聖騎士イズヴァルトの伝説 外伝 『女王の末裔たち』

CHACOとJAGURA

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第三部 カツランダルク戦記 『プレリュード』

03 世界の珠玉と呼ばれる女

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「貴公、イズヴァルト=シギサンシュタウフェン殿と見受けられる! 我らホーデンエーネン軍に是非とも加わっていただきたい! アヅチハーゲン要塞の奪還の為、われらが王国の領土から邪教の門徒どもを一掃する為に、是が非でも!」

 宿の外に出たイズヴァルトに向かって呼びかけたのは、近衛騎士団の北東部戦線総指揮官。南部の大領主・カシバフェルト公である。

 カシバフェルト公は親・パラッツォ教派の家宰・カルカド=セッツェンが死んでから、対パラッツォの強硬派に転じた。ここ2年で彼の立場は悪くなっていた。

 このたびの戦争でカシバフェルト公は近衛騎士団の武将として北部戦線に加わった。北部の信徒を見つけ出して虐殺し、いくたびの合戦で勝利をあげた。

 既に対パラッツォの廷臣や領主の間で、信頼される人物となっていた。カルカドが生きていれば絶対に為さぬはずのまずい作戦で、多くの犠牲を払っても。

 とはいえ彼やその部下らは、その信徒の若い女や少女達も略奪していた。秘密軍港では集められた女達が惨い待遇で、獣欲のはけ口にされていた。その多くが、ホーデンエーネン人なのにである。

「イズヴァルト! 貴公がいれば千人力、いいや、万人力! パラッツォ教団との戦いも安泰だ!」

 カシバフェルト公の呼びかけは友好的。しかしその配下は弓矢を構えていた。これは脅しだった。

 カルカドがある時、主君のことを「勇猛に過ぎる蛮夫」と苦笑気味に語っていたのをイズヴァルトは思い出した。

(俺がわざと猪武者となることで、わが身を省みてもらわねばならぬ、と申していたでござるな。カルカドどのは……。)

 なにゆえ弓矢を構えるか。イズヴァルトが問うとカシバフェルト公は、ベルトで吊るしていたホルダーから何かを取り出した。

 おおよそ30センチほどの長さの、握りがある鉄製の道具。色は黒い。鋳鉄でできていた。後部には縄と皿がついており、引き金があった。

「それは?」
「存じてはいなかったか。イーガで最近売り始めた、『火縄銃』というものだよ」

 カシバフェルト公が持つのは短銃と呼ばれる短めの物。他には銃身が長く、飛距離がある『サーペンタイン』という名のものがある。

 公は別のホルダーから牛の睾丸袋を干して作った入れ物を2つ取り出した。それの口を開くと、火縄銃と呼ばれているものの先端に黒い粉を入れ始めた。

「なんでござる?」
「火薬を入れているのだ。それからこうする」

 カシバフェルト公はもう一つの袋から、ひとつまみの黒い弾丸を入れた。火薬の量を間違えるとうまくいかないのだ、と独り言を漏らしながら。

 弾を銃口に入れると、棒で押し込めた。

「弾丸を放てるまでよく訓練したよ。カルカドが生きていたらはしゃいでいただろう。このおもちゃを手にしてな」
「ひなわじゅうとは……何をする道具でござるか?」

 弾を込め終えたカシバフェルト公は火皿にも火薬をかけ、火縄銃を構えた。カシバフェルト公は右指で印を切る。火縄の先端がほんの少しだけ赤くなり、煙が立った。

「魔法が充実したイーガにおいて、火縄銃は『おあそび』程度の道具に過ぎないと聞いている」
「だから、何でござるか!」
「狩猟用だ。獲物を狙う」

 カシバフェルト公は宿屋の2階の窓に銃口を向けた。弓矢や弩弓が一斉に宿屋の窓に向けられる。

 どの弩弓も長弓も、イーガ産の強化機構がついていた。薄い窓ガラスや木板を貫通する威力を得ている。窓の奥にいたイナンナ達が、伏せておけ、と皆に呼びかけていた。

「何の真似でござるか!」
「イズヴァルト、貴君のやることはわかっている。宿に逃げてきたパラッツォ教徒どもをかくまっているのだろう? まずは彼奴等を狩ってから相談だ!」
「言いがかりでござる! 拙者はいくさ働きを臨む勇者たちを連れて戻って来た! 宿にいるのは皆がその者達でござる!」
「笑止! これ以上の物言いはこのカシバフェルト公の。そしてホーデンエーネン王国の国王陛下に楯突く事と同義であるぞ、イズヴァルト!」

 カシバフェルト公の火縄銃が火を噴いた。その轟きこそが号令であった。宿屋の壁の漆喰は砕け、ガラスや鎧戸はぶち割れる。
 
「匹夫の勇! 怯懦ゆえに為す猛でござる! カシバフェルト公どの!」

 イズヴァルトは『覇王の剣』を抜いた。第二射を放とうとする弓隊に向け、重圧の魔法をかけて無理やりにひれ伏させる。

「血迷ったか、イズヴァルト!」
「迷っているのは殿下でござる!」
「ホーデンエーネンが、そこまで切羽詰まっていることがわからぬか!」

 槍隊、前へ!
 
 カシバフェルト公が命じると長槍の兵士達がイズヴァルトの前に押し出た。

「殺す気で打ちかかれ!」

 公が命じる。繰り出される槍先をイズヴァルトはかいくぐり、1本1本を叩き折っていった。

「……むう。武勇はますます冴え渡っておる様だ。さすがはイズヴァルト!」
「矢を射かけて殺そうとした方々に、早々に詫びるでござるよカシバフェルトどの! 亡きカルカドどのであればそうしたでござる!」
「小癪な! 儂の前でカルカドの名を呼ぶでない……ぐおっ!」

 カシバフェルト公は火縄銃が爆ぜたので驚いた。いいや、爆ぜたのではなく壊されたのだ。地面に転げ落ちた銃身は膨張して割れ、炎に包まれていた。

「な、なんであろうか……」
「おらの魔法でずら!」

 呼びかけたのはクリスタだった。鎖帷子を着込み、ハルバードを手に持って屋根の上で構えていた。

 遠目でもわかるはっきりとわかる褐色肌の美貌もさることながら、彼女の長い尖り耳を見てカシバフェルト公らは驚いた。

「エルフか! カントニアのエルフを貴君は味方につけていたのか、イズヴァルト!」
「さよう。拙者はパラッツォ教との不毛ないくさを終わらせる為に、カントニアの腕自慢の猛者を引き連れ、はせ参じた次第にござる!」
「勝利ではない? 邪教の徒をせん滅する事のどこが不毛ないくさか、イズヴァルト!」
「ぬるい問答なぞ為すつもりはござらぬ! カシバフェルト公どの。これよりお力添えいただきたく存ずる!」

 イズヴァルトは『覇王の剣』の切っ先をカシバフェルト公に向けて叫んだ。まずはアヅチハーゲンのパラッツォ軍と和議を結べ。さもなくばこの度の狼藉、国王に直訴して御沙汰を申し上げていただく。


□ □ □ □ □


 カシバフェルト公は剣を収めた。本気になったイズヴァルトとみすみす同士討ちをするつもりなど無い。そもそも、本気で逃げてきたパラッツォ教徒をかくまっていたのだと思っていた。

「面目ない……儂はどうも、いくさになると頭に血が上ってしまうようだ」

 まさか精強な魔法戦士と名高い、サガミニアのエルフを引き連れていたとは。カシバフェルト公がころころと心変わりするのを見て、エレクトラは「あまり信用できませんぜ」とイズヴァルトに忠告した。

 イズヴァルトは宿屋のテーブルにてあい向かう、パラッツォ教団討滅軍の大将に尋ねた。

「カシバフェルト公どの。問いたい。なにゆえパラッツォ教徒への虐待を許したのでござるか?」
「虐待ではない! れっきとしたいくさである! 捕虜が要塞のパラッツォ軍と呼応し、奇襲を仕掛けているという報告を聞いたのだ! はっきりとな!」

 これは嘘だった。カシバフェルト公はもともとパラッツォ教徒を皆殺しにする計画を立てていた。坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。しかし、官能を楽しませてくれる女肌は別だ。

 捕えた美しいパラッツォ教徒の娘を基地に集めて虐めながら、快楽を貪ったのは事実であった。あの娘達を存分に搾り取ろう。不埒なことを考えながらカシバフェルト公は咳払いをした。

「……こいつ、ろくでもねえこと想像しているズラ」

 念話魔法でイナンナが。乱暴者とはいえ、カルカド=セッツェンという重しがいなくなったカシバフェルト公はうわっついていた。

「ところででござる……あの、『ひなわじゅう』とやらがイーガで出回っていると聞いたでござるが、あんなものをどうして得物にしていたでござるか?」
「やっと聞いてくれたな、聖騎士イズヴァルト。あれはきっと貴君も気に入るだろう。火縄銃はな、最近できたイーガの国立工房が製造しているものなのだよ」
「国立工房、でござるか?」

 カシバフェルト公はうなずいた。その工房の名前こそが『マイア=テクニカ』だと。

「それは、もしやでござる!」
「その通りだ! 『おしゃぶり姫』ことマイヤ様が、夫となったマルティン王子の援助を受けて設立した魔法と科学の工房だ! マイヤ様はすごいぞ! 1年もしないうちに素晴らしい物を世に出した!」

 カシバフェルト公は自慢気に語る。数千の書物が入った魔法の板、『たぶれっとぱっど』。いにしえの転生者が再現しようとして挫折した火薬兵器、火縄銃。

 それからおしりを拭く機械や尻の穴の奥を掃除してくれるからくり。くっさいおまんこのにおいを無臭にするスプレーなどもマイヤは開発したという。

「『マイア=テクニカ』は今や、世界中に製品を輸出する大企業となっている。国営企業だがな! 貴君の元恋人はホーデンエーネンに収まらぬほどの、規格外の『世界の珠玉』となったのだよ!」
「ま、マイヤが……それはすごいことでござる! あのおしゃぶりむすめ、やりやがったでござるよ!」

 イズヴァルトは歓喜し涙した。マイヤはやっぱりすごい。転生人ということだけでなく、途方もないことをやってのけている。

 対して自分は何だ。恋に破れ、エルフ達の憐憫に甘えてカントニアの片田舎でのんびりと暮していただけ。いわば惰眠を貪っていたのだ。

(貴殿には、絶対勝てぬでござるよ、マイヤ。)

 マイヤは名を轟かすという野望においては好敵手であって、恋人にはなれないのかもしれないのではないだろうか。賞賛とともに萎縮の念が侵し始めた。

(拙者がこれからすることは……。)
(イズヴァルトさん。そんなに卑屈になってはいかんズラ。男と女の恋を、わけのわかんねえもんで阻んではいかんズラ。)

 イズヴァルトの心を探ってイナンナは諫めた。しかしイズヴァルトはますます格の違いというものを意識し出してしまった。

 そのマイヤは1人になるといつも、イズヴァルトの事を思って嗚咽していた。だが、彼はそうは思ってもいなかった。

(拙者はやはり、過去の男でござるよ。)

 イズヴァルトの内心も知らず、マイヤへの賞賛の言葉を繰り返しながら、カシバフェルト公は高らかに笑い続ける。

(このぼうず……がさつ過ぎて気に食わねえズラな。)

 この男をすぐさま斬り殺したかったのは、何もイナンナだけでは無かった。クリスタも他の女エルフも、あるいはがさつだがイズヴァルトの本心を常日頃聞いていた、マルカスもである。
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