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第三部 カツランダルク戦記 『プレリュード』
02 奪還への旅路へ
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エレクトラの進言をイズヴァルトは自分だけでは考えないことにした。エルフ達に意見を伺う事にした。
「どう思うでござるか?」
あらましを聞いたパオレッタが即答した。
「無理……とはいかないまでも、上手くはいかんズラよ」
「姉ちゃんはそう思うズラか? オラはいい考えかと思ってるけど……」
「マリア。ニンゲンの政治ってのは面倒くさいもんズラ。オラ達みたくなあなあでやれる連中では無い。やれ王様だの貴族様だの、国の仕組みだの権威がどうのこうの……いくらイズヴァルトさんが人気者でも超えられない壁ってもんがあるズラよ」
エルフ達の集落は長こそいれどただのまとめ役。集会の時の議長という役割ぐらいしか権限が認められていない。
代わりにニンゲンがよくやらかす悪手の様な意見や決議は為さないし取り決めたものはうまくやる。それから、保守的な気風が強いから進んで難儀な行いに突っ込むことはしなかった。
「特に『うそつきエレクトラちゃん』が言う事は信用ならないズラ」
「そのう、うそつきエレクトラちゃんというのは、なんでござる?」
「あの嬢ちゃんの昔の仇名ズラ。あのがきんちょは時たまとんでもねえ、うわっついたホラを吹く癖があったズラよ」
イナンナが煎じた茶を飲みながらパオレッタは言う。サガミニアとカイロネイアのエルフが作った美術品を海外に輸出してがっぽりもうけたいとか、イーガにエルフ達を多く永住させ、魔道王国の名を永遠のものとしたい。
「そ、そんなことをでござるか?」
「ほうズラ。んなことやるとアカサカチハヤの魔竜さまに目を付けられるようなことを平気で。オラ達エルフはニンゲン達と、すみわけしながら仲良しこよしを求めているズラ。なのにあいつはニンゲンの面倒事を持ち込もうとする。迷惑極まりねえズラよ」
しかしイズヴァルトに王国をというのは面白い考えだとパオレッタは笑った。オラ達を後宮に入れて沢山子造りするズラか?
「おまんが声をかければ、里の女どもが100人ぐらい集まるズラよ?」
「そ、それは拙者の命が縮むゆえ、お断りいたそう……」
「つれねえズラな。ああそっか。マイヤちゃんが正妻の地位という訳か。だったらイズヴァルトさんのちんちんを巡って、女同士のきったねえ争いが起こりそうズラ」
その計画は止めておこう。とにもかくにもこの30年は、略奪したマイヤが閉経になるまでイズヴァルトとの子をばんばか産むほうが物事としては正しいだろう。パオレッタはそうぼやいた。
「で、オラはエレクトラちゃんのまわりくどい作戦を取るより、さっさとイーガに突っ込んで強盗をやったほうが手っ取り早いと思うズラ」
「そ、それはならぬでござるよ!」
「どうしてズラ? あいつらがイズヴァルトさんからマイヤさんを奪い取った様なもんズラ。やられたらやり返せ、というのが流儀ズラよ?」
それはできない。イズヴァルトはこう説明した。自分はいまだホーデンエーネンの騎士である。その自分が王子の妾を略奪したとなると、イーガとホーデンエーネンの関係が悪くなるだろう。
「うげっ……めんどくせえ」
マリアが舌を出して吐く真似をした。しかし面倒なことが何かと多いのがニンゲンの社会である。
決めた。イズヴァルトはこの様に事を為す事に決めた。
「まずはイーガの家臣になるでござる」
「またまた面倒なことを考える……」
「パオレッタ姉ちゃん。イズヴァルトさんは面倒なことを考えるお人ズラよ?」
「うっさいだまれ。イズヴァルトさんのおまんこのいじり方で充分わかるズラ」
「……で、拙者はイーガの武者としてひと働きするでござるよ。パラッツォとホーデンエーネンのいくさに割り入る。喧嘩両成敗のおしりぺんぺんで矛を降ろさせ、ついでにパラッツォの信徒どのらをいじめるのもやめさせる。それで平和になったら、拙者はマイヤ付きの家来に取り立ててもらうでござるよ」
パオレッタとマリアは呆れていた。おまん、その程度の見返りでええズラか?
「もうちょっと、欲深でいてもよくねえズラか?」
「姉ちゃんの言う通り。イズヴァルトさんは変につつましやかなのがよくねえズラ。それだったらマイヤさんの『精液蛇口係』で最初から仕官すれば……」
「それはもう出来ぬでござろう。しかし拙者はどんな形あれ、マイヤを見守りたいのでござる。愛するご婦人に陰の様に従う。もう拙者はそのぐらいで良いと思っているでござる」
護衛としてマイヤの人生を見守りたい。あの様に行動力があって頭の回転が速いおなごであれば、ただの妾では終わらない。いずれは大きなことを為すだろう。
しかもイーガの王子の妾でかつ、ホーデンエーネン王家にゆかりを持つ出自である。イーガとホーデンエーネンの良き架け橋になるに違いない。両国の未来を思えば自分の恋慕などささいなことである。
「そっか……」
「どうする、姉ちゃん?」
パオレッタは冷たく言い放った。少なくとも自分とマリアは手を貸さねえズラ。
「……それはいかなる理由でござる?」
「自分の本能のまま生きるエルフから見りゃ、そういう生き方は不健康そのものに見えるズラ。そんなんだったらエレクトラちゃんの無謀な博打につきあったほうが、まだましズラ」
「ちゅうこん、イズヴァルトさん。オラとパオレッタ姉ちゃんは手を貸さねえ事に決めたズラ。おまん、もてもてなのに女心に鈍いところがあるズラな。そんなんだからマイヤちゃんに捨てられちまったんズラよ?」
イズヴァルトは深く傷ついた。ついでだが1晩姉妹とやっていくかとパオレッタに問われると、うなだれたまま無言で天幕から出て行ってしまった。
パオレッタとマリアに断られたイズヴァルトだが、めげるつもりは無かった。イナンナとクリスタに聞いてみよう。2人は同じ天幕で薬の調合を行っていた。コーガのこの辺りで生える薬草を使って腰に効く薬を作るだという。
「腰にでござるか? どなたに?」
「シゲニウスさんズラ。ホージュリアさんがああなっちまったから毎日朝晩とおまんこの相手をして、つかれちまっているらしいズラよ」
「あと、おら達エルフとおまんこをしている男の子みんなにも飲ませてあげるずらよ」
「……拙者も欲しいでござるな」
ともかく相談だ。2人は「まあまあいい考え」だと答えた。しかしイズヴァルトが王様、あるいはマイヤを女王にという計画は寂しくなるから嫌だと笑った。
「そうズラなあ。オラならそのトーリっていう姉ちゃんに女王様の王冠を押し付けて、イズヴァルトさんとマイヤさんにはツックイーでのんびりと暮して欲しいズラよ」
「王様になって何かをしたい、というのが叶えればいいけど、やっぱりどうにもならんというのが世の中の常ずらよ」
「拙者も、ちやほやされるのは性に合わぬでござる」
とはいえイナンナとクリスタは手を貸そうと返事した。シゲニウスやツックバーのメルビナに声をかければ兵士を貸してくれるだろう。
翌日の昼、イズヴァルトは当のシゲニウスに呼び出された。一緒にいたエレクトラは解き放たれてホージュリアに懐かれ抱き着かれていた。
にこにこと笑うエレクトラのお尻に腰をすりつけ、「うひー」と漏らすホージュリアの顔は、だらけきって凛々しさはみじんも無かった。
「手を貸すよ、イズヴァルト」
「どうしてホージュリアどのが……」
「エレクトラを信用してホージュリアに夜伽話をさせたのがいけなかった……藤本峰子は女も篭絡できる奴だったことをすっかり忘れていた」
場にはツックバーの武将もいた。シゲニウスが言う。ウマヤーノに協力してもらって西海岸地方から船を出す。ホーデンエーネンに渡れる。数十名の武芸者を連れて。ヒッターチとツックバー、両方から集まった者達だ。
「数十名、というのが数が少なくて心もとないが、イズヴァルトがあのダニェル=イヴァノフと互角の猛者だと聞き慕った者たちだ。あと、君の美男子ぶりに惚れた者もいる」
「おしりが痛くなる旅路になりそうでござるな。まあ、男色は騎士のたしなみゆえ、拙者は構わぬでござるよ」
「……僕はちょっと遠慮するよ」
後から来たイナンナとクリスタからも返事があった。エルフの衆の何名かが手を貸してくれる。ざっと10人はいる。
その中にはもちろん、2人が含まれていた。イズヴァルトの事を深く心配しているマルカスもついていくらしい。
「と、なればどうするか……藤本峰子」
「へへ。なんざんしょ、シゲニウス殿下?」
「今回はお前を信じる。イズヴァルトさんにマイヤさんを取り戻させろ。出来なければ……僕の手で打ち首にしてやる。覚悟しておけ」
「ふふ。ご厚情、ありがたいこって」
エレクトラはその場で跪いて頭を深く下げた。シゲニウスはもう1人、イズヴァルトにつけることにした。
「あいつを呼べ。どうせサガミニアに帰っても博打にうつつを抜かすだけだろう」
やって来たのはミツクニュモス=ミートパトロスという男。ヒラッカの町でホージュリアと合流し、エルフ達の捕虜となった者のうち1人となった。
イズヴァルトの7歳年上で無精ひげを生やし、飄々とした様子の色男。かつてはサガミニア地方の各自治都市と関係を結ぶ役を担っていたが、博打や女遊びにうつつをぬかしていたのでお役御免となった。やればできる子の類なのだが。
「お久しぶりですな、騎士イズヴァルト」
「あまりかたっ苦しい言い方は抜きにしていただきたい。拙者は貴殿より年下でござる」
「ま。そうだったな。じゃあこれからはよろしく! 通訳として手を貸すよ」
ミツクニュモスはそもそもがヒッターチの外交官で貴族だ。剣は期待できないが国際情勢に詳しく、海の外も巡ったりもしていた。
「正直、刺激の無いサガミニアでぼんやりしていたのに飽き飽きしていたんだよ。この旅はなかなかに楽しめそうだね」
「あまり気楽に考えないでいただきたいでござるよ?」
かくしてイズヴァルトはエレクトラらと共に西へ向かった。コーガのへファイスティオンに用意させた河船に乗り、おおよそ10日。ウマヤーノ共和国に入った。
ウマヤーノはカントニア大陸で一番人口が多い。人口は8000万人ほど。ホーデンエーネンの倍以上だ。
国土の半分くらいが広大なミナッカミニア山地でエルフ達が住んでいる。残りの平野部や丘陵部でニンゲン達が暮していた。
水が多く土地質も決して貧しくはないのだが、寒冷で実る作物は限定される。北地麦やこうりゃん、蕎麦やコンニャクイモがおもな穀物であり栄養源だ。
立ち寄った街の食堂で蕎麦入りパンと芋のシチューを食べて難しい顔をするイズヴァルトに、ミツクニュモスは苦笑しながら語った。
「ヒッターチやウツノミーアに比べて寒いんだよ。だからこんなもんしか食べられない」
「なのにカントニア大陸で一番の人口が、でござるか?」
「まあな。寒くて喰いもんはまずいが、土地は広くて大陸の歴史では割と平和な地域だったんだ。それと何より、この国の人々はとても頑健なんだ」
理由だが、エルフとの混血がそれだ。古くからこの地方の民はエルフと血を通じ合わせていた。金色エルフは南のエルフ達よりも多産。男の精液とニンゲンの女の卵子との相性もいい。
医療が進んでいるのもある。ウマヤーノはカントニアの他の国と比べて病院が充実していた。ホーデンエーネンでは見捨てられる貧民もある程度の治療を受けることができた。
「おまけにこの気候だね。毎晩誰かと肌を重ね合わせてないとやっていけないだろうよ。空っ風が吹くから子だくさんになるわけさ」
「寒いと妙に、寂しさが募るからでござろうかな?」
「それもあるだろうね」
ウマヤーノは売春が、有り余るほど盛んだと言われている国でもある。立ち寄ったその町の門の付近で娼婦たちを見かけた。
エルフの血を濃く継いでいる様な美人で若い娘が、前と後ろに穴があいていて丸見えのズボンを履いていた。投げキッスをイズヴァルト達に施していた。
ウマヤーノの娼婦の中では下層に位置するハーフエルフの売春婦だ。股を丸出しにする者はまだ上等な部類だとミツクニュモスは言った。
「ひとつ注意だ。ああいう手合いのは気をつけろよ?」
「……買うつもりはござらぬが、何故でござる?」
「絶対に性病を抱えているからだ。安全に抱けるのは娼館付近にしかいない。俺のダチ公も何人か、安いからってお土産もらって苦しめられた」
ウマヤーノ人はエルフの血が濃いから性病にかかりにくいが、病原菌はしっかりと保有している。特に性が安値で買えるから、まん延しているのだとミツクニュモスは言った。
「この国がやばいのは、何もあれだけじゃないぜ?」
イズヴァルトが驚かされたのは、その街の食堂だった。便所の前にぼろが目立つ服を着た、10才にもならぬ娘が椅子に座っている。
「あれが便所で相手をする便所娼婦だ。最底辺のうちの1つさ」
スカート丈がとても短い。かろうじて太ももの付け根を覆っているぐらいだ。手っ取り早く股を開けるようにである。顔かたちは決して悪くはなかったが、手足がやけに細っていた。
ちょうど用を催してきたのでイズヴァルトは便所に入ろうとした。すると娘が上目遣いで声をかけて来た。
「お金さえくれりゃ、口でもべっちょででも相手するべえよ。けつのあなだけはかんべんな。おれ、あったかいメシと服が欲しいべえよ」
イズヴァルトは慈悲心を起こして銀貨を1枚与えようとすると、後ろにいた男にどやされた。この娘の商売の邪魔をするな。
「こいつは春をひさいで社会勉強をしているんだべえよ!」
「さ、さようでござったか……あいすまぬ」
「わかったか! それと銭は返させるな。おめえさまからのおごりつてことで、授業料だべえ」
男は娘の手を引っ張って便所に入ってしまった。それから男のうめき声があがり、女の子の喘ぎ声が耳に入って来た。
(これがウマヤーノでござるか……)
□ □ □ □ □
首都・タカレストにたどり着く。人口は50万以上。この当時の屈指の大都市である。その規模と広さに驚かされた。
とにかくただっぴろいので城壁は無い。代わりにツックバーの植民地時代の城や砦が街中の至る所にあった。
ミツクニュモスやマルカスが言うには、街は2つに分かれているという。南は行政機関や繁華街があり、一般市民が住む。北の郊外は上層民が住む高級住宅街だ。そこにも古い城や砦がある。
どうしてこんなにも近いところに、いくつも城や砦があるのか。イズヴァルトの疑問にはツックバー人の武者が答えた。
「どれも本当の軍事施設ではなく、この土地に移り住んだツックバーの貴族の持ち家だったものですよ」
堀を巡らし櫓を置くのは、己の富を示す為にあったという。大仰でござるな、とイズヴァルトは苦笑した。
タカレストの繁華街は、立ち寄った町や村よりも娼婦の数が多かった。ハーフエルフどころか本物のエルフもいた。
諸外国では銀貨5枚の価値がある女が、タカレストでは1枚で買えるとミツクニュモスは言った。それにマルカスが同意する。
「カントニア人の間じゃ、女とめいいっぱい楽しむならタカレストに行け、と言われているぐらいなのさ。ま、ミナッカミニアのカタシナシュフの里に行きゃ、タダだけどな」
カタシナシュフはええところじゃった、とマルカスは懐かしそうに言う。女エルフが多い山里で食べ物がうまい。温泉もある。雪が降ればスキーもできる。
その上人懐っこい女エルフがひっきりなしに訪れる。セックス。朝も昼も夜もセックス。きんたまが音を上げるまでセックス漬けだ。
妙齢の女性に見えるエルフも、童女や幼女の頃のエルフもくぱあと開いてちゅっちゅと励む。家の中でも野原でも、中出しし放題の夢の国である。
「カタシナシュフ……キファニアさまにお礼を述べたいでござる。立ち寄るのは如何か?」
「やめてくれ! 俺は遠慮する!」
「と、突然何を申されるでござるか?」
「俺はあそこでやりすぎたんだ! 一番怖い奴に目を付けられてえらい目に遭った!」
マルカスはカタシナシュフに1年ほど滞在した。その間に10人ほどの女エルフを孕ませた。うち2人は月経が始まったばかりの小娘エルフ。みんな夢中になって腰を振る可愛い娘達だった。
その行いが里の者の逆鱗に触れた。男ではなく女だ。キファニアの姉で『万年メスガキ』のマリベーラというハーフリングが、マルカスを瀕死にまでしばき込んだ。
「ううう……お願いだから俺は連れて行かないでくれ。マリベーラはまじでやべえ。あんな地獄の悪魔みてえな小娘がいたなんて……」
「よしよし、マルカスどの。拙者らはさっさとホーデンエーネンに向かうでござる」
「その方がいいぜ。カタシナシュフは山奥だし道のりが険しい。しかも滞在となると1年以上も居座ることになるかもしれん」
「ミツクニュモスどの。まるで行ったことがある様な口ぶりでござるな?」
ミツクニュモスは否定した。親友にいたんだよ。あそこに滞在したことがあると言った。でっぷりとした奴だったが、2年ほど滞在して体重を半分にまで落とし込んでしまった。里での過酷な性行為でだ。のめり込みすぎたらしい。
「帰国して1年もしないうちに死んじまったけどな。まあ、貧乏貴族の7男坊で縁談も無きゃ恋人もいなかった。本人は満足して死ねたんだろうな」
「うん。きっとそうでござるよ?」
カタシナシュフの話に負けず、タカレストの娼婦たちは凄まじかった。呼び込んだり抱き着いてねだったり。はたまた、おっぱいを見せたりと余念が無かった。
イズヴァルトとマルカスは取り込まれずに済んだが、ついてきた武者達は全員が搾りあげられた。そのせいで滞在が3日も伸びてしまった。
その間、イズヴァルトは女エルフ達とともに夜の街に繰り出し、ハーフエルフの大道芸を楽しむことが出来た。
下半身素っ裸の幼い娘が、サドルの代わりにハリガタがついた一輪車に乗って喘ぎながらこいでみたり、松明の前で火酒を含ませた肛門を吹かせ、尻火吹きをしてみせたりと。
「すごい、御下劣でござるな……」
目をまんまるくしていたイズヴァルトに、イナンナが苦笑する。
「ウマヤーノはそういうところなんズラよ。オラ達でも始末におえねえと思えるぐれえのもんばかり、目に余るぐらいあるズラ」
「みんな可愛いのにもったいないでござる。ホーデンエーネンに行けば正妻はまだしも、お偉方のお妾様ぐらいになれると思えるでござるが……」
どうしようもない。美人が供給過多になるとこうなるのだ。ありのままの世の中を受け入れるしか無いズラとイナンナは忠告した。
「解せぬ」
「どうにもならん。理解しろズラ」
「それでも、拙者は……」
イズヴァルトは悩んでしまった。こういう世界も救うべきでは。意外と青臭いことを考える聖騎士にイナンナは忠告した。
「エレクトラさんじゃないけど、世界を救いたきゃその為に奮励努力すべきズラよ。けど、おまんはにはそんなこと、だあれも求めていねえズラ」
とりあえずはこのタカレストでは。イナンナはとどめの一言を。キファニアにでも任せておけ。ウマヤーノの悩みはウマヤーノに住む人が解決すべきだとも。
そうしてもやもやを抱えたままタカレストを出発。登り坂ばかりの西街道を渡って海へ。港町でイーガ行きの船に乗り込んだ。
船に乗りマイヤがいるイーガに向かうと思うと、イズヴァルトはウマヤーノの仕組みに抱いていた違和感をすっかり忘れてしまった。心が躍ってしまう。
マイヤが心を操られてというかっこ付きだが、痛烈な別れの言葉を浴びせられてしまったものの、彼が奥底に抱いていたマイヤへの恋慕がますます高まってしまう。
その発露は船室での自慰であった。鞄の中に大事に入れていたマイヤの排便動画や近所の猫と一緒に大あくびしているものが収められた映像水晶見ながら、しこしこと己のナニをしごき続けていた。
「ううっ。マイヤ、マイヤ!」
叫んではしごいたものから放つ。それが毎日の日課だった。マイヤの映像を見て、彼女との日々を思い出してしごくと、ますます恋心が募ってしまった。
□ □ □ □ □
「何故でござる?」
船長にイズヴァルトは詰め寄った。船がキンキ大陸とカントニアの中間にあるチッタ諸島にさしかかった頃である。
イーガ港湾の通信魔道士から、イーガ入国を拒まれたのだ。チッタ島はイーガの領土だ。
「わしにもわからんよ。どうしてイーガが交易船の入国以外入港を許さんとは」
「この船の通信魔道士どのに、ホーデンエーネンのイズヴァルトが乗っている、と港にお伝えいただくようにいただけぬか?」
船長はうなずいた。しかし港からの返事は入港拒否だった。ミツクニュモスがヒッターチ国の代理だと申し立てても。
エルフ達が提案した強行突破は、イーガと戦う事になるからとイズヴァルトが認めなかった。イーガに取り入るのが目的だからだ。
「仕方ないですねえ。アヅチハーゲンから輸送船に乗せてもらってイーガに行きましょうか」
密航船だってあるだろうとエレクトラ言った。ホーデンエーネン北東部最大の港・アヅチハーゲンはどんな船も都合がついたし、何よりホーデンエーネンは今現在、そこだけ外国の船の入港を許可していたのだ。
船はチッタ諸島の港で補給だけを済ませて、アヅチハーゲンへ向かった。6日後、船はアヅチハーゲンに入った。ホーデンエーネン北部最大の貿易港湾都市。北部で最も豊かな港町だ。
輸送船、旅客船、あるいは漁船や個人所有の船など、船は数百にも及ぶ。カントニアやムーツどころか、交戦中のはずのエチウからも来ていた。
ムーツ大陸からは主に西側の過半を征するクボーニコフ王国や、その南にある衛星国群、通称・ユーリポフ13小王国。
エチウであれば西側の諸島から。かつてホーデンエーネンの王家の妻を送り、姫を迎え入れたナオエニアやエチゴニアといった国があった島々だ。
ホーデンエーネンとパラッツォ教団が戦っていたのにである。港と港町は平和そのものだった。パラッツォ教団はホーデンエーネン側に港で戦わないようにと申し立てていたからだ。
戦いはもっぱら、内陸側にあるアヅチハーゲン要塞近郊で行われていた。そしてイズヴァルトはつい先日、その要塞にパラッツォ教団の旗があがったと聞いて驚いていた。
「お、王国の一大事でござる!」
奪い返す準備をと叫んだ。しかしエレクトラとイナンナに止められた。パラッツォと争うよりはまず最初にイーガに向かう事が肝心だ。
「幸いにイーガ行きの船はあるそうですよ。善は急げ。とりあえず船に乗って行きましょうや」
「し、しかし……」
「しかしも何もねえズラ。とっととイーガ王の王様に取り入って、マイヤさんのご家来させて貰うズラよ」
イズヴァルトはうなずいた。船に乗ろう。とりあえずは船旅で疲れた身体と情報収集の為に3日間、アヅチハーゲンに滞在する事にした。南西の街区に空き宿がたくさんあったので、そのあたりで連泊する事にした。
立ち寄った港町の酒場はパラッツォ教徒に宗旨替えしたホーデンエーネン人ばかりだった。各地の弾圧から逃れてこの港に来たという。
パラッツォ教徒らはここに逃れてずっと暮らせばパラッツォ教が守ってくれると語ったが、イズヴァルトはどうにも信じられなかった。ホーデンエーネンならきっと逆襲するはずだ。
「いくさはどう転ぶかわからぬものでござるよ? 例え今日勝ったとしても明日、敵軍の旗がお城に翻っているかもしれぬでござる」
教徒たちに語った翌日だ。アヅチハーゲンの港湾に多くの軍船が侵入し、街を占拠した。ホーデンエーネン海軍とその同盟国・ムーツのクボーニコフ王国のものだった。
夜明け前の出来事。イズヴァルト達が夜遅くまでの性交でぐっすりと眠っていた時だった。港町でパラッツォ教徒狩りが行われた。ホーデンエーネン人もエチウ人も関係なくだ。交易に来た船員達も含めてだった。
捕まった者は全員で1000人ほど。誰もが港で服を脱がされた。かの教団は男はペニスの、女はクリトリスの包皮を切除していたから股を確かめればわかった。
虜囚らはクボーニコフの船に載せられ、男はそのまま沖合に落とされた。老人や子供の区別なくだ。女は子供でも船の中で兵士達に犯され、奴婢として送り込まれる事となった。
その話をイズヴァルトが聞いたのは昼前だった。久々の陸の宿で心地よくなっていたのと、同衾したイナンナと目覚めてから1時間もセックスをしていたからだ。
「……な、なんと!」
この行いは非道だ。残虐極まりない。ホーデンエーネン王国の名を汚す。すぐさま抗議に出ようと急ぎ支度を始めた。これにはエレクトラやイナンナは同意する他は無かった。
が、イズヴァルトは後悔することになる。寝床からあがるのが遅かった。ちょうどその頃、彼が泊まる宿にホーデンエーネン軍の一団が近づいていたからだ。
「どう思うでござるか?」
あらましを聞いたパオレッタが即答した。
「無理……とはいかないまでも、上手くはいかんズラよ」
「姉ちゃんはそう思うズラか? オラはいい考えかと思ってるけど……」
「マリア。ニンゲンの政治ってのは面倒くさいもんズラ。オラ達みたくなあなあでやれる連中では無い。やれ王様だの貴族様だの、国の仕組みだの権威がどうのこうの……いくらイズヴァルトさんが人気者でも超えられない壁ってもんがあるズラよ」
エルフ達の集落は長こそいれどただのまとめ役。集会の時の議長という役割ぐらいしか権限が認められていない。
代わりにニンゲンがよくやらかす悪手の様な意見や決議は為さないし取り決めたものはうまくやる。それから、保守的な気風が強いから進んで難儀な行いに突っ込むことはしなかった。
「特に『うそつきエレクトラちゃん』が言う事は信用ならないズラ」
「そのう、うそつきエレクトラちゃんというのは、なんでござる?」
「あの嬢ちゃんの昔の仇名ズラ。あのがきんちょは時たまとんでもねえ、うわっついたホラを吹く癖があったズラよ」
イナンナが煎じた茶を飲みながらパオレッタは言う。サガミニアとカイロネイアのエルフが作った美術品を海外に輸出してがっぽりもうけたいとか、イーガにエルフ達を多く永住させ、魔道王国の名を永遠のものとしたい。
「そ、そんなことをでござるか?」
「ほうズラ。んなことやるとアカサカチハヤの魔竜さまに目を付けられるようなことを平気で。オラ達エルフはニンゲン達と、すみわけしながら仲良しこよしを求めているズラ。なのにあいつはニンゲンの面倒事を持ち込もうとする。迷惑極まりねえズラよ」
しかしイズヴァルトに王国をというのは面白い考えだとパオレッタは笑った。オラ達を後宮に入れて沢山子造りするズラか?
「おまんが声をかければ、里の女どもが100人ぐらい集まるズラよ?」
「そ、それは拙者の命が縮むゆえ、お断りいたそう……」
「つれねえズラな。ああそっか。マイヤちゃんが正妻の地位という訳か。だったらイズヴァルトさんのちんちんを巡って、女同士のきったねえ争いが起こりそうズラ」
その計画は止めておこう。とにもかくにもこの30年は、略奪したマイヤが閉経になるまでイズヴァルトとの子をばんばか産むほうが物事としては正しいだろう。パオレッタはそうぼやいた。
「で、オラはエレクトラちゃんのまわりくどい作戦を取るより、さっさとイーガに突っ込んで強盗をやったほうが手っ取り早いと思うズラ」
「そ、それはならぬでござるよ!」
「どうしてズラ? あいつらがイズヴァルトさんからマイヤさんを奪い取った様なもんズラ。やられたらやり返せ、というのが流儀ズラよ?」
それはできない。イズヴァルトはこう説明した。自分はいまだホーデンエーネンの騎士である。その自分が王子の妾を略奪したとなると、イーガとホーデンエーネンの関係が悪くなるだろう。
「うげっ……めんどくせえ」
マリアが舌を出して吐く真似をした。しかし面倒なことが何かと多いのがニンゲンの社会である。
決めた。イズヴァルトはこの様に事を為す事に決めた。
「まずはイーガの家臣になるでござる」
「またまた面倒なことを考える……」
「パオレッタ姉ちゃん。イズヴァルトさんは面倒なことを考えるお人ズラよ?」
「うっさいだまれ。イズヴァルトさんのおまんこのいじり方で充分わかるズラ」
「……で、拙者はイーガの武者としてひと働きするでござるよ。パラッツォとホーデンエーネンのいくさに割り入る。喧嘩両成敗のおしりぺんぺんで矛を降ろさせ、ついでにパラッツォの信徒どのらをいじめるのもやめさせる。それで平和になったら、拙者はマイヤ付きの家来に取り立ててもらうでござるよ」
パオレッタとマリアは呆れていた。おまん、その程度の見返りでええズラか?
「もうちょっと、欲深でいてもよくねえズラか?」
「姉ちゃんの言う通り。イズヴァルトさんは変につつましやかなのがよくねえズラ。それだったらマイヤさんの『精液蛇口係』で最初から仕官すれば……」
「それはもう出来ぬでござろう。しかし拙者はどんな形あれ、マイヤを見守りたいのでござる。愛するご婦人に陰の様に従う。もう拙者はそのぐらいで良いと思っているでござる」
護衛としてマイヤの人生を見守りたい。あの様に行動力があって頭の回転が速いおなごであれば、ただの妾では終わらない。いずれは大きなことを為すだろう。
しかもイーガの王子の妾でかつ、ホーデンエーネン王家にゆかりを持つ出自である。イーガとホーデンエーネンの良き架け橋になるに違いない。両国の未来を思えば自分の恋慕などささいなことである。
「そっか……」
「どうする、姉ちゃん?」
パオレッタは冷たく言い放った。少なくとも自分とマリアは手を貸さねえズラ。
「……それはいかなる理由でござる?」
「自分の本能のまま生きるエルフから見りゃ、そういう生き方は不健康そのものに見えるズラ。そんなんだったらエレクトラちゃんの無謀な博打につきあったほうが、まだましズラ」
「ちゅうこん、イズヴァルトさん。オラとパオレッタ姉ちゃんは手を貸さねえ事に決めたズラ。おまん、もてもてなのに女心に鈍いところがあるズラな。そんなんだからマイヤちゃんに捨てられちまったんズラよ?」
イズヴァルトは深く傷ついた。ついでだが1晩姉妹とやっていくかとパオレッタに問われると、うなだれたまま無言で天幕から出て行ってしまった。
パオレッタとマリアに断られたイズヴァルトだが、めげるつもりは無かった。イナンナとクリスタに聞いてみよう。2人は同じ天幕で薬の調合を行っていた。コーガのこの辺りで生える薬草を使って腰に効く薬を作るだという。
「腰にでござるか? どなたに?」
「シゲニウスさんズラ。ホージュリアさんがああなっちまったから毎日朝晩とおまんこの相手をして、つかれちまっているらしいズラよ」
「あと、おら達エルフとおまんこをしている男の子みんなにも飲ませてあげるずらよ」
「……拙者も欲しいでござるな」
ともかく相談だ。2人は「まあまあいい考え」だと答えた。しかしイズヴァルトが王様、あるいはマイヤを女王にという計画は寂しくなるから嫌だと笑った。
「そうズラなあ。オラならそのトーリっていう姉ちゃんに女王様の王冠を押し付けて、イズヴァルトさんとマイヤさんにはツックイーでのんびりと暮して欲しいズラよ」
「王様になって何かをしたい、というのが叶えればいいけど、やっぱりどうにもならんというのが世の中の常ずらよ」
「拙者も、ちやほやされるのは性に合わぬでござる」
とはいえイナンナとクリスタは手を貸そうと返事した。シゲニウスやツックバーのメルビナに声をかければ兵士を貸してくれるだろう。
翌日の昼、イズヴァルトは当のシゲニウスに呼び出された。一緒にいたエレクトラは解き放たれてホージュリアに懐かれ抱き着かれていた。
にこにこと笑うエレクトラのお尻に腰をすりつけ、「うひー」と漏らすホージュリアの顔は、だらけきって凛々しさはみじんも無かった。
「手を貸すよ、イズヴァルト」
「どうしてホージュリアどのが……」
「エレクトラを信用してホージュリアに夜伽話をさせたのがいけなかった……藤本峰子は女も篭絡できる奴だったことをすっかり忘れていた」
場にはツックバーの武将もいた。シゲニウスが言う。ウマヤーノに協力してもらって西海岸地方から船を出す。ホーデンエーネンに渡れる。数十名の武芸者を連れて。ヒッターチとツックバー、両方から集まった者達だ。
「数十名、というのが数が少なくて心もとないが、イズヴァルトがあのダニェル=イヴァノフと互角の猛者だと聞き慕った者たちだ。あと、君の美男子ぶりに惚れた者もいる」
「おしりが痛くなる旅路になりそうでござるな。まあ、男色は騎士のたしなみゆえ、拙者は構わぬでござるよ」
「……僕はちょっと遠慮するよ」
後から来たイナンナとクリスタからも返事があった。エルフの衆の何名かが手を貸してくれる。ざっと10人はいる。
その中にはもちろん、2人が含まれていた。イズヴァルトの事を深く心配しているマルカスもついていくらしい。
「と、なればどうするか……藤本峰子」
「へへ。なんざんしょ、シゲニウス殿下?」
「今回はお前を信じる。イズヴァルトさんにマイヤさんを取り戻させろ。出来なければ……僕の手で打ち首にしてやる。覚悟しておけ」
「ふふ。ご厚情、ありがたいこって」
エレクトラはその場で跪いて頭を深く下げた。シゲニウスはもう1人、イズヴァルトにつけることにした。
「あいつを呼べ。どうせサガミニアに帰っても博打にうつつを抜かすだけだろう」
やって来たのはミツクニュモス=ミートパトロスという男。ヒラッカの町でホージュリアと合流し、エルフ達の捕虜となった者のうち1人となった。
イズヴァルトの7歳年上で無精ひげを生やし、飄々とした様子の色男。かつてはサガミニア地方の各自治都市と関係を結ぶ役を担っていたが、博打や女遊びにうつつをぬかしていたのでお役御免となった。やればできる子の類なのだが。
「お久しぶりですな、騎士イズヴァルト」
「あまりかたっ苦しい言い方は抜きにしていただきたい。拙者は貴殿より年下でござる」
「ま。そうだったな。じゃあこれからはよろしく! 通訳として手を貸すよ」
ミツクニュモスはそもそもがヒッターチの外交官で貴族だ。剣は期待できないが国際情勢に詳しく、海の外も巡ったりもしていた。
「正直、刺激の無いサガミニアでぼんやりしていたのに飽き飽きしていたんだよ。この旅はなかなかに楽しめそうだね」
「あまり気楽に考えないでいただきたいでござるよ?」
かくしてイズヴァルトはエレクトラらと共に西へ向かった。コーガのへファイスティオンに用意させた河船に乗り、おおよそ10日。ウマヤーノ共和国に入った。
ウマヤーノはカントニア大陸で一番人口が多い。人口は8000万人ほど。ホーデンエーネンの倍以上だ。
国土の半分くらいが広大なミナッカミニア山地でエルフ達が住んでいる。残りの平野部や丘陵部でニンゲン達が暮していた。
水が多く土地質も決して貧しくはないのだが、寒冷で実る作物は限定される。北地麦やこうりゃん、蕎麦やコンニャクイモがおもな穀物であり栄養源だ。
立ち寄った街の食堂で蕎麦入りパンと芋のシチューを食べて難しい顔をするイズヴァルトに、ミツクニュモスは苦笑しながら語った。
「ヒッターチやウツノミーアに比べて寒いんだよ。だからこんなもんしか食べられない」
「なのにカントニア大陸で一番の人口が、でござるか?」
「まあな。寒くて喰いもんはまずいが、土地は広くて大陸の歴史では割と平和な地域だったんだ。それと何より、この国の人々はとても頑健なんだ」
理由だが、エルフとの混血がそれだ。古くからこの地方の民はエルフと血を通じ合わせていた。金色エルフは南のエルフ達よりも多産。男の精液とニンゲンの女の卵子との相性もいい。
医療が進んでいるのもある。ウマヤーノはカントニアの他の国と比べて病院が充実していた。ホーデンエーネンでは見捨てられる貧民もある程度の治療を受けることができた。
「おまけにこの気候だね。毎晩誰かと肌を重ね合わせてないとやっていけないだろうよ。空っ風が吹くから子だくさんになるわけさ」
「寒いと妙に、寂しさが募るからでござろうかな?」
「それもあるだろうね」
ウマヤーノは売春が、有り余るほど盛んだと言われている国でもある。立ち寄ったその町の門の付近で娼婦たちを見かけた。
エルフの血を濃く継いでいる様な美人で若い娘が、前と後ろに穴があいていて丸見えのズボンを履いていた。投げキッスをイズヴァルト達に施していた。
ウマヤーノの娼婦の中では下層に位置するハーフエルフの売春婦だ。股を丸出しにする者はまだ上等な部類だとミツクニュモスは言った。
「ひとつ注意だ。ああいう手合いのは気をつけろよ?」
「……買うつもりはござらぬが、何故でござる?」
「絶対に性病を抱えているからだ。安全に抱けるのは娼館付近にしかいない。俺のダチ公も何人か、安いからってお土産もらって苦しめられた」
ウマヤーノ人はエルフの血が濃いから性病にかかりにくいが、病原菌はしっかりと保有している。特に性が安値で買えるから、まん延しているのだとミツクニュモスは言った。
「この国がやばいのは、何もあれだけじゃないぜ?」
イズヴァルトが驚かされたのは、その街の食堂だった。便所の前にぼろが目立つ服を着た、10才にもならぬ娘が椅子に座っている。
「あれが便所で相手をする便所娼婦だ。最底辺のうちの1つさ」
スカート丈がとても短い。かろうじて太ももの付け根を覆っているぐらいだ。手っ取り早く股を開けるようにである。顔かたちは決して悪くはなかったが、手足がやけに細っていた。
ちょうど用を催してきたのでイズヴァルトは便所に入ろうとした。すると娘が上目遣いで声をかけて来た。
「お金さえくれりゃ、口でもべっちょででも相手するべえよ。けつのあなだけはかんべんな。おれ、あったかいメシと服が欲しいべえよ」
イズヴァルトは慈悲心を起こして銀貨を1枚与えようとすると、後ろにいた男にどやされた。この娘の商売の邪魔をするな。
「こいつは春をひさいで社会勉強をしているんだべえよ!」
「さ、さようでござったか……あいすまぬ」
「わかったか! それと銭は返させるな。おめえさまからのおごりつてことで、授業料だべえ」
男は娘の手を引っ張って便所に入ってしまった。それから男のうめき声があがり、女の子の喘ぎ声が耳に入って来た。
(これがウマヤーノでござるか……)
□ □ □ □ □
首都・タカレストにたどり着く。人口は50万以上。この当時の屈指の大都市である。その規模と広さに驚かされた。
とにかくただっぴろいので城壁は無い。代わりにツックバーの植民地時代の城や砦が街中の至る所にあった。
ミツクニュモスやマルカスが言うには、街は2つに分かれているという。南は行政機関や繁華街があり、一般市民が住む。北の郊外は上層民が住む高級住宅街だ。そこにも古い城や砦がある。
どうしてこんなにも近いところに、いくつも城や砦があるのか。イズヴァルトの疑問にはツックバー人の武者が答えた。
「どれも本当の軍事施設ではなく、この土地に移り住んだツックバーの貴族の持ち家だったものですよ」
堀を巡らし櫓を置くのは、己の富を示す為にあったという。大仰でござるな、とイズヴァルトは苦笑した。
タカレストの繁華街は、立ち寄った町や村よりも娼婦の数が多かった。ハーフエルフどころか本物のエルフもいた。
諸外国では銀貨5枚の価値がある女が、タカレストでは1枚で買えるとミツクニュモスは言った。それにマルカスが同意する。
「カントニア人の間じゃ、女とめいいっぱい楽しむならタカレストに行け、と言われているぐらいなのさ。ま、ミナッカミニアのカタシナシュフの里に行きゃ、タダだけどな」
カタシナシュフはええところじゃった、とマルカスは懐かしそうに言う。女エルフが多い山里で食べ物がうまい。温泉もある。雪が降ればスキーもできる。
その上人懐っこい女エルフがひっきりなしに訪れる。セックス。朝も昼も夜もセックス。きんたまが音を上げるまでセックス漬けだ。
妙齢の女性に見えるエルフも、童女や幼女の頃のエルフもくぱあと開いてちゅっちゅと励む。家の中でも野原でも、中出しし放題の夢の国である。
「カタシナシュフ……キファニアさまにお礼を述べたいでござる。立ち寄るのは如何か?」
「やめてくれ! 俺は遠慮する!」
「と、突然何を申されるでござるか?」
「俺はあそこでやりすぎたんだ! 一番怖い奴に目を付けられてえらい目に遭った!」
マルカスはカタシナシュフに1年ほど滞在した。その間に10人ほどの女エルフを孕ませた。うち2人は月経が始まったばかりの小娘エルフ。みんな夢中になって腰を振る可愛い娘達だった。
その行いが里の者の逆鱗に触れた。男ではなく女だ。キファニアの姉で『万年メスガキ』のマリベーラというハーフリングが、マルカスを瀕死にまでしばき込んだ。
「ううう……お願いだから俺は連れて行かないでくれ。マリベーラはまじでやべえ。あんな地獄の悪魔みてえな小娘がいたなんて……」
「よしよし、マルカスどの。拙者らはさっさとホーデンエーネンに向かうでござる」
「その方がいいぜ。カタシナシュフは山奥だし道のりが険しい。しかも滞在となると1年以上も居座ることになるかもしれん」
「ミツクニュモスどの。まるで行ったことがある様な口ぶりでござるな?」
ミツクニュモスは否定した。親友にいたんだよ。あそこに滞在したことがあると言った。でっぷりとした奴だったが、2年ほど滞在して体重を半分にまで落とし込んでしまった。里での過酷な性行為でだ。のめり込みすぎたらしい。
「帰国して1年もしないうちに死んじまったけどな。まあ、貧乏貴族の7男坊で縁談も無きゃ恋人もいなかった。本人は満足して死ねたんだろうな」
「うん。きっとそうでござるよ?」
カタシナシュフの話に負けず、タカレストの娼婦たちは凄まじかった。呼び込んだり抱き着いてねだったり。はたまた、おっぱいを見せたりと余念が無かった。
イズヴァルトとマルカスは取り込まれずに済んだが、ついてきた武者達は全員が搾りあげられた。そのせいで滞在が3日も伸びてしまった。
その間、イズヴァルトは女エルフ達とともに夜の街に繰り出し、ハーフエルフの大道芸を楽しむことが出来た。
下半身素っ裸の幼い娘が、サドルの代わりにハリガタがついた一輪車に乗って喘ぎながらこいでみたり、松明の前で火酒を含ませた肛門を吹かせ、尻火吹きをしてみせたりと。
「すごい、御下劣でござるな……」
目をまんまるくしていたイズヴァルトに、イナンナが苦笑する。
「ウマヤーノはそういうところなんズラよ。オラ達でも始末におえねえと思えるぐれえのもんばかり、目に余るぐらいあるズラ」
「みんな可愛いのにもったいないでござる。ホーデンエーネンに行けば正妻はまだしも、お偉方のお妾様ぐらいになれると思えるでござるが……」
どうしようもない。美人が供給過多になるとこうなるのだ。ありのままの世の中を受け入れるしか無いズラとイナンナは忠告した。
「解せぬ」
「どうにもならん。理解しろズラ」
「それでも、拙者は……」
イズヴァルトは悩んでしまった。こういう世界も救うべきでは。意外と青臭いことを考える聖騎士にイナンナは忠告した。
「エレクトラさんじゃないけど、世界を救いたきゃその為に奮励努力すべきズラよ。けど、おまんはにはそんなこと、だあれも求めていねえズラ」
とりあえずはこのタカレストでは。イナンナはとどめの一言を。キファニアにでも任せておけ。ウマヤーノの悩みはウマヤーノに住む人が解決すべきだとも。
そうしてもやもやを抱えたままタカレストを出発。登り坂ばかりの西街道を渡って海へ。港町でイーガ行きの船に乗り込んだ。
船に乗りマイヤがいるイーガに向かうと思うと、イズヴァルトはウマヤーノの仕組みに抱いていた違和感をすっかり忘れてしまった。心が躍ってしまう。
マイヤが心を操られてというかっこ付きだが、痛烈な別れの言葉を浴びせられてしまったものの、彼が奥底に抱いていたマイヤへの恋慕がますます高まってしまう。
その発露は船室での自慰であった。鞄の中に大事に入れていたマイヤの排便動画や近所の猫と一緒に大あくびしているものが収められた映像水晶見ながら、しこしこと己のナニをしごき続けていた。
「ううっ。マイヤ、マイヤ!」
叫んではしごいたものから放つ。それが毎日の日課だった。マイヤの映像を見て、彼女との日々を思い出してしごくと、ますます恋心が募ってしまった。
□ □ □ □ □
「何故でござる?」
船長にイズヴァルトは詰め寄った。船がキンキ大陸とカントニアの中間にあるチッタ諸島にさしかかった頃である。
イーガ港湾の通信魔道士から、イーガ入国を拒まれたのだ。チッタ島はイーガの領土だ。
「わしにもわからんよ。どうしてイーガが交易船の入国以外入港を許さんとは」
「この船の通信魔道士どのに、ホーデンエーネンのイズヴァルトが乗っている、と港にお伝えいただくようにいただけぬか?」
船長はうなずいた。しかし港からの返事は入港拒否だった。ミツクニュモスがヒッターチ国の代理だと申し立てても。
エルフ達が提案した強行突破は、イーガと戦う事になるからとイズヴァルトが認めなかった。イーガに取り入るのが目的だからだ。
「仕方ないですねえ。アヅチハーゲンから輸送船に乗せてもらってイーガに行きましょうか」
密航船だってあるだろうとエレクトラ言った。ホーデンエーネン北東部最大の港・アヅチハーゲンはどんな船も都合がついたし、何よりホーデンエーネンは今現在、そこだけ外国の船の入港を許可していたのだ。
船はチッタ諸島の港で補給だけを済ませて、アヅチハーゲンへ向かった。6日後、船はアヅチハーゲンに入った。ホーデンエーネン北部最大の貿易港湾都市。北部で最も豊かな港町だ。
輸送船、旅客船、あるいは漁船や個人所有の船など、船は数百にも及ぶ。カントニアやムーツどころか、交戦中のはずのエチウからも来ていた。
ムーツ大陸からは主に西側の過半を征するクボーニコフ王国や、その南にある衛星国群、通称・ユーリポフ13小王国。
エチウであれば西側の諸島から。かつてホーデンエーネンの王家の妻を送り、姫を迎え入れたナオエニアやエチゴニアといった国があった島々だ。
ホーデンエーネンとパラッツォ教団が戦っていたのにである。港と港町は平和そのものだった。パラッツォ教団はホーデンエーネン側に港で戦わないようにと申し立てていたからだ。
戦いはもっぱら、内陸側にあるアヅチハーゲン要塞近郊で行われていた。そしてイズヴァルトはつい先日、その要塞にパラッツォ教団の旗があがったと聞いて驚いていた。
「お、王国の一大事でござる!」
奪い返す準備をと叫んだ。しかしエレクトラとイナンナに止められた。パラッツォと争うよりはまず最初にイーガに向かう事が肝心だ。
「幸いにイーガ行きの船はあるそうですよ。善は急げ。とりあえず船に乗って行きましょうや」
「し、しかし……」
「しかしも何もねえズラ。とっととイーガ王の王様に取り入って、マイヤさんのご家来させて貰うズラよ」
イズヴァルトはうなずいた。船に乗ろう。とりあえずは船旅で疲れた身体と情報収集の為に3日間、アヅチハーゲンに滞在する事にした。南西の街区に空き宿がたくさんあったので、そのあたりで連泊する事にした。
立ち寄った港町の酒場はパラッツォ教徒に宗旨替えしたホーデンエーネン人ばかりだった。各地の弾圧から逃れてこの港に来たという。
パラッツォ教徒らはここに逃れてずっと暮らせばパラッツォ教が守ってくれると語ったが、イズヴァルトはどうにも信じられなかった。ホーデンエーネンならきっと逆襲するはずだ。
「いくさはどう転ぶかわからぬものでござるよ? 例え今日勝ったとしても明日、敵軍の旗がお城に翻っているかもしれぬでござる」
教徒たちに語った翌日だ。アヅチハーゲンの港湾に多くの軍船が侵入し、街を占拠した。ホーデンエーネン海軍とその同盟国・ムーツのクボーニコフ王国のものだった。
夜明け前の出来事。イズヴァルト達が夜遅くまでの性交でぐっすりと眠っていた時だった。港町でパラッツォ教徒狩りが行われた。ホーデンエーネン人もエチウ人も関係なくだ。交易に来た船員達も含めてだった。
捕まった者は全員で1000人ほど。誰もが港で服を脱がされた。かの教団は男はペニスの、女はクリトリスの包皮を切除していたから股を確かめればわかった。
虜囚らはクボーニコフの船に載せられ、男はそのまま沖合に落とされた。老人や子供の区別なくだ。女は子供でも船の中で兵士達に犯され、奴婢として送り込まれる事となった。
その話をイズヴァルトが聞いたのは昼前だった。久々の陸の宿で心地よくなっていたのと、同衾したイナンナと目覚めてから1時間もセックスをしていたからだ。
「……な、なんと!」
この行いは非道だ。残虐極まりない。ホーデンエーネン王国の名を汚す。すぐさま抗議に出ようと急ぎ支度を始めた。これにはエレクトラやイナンナは同意する他は無かった。
が、イズヴァルトは後悔することになる。寝床からあがるのが遅かった。ちょうどその頃、彼が泊まる宿にホーデンエーネン軍の一団が近づいていたからだ。
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