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第二部 『呪いの序曲。イーガの魔王』 (少年編から青年編の間のエピソード。)
57 魔王の遺産
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イズヴァルトの身体が優れない。一度エルフの里に戻って養生させたい。エルフ達はそう言って王宮を去って行った。
彼等が去った後、国王は部下達に命じて火をかけた北の屋敷にアドルフの痕跡と思えるものを焼け跡から全て持ってこい、と伝えた。
「見つけたのはこれだけか?」
「アドルフ様のものとは、疑わしいのですが……」
煤がついた壺やぼろぼろになった書籍。他はアドルフが身に着けていた小物とかだ。
「廃船を用い、アドルフの遺体とともに沈めてやれ。どこの海でも構わん」
「はッ!」
北の館にあったアドルフの遺品は、焼きつくされた彼の遺灰とともに船に乗せられ、トーバコフより100キロ南の海域に沈められた。
その知らせを受け取った丁度その頃、アノーヅよりロゼがやって来た。3歳になったばかりの可愛い孫娘だ。彼はアドルフの隠し子であった事を皆に伝えた。
「アドルフ様のでございますか?」
「あのお方にはまだまだお子様がおられたのですな」
「して、当のアドルフ殿下はいまいずこに?」
貴族たちに問われた国王は、「いずれ話す」と答えてさえぎった。父親が行方知れずになった事に、ロゼは不安が隠せなかった。
「おじいさま。ロゼのお父様はどこ? どこで何をしていらっしゃるの?」
「アドルフはな、大事な仕事があって外国に出たのじゃよ」
「そうなの? ふーん……こほっ」
ロゼは急に咳をしだした。急いで医師を呼べと国王が家来に言う。やって来た医療魔道伯のシュタイナーは、ロゼが軽い栄養失調になっていると診断した。
「沢山お食事をとったほうがよろしいでしょうな。少しあばらも浮き出ておいでです」
「栄養か。あのアドルフが手を抜くとは思えぬが」
「あのう、アドルフ様はどこにおいでに?」
シュタイナーに問われて国王は声がつまった。おいおい話す、と言って下がらせた。首を傾げたロゼが祖父に尋ねた。
「お父様はどこのお国にゆかれたの?」
「遠い遠い国じゃよ。海の向こう側。カントニアというところにある小さな国じゃ」
そこでイーガの品物をもっと買ってくれるようにと、その国の人々と仲良くしているところだ、と。そう伝えるとロゼははにかんだ。
「だったら、ロゼもおおきくなったらお父様さまのお手伝いをいたします!」
「ほう。そうかそうかロゼ。そうなりたくば、ちゃんと食べてしっかりした身体を作るのじゃぞ。幸いにお前はこの爺の孫じゃ。食べ物には不自由せん。たーんと食べてたーんと遊び、たーんと眠るのじゃぞ?」
幼いロゼは元気そうにうなずいた。そしてまた嫌な咳をし始める。日に日に彼女の身体は弱くなっていった。
母親のマイヤもそうだった。精液を与えないと身体が不調になり、病気がちになってしまう。この姫を取り巻く人々はそのことに気づかなかった。
そしてロゼはあまりにも短い生涯を閉じる事となる。彼女にかけられた呪いはすでに、この時から毒牙を覗かせていたのだ。
□ □ □ □ □
マイヤは日々苦悶していた。ロゼが王宮に暮らすようになった。でも彼女には会いたくない。あの憎きアドルフとの間の子がロゼだ。
イズヴァルトの子がいるべきだった時期に、その子を排して無理やりに割り込んで来た子に、愛情など持つことは出来なかった。それでも母親として接しないとだめだと良心がしきりに吠える。それが鬱陶しくてたまらない。
(なのに。どうして……)
ロゼに、我が子に会いたいという気持ちが芽生えだした。もう一人、自分が産んだという女の子もだ。ある時、アドルフが完全に身体を支配した彼女にフェラチオを施させながら語ってくれた。お前にはもう一人娘がいる。
「だが、もうとっくに死んでいるだろう。乳児を犯すのが大好きなヘンタイにくれてやったがな。そいつは子供が泣き叫ぶのが大好きな極悪人だ。残念だったな?」
アドルフは死んだという。しかし生き返ったら絶対にもう一度殺してやる。自分の力でと憎んでいた。あの男は許さない。例えイズヴァルトが慈悲の心を持つようにと諭してくれてもだ。
(でも、子供達は。せめてロゼちゃんと……。)
無理やりにでも会わせてくれないだろうか。会って話ができるようになれば、自由が利かぬ己の喉はお愛想を発するだけで思い通りにならないが、彼女の母親は誰か、国王陛下はわかっているはずだ。
けれども、国王は一度たりともロゼをマイヤのもとに寄越さなかった。むしろ侍女や召使いにきつく言い付けて会わせない様にしている。彼女は増々心を痛めた。
鬱屈はますます溜まる一方だった。それをマルティンと彼の妹のマレーネの慰めで癒そうとする。けれども気が晴れない。魂の牢獄は、サキュバスの血由来の快楽にまみれた分娩の時まで続いた。
そうして、ホーデンエーネン王国暦348年の9月の20日。
マイヤはめくるめく快楽に襲われながらマルティンの子を出産した。男児だった。名前はフェアディナントと名づけられた。名付け親はマルティンだ。マイヤは産湯を浸かった自分の息子に、大きく張った乳房を含ませて喜んだ。
例え父親が誰であっても、自分が産んだ子供は可愛いかった。でもいずれ、自分はこの身体の自由を取り戻してイズヴァルトに会いに行く。
(けれどもロゼちゃんやフェアディナントちゃんはどうしよう……いいや。イズヴァルトをこのイーガに連れて来ればいいんだよ。)
そうしてマルティンに離縁をねだり、イズヴァルトと一緒に暮らす。大学の夢はさよならだ。2人でこの豊かなイーガでつつましく暮らそう。そして赤ちゃんも。
そう思うと心が弾む。自然と力が湧いて来る。そしてマイヤはお腹に力を込めてこう叫んだ。
「待ってて、イズヴァルト! 私は絶対に貴方を取り戻すから!」
(あれ?)
マルティン他、皆がきょとんとした目で自分を見つめて来た。もしかして、そう。もしかしてだ。
「私……自分の意志でしゃべれるようになったの?」
「あの、マイヤさん……」
マルティンはひどく悲し気な目で彼女を見つめていた。マイヤはしまったと思った。本心を言ってしまったのだ。初めての我が子に喜んでいたマルティンの顔が曇ってしまった。
「ご、ごめんなさい。私……」
「い、いえ。そ、そうじゃなくて……そのう……」
マルティンはマイヤの本心に悲しんでいたのではなかった。彼女は見えていなかった。いや、麻酔によって感覚が無くなっていた下半身に異変が起こったのだ。
女膣からどす黒い血がどろどろと、止まる気配もなく流れ出していたのだ。マルティンは気を取り直して今すぐありったけの医者を呼んでくれとオットーに叫んだ。途方もなく悲痛な叫び声だった。
(あれ……あれ……)
マイヤの視界が段々とぼやけていく。何が起こったのかがわからない。けれども彼女は何かを喪失した様な感覚を抱き始めていた。
この時、彼女の子宮ではある異変が起こっていたのだ。両方の卵巣がいきなり爆ぜて壊れてしまった。
病気の為ではない。アドルフが生前に彼女の身体に施した罠だった。マルティンの子を産み、自分の意思を取り戻した時に発動するよう仕掛けたものだ。
マイヤは一命をとりとめた。しかし四肢を断たれてもなお自分に生きる希望を与えてくれた、子を産む力をもう二度と使えなくさせられてしまったのだ。
後の世の歴史書にはこう書かれてある。マルティンの愛妾・マイヤは、卵巣の病により手術する。二度と子を為す事は出来なくなった、と。
□ □ □ □ □
「ほう。そうでしたか……」
マイヤの身に起こった災難と同じ頃。イーガの諜報・エレクトラ=ガモーコヴィッツは、カントニアにあるアーワン沿海連邦のとある港町で、国元から送られた手紙を読んでいた。
「アドルフの坊ちゃんは、大それたことをやりやがりましたか……」
彼女は手紙を全部読み終えると、それを破いて海に投げ捨てた。手紙は国王からのものだった。アドルフはナントブルグの女王の亡霊退治に狂い、身を誤った。その亡霊の末の子であるマイヤを、可愛いマルティンに押し付けて。
(あまりにも無様で不細工なことをやりやがるんですね。あの嬢ちゃんに理性を吸い取られちまいましたか?)
全く持って情けない。自分なら即座に殺すか何もしない、だ。そもそも色香に惑い、だらだらとした謀略を弄ぶなどとは彼らしくもない。れが例え吸精の女王の血と色香を受け継いだ、魔性の女相手であってもだ。
アドルフは幼い頃から美女に囲まれ、色欲を充分に満たしてきたはずだ。なのに小娘一人に心を狂わされ、自分に言い訳をし続けてきたのはなんて無様な。
「見損なっちまいましたよ、ぼっちゃん……」
やはりマルティンが大きくなるまで、自分が側にいてやるべきだった。アドルフは息子にも必要以上の愛情をかけすぎてしまった。母親不在ゆえに気負ってしまったからだろう。
でも宮廷での生活を嫌い、思い切り外の空気を吸う自由な旅暮らしを愛するこの自分には出来っこないと思った。気がくさくさしてアドルフより先にみまかってしまうだろう。
彼女は気を取りなおす。自分がやれることは何なのかを考える。夕日に沈む水平線を見つめながら思案した。
(あっしは……このエレクトラは、ぼっちゃんに試されているんじゃないんでしょうかねぇ?)
あの王子様の最後のお遊びに付き合えばいいのだ。つまりはこの局面なら、お前はどう振舞うのだ、エレクトラ?
きっとアドルフは目的の完遂を考えているのだろう。マイヤは封じた。後はもう1人の不安材料、トーリ=カツランダルクをお前の手で抹殺してくれと。
その為の手駒は用意されていた。魔族殺しの剣を扱えるアナキン=スカルファッカーという青年だ。実はだが彼女も『魔族』になら振るう事が出来た。残念ながらガモーコヴィッツ家には、エルフの血が多少混じっていた。
しかしだ。むざむざとその大義名分に手を貸すつもりは毛頭無かった。エレクトラは考える。あの策士気取りの甘ちゃんのお遊びをぶち壊してやれ。
(あの世でハンカチを噛んで悔しがってくださいよ、アドルフぼっちゃん。)
でもあの世なんてものはないだろう。彼女は存じていた。彼は多分、この人生にあったことをすべて忘れて、次の一生を送る準備を始めているだろうから。
彼等が去った後、国王は部下達に命じて火をかけた北の屋敷にアドルフの痕跡と思えるものを焼け跡から全て持ってこい、と伝えた。
「見つけたのはこれだけか?」
「アドルフ様のものとは、疑わしいのですが……」
煤がついた壺やぼろぼろになった書籍。他はアドルフが身に着けていた小物とかだ。
「廃船を用い、アドルフの遺体とともに沈めてやれ。どこの海でも構わん」
「はッ!」
北の館にあったアドルフの遺品は、焼きつくされた彼の遺灰とともに船に乗せられ、トーバコフより100キロ南の海域に沈められた。
その知らせを受け取った丁度その頃、アノーヅよりロゼがやって来た。3歳になったばかりの可愛い孫娘だ。彼はアドルフの隠し子であった事を皆に伝えた。
「アドルフ様のでございますか?」
「あのお方にはまだまだお子様がおられたのですな」
「して、当のアドルフ殿下はいまいずこに?」
貴族たちに問われた国王は、「いずれ話す」と答えてさえぎった。父親が行方知れずになった事に、ロゼは不安が隠せなかった。
「おじいさま。ロゼのお父様はどこ? どこで何をしていらっしゃるの?」
「アドルフはな、大事な仕事があって外国に出たのじゃよ」
「そうなの? ふーん……こほっ」
ロゼは急に咳をしだした。急いで医師を呼べと国王が家来に言う。やって来た医療魔道伯のシュタイナーは、ロゼが軽い栄養失調になっていると診断した。
「沢山お食事をとったほうがよろしいでしょうな。少しあばらも浮き出ておいでです」
「栄養か。あのアドルフが手を抜くとは思えぬが」
「あのう、アドルフ様はどこにおいでに?」
シュタイナーに問われて国王は声がつまった。おいおい話す、と言って下がらせた。首を傾げたロゼが祖父に尋ねた。
「お父様はどこのお国にゆかれたの?」
「遠い遠い国じゃよ。海の向こう側。カントニアというところにある小さな国じゃ」
そこでイーガの品物をもっと買ってくれるようにと、その国の人々と仲良くしているところだ、と。そう伝えるとロゼははにかんだ。
「だったら、ロゼもおおきくなったらお父様さまのお手伝いをいたします!」
「ほう。そうかそうかロゼ。そうなりたくば、ちゃんと食べてしっかりした身体を作るのじゃぞ。幸いにお前はこの爺の孫じゃ。食べ物には不自由せん。たーんと食べてたーんと遊び、たーんと眠るのじゃぞ?」
幼いロゼは元気そうにうなずいた。そしてまた嫌な咳をし始める。日に日に彼女の身体は弱くなっていった。
母親のマイヤもそうだった。精液を与えないと身体が不調になり、病気がちになってしまう。この姫を取り巻く人々はそのことに気づかなかった。
そしてロゼはあまりにも短い生涯を閉じる事となる。彼女にかけられた呪いはすでに、この時から毒牙を覗かせていたのだ。
□ □ □ □ □
マイヤは日々苦悶していた。ロゼが王宮に暮らすようになった。でも彼女には会いたくない。あの憎きアドルフとの間の子がロゼだ。
イズヴァルトの子がいるべきだった時期に、その子を排して無理やりに割り込んで来た子に、愛情など持つことは出来なかった。それでも母親として接しないとだめだと良心がしきりに吠える。それが鬱陶しくてたまらない。
(なのに。どうして……)
ロゼに、我が子に会いたいという気持ちが芽生えだした。もう一人、自分が産んだという女の子もだ。ある時、アドルフが完全に身体を支配した彼女にフェラチオを施させながら語ってくれた。お前にはもう一人娘がいる。
「だが、もうとっくに死んでいるだろう。乳児を犯すのが大好きなヘンタイにくれてやったがな。そいつは子供が泣き叫ぶのが大好きな極悪人だ。残念だったな?」
アドルフは死んだという。しかし生き返ったら絶対にもう一度殺してやる。自分の力でと憎んでいた。あの男は許さない。例えイズヴァルトが慈悲の心を持つようにと諭してくれてもだ。
(でも、子供達は。せめてロゼちゃんと……。)
無理やりにでも会わせてくれないだろうか。会って話ができるようになれば、自由が利かぬ己の喉はお愛想を発するだけで思い通りにならないが、彼女の母親は誰か、国王陛下はわかっているはずだ。
けれども、国王は一度たりともロゼをマイヤのもとに寄越さなかった。むしろ侍女や召使いにきつく言い付けて会わせない様にしている。彼女は増々心を痛めた。
鬱屈はますます溜まる一方だった。それをマルティンと彼の妹のマレーネの慰めで癒そうとする。けれども気が晴れない。魂の牢獄は、サキュバスの血由来の快楽にまみれた分娩の時まで続いた。
そうして、ホーデンエーネン王国暦348年の9月の20日。
マイヤはめくるめく快楽に襲われながらマルティンの子を出産した。男児だった。名前はフェアディナントと名づけられた。名付け親はマルティンだ。マイヤは産湯を浸かった自分の息子に、大きく張った乳房を含ませて喜んだ。
例え父親が誰であっても、自分が産んだ子供は可愛いかった。でもいずれ、自分はこの身体の自由を取り戻してイズヴァルトに会いに行く。
(けれどもロゼちゃんやフェアディナントちゃんはどうしよう……いいや。イズヴァルトをこのイーガに連れて来ればいいんだよ。)
そうしてマルティンに離縁をねだり、イズヴァルトと一緒に暮らす。大学の夢はさよならだ。2人でこの豊かなイーガでつつましく暮らそう。そして赤ちゃんも。
そう思うと心が弾む。自然と力が湧いて来る。そしてマイヤはお腹に力を込めてこう叫んだ。
「待ってて、イズヴァルト! 私は絶対に貴方を取り戻すから!」
(あれ?)
マルティン他、皆がきょとんとした目で自分を見つめて来た。もしかして、そう。もしかしてだ。
「私……自分の意志でしゃべれるようになったの?」
「あの、マイヤさん……」
マルティンはひどく悲し気な目で彼女を見つめていた。マイヤはしまったと思った。本心を言ってしまったのだ。初めての我が子に喜んでいたマルティンの顔が曇ってしまった。
「ご、ごめんなさい。私……」
「い、いえ。そ、そうじゃなくて……そのう……」
マルティンはマイヤの本心に悲しんでいたのではなかった。彼女は見えていなかった。いや、麻酔によって感覚が無くなっていた下半身に異変が起こったのだ。
女膣からどす黒い血がどろどろと、止まる気配もなく流れ出していたのだ。マルティンは気を取り直して今すぐありったけの医者を呼んでくれとオットーに叫んだ。途方もなく悲痛な叫び声だった。
(あれ……あれ……)
マイヤの視界が段々とぼやけていく。何が起こったのかがわからない。けれども彼女は何かを喪失した様な感覚を抱き始めていた。
この時、彼女の子宮ではある異変が起こっていたのだ。両方の卵巣がいきなり爆ぜて壊れてしまった。
病気の為ではない。アドルフが生前に彼女の身体に施した罠だった。マルティンの子を産み、自分の意思を取り戻した時に発動するよう仕掛けたものだ。
マイヤは一命をとりとめた。しかし四肢を断たれてもなお自分に生きる希望を与えてくれた、子を産む力をもう二度と使えなくさせられてしまったのだ。
後の世の歴史書にはこう書かれてある。マルティンの愛妾・マイヤは、卵巣の病により手術する。二度と子を為す事は出来なくなった、と。
□ □ □ □ □
「ほう。そうでしたか……」
マイヤの身に起こった災難と同じ頃。イーガの諜報・エレクトラ=ガモーコヴィッツは、カントニアにあるアーワン沿海連邦のとある港町で、国元から送られた手紙を読んでいた。
「アドルフの坊ちゃんは、大それたことをやりやがりましたか……」
彼女は手紙を全部読み終えると、それを破いて海に投げ捨てた。手紙は国王からのものだった。アドルフはナントブルグの女王の亡霊退治に狂い、身を誤った。その亡霊の末の子であるマイヤを、可愛いマルティンに押し付けて。
(あまりにも無様で不細工なことをやりやがるんですね。あの嬢ちゃんに理性を吸い取られちまいましたか?)
全く持って情けない。自分なら即座に殺すか何もしない、だ。そもそも色香に惑い、だらだらとした謀略を弄ぶなどとは彼らしくもない。れが例え吸精の女王の血と色香を受け継いだ、魔性の女相手であってもだ。
アドルフは幼い頃から美女に囲まれ、色欲を充分に満たしてきたはずだ。なのに小娘一人に心を狂わされ、自分に言い訳をし続けてきたのはなんて無様な。
「見損なっちまいましたよ、ぼっちゃん……」
やはりマルティンが大きくなるまで、自分が側にいてやるべきだった。アドルフは息子にも必要以上の愛情をかけすぎてしまった。母親不在ゆえに気負ってしまったからだろう。
でも宮廷での生活を嫌い、思い切り外の空気を吸う自由な旅暮らしを愛するこの自分には出来っこないと思った。気がくさくさしてアドルフより先にみまかってしまうだろう。
彼女は気を取りなおす。自分がやれることは何なのかを考える。夕日に沈む水平線を見つめながら思案した。
(あっしは……このエレクトラは、ぼっちゃんに試されているんじゃないんでしょうかねぇ?)
あの王子様の最後のお遊びに付き合えばいいのだ。つまりはこの局面なら、お前はどう振舞うのだ、エレクトラ?
きっとアドルフは目的の完遂を考えているのだろう。マイヤは封じた。後はもう1人の不安材料、トーリ=カツランダルクをお前の手で抹殺してくれと。
その為の手駒は用意されていた。魔族殺しの剣を扱えるアナキン=スカルファッカーという青年だ。実はだが彼女も『魔族』になら振るう事が出来た。残念ながらガモーコヴィッツ家には、エルフの血が多少混じっていた。
しかしだ。むざむざとその大義名分に手を貸すつもりは毛頭無かった。エレクトラは考える。あの策士気取りの甘ちゃんのお遊びをぶち壊してやれ。
(あの世でハンカチを噛んで悔しがってくださいよ、アドルフぼっちゃん。)
でもあの世なんてものはないだろう。彼女は存じていた。彼は多分、この人生にあったことをすべて忘れて、次の一生を送る準備を始めているだろうから。
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