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第二部 『呪いの序曲。イーガの魔王』 (少年編から青年編の間のエピソード。)
52 イーガの魔王⑤
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「イズヴァルトさんの言う通りずら! おまんら、さっさと剣を収めんか!」
今度は若い女の声だ。若干ハスキーだが美しい響き。やや浅黒い肌の美しい女が馬に乗って若者の前に出た。女は馬に乗ったまま、弓矢を構えると放った。
先ほどのものと同じぐらいの大きな大爆発が、両軍の前で起こった。恐るべき魔力。その銀色の髪からのぞく長い耳に、イーガの魔法騎士達は驚いていた。
「か、カイロネイアのエルフじゃないか!」
「しかもあんな強い魔法の矢を……あ、ありゃあもしかして……」
カントニアのエルフ、しかも南に住むのは恐ろしい程の魔法の使い手だとイーガの者らは知っていた。だが、本当にあれらがそうなのか。
それにあの銀髪の若者。イズヴァルトと名乗っていたが疑わしかった。ホーデンエーネンの武者達はもっと憤っていた。自分達のスーパースターを騙りやがって。あいつに似合わぬガリガリの若造ではないか?
「あんなのはタダのこけおどしだ! まずはあいつらからぶっ倒せ!」
ホーデンエーネンの荒武者たちがそう叫ぶ。数名の荒くれ武者が銀髪の男と女に襲い掛かった。
大剣を持つ彼は「手出しは無用」と銀髪の女に呼びかけると、手綱をひいて単騎で向かう。
「イズヴァルトはこの世に1人だ!」
「銀髪のガキ、名乗ったからには俺達の逆鱗に触れたも同然だ! 死にやがれ!」
彼等は衝突した。しかし瞬く間に彼等は剣を跳ね飛ばされ、馬から蹴落とされた。「こわいよー!」と叫ぶかのようにホーデンエーネンの騎士達が乗った馬が、あるじを捨てて逃げ出した。
動きがまるで見えなかった。あの大剣の若者は何をやったのだ。彼が見えるところにいた一番の猛者が進み出た。
「イズヴァルトと言ったな、貴様!」
「さようでござる! 拙者こそがシギサンシュタウフェンのイズヴァルトにござる!」
「嘘をつけ! 俺が見たことのあるイズヴァルトは茶色い髪で、しかもお前よりタッパがあったぞ! やせっぽちのでくのぼう! その嘘つき口を永遠に閉ざしてやる! 俺はコーノフェルトのオリバー=ランバルディアだッ!」
男は金棒を持ち、徒歩で襲い掛かった。銀髪の青年も馬から飛び降りた。具足を身に着けていたが恐ろしい脚の速さだ。
たちまち2人はぶつかった。初合で男の金棒は地面にたたき落された。大剣の切っ先を男ののど元に突きつけて銀髪の若者が呼びかけた。
「これでわかったでござろう、オリバーどの?」
「……くっ。こ、こんな使い手がこの世にいたとはな」
しかしホーデンエーネン軍は、あの男がイズヴァルトだと未だに信じられなかった。猪武者達が「嘘をつけッ!」と叫んで襲い掛かる。
銀髪の青年の前に数名の褐色エルフの男女が馬に乗って飛び出して来た。6人。そのうちの1人は重そうなハルバードを持った、とても大柄な女エルフの戦士だ。
鉄の胸当てをつけていたがえらく突き出ていた。黒い兜からのぞく顔も肉感的で美しい。エルフのクリスタ=オブラーヤ。彼女が一団の前に出て馬から飛び降りた。
馬に呼び掛け、その場から逃がすと重そうなハルバードを軽々と振り回す。その柄には鉛が詰みこまれており、おおよそ50キロもあるものだ。
「女! そこをどけっ!」
荒武者たちが彼女を踏みつぶそうとする。しかし彼女が一喝すると馬たちが飛び退いた。騎馬武者達は振り落とされてしまう。
「妖術だな! 何をしやがった!」
「お馬さんたちはおらを恐れて逃げたずらよ!」
「馬鹿なことを抜かすな!」
「その見掛け倒しの斧槍を分捕ったらじっくり犯してやる! 覚悟しろ!」
立ち上がった数名がクリスタに打ちかかった。即座に、彼女が持っていたハルバードが本物であることを思い知った。数名が柄での横薙ぎを受けて吹っ飛ばされたのだ。
彼等は鎖帷子と革の胸甲をまとっていた重武装の騎士達だ。装備を合わせて最低でも70キロぐらいはある。しかしクリスタは一撃で薙ぎ飛ばした。恐るべき膂力であった。
「こ、この女!」
「怯えるな! 取り囲めばどうにかなる!」
どうにもならねえさ。クリスタの横に1人のニンゲンの武者が、徒歩で勢いよく飛び込んで来た。ホーデンエーネン人より顔の彫りが深く、いかつい顎をしている。カントニア人と思しき風貌だ。
男は長さ1メートル程の剣を抜くと左手で印を切った。剣に小さな電光が踊り始めた。魔法剣の使い手らしい。しかしそんなものはこけおどしだとホーデンエーネンの武者達は嗤った。
「ふん! 魔道剣士か! 武術の才が無くて小細工に走ったな!」
「あの女は後回しだ! あの男をまず殺せ!」
血の気の多いその騎士から命令を受けた兵士らが、突貫の声を上げる。イーガで様々な略奪や輪姦を為し、どう猛さを身に着けた彼等はすぐに串刺しに出来ると思っていた。
しかしおかしい。この男を取り囲み、次々と槍を繰り出すがかわされる。しっかり突いたと思えば横にそれる。大柄なのにこの尋常でない身のこなしはなんなのだ。
男の剣の表面を走っていた電光が剣の表面を覆いつくした。その男、エドニアのマルカス=サダルファスは自分を取り囲んでは空しく槍を突く兵士達に呼びかけた。
「お遊びはここまでだ。しっかりとしびれてもらうぜ?」
マルカスは剣を振りながら回転した。即座、彼を囲んでいた兵士らは身体に強いしびれを覚えて動けなくなる。ばたばたと倒れていくのを見て、指図したホーデンエーネンの騎士が憤った。
「どんな手妻を使ったのだ、卑怯者め! おのれ、その命をもって償ってもらうぞ!」
騎士は供を連れずに単騎で突っ込んで来た。マルカスはしびれて動けなくなった兵士から槍を奪うと、勢いよく駆けて馬の首を打った。
馬は悲鳴を上げて前脚をあげたが、その騎士はなかなかに身軽だった。飛び降りてマルカスと向かい合うと、剣を抜いて斬りかかる。
けれど、打ち合うたびに敗色が濃くなっていた。剣の才能が無いから魔法に逃げたのだと思ったが、それは違っていた。自分の武をもっと高める為に魔法を覚えたのだ。
「お、おのれえぇっ!」
捨て身になって斬りかかった。マルカスの剣は無慈悲にも兜ごとその首を刎ね飛ばした。なかなかに強かったぜとマルカスが褒めたたえると、死んだ騎士の同僚が彼めがけて一斉に襲い掛かった。
「マルカス! 助太刀するずら!」
クリスタほか数名のエルフ達が乱戦に参加した。たちまちホーデンエーネンの荒武者達が討ち取られる。それを銀髪の青年が困り果てた様に眺めていた。
「……要らぬ殺生はよくないでござるよ。拙者はただホーデンエーネンのみんなに戻って来たことを伝えたかったでござるのに」
「成り行き上仕方ねえずらよ。ささっ。イナンナさんが待っているから早いところ片づけるずら」
「オクタヴィアどの……さようでござるな」
銀髪の青年は馬の手綱を持って駆けだした。長身の銀髪の女エルフと共に北に向かう。そこにはきっとホーデンエーネン軍の総指揮官がいるはずだ。国王か聖騎士団のエルヴィン団長だろう。
それにマルカスとクリスタらが加わる。一列になって馬を走らせる彼等を、事情がよく飲み込めない両軍の指揮官達が敵方の新手だと思い込んで矢を射かけた。
「しゃらくせえことをするずらな!」
褐色エルフの戦士達が印を切った。多少の死者は出るだろうが致し方が無い。彼等の馬の左右に紫色に輝く術式陣が展開された。カイロネイアエルフの得意技、『紫電砲』だ。
円形の術式陣から強烈な電撃が放たれる。直線に伸びたそれは弓兵たちに直撃した。それを浴びた者は叫び声もあげられずに焼け焦げになって絶命した。
それだけではない。死者たちの周囲で炎が草を舐めつくした。カイロネイアのエルフ達は10秒に1回のペースでそれを放つ。両軍の至る所で悲鳴が上がり、たちまち矢は飛ばなくなった。
恐怖に満ちたざわめきの声。銀髪の青年は後ろを振り向き、涙目になって抗議した。
「……うう、ひどいでござるよ! 加減無しの『紫電砲』を使うのはあんまりにござる!」
「しっかたねえずら。ああでもしねえとイキったニンゲン達は大人しくならねえずらよ……てて! 側面がダメなら前方ならいいと思い込んだたわけが出てきたずら! イズヴァルトさん!」
青年は振り向いた。ホーデンエーネンの屈強そうな騎士数名と槍兵らが、槍を構えて待ち伏せしていた。地面に石突を刺し、騎馬の突入を防ぐ手筈青年は馬の手綱を引くと、即座に馬から飛び降りて彼等に向けて呼びかけた。
「ご注進! 聖騎士団員イズヴァルトにござる! ホーデンエーネンの総大将にお目通り願いたい!」
「馬鹿を言うな! あのイズヴァルトがお前みたいなやせっぽちの白髪頭なわけがないだろ!」
「貧相でくのぼうのお前と俺達の英雄を一緒にするな! ぶっ殺すぞ、オラッ!」
信じてくれないでござる。青年は諦めるしかなかった。右手に握った剣を握りしめ、単騎で待ち伏せする集団に襲い掛かる。
戦いとは言えなかった。彼が恐ろしい速さで大剣を振るい、兵士や騎士達を弾き飛ばすだけ。象と蟻の戦いだった。
しかしその剣術や身のこなしを見物していた騎士達の間から、「まさか!」と声があがる。髪は銀色に変わり、痩せてしまっていたがたの身のこなしと剣は、確かに。
「……イズヴァルト、かもしれねえなあ。ありゃ」
「イズヴァルトさんだ! イズヴァルトさんが生きてた!」
「おしゃぶり姫とは一緒じゃないけど、気が強そうな顔のきれいなお姐さんと一緒に、俺達のところに戻って来たぞーッ!」
その呼び声とともに兵士や騎士達は武器を納め、青年を見ようと駆け寄って来た。顔はすっかり大人びて痩せてしまったけれど、この男は確かにそうだった。
少年の頃から数々の内乱で活躍し、陣中では『おしゃぶり姫』にばかでかいちんぽをしゃぶらせたり、うんちをした彼女のお尻をヘンタイじみた甲斐甲斐しさで清めてやっていた、若き英雄。
「イズヴァルトさん! いったいこの3年間どこをほっつきまわっていたんですか!」
「イズヴァルトさんがいれば百人力だ! さあ、一緒にイーガのくそったれどもを退治しましょうよ!」
「勝った! この戦い勝った! イズヴァルトがいれば勝利は確実だーッ!」
青年は戸惑った。なにゆえ彼等はイーガをこうまでして憎んでいるのか。先ほどまで『紫電砲』で散々な目に遭ったホーデンエーネンの武者達は、青年ことイズヴァルトと、それにつき従っていたオクタヴィアほか数名を囲んで祝った。
「イズヴァルトさん。めっきり痩せてしまったな!」
「銀髪の長い髪。まるでサイゴークの暗黒卿みたいななりになったじゃねえか。実物見たことねえけど」
「イズヴァルトさん! この軍は国王陛下が直々に出ておいでです。会ってそこのべっぴんねえさんをどちらが多く啼かせられるか競ってみましょうよ?」
かくして、イズヴァルトらは歓迎の声をあげるホーデンエーネンの将兵達により、国王の元へ案内される事となった。
しかしである。事態を静かに見守っていたイーガからも歓声の声がわき起こり始めていた。
偉大なる王国の後継者。幼くも聡明な王子がついに、かの陣に到着したのである。イズヴァルトにとって、辛く重い時間の始まりだった。
今度は若い女の声だ。若干ハスキーだが美しい響き。やや浅黒い肌の美しい女が馬に乗って若者の前に出た。女は馬に乗ったまま、弓矢を構えると放った。
先ほどのものと同じぐらいの大きな大爆発が、両軍の前で起こった。恐るべき魔力。その銀色の髪からのぞく長い耳に、イーガの魔法騎士達は驚いていた。
「か、カイロネイアのエルフじゃないか!」
「しかもあんな強い魔法の矢を……あ、ありゃあもしかして……」
カントニアのエルフ、しかも南に住むのは恐ろしい程の魔法の使い手だとイーガの者らは知っていた。だが、本当にあれらがそうなのか。
それにあの銀髪の若者。イズヴァルトと名乗っていたが疑わしかった。ホーデンエーネンの武者達はもっと憤っていた。自分達のスーパースターを騙りやがって。あいつに似合わぬガリガリの若造ではないか?
「あんなのはタダのこけおどしだ! まずはあいつらからぶっ倒せ!」
ホーデンエーネンの荒武者たちがそう叫ぶ。数名の荒くれ武者が銀髪の男と女に襲い掛かった。
大剣を持つ彼は「手出しは無用」と銀髪の女に呼びかけると、手綱をひいて単騎で向かう。
「イズヴァルトはこの世に1人だ!」
「銀髪のガキ、名乗ったからには俺達の逆鱗に触れたも同然だ! 死にやがれ!」
彼等は衝突した。しかし瞬く間に彼等は剣を跳ね飛ばされ、馬から蹴落とされた。「こわいよー!」と叫ぶかのようにホーデンエーネンの騎士達が乗った馬が、あるじを捨てて逃げ出した。
動きがまるで見えなかった。あの大剣の若者は何をやったのだ。彼が見えるところにいた一番の猛者が進み出た。
「イズヴァルトと言ったな、貴様!」
「さようでござる! 拙者こそがシギサンシュタウフェンのイズヴァルトにござる!」
「嘘をつけ! 俺が見たことのあるイズヴァルトは茶色い髪で、しかもお前よりタッパがあったぞ! やせっぽちのでくのぼう! その嘘つき口を永遠に閉ざしてやる! 俺はコーノフェルトのオリバー=ランバルディアだッ!」
男は金棒を持ち、徒歩で襲い掛かった。銀髪の青年も馬から飛び降りた。具足を身に着けていたが恐ろしい脚の速さだ。
たちまち2人はぶつかった。初合で男の金棒は地面にたたき落された。大剣の切っ先を男ののど元に突きつけて銀髪の若者が呼びかけた。
「これでわかったでござろう、オリバーどの?」
「……くっ。こ、こんな使い手がこの世にいたとはな」
しかしホーデンエーネン軍は、あの男がイズヴァルトだと未だに信じられなかった。猪武者達が「嘘をつけッ!」と叫んで襲い掛かる。
銀髪の青年の前に数名の褐色エルフの男女が馬に乗って飛び出して来た。6人。そのうちの1人は重そうなハルバードを持った、とても大柄な女エルフの戦士だ。
鉄の胸当てをつけていたがえらく突き出ていた。黒い兜からのぞく顔も肉感的で美しい。エルフのクリスタ=オブラーヤ。彼女が一団の前に出て馬から飛び降りた。
馬に呼び掛け、その場から逃がすと重そうなハルバードを軽々と振り回す。その柄には鉛が詰みこまれており、おおよそ50キロもあるものだ。
「女! そこをどけっ!」
荒武者たちが彼女を踏みつぶそうとする。しかし彼女が一喝すると馬たちが飛び退いた。騎馬武者達は振り落とされてしまう。
「妖術だな! 何をしやがった!」
「お馬さんたちはおらを恐れて逃げたずらよ!」
「馬鹿なことを抜かすな!」
「その見掛け倒しの斧槍を分捕ったらじっくり犯してやる! 覚悟しろ!」
立ち上がった数名がクリスタに打ちかかった。即座に、彼女が持っていたハルバードが本物であることを思い知った。数名が柄での横薙ぎを受けて吹っ飛ばされたのだ。
彼等は鎖帷子と革の胸甲をまとっていた重武装の騎士達だ。装備を合わせて最低でも70キロぐらいはある。しかしクリスタは一撃で薙ぎ飛ばした。恐るべき膂力であった。
「こ、この女!」
「怯えるな! 取り囲めばどうにかなる!」
どうにもならねえさ。クリスタの横に1人のニンゲンの武者が、徒歩で勢いよく飛び込んで来た。ホーデンエーネン人より顔の彫りが深く、いかつい顎をしている。カントニア人と思しき風貌だ。
男は長さ1メートル程の剣を抜くと左手で印を切った。剣に小さな電光が踊り始めた。魔法剣の使い手らしい。しかしそんなものはこけおどしだとホーデンエーネンの武者達は嗤った。
「ふん! 魔道剣士か! 武術の才が無くて小細工に走ったな!」
「あの女は後回しだ! あの男をまず殺せ!」
血の気の多いその騎士から命令を受けた兵士らが、突貫の声を上げる。イーガで様々な略奪や輪姦を為し、どう猛さを身に着けた彼等はすぐに串刺しに出来ると思っていた。
しかしおかしい。この男を取り囲み、次々と槍を繰り出すがかわされる。しっかり突いたと思えば横にそれる。大柄なのにこの尋常でない身のこなしはなんなのだ。
男の剣の表面を走っていた電光が剣の表面を覆いつくした。その男、エドニアのマルカス=サダルファスは自分を取り囲んでは空しく槍を突く兵士達に呼びかけた。
「お遊びはここまでだ。しっかりとしびれてもらうぜ?」
マルカスは剣を振りながら回転した。即座、彼を囲んでいた兵士らは身体に強いしびれを覚えて動けなくなる。ばたばたと倒れていくのを見て、指図したホーデンエーネンの騎士が憤った。
「どんな手妻を使ったのだ、卑怯者め! おのれ、その命をもって償ってもらうぞ!」
騎士は供を連れずに単騎で突っ込んで来た。マルカスはしびれて動けなくなった兵士から槍を奪うと、勢いよく駆けて馬の首を打った。
馬は悲鳴を上げて前脚をあげたが、その騎士はなかなかに身軽だった。飛び降りてマルカスと向かい合うと、剣を抜いて斬りかかる。
けれど、打ち合うたびに敗色が濃くなっていた。剣の才能が無いから魔法に逃げたのだと思ったが、それは違っていた。自分の武をもっと高める為に魔法を覚えたのだ。
「お、おのれえぇっ!」
捨て身になって斬りかかった。マルカスの剣は無慈悲にも兜ごとその首を刎ね飛ばした。なかなかに強かったぜとマルカスが褒めたたえると、死んだ騎士の同僚が彼めがけて一斉に襲い掛かった。
「マルカス! 助太刀するずら!」
クリスタほか数名のエルフ達が乱戦に参加した。たちまちホーデンエーネンの荒武者達が討ち取られる。それを銀髪の青年が困り果てた様に眺めていた。
「……要らぬ殺生はよくないでござるよ。拙者はただホーデンエーネンのみんなに戻って来たことを伝えたかったでござるのに」
「成り行き上仕方ねえずらよ。ささっ。イナンナさんが待っているから早いところ片づけるずら」
「オクタヴィアどの……さようでござるな」
銀髪の青年は馬の手綱を持って駆けだした。長身の銀髪の女エルフと共に北に向かう。そこにはきっとホーデンエーネン軍の総指揮官がいるはずだ。国王か聖騎士団のエルヴィン団長だろう。
それにマルカスとクリスタらが加わる。一列になって馬を走らせる彼等を、事情がよく飲み込めない両軍の指揮官達が敵方の新手だと思い込んで矢を射かけた。
「しゃらくせえことをするずらな!」
褐色エルフの戦士達が印を切った。多少の死者は出るだろうが致し方が無い。彼等の馬の左右に紫色に輝く術式陣が展開された。カイロネイアエルフの得意技、『紫電砲』だ。
円形の術式陣から強烈な電撃が放たれる。直線に伸びたそれは弓兵たちに直撃した。それを浴びた者は叫び声もあげられずに焼け焦げになって絶命した。
それだけではない。死者たちの周囲で炎が草を舐めつくした。カイロネイアのエルフ達は10秒に1回のペースでそれを放つ。両軍の至る所で悲鳴が上がり、たちまち矢は飛ばなくなった。
恐怖に満ちたざわめきの声。銀髪の青年は後ろを振り向き、涙目になって抗議した。
「……うう、ひどいでござるよ! 加減無しの『紫電砲』を使うのはあんまりにござる!」
「しっかたねえずら。ああでもしねえとイキったニンゲン達は大人しくならねえずらよ……てて! 側面がダメなら前方ならいいと思い込んだたわけが出てきたずら! イズヴァルトさん!」
青年は振り向いた。ホーデンエーネンの屈強そうな騎士数名と槍兵らが、槍を構えて待ち伏せしていた。地面に石突を刺し、騎馬の突入を防ぐ手筈青年は馬の手綱を引くと、即座に馬から飛び降りて彼等に向けて呼びかけた。
「ご注進! 聖騎士団員イズヴァルトにござる! ホーデンエーネンの総大将にお目通り願いたい!」
「馬鹿を言うな! あのイズヴァルトがお前みたいなやせっぽちの白髪頭なわけがないだろ!」
「貧相でくのぼうのお前と俺達の英雄を一緒にするな! ぶっ殺すぞ、オラッ!」
信じてくれないでござる。青年は諦めるしかなかった。右手に握った剣を握りしめ、単騎で待ち伏せする集団に襲い掛かる。
戦いとは言えなかった。彼が恐ろしい速さで大剣を振るい、兵士や騎士達を弾き飛ばすだけ。象と蟻の戦いだった。
しかしその剣術や身のこなしを見物していた騎士達の間から、「まさか!」と声があがる。髪は銀色に変わり、痩せてしまっていたがたの身のこなしと剣は、確かに。
「……イズヴァルト、かもしれねえなあ。ありゃ」
「イズヴァルトさんだ! イズヴァルトさんが生きてた!」
「おしゃぶり姫とは一緒じゃないけど、気が強そうな顔のきれいなお姐さんと一緒に、俺達のところに戻って来たぞーッ!」
その呼び声とともに兵士や騎士達は武器を納め、青年を見ようと駆け寄って来た。顔はすっかり大人びて痩せてしまったけれど、この男は確かにそうだった。
少年の頃から数々の内乱で活躍し、陣中では『おしゃぶり姫』にばかでかいちんぽをしゃぶらせたり、うんちをした彼女のお尻をヘンタイじみた甲斐甲斐しさで清めてやっていた、若き英雄。
「イズヴァルトさん! いったいこの3年間どこをほっつきまわっていたんですか!」
「イズヴァルトさんがいれば百人力だ! さあ、一緒にイーガのくそったれどもを退治しましょうよ!」
「勝った! この戦い勝った! イズヴァルトがいれば勝利は確実だーッ!」
青年は戸惑った。なにゆえ彼等はイーガをこうまでして憎んでいるのか。先ほどまで『紫電砲』で散々な目に遭ったホーデンエーネンの武者達は、青年ことイズヴァルトと、それにつき従っていたオクタヴィアほか数名を囲んで祝った。
「イズヴァルトさん。めっきり痩せてしまったな!」
「銀髪の長い髪。まるでサイゴークの暗黒卿みたいななりになったじゃねえか。実物見たことねえけど」
「イズヴァルトさん! この軍は国王陛下が直々に出ておいでです。会ってそこのべっぴんねえさんをどちらが多く啼かせられるか競ってみましょうよ?」
かくして、イズヴァルトらは歓迎の声をあげるホーデンエーネンの将兵達により、国王の元へ案内される事となった。
しかしである。事態を静かに見守っていたイーガからも歓声の声がわき起こり始めていた。
偉大なる王国の後継者。幼くも聡明な王子がついに、かの陣に到着したのである。イズヴァルトにとって、辛く重い時間の始まりだった。
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