聖騎士イズヴァルトの伝説 外伝 『女王の末裔たち』

CHACOとJAGURA

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第三部 カツランダルク戦記 『プレリュード』

08 魔道騎士

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 イズヴァルトは着替えると要塞の稽古場のうち1つに向かった。的がたくさんある射撃場だ。そこにはイーガが用意してくれた専用の物入れがあった。
 
 開くと長さが様々な鉄砲があった。火縄式と火打ち石式のそれぞれが。イズヴァルトは火打ち石式の長い銃を手に取った。
 
 どれも彼が所有する鉄砲だ。イズヴァルトはなぜか国賓待遇、いや、魔道騎士らにはっきりとこう呼ばれた。『守護騎士団のイズヴァルト様』。
 
 守護騎士という称号はイーガ王国の近衛騎士の、最高クラスの騎士に与えられる称号だ。知らないうちに自分はイーガの近衛騎士にされてしまった。
 
 ホーデンエーネンからはすでに、「よきように計らって欲しい」という返事があった。政治的な思惑があるのだろう。何故エルフの里に知らせを寄越してくれなかったのだろう。
 
(しかしマイヤは、拙者の心からとっくに離れているはずでござる。)

 期待はしない。国王から熱烈な歓迎の言葉が連ねられた手紙をもらっていた。これはマイヤを諦めさせる為の手段の段階だろう。
 
(拙者をイーガの要職につける。しかしその代わりにマイヤは渡さないでござるよ、と。そういう事でござろうか。)
 
 手に取ったくろがねの砲身を見て顔をほころばせた。かっこいいでござる。

(やっぱり、こういうものは良いでござるよ。おとこのこの魂に揺さぶりをかけて来るでござる。)
 
 イーガの魔道工房、『マイア=テクニカ』が産みだした新たな飛び道具。装填は面倒だし50メートル離れると的にあてるのは至難の業となるが、新しい時代を感じさせる武器であった。
 
 玉と火薬を詰め、支え棒に銃身をかける。それから的に狙いを定め、引き金をひく。火打ち石がついた撃鉄が倒れて轟音が鳴った。
 
 煙が立つ。この瞬間がとても心地よい。すごくかっこいいでござる。的には当たらなかったが。昨日は当てられたのに途端にうまくいかなくなった。
 
 この射撃場の技術魔道士に尋ねると、10回ほど撃つと銃身に狂いが生じる事が多いと教えられた。そういう時は金具を締めなおしたり砲身のお掃除をする必要がある。
 
「そこが改良点なのですがね。マイア=テクニカで今、100発撃っても整備をしなくていい製品を研究しているそうです」
「なかなかに完成はできぬのでござるな。戦場に出すにはまだまだでござろうよ」
「これを戦場に? あはは。ご冗談を。連弩があれば投石砲もあり、魔法だってある。戦場に現れるのは相当進化を遂げてからになるでしょう。鉄砲はどうにも不便です」

 銃が違う世界ではメインウェポンになっていることを、イズヴァルトは聞いていた。転生人であるマイヤとエレクトラ、シゲニウスからだ。
 
(なぜでござろうな?)
 
 彼等と同じ世界で前世を送った者もいるはずだろう。なのにこの兵器を再現しなかったのか。整備魔道士と会話をしながら火打ち石銃を手入れしていると、イナンナがやって来た。
 
「イズヴァルトさん。オラにも1発撃たせて欲しいズラ」
 
 イナンナは言った。火縄式の短筒がいい。イズヴァルトがロッカーにあった一丁を手渡すとイナンナが「早合はねえズラか?」と尋ねて来た。
 
「早合? なんでござろう?」
「適量の火薬と玉が入った包みズラ。オラは書物で読んだことがあるズラよ」
 
 イナンナは念話でこうささやく。『たぶれっとぱっど』や『鉄砲』は、古代ムサシノ帝国にもあったものだ。エルフ達が転生人が残した書籍から再現させた。
 
 『マイア=テクニカ』のものよりは性能や品質がグダグダだったが、今のこれよりかは数段上の機能がついていた。
 
(どれもエルフの衆が、転生人が残したもんから作り出して、「つかえねーズラ!」と投げ出したもんズラよ。里のジョセフィーヌさんたちに聞けば詳しく教えてもらえるはずズラ。)
(これを? エルフどのらが?)
(ほうズラ。イーガの『げーむうぉっち』だってジョゼフィーヌさんやフィオナさんあたりが開発に参加していたはずズラ。)

 ジョゼフィーヌとフィオナは、ツックイーの里の女エルフで6000歳以上の古参である。おもちゃを作るのが得意だ。特にジョゼフィーヌはかつて、『ゴーレム』と呼ばれる自動人形を作っていた。
 
 『ゴーレム』は土や岩で作ってまるっこい姿をしており、子守りや買い物代行や力仕事の手伝いで活躍した。今は作っていない。覇王・スーワシューロによって破壊兵器として用いられた悲しい過去があったからだ。
 
(マイヤが最初に再現した、のではなかったのでござるな?)
(しょげんな。イーガの工房魔道士だけでここまで再現したマイヤちゃんを誇れ。嬢ちゃんは秀才で天才ズラよ。『たぶれっとぱっど』もどんどん改良すりゃ、ムサシノ帝国であったものよりいいものができる。)
 
 イナンナは短筒を構えた。片手でだ。銃口から火が起こり的に命中した。ど真ん中だった。
 
「お見事です!」
「別に見事でもねえズラよ。うーん。なんかの魔法を使っているズラか?」
 
 イナンナは筒の中を覗き込んだ。それからねじ回しを借りて銃身を分解。あったズラ。イナンナは外した木製のグリップの中に、鉄製の魔道符が収められているのをイズヴァルトに見せた。
 
「ふむ……なんでござろうこれは?」
「玉が発射されるとき、筒の中でぐるぐると回る様にさせる術式が込められているズラよ」
「つまりは、魔法の力でひねりながら飛ぶという話でござるな。しかし何のために?」
 
 命中率を上げる為にだとイナンナは答えた。回転しながら飛ばすと弾丸がうまく飛ぶ。
 
「なるほど。鉄砲というのはそのような造りをしていたのでござるか?」
「そういうことズラ。ただ、昔造られたもんは施条が施されていたらしいズラ」
 
 理由は魔法による働きかけだと、たびたび魔力を注がなければならなかったからだ。それでもとイナンナは言う。マイヤはできた子だ。
 
「……もしかしたら、『あとみっく・ぼむ』をも再現しちまうかもしれねえかもしれんズラ」
 
 訳が分からない言葉だった。イズヴァルトと魔道士は首を傾げた。イナンナは口をつぐんだ。ウラニウム鉱山は確か、カイロネイアにもあったはずだと思いながら。
 
 
□ □ □ □ □
 
 
 1人だけコーヅケーニッヒに連れていかれたエレクトラは、途中の駅で降ろされた。そこにある行政庁の宿室にとどめ置かれた。
 
 コーヅケーニッヒが目前なのだが、そうなった理由はなんとなくわかっている。アドルフの悪事の発覚だろう。彼女は元夫の『忍び』として、いろいろと薄暗いことをしてきた。
 
(……もしかして、抹殺に動いてきましたかねえ。『元・お義父上』さまは?)
 
 それはそれで仕方が無い。『えくすぷれす』で一緒だった魔道騎士団の元同僚は、アドルフは国王自らによって処刑されたのだという噂話を教えてくれた。
 
 アドルフは海外に諜報や工作員、暗殺者を送り込んでいた。特にホーデンエーネンでだ。エレクトラは親・パラッツォ教派の要人たち、カルカド=セッツェンらを殺害した。数えただけでも10名はくだらない。
 
 ホーデンエーネンの世論をパラッツォ教団排斥派に埋め尽くさせ、教団と激しく争わせて国力を弱体化させるのがアドルフの狙いだった。イーガを守る為。あるいは両国に魔法兵器を供給する国内の工房を潤わせる為でもだ。
 
 事実、イーガは戦争が始まってから軍需景気にわいていた。特にその恩恵を預かっているのは、『マイア=テクニカ』だ。『たぶれっとぱっど』や『火縄銃』が、売れに売れているらしい。
 
(イズヴァルトさんいわく、マイヤ=カモセンブルグさんは平和な世界になった『にっぽん』の女の子の心を残しているらしいけど、今の状況を見てどうお思いなんでしょうかねぇ……。)
 
 エレクトラの前世は戦中派の日本人女性だ。しかも日本をボロ負けさせる為に戦線を拡大させようと働いた、ソビエト共産党のスパイであった。母国を血みどろの底なし沼に沈ませる事が目的だった。
 
 彼女はいろいろと知りすぎた。保守と革新の政党の様々な汚いところを。ゆえに終戦の10年後、鉄道自殺を装って殺害された。
 
 誰に?
 
 手を組んだ双方にだ。使えなくなった狗は利用価値がなくなったのと同時に、狂犬となってかみついて来る前に殺されたのだ。
 
 そして今、前世と同じことが自分にも起こりうるのではと考えていた。逃げるつもりはない。イズヴァルトがこのイーガでどの様に遇せられるか聞いていた。
 
(何もあたしがもがかなくても、という事だったんですねえ。)
 
 国王はマイヤを貴族階級に入れていた。3年後ぐらいを条件に、マイヤとイズヴァルトの『重婚』をゆるすとも。
 
 ただ、マイヤは『卵巣の病気』で子供が産めない体になっているのは、エレクトラはまだ知らされていなかった。アドルフからはひそかに仕組んだ陰湿な最後っ屁を、聞かされていなかったのだ。
 
 エレクトラはベッドに腰かけ、魔導書を読んで過ごす事にした。部屋には強力な結界が施されているから破って逃げるのは無理。このぐらいは手を抜かないイーガ王国だというのは充分存じている。
 
「エレクトラ=ガモーコヴィッツ様」
 
 扉の向こうから声がかかった。お待ちかねです。誰が待っているのかも告げない。もちろんエレクトラは存じている。
 
 部屋から出ると、よく聞いたことがある老人の声が頭の中に響いてきた。
 
(逃げるのは無し、じゃぞ。エレクトラ。)
 
 国王自らによる念話魔法だ。あちゃあ、とエレクトラは嘆いた。魔法戦士として相当に厄介な相手だからだ。
 
 行政庁の中庭に出た。数名の護衛を連れた国王が待っていた。鎧を着て、愛用のミスリルの宝刀を抜いたままで。エレクトラの目の前には、カントニアでまとっていた革鎧と愛用の短槍が置かれていた。
 
「おひさしぶりでございます、お義父上さま」
「口上はいい。儂とお前と仲だ。さっさとそれを着ろ。ひとつ、儂から提案がある」
 
 国王は言った。試合をしよう。儂の目の前にその槍先を突きつけることが出来ればこの国での滞在を認める。しかしできなければすぐに国外退去だ。
 
「あはは……そりゃあちょっと厳しすぎるんじゃありませんかねぇ?」
「痴れたことを。お前がコーヅケーニッヒに戻ったら、あの手この手で謀略に加担する者を増やすだろう。イズヴァルトで何かをしたかったのじゃろう……たぶん」
 
 ホーデンエーネン北部に独立国家を築くとか。エレクトラはにひ、と笑った。図星。しかし自分と同じことを考えたとなると、常々似たようなことを考えていたらしい。
 
(食えない旦那さまですねぇ。やっぱりあの王子様のお父さんですよ。)

 エレクトラの心の中はイーガ国王に筒抜けだった。

(ふん。北ホーデンエーネンの窮状を調べれば誰でも思いつくわい。エレクトラ、単細胞で短絡的でだまされやすい『にっぽんじん』は手玉にとれても、イーガ人はそうもいかんぞ?)
(わかっておりますって、お義父上様。で、あたしの相手は、そこにおられるご歴々のみですかい?)
 
 そんなわけがなかろう。国王は護衛らを引き下がらせた。もっといい相手を紹介してやる。エレクトラは言われた通りに革鎧をまとい、槍を手にした。直後、エレクトラの背後に風が起こった。相手を吹き飛ばす突風魔法だ。
 
「いきなりですかい!」
 
 エレクトラは印を切って同じ風の魔法ではじき返す。くるりと翻って魔法をかけた相手の姿を目にした。
 
「よりにもよってあんたとは! 『風切り姫』のシディアス!」
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