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第三部 カツランダルク戦記 『プレリュード』
09 女間諜の応報
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長い金髪の女。しかし風で髪がめくれて見えた耳は、エルフの様に尖っている。胴体には胸甲を、斬撃に耐えるよう鋼線を織り込んだ黒い魔道士のローブを羽織っているが、見えたスカートは足の付け根ぎりぎりまで透けて見える仕様の、緑色のスカートだった。
「流石はイーガの元・天才魔法戦士。なかなかのものですね」
美しい声で女は言った。王立魔法学問所の講師、パルパティア=シディアスだ。ハーフエルフの女魔道士でエレクトラが『凄腕』と認めた相手の1人でもある。
「……エレクトラさま。おめえさまとこんな形で会うとはなあ」
「パルパティア。カントニアことばがなまっているほうがしっくりと来ますねぇ」
「おめさまこそ、発音があっちにだいぶ似て来たべえよ?」
「へへ。そりゃどうも……」
パルパティアが印を切る。エレクトラの背後に水がめぐらいの大さの火炎球がいくつも飛んでくる。時速にして150キロ。火炎球魔法では上位に位置するものだ。
エレクトラはよけながら火の玉を打ち払って消失させる。普通の戦士であれば脅威の魔法ではあるが、彼女にとっては小賢しいと吐き捨てる程度のものだ。
ミナッカミニアやツックイーのエルフの里での修行がそうさせた。厳しくも楽しい魔法の修練と、その感覚を鋭くするためのおまんこいじいじを受け続け、エレクトラはエルフ並みの感覚と敏捷さを得ていた。
「やるべえなあ……やっぱしおれ、もう3年は魔道騎士団にいた方がよかったかなあ」
「あそこでのんびりしても、無駄ってもんですよ」
「へへ。そうかあ」
パルパティアはローブの中から鞭を取り出した。印を切り打ち振る。しなるたびに風の刃と炎の大針が飛び散った。
エレクトラは魔道騎士団の精鋭・第三軍の中退者。パルパティアは卒業組だ。どちらも将来有望とされていた。第三軍の双璧になるだろうと。
2人の魔法戦士による戦い。パルパティアは鞭をしならせながら、エレクトラを自分の元に近づけさせない。彼女は近接戦闘がそれほど得意ではなかった。精鋭たちの中での話だが。
手数はパルパティアの方が多い。しかしエレクトラを怯やかすものではなかった。火の粉が頬をかすめたり切り裂きの刃が革鎧を傷つけたりこそすれど、彼女を圧倒するものではなかった。
(……ちょっとなまってますねぇ。)
油断はしていない。むしろパルパティアの顔に焦りの色が浮かんでいたのを見ていたからわかった。彼女は嘘をつくのが苦手だった。だから偽らないで済む教師になったのだ。
隙が見えた。エレクトラは右腕で鞭をつかみ取る。皮手袋が破けて現れたには、鋼鉄の義手だった。この魔法具には仕掛けを作っている。。
「なっ!」
パルパティアが引っ張ろうとする。それが狙い目だった。義手が手首のあたりから回転を始めて鞭を巻きつけて行った。パルパティアは判断が遅かった。
エレクトラが彼女の右肩に柄を打ち付ける。パルパティアが崩れた。思い切り足蹴りにして左手の指先で魔封じの印を切りながら、義手から小さな針を飛ばす。パルパティアの喉にささった。
「う、がっ!」
「魔封じの術式を入れた針ですよ。これであんたはここ一時間、魔法が使えねえはずでさぁ」
「え、エレクトラさん……」
「堪忍なすってくだせぇ。あっしは殺し合いばっかりしてきたから、どうにも手加減ってもんができませんからねぇ。さて……」
王将戦か中堅戦になるのか。エレクトラが国王のほうに目を向けると嫌な予感を覚えた。とんでもなく強い気配を覚えたからだ。
ずるい手を使わなければパルパティアでも苦戦する。しかし今度のは卑怯技が使える相手ではない。行政庁の屋根から飛び降りて来た。褐色肌の女エルフが2人。
「……へへ。お久しぶりですね?」
「そりゃそうずら。なんたっておまんとは、20年近く会ってなかったずらな」
長い銀髪をなびかせる長身で細身の女エルフ。ミスリルのロングソードを差して立っている。気の強そうな目鼻立ち。カイロネイアのオクタヴィアだった。
イズヴァルトが連れて来なかったのはここにいたからか、とエレクトラは思った。そしてもう1人。これも何度か会った顔だ。
オクタヴィアほど背は高くない。横髪は肩まで切りそろえ、後ろ髪は肩甲骨まで伸ばして、パレッタで留めている。
「請けた仕事とは違うが、オクタヴィアの補佐をさせてもらう」
ニンゲンのそれに近い発音だ。しかし純正のカイロネイア=エルフの女。怜悧なおもてに鋭い光を放つ瞳の持ち主。オクタヴィアの親友で『カントニアの築城名人』と謡われた、ミレイユ=キョーライその人だった。
「さて、おまんにはこれからおらたちと……」
「オクタヴィア、ちょっと待て。本当に2人がかりでやろうというのか? いくらあの、『うそつきエレクトラちゃん』でも厳しくないか?」
「絶対に勝たせたくないからってことで、そういうことになっているずら。この仕事が終わったら、あとでエレクトラちゃんと『なかよしちゅっちゅ』にはげむずらよ、ミレイユ?」
「……そう言っていつも独占する癖に。オクタヴィアの言う事は信用できん」
気が抜ける会話。しかし本当に気を抜いてはいけない。エレクトラは義手に絡まった鞭を切り裂いて構えた。
先にミレイユが動いた。レイピアで印を切りエレクトラの周囲の土をへこませる。3メートルもの深さにだ。身動きさせないように仕掛けたのだ。
同時にオクタヴィアが腰のベルトに挟んでいた投げナイフを引き抜きながら印を切った。どんな技を繰り出すかエレクトラは存じていた。爆炎弓箭の応用だ。
すぐさま土穴の中に飛び込んだ。オクタヴィアは別の印を切って投げ刀子を溝穴の中に放り込んだ。突如、紅蓮の炎が巻き起こった。
「やりすぎだ! エレクトラちゃんが深い火傷したらどうする!」
「大丈夫ずらよ、ほら!」
炎の中、エレクトラが跳躍しながら外に出たのをオクタヴィアとミレイユの2人が目にした。さすがは天才魔法戦士。エレクトラは短槍の石突を握り、左にひねった。
そこにも仕込みがあった。細身の剣。しかもミスリル製の代物だ。国王はそれを見て驚いた。剣はまさしくアドルフに与えた護身用の仕込み剣。
(そうか。それほどまでにお前は……アドルフ。)
よほど手放したくなかったのだな、と国王は心の中でつぶやいた。息子にとって最愛のエレクトラが、いつまでも側にいてくれたのなら。怒りを覚える。あの女のせいだ。
両手に武器を持ったエレクトラと、凄腕のエルフ2人との戦闘が始まった。基本的な才能はさることながら、戦いに身を置いていたエレクトラは隙を見せなかった。
対してオクタヴィアとミレイユは本気ではない。いや、出せない。1対1ならやってみせようと思ったが、2人がかりでは大いに分があったからだ。
それでもエレクトラの腕前はすさまじかった。膂力こそエルフ達に勝てないが素早さでは互角以上。相手の隙につけいる呼吸も天性のものがあった。
オクタヴィアが頬にきずを負った。なかなかやる。にひりとはにかむ。ミレイユが目配せする。叩きのめそうか。一気にかかろうと互いに目くばせした瞬間、エレクトラが短槍を投げ捨てた。
「……何のマネずら?」
「こういうことですよっ!」
エレクトラが後ずさり、まじないの言葉を唱えながら両手に持った剣で印を切る。まずい。オクタヴィアは驚愕した。あの技を使う気だ。
「ミレイユ! こっからあの嬢ちゃんは数倍にも強くなるずら!」
「なんだって?」
「『エルフ狩りの王の剣』を使う気ずら! あいつう、あんなもんをどこで覚えたずらか!」
『エルフ狩りの王の剣』。サガミニアとカイロネイアのエルフが恐れる魔法剣。ニンゲンにのみ使える魔法剣の秘技だ。身体強化魔法と物理強化魔法を兼ね備え、さらに精霊を退治する魔法をも含んでいる。
例えなまくらの武器でも、素早く頑強なエルフを容易に真っ二つにしてしまう。ただ、エルフの血が少しでも混じっている者がこれを使うと、その者の寿命を減じてしまうという制約があるのだが。
「……ちえいっ!」
精神統一を終えたエレクトラが斬り込んだ。見えない。ミレイユは腹にうっすらとした痛みを覚えた。薄い鋼板の胸甲が切り裂かれていた。これが忌わしきスーワシューロの魔剣か!
それにしてはいささか斬り込みが浅いと思えた。手を当てて治癒魔法を施しながら、背後で剣を構えて出方を伺うエレクトラを見る。
「なかなかだな……」
「……ちがうずら! 『エルフ狩りの王の剣』じゃねえッ!」
「ちがうのか、オクタヴィア?」
「ほうずら! あれだったら今頃おまんはまっぷたつになってあの世行きずら! あれはなあ……」
イーガの剣術も知っていたオクタヴィアが言った。エルフ狩りの王の剣の応用技だ。身体強化魔法と物理強化魔法は同じだが、精霊を討つ魔法は含んでいない。
「やっぱし、イーガ王国ってことずらな。魔族殺しの剣にしたずらか?」
「存じているみたいですねえ。で、あっしは皆さんの背後に立っているわけですけど……」
エレクトラの姿が見えなくなった。激しく土を蹴り上げる音のみが。まずい。オクタヴィアは油断したと思った。エレクトラの狙いは国王だ。自分達を抜いて王手をとるつもりだ。
国王は目と鼻の先だった。来たか、とエレクトラのにおいを感じて国王が剣を持ち上げる。しかしエレクトラが彼に仕込み刀の切っ先を突きつける事は無かった。
「……ぐ……っ!」
エレクトラは国王の前で倒れ込んでいた。右肩にナイフが突き刺さっていた。魔封じの力も持つミスリルのナイフだ。
痛みで顔を引きつらせながら仰向けになり、真上を見る。見かけなかった者が宙に浮いて姿をあらわしていた。
豊満な身体のラインを余すことなく見せた黒い薄着をまとった、水色の髪の美女。耳は尖っていたがエルフではなかった。菓子みたいな甘いにおいを漂わせている。
「こんなところに伏兵を……あんたは……?」
「お初にお目にかかれます。イーガ前王太子殿下の奥方様」
品の良い艶やかさをたたえていたが、同時に淫らな気配も漂わせていた。まさか気づけなかったとは。エレクトラは豊穣の神に仕える天女の様な美しい女に呼びかけた。
「スキを衝くとはやりますね……どこのどちらさんですかい?」
「うふ。カミラと申しますの、奥方様」
カツランダルクの本家に古くから仕える、サキュバスだと彼女は答えた。
□ □ □ □ □
約束は約束だ。エレクトラは傷の手当を受けた後、オクタヴィアとミレイユに連れて行かれた。カイロネイアに。人里離れたところに隔離することこそ、エレクトラを企ませないのだと国王は思っていたからだ。
そしてサキュバスのカミラ。彼女はホーデンエーネンにいるトーリの密使の役割を担っていた。ホーデンエーネンとは関係が修復されつつあるが、あの戦いでまだ冷え込んだまま。その為の『保険』として、国王はトーリ=カツランダルクと連絡をとることにしていた。
「陛下。イズヴァルト様を歓迎する段取りは?」
「もうすぐで終わる。マイヤには絶対に知らせるな」
「承知いたしております」
「かの者の心で決める。ここ5年、いや10年。このイーガで暮らしてくれるのであればすぐにでも婚儀を執り行う。我が国は一定の地位にある女性に重婚を認めているからな」
談義は行政庁の浴室で。国王の背をカミラは石鹸をつけた大きな乳房で撫でていた。老人の域とはいえ国王はしっかりと勃起していた。淫魔を孕ませるような子胤は放てなかったが。
「おう……気持ちいいものじゃな」
「うふふ。陛下にお褒めいただき光栄ですわ」
「前も頼もうか」
イーガ王はくるりと向いてカミラに屹立を見せた。割礼を施した太い代物だ。御立ちください、と彼女は呼びかけて己の秘所とその中に石鹸を塗り込める。
「どういう趣向か存じておるぞ?」
「はい。御心を安らかに、思いのままになされますよう……」
カミラがしがみつき、国王の胸に乳房を押し当てた。右脚をあげて尻をつかまれる。ペニスがすべりこむと喘ぎ始めた。
「あっ。あああっ。へ、陛下。たくさん、お情けをくださいませ」
カミラとの性愛はこれが初めてではない。連絡を取るようになってからずっとだ。国王はこの淫魔とこれまで、20回近く性交していた。
当然、彼女の身体は知り尽くしている。膣の中のどこが一番感じやすいかも。国王は亀頭をカミラの洞の真ん中あたりで行き来させた。そこがこの淫魔の泣き所だった。
「ふ……あっ。へ、へいか……」
「この年ではサキュバスを満足させるような量は出せん。しかしそれでもよければ拝領しよう」
「かたじけなきおことば……」
国王は腰を動かし、肢体をうねるらせてし返すカミラに今後を尋ねた。ホーデンエーネンの事についてだ。
つい先日、トーリ=カツランダルクがルッソ=シュミットが離婚した。形ばかりの離婚である。この1か月以内にトーリは再婚する。ホーデンエーネン国王のセイン=ホーデンエーネンとだ。
「トーリ殿とセイン王とは、どうだ?」
「け、結婚はまだなれど、こ、このように……わたくしと陛下のように毎日睦みあっておりまする!」
「なら、双方とも心そこにあらず、ということか」
この婚姻はセインの廷臣の一派閥、カツランダルク派と呼ばれる連中と大貴族による強硬な押し付けによるものだった。
セイン王は軍事は長けていたが政治には疎いところがあり、必要以上の銭を使ってしまって借金をすることになった。貸付したのがカツランダルク派であった。
ケノービ=ソーローとその父親のクワイガジン=スカルファッカーは多額の資産を持っていたのだ。セインは頭があがらなくなってしまった。悩んで困り果て、彼等の言いなりになってしまった。
政治の拙さのほかにもう1つ。セインはイーガとの戦いを終えたあたりから沢山の妾を囲う様になった。子造りのためだ。この1年ですでに6人もの女を妊婦にさせていた。
そのうえにカツランダルク党の頭領たる、トーリ=カツランダルクが加わるのだ。後宮関係でも出費。さらにその上にパラッツォ教団との戦争。
とにもかくにも金が要る。カツランダルク派は無利子で貸し付けた。代わりに、カツランダルク党の貴族らは、トーリとの婚姻を提案した。
それには廷臣らや大将軍達も同意した。トーリはおっぱいこそこぢんまりだが、天下一と称して申し分ない美女だ。
トーリ=カツランダルクにも話が舞い込んだ。響きにいやらしさがあってたまらないバツイチ美女とやらになってみないかい。トーリは黙って受け入れることにした。
「これでカツランダルク党とご本家が交わったわけであるが、トーリ殿はいかように考えているご様子か?」
天井を見上げ、目を潤わせながらカミラは返答した。ここだけの話だ。王位簒奪にまで持っていこうと考えている。
「ほう。カツランダルク党の庶流とそこまで話がついているのか。あるいは……」
「あふ……。『ナントブルグの女王』の力を使ってですわ。ほっ……そろそろ、限界のようでございますね?」
愉しみにしていただろうに。国王はカミラの中で射精した。豊満な彼女の身体から更に甘いにおいが漂う。放精を終えたがカミラはねだった。まだ硬いままだ。
「もう少し詳しく聞きたい。どの機会で『謀反』を起こすつもりだ?」
「お子様が生まれたのちに。セイン王を葬った後にトーリ様はご子息様に王冠を戴かせるおつもりです」
傀儡をしたてた後に自分が後ろで牛耳る。神輿はトーリとセインとの間に生まれた子だ。カツランダルク家の宿願のため。それから、マイヤを守れなかったホーデンエーネン王家への復讐を成し遂げたい。
「壮大に過ぎるな。しかしサキュバスの力があればなんとかなるかもしれん。カミラ」
「は、はい……」
今後ともよしなに頼むぞ。国王が呼びかけるとカミラは嬉しそうに腰をくねらせた。吸着力があり枯れることなく濡れているヴァギナがペニスを舐め込んだ。
国王はうめきながら射精した。カミラは目を細めてそれをうれしがる。いずれはカツランダルク家が天下をとるのだ。長く仕えて来た甲斐があったというものだ。
「流石はイーガの元・天才魔法戦士。なかなかのものですね」
美しい声で女は言った。王立魔法学問所の講師、パルパティア=シディアスだ。ハーフエルフの女魔道士でエレクトラが『凄腕』と認めた相手の1人でもある。
「……エレクトラさま。おめえさまとこんな形で会うとはなあ」
「パルパティア。カントニアことばがなまっているほうがしっくりと来ますねぇ」
「おめさまこそ、発音があっちにだいぶ似て来たべえよ?」
「へへ。そりゃどうも……」
パルパティアが印を切る。エレクトラの背後に水がめぐらいの大さの火炎球がいくつも飛んでくる。時速にして150キロ。火炎球魔法では上位に位置するものだ。
エレクトラはよけながら火の玉を打ち払って消失させる。普通の戦士であれば脅威の魔法ではあるが、彼女にとっては小賢しいと吐き捨てる程度のものだ。
ミナッカミニアやツックイーのエルフの里での修行がそうさせた。厳しくも楽しい魔法の修練と、その感覚を鋭くするためのおまんこいじいじを受け続け、エレクトラはエルフ並みの感覚と敏捷さを得ていた。
「やるべえなあ……やっぱしおれ、もう3年は魔道騎士団にいた方がよかったかなあ」
「あそこでのんびりしても、無駄ってもんですよ」
「へへ。そうかあ」
パルパティアはローブの中から鞭を取り出した。印を切り打ち振る。しなるたびに風の刃と炎の大針が飛び散った。
エレクトラは魔道騎士団の精鋭・第三軍の中退者。パルパティアは卒業組だ。どちらも将来有望とされていた。第三軍の双璧になるだろうと。
2人の魔法戦士による戦い。パルパティアは鞭をしならせながら、エレクトラを自分の元に近づけさせない。彼女は近接戦闘がそれほど得意ではなかった。精鋭たちの中での話だが。
手数はパルパティアの方が多い。しかしエレクトラを怯やかすものではなかった。火の粉が頬をかすめたり切り裂きの刃が革鎧を傷つけたりこそすれど、彼女を圧倒するものではなかった。
(……ちょっとなまってますねぇ。)
油断はしていない。むしろパルパティアの顔に焦りの色が浮かんでいたのを見ていたからわかった。彼女は嘘をつくのが苦手だった。だから偽らないで済む教師になったのだ。
隙が見えた。エレクトラは右腕で鞭をつかみ取る。皮手袋が破けて現れたには、鋼鉄の義手だった。この魔法具には仕掛けを作っている。。
「なっ!」
パルパティアが引っ張ろうとする。それが狙い目だった。義手が手首のあたりから回転を始めて鞭を巻きつけて行った。パルパティアは判断が遅かった。
エレクトラが彼女の右肩に柄を打ち付ける。パルパティアが崩れた。思い切り足蹴りにして左手の指先で魔封じの印を切りながら、義手から小さな針を飛ばす。パルパティアの喉にささった。
「う、がっ!」
「魔封じの術式を入れた針ですよ。これであんたはここ一時間、魔法が使えねえはずでさぁ」
「え、エレクトラさん……」
「堪忍なすってくだせぇ。あっしは殺し合いばっかりしてきたから、どうにも手加減ってもんができませんからねぇ。さて……」
王将戦か中堅戦になるのか。エレクトラが国王のほうに目を向けると嫌な予感を覚えた。とんでもなく強い気配を覚えたからだ。
ずるい手を使わなければパルパティアでも苦戦する。しかし今度のは卑怯技が使える相手ではない。行政庁の屋根から飛び降りて来た。褐色肌の女エルフが2人。
「……へへ。お久しぶりですね?」
「そりゃそうずら。なんたっておまんとは、20年近く会ってなかったずらな」
長い銀髪をなびかせる長身で細身の女エルフ。ミスリルのロングソードを差して立っている。気の強そうな目鼻立ち。カイロネイアのオクタヴィアだった。
イズヴァルトが連れて来なかったのはここにいたからか、とエレクトラは思った。そしてもう1人。これも何度か会った顔だ。
オクタヴィアほど背は高くない。横髪は肩まで切りそろえ、後ろ髪は肩甲骨まで伸ばして、パレッタで留めている。
「請けた仕事とは違うが、オクタヴィアの補佐をさせてもらう」
ニンゲンのそれに近い発音だ。しかし純正のカイロネイア=エルフの女。怜悧なおもてに鋭い光を放つ瞳の持ち主。オクタヴィアの親友で『カントニアの築城名人』と謡われた、ミレイユ=キョーライその人だった。
「さて、おまんにはこれからおらたちと……」
「オクタヴィア、ちょっと待て。本当に2人がかりでやろうというのか? いくらあの、『うそつきエレクトラちゃん』でも厳しくないか?」
「絶対に勝たせたくないからってことで、そういうことになっているずら。この仕事が終わったら、あとでエレクトラちゃんと『なかよしちゅっちゅ』にはげむずらよ、ミレイユ?」
「……そう言っていつも独占する癖に。オクタヴィアの言う事は信用できん」
気が抜ける会話。しかし本当に気を抜いてはいけない。エレクトラは義手に絡まった鞭を切り裂いて構えた。
先にミレイユが動いた。レイピアで印を切りエレクトラの周囲の土をへこませる。3メートルもの深さにだ。身動きさせないように仕掛けたのだ。
同時にオクタヴィアが腰のベルトに挟んでいた投げナイフを引き抜きながら印を切った。どんな技を繰り出すかエレクトラは存じていた。爆炎弓箭の応用だ。
すぐさま土穴の中に飛び込んだ。オクタヴィアは別の印を切って投げ刀子を溝穴の中に放り込んだ。突如、紅蓮の炎が巻き起こった。
「やりすぎだ! エレクトラちゃんが深い火傷したらどうする!」
「大丈夫ずらよ、ほら!」
炎の中、エレクトラが跳躍しながら外に出たのをオクタヴィアとミレイユの2人が目にした。さすがは天才魔法戦士。エレクトラは短槍の石突を握り、左にひねった。
そこにも仕込みがあった。細身の剣。しかもミスリル製の代物だ。国王はそれを見て驚いた。剣はまさしくアドルフに与えた護身用の仕込み剣。
(そうか。それほどまでにお前は……アドルフ。)
よほど手放したくなかったのだな、と国王は心の中でつぶやいた。息子にとって最愛のエレクトラが、いつまでも側にいてくれたのなら。怒りを覚える。あの女のせいだ。
両手に武器を持ったエレクトラと、凄腕のエルフ2人との戦闘が始まった。基本的な才能はさることながら、戦いに身を置いていたエレクトラは隙を見せなかった。
対してオクタヴィアとミレイユは本気ではない。いや、出せない。1対1ならやってみせようと思ったが、2人がかりでは大いに分があったからだ。
それでもエレクトラの腕前はすさまじかった。膂力こそエルフ達に勝てないが素早さでは互角以上。相手の隙につけいる呼吸も天性のものがあった。
オクタヴィアが頬にきずを負った。なかなかやる。にひりとはにかむ。ミレイユが目配せする。叩きのめそうか。一気にかかろうと互いに目くばせした瞬間、エレクトラが短槍を投げ捨てた。
「……何のマネずら?」
「こういうことですよっ!」
エレクトラが後ずさり、まじないの言葉を唱えながら両手に持った剣で印を切る。まずい。オクタヴィアは驚愕した。あの技を使う気だ。
「ミレイユ! こっからあの嬢ちゃんは数倍にも強くなるずら!」
「なんだって?」
「『エルフ狩りの王の剣』を使う気ずら! あいつう、あんなもんをどこで覚えたずらか!」
『エルフ狩りの王の剣』。サガミニアとカイロネイアのエルフが恐れる魔法剣。ニンゲンにのみ使える魔法剣の秘技だ。身体強化魔法と物理強化魔法を兼ね備え、さらに精霊を退治する魔法をも含んでいる。
例えなまくらの武器でも、素早く頑強なエルフを容易に真っ二つにしてしまう。ただ、エルフの血が少しでも混じっている者がこれを使うと、その者の寿命を減じてしまうという制約があるのだが。
「……ちえいっ!」
精神統一を終えたエレクトラが斬り込んだ。見えない。ミレイユは腹にうっすらとした痛みを覚えた。薄い鋼板の胸甲が切り裂かれていた。これが忌わしきスーワシューロの魔剣か!
それにしてはいささか斬り込みが浅いと思えた。手を当てて治癒魔法を施しながら、背後で剣を構えて出方を伺うエレクトラを見る。
「なかなかだな……」
「……ちがうずら! 『エルフ狩りの王の剣』じゃねえッ!」
「ちがうのか、オクタヴィア?」
「ほうずら! あれだったら今頃おまんはまっぷたつになってあの世行きずら! あれはなあ……」
イーガの剣術も知っていたオクタヴィアが言った。エルフ狩りの王の剣の応用技だ。身体強化魔法と物理強化魔法は同じだが、精霊を討つ魔法は含んでいない。
「やっぱし、イーガ王国ってことずらな。魔族殺しの剣にしたずらか?」
「存じているみたいですねえ。で、あっしは皆さんの背後に立っているわけですけど……」
エレクトラの姿が見えなくなった。激しく土を蹴り上げる音のみが。まずい。オクタヴィアは油断したと思った。エレクトラの狙いは国王だ。自分達を抜いて王手をとるつもりだ。
国王は目と鼻の先だった。来たか、とエレクトラのにおいを感じて国王が剣を持ち上げる。しかしエレクトラが彼に仕込み刀の切っ先を突きつける事は無かった。
「……ぐ……っ!」
エレクトラは国王の前で倒れ込んでいた。右肩にナイフが突き刺さっていた。魔封じの力も持つミスリルのナイフだ。
痛みで顔を引きつらせながら仰向けになり、真上を見る。見かけなかった者が宙に浮いて姿をあらわしていた。
豊満な身体のラインを余すことなく見せた黒い薄着をまとった、水色の髪の美女。耳は尖っていたがエルフではなかった。菓子みたいな甘いにおいを漂わせている。
「こんなところに伏兵を……あんたは……?」
「お初にお目にかかれます。イーガ前王太子殿下の奥方様」
品の良い艶やかさをたたえていたが、同時に淫らな気配も漂わせていた。まさか気づけなかったとは。エレクトラは豊穣の神に仕える天女の様な美しい女に呼びかけた。
「スキを衝くとはやりますね……どこのどちらさんですかい?」
「うふ。カミラと申しますの、奥方様」
カツランダルクの本家に古くから仕える、サキュバスだと彼女は答えた。
□ □ □ □ □
約束は約束だ。エレクトラは傷の手当を受けた後、オクタヴィアとミレイユに連れて行かれた。カイロネイアに。人里離れたところに隔離することこそ、エレクトラを企ませないのだと国王は思っていたからだ。
そしてサキュバスのカミラ。彼女はホーデンエーネンにいるトーリの密使の役割を担っていた。ホーデンエーネンとは関係が修復されつつあるが、あの戦いでまだ冷え込んだまま。その為の『保険』として、国王はトーリ=カツランダルクと連絡をとることにしていた。
「陛下。イズヴァルト様を歓迎する段取りは?」
「もうすぐで終わる。マイヤには絶対に知らせるな」
「承知いたしております」
「かの者の心で決める。ここ5年、いや10年。このイーガで暮らしてくれるのであればすぐにでも婚儀を執り行う。我が国は一定の地位にある女性に重婚を認めているからな」
談義は行政庁の浴室で。国王の背をカミラは石鹸をつけた大きな乳房で撫でていた。老人の域とはいえ国王はしっかりと勃起していた。淫魔を孕ませるような子胤は放てなかったが。
「おう……気持ちいいものじゃな」
「うふふ。陛下にお褒めいただき光栄ですわ」
「前も頼もうか」
イーガ王はくるりと向いてカミラに屹立を見せた。割礼を施した太い代物だ。御立ちください、と彼女は呼びかけて己の秘所とその中に石鹸を塗り込める。
「どういう趣向か存じておるぞ?」
「はい。御心を安らかに、思いのままになされますよう……」
カミラがしがみつき、国王の胸に乳房を押し当てた。右脚をあげて尻をつかまれる。ペニスがすべりこむと喘ぎ始めた。
「あっ。あああっ。へ、陛下。たくさん、お情けをくださいませ」
カミラとの性愛はこれが初めてではない。連絡を取るようになってからずっとだ。国王はこの淫魔とこれまで、20回近く性交していた。
当然、彼女の身体は知り尽くしている。膣の中のどこが一番感じやすいかも。国王は亀頭をカミラの洞の真ん中あたりで行き来させた。そこがこの淫魔の泣き所だった。
「ふ……あっ。へ、へいか……」
「この年ではサキュバスを満足させるような量は出せん。しかしそれでもよければ拝領しよう」
「かたじけなきおことば……」
国王は腰を動かし、肢体をうねるらせてし返すカミラに今後を尋ねた。ホーデンエーネンの事についてだ。
つい先日、トーリ=カツランダルクがルッソ=シュミットが離婚した。形ばかりの離婚である。この1か月以内にトーリは再婚する。ホーデンエーネン国王のセイン=ホーデンエーネンとだ。
「トーリ殿とセイン王とは、どうだ?」
「け、結婚はまだなれど、こ、このように……わたくしと陛下のように毎日睦みあっておりまする!」
「なら、双方とも心そこにあらず、ということか」
この婚姻はセインの廷臣の一派閥、カツランダルク派と呼ばれる連中と大貴族による強硬な押し付けによるものだった。
セイン王は軍事は長けていたが政治には疎いところがあり、必要以上の銭を使ってしまって借金をすることになった。貸付したのがカツランダルク派であった。
ケノービ=ソーローとその父親のクワイガジン=スカルファッカーは多額の資産を持っていたのだ。セインは頭があがらなくなってしまった。悩んで困り果て、彼等の言いなりになってしまった。
政治の拙さのほかにもう1つ。セインはイーガとの戦いを終えたあたりから沢山の妾を囲う様になった。子造りのためだ。この1年ですでに6人もの女を妊婦にさせていた。
そのうえにカツランダルク党の頭領たる、トーリ=カツランダルクが加わるのだ。後宮関係でも出費。さらにその上にパラッツォ教団との戦争。
とにもかくにも金が要る。カツランダルク派は無利子で貸し付けた。代わりに、カツランダルク党の貴族らは、トーリとの婚姻を提案した。
それには廷臣らや大将軍達も同意した。トーリはおっぱいこそこぢんまりだが、天下一と称して申し分ない美女だ。
トーリ=カツランダルクにも話が舞い込んだ。響きにいやらしさがあってたまらないバツイチ美女とやらになってみないかい。トーリは黙って受け入れることにした。
「これでカツランダルク党とご本家が交わったわけであるが、トーリ殿はいかように考えているご様子か?」
天井を見上げ、目を潤わせながらカミラは返答した。ここだけの話だ。王位簒奪にまで持っていこうと考えている。
「ほう。カツランダルク党の庶流とそこまで話がついているのか。あるいは……」
「あふ……。『ナントブルグの女王』の力を使ってですわ。ほっ……そろそろ、限界のようでございますね?」
愉しみにしていただろうに。国王はカミラの中で射精した。豊満な彼女の身体から更に甘いにおいが漂う。放精を終えたがカミラはねだった。まだ硬いままだ。
「もう少し詳しく聞きたい。どの機会で『謀反』を起こすつもりだ?」
「お子様が生まれたのちに。セイン王を葬った後にトーリ様はご子息様に王冠を戴かせるおつもりです」
傀儡をしたてた後に自分が後ろで牛耳る。神輿はトーリとセインとの間に生まれた子だ。カツランダルク家の宿願のため。それから、マイヤを守れなかったホーデンエーネン王家への復讐を成し遂げたい。
「壮大に過ぎるな。しかしサキュバスの力があればなんとかなるかもしれん。カミラ」
「は、はい……」
今後ともよしなに頼むぞ。国王が呼びかけるとカミラは嬉しそうに腰をくねらせた。吸着力があり枯れることなく濡れているヴァギナがペニスを舐め込んだ。
国王はうめきながら射精した。カミラは目を細めてそれをうれしがる。いずれはカツランダルク家が天下をとるのだ。長く仕えて来た甲斐があったというものだ。
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