聖騎士イズヴァルトの伝説 外伝 『女王の末裔たち』

CHACOとJAGURA

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第三部 カツランダルク戦記 『プレリュード』

06 絶望

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 パラッツォ教の『教典の巫女』、リブ=リデラント。
 
 アヅチハーゲン方面に派遣された教軍の指導者でもあった彼女はその日の夕方、要塞の浴場へ向かった。

 どうも要塞の中の雰囲気がおかしい。そう思った。兵士達は自分に声をかけてけてくれるが、何か隠している様な気配がある。

 何が起こったのだろう。浴場の前に立ち止まり、男達の心を探ろうと念じた。その直後に身体にあちこちに、何かが深く刺さっているのを感じ取った。

「……?」

 声は出なかった。目の前に現れた黒い肌のエルフが、彼女の首を切り離していた。血まみれの湾曲刀を手にしたソゴプール=エルフの男。なんて美しいお方なのだろうと思いながら彼女は死んだ。

 リブは抹殺された。北のパラッツォ教徒虐殺の完遂の報告を受けた、ソゴプールのエルフらによってである。

 リブの死体は要塞の近くの原っぱに埋められた。ソゴプールのエルフによる処刑執行にカシバフェルト公は従わざるを得なかった。女との情愛よりも王国への忠義を取ったのだ。

 この虐殺事件は秘密裡に行われた。いや、王国はこれを戦闘による勝利として記録を書き換えた。

 王国暦349年のアヅチハーゲンの戦い。そうまとめてくくられているこの出来事を歴史書はこう記している。

「ホーデンエーネン軍はクボーニコフ水軍の手を借りてひそかに二手にわかれると、アヅチハーゲン要塞を制したパラッツォ教軍を野戦に導き、南北から挟み撃ちにして勝利した。パラッツォ教軍を率いていたリブ=リデラント他数名の武将らは、この戦いで残らず討ち果たされた」

 
□ □ □ □ □


 リブ=リデラントの殺害だけは外に漏れ出てしまった。要塞の兵士でイズヴァルトにあこがれている者たちが、夜中にこっそりと街に来て、知らせてくれたのだ。

 街に戻り、イズヴァルトにゾウズジャヤのエルフがこの辺に潜んでいる事を語っていたエレクトラは、やって来た者の話を聞いてつぶやいた。

「大変にまずいことになりましたねぇ……」

 パラッツォ教軍とホーデンエーネンの戦いは一進一退。泥沼化している。このアヅチハーゲンでの和議を皮切りに、休戦に向かえば少なくとも、イズヴァルトが願っている平和な状態には近づく。

(まあ、あっしとしてはごたごたが進んで北部の諸侯らが王国頼り無し、新たな国を作ろう、などと思ってくれりゃそれに越したことは無いんですけどね。)

 その時には無理やりにでもイズヴァルトを王位に推挙する。当然イズヴァルトは辞去するかマイヤあたりに禅譲するだろう。この数日で調べなおしたが、北部諸侯はパラッツォとの戦争を嫌がっているらしい。

「どうします、イズヴァルトのだんな?」

 イナンナや武士衆の主だった者が、イズヴァルトに目を向けた。この集団の最終決定権はイズヴァルトに委ねられている。彼が率いる義勇兵団だからだ。

「これが大公のやったことなら多分、元から和議に応じるつもりは無いようでさぁ。南のお偉方はやる気満々のようですよ。当然、北部諸侯の皆さんは自分達の領土が戦場となるわけですから、内心どう思っているかは考えられるでしょうねぇ?」
「……カシバフェルト公に会って来るでござるよ。ついて行っていただきたい」

 イズヴァルトはエレクトラやイナンナら、十数名を率いて公に会った。恐ろしく憔悴しきった顔をしていた。頭を抱え、眼には涙が溢れていた。

「聞き及んだでござる。貴殿の命令でござるか?」
「おお……リブ……私は……俺は……」
「はっきりなされよ! リブどのはもう亡くなられたでござる! 貴殿がちゃんと守ってあげなかったゆえに!」

 好きになった人を守れぬ者がおこがましい。本当は自分に言ってやりたい言葉だとも心の中で自嘲したが、イズヴァルトはあえて大公を叱った。

 けれども大公の目には光が無く、ただただ、弱りきった男の顔があるだけ。完全に心を折られたのだろう。これ以上は無理だとため息をついた。代わりに彼の家来たちが答えた。

「リブ様を討ったのは、近衛騎士団の他の大将様らが雇われた者たちにございます」
「閣下はご存じではございませんでした。リブ様を殺した者は今……」

 イズヴァルトは真上に殺気を感じた。いつの間にか、5メートル上にある天井の梁に手をかけて、ぶら下がっていた者らがいた

 おおよそ10名。シマナミスタン風の魚鱗札の甲を胴体にまとった褐色肌のエルフの男達だ。彼等は飛び降りてイズヴァルト達を取り囲んだ。

「何者でござるか?」

 頭に赤い布を巻きつけたエルフが返事した。

「お初にお目にかかる、聖騎士イズヴァルト。我らはソゴプール族の戦士。今はホーデンエーネンの武者となっている」

 彼等はイズヴァルト達に武器を構えた。切れ味鋭そうな細身の湾曲刀だ。シマナミスタンは良質の鉄が採れる事で知られていた。

「何の真似でござる?」

 赤い布を頭に巻きつけたエルフが答えた。この一団の隊長格だ。

「聖騎士イズヴァルトに謀反の意があることを認めたからだ、郎党ともどもこの場で処刑する」

 話が通じ無さそうだ。イナンナに顔見知りがいないかと尋ねた。イナンナは既に印を切って戦う準備を始めていた。殺してやるしか手はないズラ。

 イズヴァルトは『覇王の剣』を鞘から抜いた。エレクトラは短槍を。イナンナは腰にかけていた護身用の小剣。

 イナンナのその剣は青い刀身であった。30センチ近くのミスリルの小剣だ。刀身が幅広い。かつての里の長老エルフが死ぬ前にイナンナに譲った業物だった。

「『つらぬきでかちん丸』の切れ味、おまんらにごちそうしてやるズラ」

 『つらぬきでかちん丸』という酷い名称はイナンナが勝手につけたものである。本当の名前はミスランディアという。古代エルフの言葉で『切り裂く魔刃』という意味だ。数千年前、ニンゲンの超天才魔道士が作り出した、最強の盾を貫いたからその名がついた。

 どこからでもかかってこい。イズヴァルトがそう叫ぼうとした時、広間の鎧戸が一斉にぶち破られた。そこから長朔を握った黒髪エルフの騎馬武者達が飛び込んで来た。ソゴプール族自慢の槍騎兵達だ。

「さては、元から仕組んだでござるな!」

 自分を狙う槍先をかわしてイズヴァルトが叫んだ。連れて来た武者の1人が突然の奇襲に戸惑いながら斬り伏せられた。

 もう容赦は無しだ。イズヴァルトはエレクトラとイナンナらに「死兵たれ!」と怒号を放つ。絶体絶命の窮地にあると思え。ゆえに容赦はするな。

 イズヴァルトは右から騎馬の、左から徒歩の攻撃をかわして大剣を振り回した。刃は馬上の強靭なエルフの鎧と胸とを深々と切り裂いた。

「こいつは!」

 返す刀で襲い掛かった左の相手の首を刎ねる。2人とも命を奪う一撃を喰らった為に塵と化した。エルフの祖たる風の精霊のみもとに向かったのだ。

「やるズラなあ!」

 イズヴァルトの剣技を誉めたたえたイナンナも、かなりの腕前だ。剣をかわし穂を弾き、ソゴプールのエルフの手甲や鎧を切り裂く。

 イズヴァルトに『恐るべき戦士』と言わしめたエレクトラに至っては、ソゴプールの戦士の首を1つあげていた。他の武者達も冷静なれば、相手を苦戦させるぐらいの手練れであった。

「……よくも我らの同胞はらからを!」
 
 赤い布を頭に巻いたエルフは目を怒らせていた。しかしイズヴァルトの仲間達も3人がたおれた。恐ろしい敵だと怖気づいた部下達に、ソゴプールのエルフの隊長はかかれと叫ぶ。

「その喧嘩、おれらも仲間に入れて欲しいべ!」

 入口から声がした。オーガとゴブリンらの集団だ。彼等もソゴプールのエルフらと同じく、ホーデンエーネンに雇われた亜人の戦士達だ。エレクトラが舌打ちした。

「やってられねえですね。次から次へと!」

 魔法がきかないオーガはさすがにまずい。その上すばしこいゴブリンまでも。ソゴプールのエルフを6人討ち倒したのに、更に強力なのが相手になるとは。

 それ以上にイズヴァルトが手をつけられなくなった。強敵相手に武者震いを起こし、正気を失いつつある。そうなると彼は戦闘狂だ。

「詰めの部隊を用意するとは激賞すべしことでござる! さあ、かかってこい!」

 相手が応じる前にイズヴァルトが攻めかかる。先手必勝などという言葉はない。ただただ己の武を確かめる為に戦闘機械と化すだけだ。

 一切の遠慮を取り払ったイズヴァルトはまさに、殺戮の人形そのものであった。身体的な優位と恵まれた勘やセンスでやってきていた『傭兵止まり』の亜人たちは、為す術が無かった。

 血しぶきがあがり肉を斬られる。断末魔。断末魔。『覇王の剣』の切れ味もあったが、イズヴァルトにかなう相手はこの中にはいなかった。

「もっと手練れを寄越すでござる!一人残らず葬って見せよう! さもなくば拙者と手を組み、このホーデンエーネンを正しき道にむける手伝いをするでござる!」

 亜人の傭兵達はわけがわからなかった。そもそも大義など持ちあわせていない。金と存分に与えられるニンゲンの女体目当てに手を貸したまでだ。

 窓の向こうからラッパが鳴り響く音が聞こえてきた。援軍を求める音色だ。ホーデンエーネンはこの時、総がかりでイズヴァルトを殺す事に決めた。

 血しぶきがあちらこちらに付着した広間で、ソゴプールのエルフ達はざまあみろと吐き捨てた。

「おれたちは時間稼ぎをしてたんやでえ」
「外にいる本隊には、100以上の亜人の兵士がおるねんなあ」
「ざまあみろ、イズヴァルト! とうとう母国を怒らせたようだな!」

 捨て台詞を言った後、ソゴプールのエルフや生き残った亜人の戦士達が逃げ始めた。

「ならば指揮官を叩いて瓦解させるまでにござる……が、カシバフェルト公どの」

 イズヴァルトは家来たちに守られたカシバフェルト公に呼び掛けた。彼は魂が抜けきった様な顔をしていた。

「この闇討ちも、かねてから計画していたことでござるか?」
「わしには……わしには……」
「閣下に代わってお答えいたします……聞かされていなかったぞ、こんなこと!」

 そもそも和議を結んだパラッツォ教徒を虐殺し、なおかつ大公の妾となり教団とのかすがいになるはずだったリブ=リデラントが討たれたなんて。

「全く身に覚えがありません……そりゃあ、捕えたパラッツォ教の女を手籠めにしたことぐらいはありますが……」
「で、ござるか。亡きカルカドどのが今の閣下と貴殿らの姿を見ておられたら、嘆いたでござろうな……」
 
 カルカドは乱暴だったが聡明だった。この様な戦い方を絶対に避けただろうし、カシバフェルト公が巻き沿いに遭わないように気をつかったかもしれない。

 イズヴァルトはだんまりのエレクトラに目を向けた。

「エレクトラどの。物事、都合よくいかぬでござるな」
「……」
「カルカドどのが生きておれば、きっともう少し上手くいったでござろう」

 エレクトラは考えが浅かった、と嘆いた。でも自分に言い聞かせる。次の策を考えろ。イズヴァルトは彼女の献言をまともに聞くつもりは無かった。

 絶対に成功する策を授けられて実行してやりきったとしても、その後にあるのはきっと、北部諸侯の旗頭となるという話になるだろう。

(正直、ごめんでござるよ。拙者は人を従わせるよりも従うほうが良いでござる。)

 判断が狂って皆を滅ぼしてしまうかもしれない。そんなのは嫌だ。現に3人も死んだ。これから死人はもっと増えるだろう。それを思うだけで心が苦しくなる。支配者には人の死を数値として見る様な冷酷さも必要だ。

「当初の予定通りにイーガに向かうでござる。パラッツォ教団とホーデンエーネンとの矛を収めさせるのはまだまだ難しいようでござるよ……」

 イズヴァルトは仲間の死体を、奪った馬に載せて皆に目くばせした。この出来事ですっかり弱ってしまったカシバフェルト公はこの半年後、反撃に出たパラッツォ教軍との間に起きたアヅチハーゲン近郊の戦いで命を落とす。

 その時のパラッツォ教軍は甘くはなかった。5万の軍勢で牙を剥いて襲い掛かって来た。彼が『狩りの道具』と笑っていた火縄銃を持った部隊をパラッツォ教団は用意していた。

 その頃にはホーデンエーネンもパラッツォ教団も、鉄砲で武装した射撃隊を編成するまでに進歩していたのである。
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