。あんたもそうならんようにせえよ?」
若々しい美男なのに、喋り口調がやっぱりじじくさい。それを可笑しく思いながらもイズヴァルトはうなずいた。
けれども、心の奥では焦ってもいたし怒りの様なものが渦巻いていた。みじめだと思っていた自分が徐々に元気を取り戻すと、凶暴と言いたくなる力がみなぎるようになっていた。
翌日から甲板で稽古をするようになった。ヤギウセッシウサイにもらった剣を振り、旅を一緒にする腕自慢のエルフと手合わせをする。
でもまだ物足りない。ニラッサに行けばオクタヴィアらに会って、実戦形式の鍛錬を行いたかった。魔法をふんだんに使った大怪我も辞さないものをだ。オクタヴィアなら喜んで引き受けてくれるだろう。
船は予定通り出発してから3日目でニラッサに到着した。しかし待っていたのはオクタヴィアだけではなかった。一緒にイーガに行き、そのまま行方知れずとなったエレクトラがいたのだ。
「なぜでござる?」
オクタヴィアが恋心を抱いているイズヴァルトに、わんこの様に飛びかかるのをひらりとかわして彼はエレクトラの肩を掴んで問い詰めた。
「なにゆえ貴殿がここに!」
エレクトラはうつむいたままだった。顔からは旅立つ前に鼻についた、うさんくさい自信が失せていた。
「あは、あははは……」
エレクトラは困りきっていたのを笑ってごまかした。
「薄ら笑いを浮かべるな、エレクトラ=ガモーコヴィッツ!」
イズヴァルトが彼女の首を締め上げる。何があったのか吐け。自分を導こうとした者がどうしておめおめとここにいる?
「イズヴァルトさん! それ以上はいかんずら! おらが説明するから!」
オクタヴィアがなだめて語った。エレクトラはイーガ王に追い払われたのだ。彼女は国内に騒擾を起こしかねない。たまたま仕事でイーガを訪れていた自分とミレイユに国外へ連れて行くように頼んだ。
「あはは……わたしは見捨てられちゃいましたよ。イーガでなーんもできませんでした。魔導騎士団の昔の仲間に会えば、イズヴァルトさんに天下を盗らせるぐらいの義勇兵や資産をかき集められたんですけどねぇ……」
エレクトラは力なく笑う。今の彼女には謀略を行う意欲は無い様に思われた。美しいが何もできない、ただの中年女に見えた。
(これが、拙者を導こうと自信たっぷりだった、イーガの王子の母でござるか?)
か弱く見えるエレクトラに、イズヴァルトは別種の怒りを覚えた。策が失敗したのならまた別の計画を練れば良いのだ。何をぼやいている。自信を失ったままでいる?
「これが、『イーガの魔王』とやらをあざ笑うほどの知恵者なのでござろうか? いいや、拙者は認めぬでござるよ、エレクトラどの」
「……」
「オクタヴィアどの。空いている小屋を所望したい。すまぬが今宵は貴殿といちゃいちゃはできないでござるよ……」
何をするのかわかっていたオクタヴィアは、寂しそうな目を少しだけ見せてから2人を案内した。ニラッサの里の川べりにある休憩小屋だ。
案内の道中、エレクトラは押し黙っていた。小屋に入りイズヴァルトは自分から服を脱ぐと、エレクトラを敷いた藁の上に押し倒した。
「イズヴァルトさん?」
「わかっているでござるな? 貴殿と拙者は賭けに負けた者同士でござる。拙者はくやしくてたまらない。ホーデンエーネンを導けなかったどころか、マイヤとも二度と元に戻れぬ」
その悔しさを貴殿にぶちまけてやる。自分の愛人になれ、とイズヴァルトは迫った。
「それは、なぜ?」
「わかっているでござろう。貴殿のご子息に、いいや、元の夫君に奪われたからでござるよ、愛する人を。ならば拙者は貴殿を奪う。それだけのことでござる」
エレクトラは拒まなかった。まとっていたつなぎの服のスカートをめくり、股を広げる。すらりとした脚の間にイズヴァルトは分け入った。
「これは、懲罰にござるよ!」
「……ああっ!」
怒張が襞の奥へと沈み込んだ。進むにつれて初めての感じるものをイズヴァルトは覚えた。コーガ王が言っていた様に、エレクトラの器管は仕掛けが施されていた。
男の快感を増す特殊な薬が染み込んでいた。他のニンゲンの女とは違う、独特の快感だ。間諜として、工作員として役に立つように作り変えたのは本当だった。
(しびれる……しかし……。)
それ以上にエレクトラの奥は熱かった。感じやすいのか動くとエレクトラは目をうつろにさせて喘ぎ始めた。彼女も自分の敗北を快楽で忘れたかったのだ。
みじめさが2人の肉の喜びを、結びつく時の激しさを強くした。陵辱し蹂躙する気持ちでイズヴァルトは力強く動くが、エレクトラはそれに思い切りすがりついた。
「貴殿は、もう拙者のものでござる」
エレクトラは言葉を発さなかったがうなずいていた。このように言われるのが自分には合っている。卑屈な立ち振る舞いの奥にしっかりと残っていた尊厳や矜持は、今の彼女には無かった。
激しく絡んでくるエレクトラの洞の中で、イズヴァルトはうめいて精を放った。長く続く放出だった。
彼女の身体の中では、子供のもととなるものが住処から出て、大きな広間に向かっていた。そこはイズヴァルトの精液を余さず吸い込まれていた。その種でエレクトラは子供を宿した。
10ヶ月後に世に生まれ、イズヴァルトが生涯で一番深く愛した娘になる。名前はエレナという。
その娘にも父と同じ様な、大きな使命が待っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
※これ以降は本編『青年編』第二十三回に続くこととなります。
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
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