聖騎士イズヴァルトの伝説 外伝 『女王の末裔たち』

CHACOとJAGURA

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第二部 『呪いの序曲。イーガの魔王』 (少年編から青年編の間のエピソード。)

49 イーガの魔王②

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 ノンが今わの際の最後の声を放った。獣じみたけたたましい音だった。彼女を殺したのはアナキンという若者だ。
 
 満足に言葉が出ない状態に押し込められた状態で、あの憎きアドルフにそそのかされて彼女を両断した。

(おまえは……それは、ちがう……わたしはおまえがあるじとあおぐべき……ごちゃくりゅうのひめさまがたに……)

 カツランダルク嫡流を守るために存在する庶流が、なにゆえご本家の侍女らである自分らを抹殺するのか。彼女にはわからなかった。庶流こそが裏切り者だとわかっていたけれど、まさか。

「これで、よろしいのですか?」

 ノンの他に2人のサキュバスの返り血を浴びたアナキンがアドルフに尋ねた。それでいいのだ。アドルフは魔族殺しの剣を体得したのだとアナキンに告げた。

「そうなのですね。そうか……」

 とてつもない充実感と同時に、恐ろしいことをやってしまったという恐怖感が、アナキンの心にのしかかっていた。アドルフは邪気の無い笑みを浮かべ、アナキンを褒めたたえる。しかし、その笑顔も今の彼は、何か裏があると感じざるを得なかった。

「では僕は、この剣でもって何を為せばよろしいのでしょうか?」
「その時をきっと、君の兄上のケノービ殿は教えてくれるだろう」
「兄さまが!」

 アナキンは途端に顔を曇らせた。兄のケノービとは仲が良くない。しかしアドルフは彼の不安を取り除くべくこう語った。

「ケノービ殿にはイーガに仇為す、ホーデンエーネンを裏で操る魔族を探してもらっているのだよ」
「なんですって!」
「今はその全貌がわからない。だから剣術を学ぶとよい」

 もしその時が来たら、君の力は大いに役に立つ。イーガを狙う魔族はホーデンエーネンも我が物にしようとたくらんでいる。魔竜とは違う影の勢力が潜んでいるそうだ。そのような陰謀論をアドルフは語った。

「そうだったのですか……魔族がイーガを、僕の国を」
「今回のホーデンエーネンの侵攻も、彼等の謀略によるものではないかと私は見ている。その証拠はまだ掴んでいないが、私はきっと探り当てるつもりだ」
「……承知いたしました。誓います。兄と協力して討ち果たして見せます!」

 アナキンは感激屋でもあった。感激すると嘘でも信じてしまう。一応は疑う心を持ち合わせているが、正論やもっともらしい事にも弱かった。

 塵となったノン達の魔力はすべて、アナキンのものとなっていた。葬ってから段々と自分に力が湧くのを彼は感じていた。

(もしかしたら、僕はイズヴァルトを凌げるかもしれない。あの麒麟児に。)

 この時だ。アナキン=スカルファッカーに宿痾しゅくあと言うべき、イズヴァルトとの静かな戦いの始まりのゴングが鳴らされたのは。

 アナキン=スカルファッカー。イズヴァルトの英雄譚では語られない闇の戦士。彼のサーガは誰も謡う事はない。何故なら彼の人生は、表面上は至ってのどかなものだったからである。
 
 英雄の素質を持っていたけれど、それを開花せずに死んでいった、地上の昏い星のうちの1つだった。


□ □ □ □ □


  ホーデンエーネン軍は国王自らが率いる先手衆と合流後、アドルフの読み通りに『えくすぷれす』の道を通ってコーヅケーニッヒへと向かった。

 ホーデンエーネン王国暦348年の3月20日。これまで決戦らしい決戦を一度もやったことが無かったセイン王はしきりに首をかしげていた。

「何故なんだ?」

 彼を激怒させ、その首謀者数名を即刻打ち首にした略奪行為まであったというのに、イーガはいまだ大軍を寄越して来ない。

 セインは乱暴者でせっかちな蛮勇者だが、一応は兵法を存じているし戦争の歴史だって学んでいる。これは深入りすると、ひょっとするかもしれねえや、とも危惧していた。

 セインは天幕に呼び寄せていた娼婦にフェラチオをさせ、悦楽で焦る心を落ち着かせながら思い立った。びゅっと精を女の口の中に放つと、頭がはっきりした。

「今すぐ後方のライナーを呼べ! 話を聞きてえ!」

 果たしてライナーがやって来た。至極やる気のない顔だ。勇猛果敢に戦ってくれた聖騎士団長のエルヴィンや、シギサンシュタウフェンとは正反対だった。

「ライナー、敵の出方、どう見る!」
「地形上有利な場所におびき寄せて決戦でしょうね。一番簡単なのはハットーリ大河を渡りきったところで橋を落とし、包囲殲滅に仕掛かるというのが考えられます」
「ちっ。だろうな。俺が考えていたのはこのあたりで一大決戦だ。まだ被害も少ないぐらいと言えるからな」

 セインも敵がハットーリ大河で決戦を考えているだろうと読んでいた。ライナーに聞いたのは、王国一の軍略家と意見が同じか確かめたかったのだ。

「イーガ王からやめてくれっていう催促は来るが、イズヴァルトの野郎とマイヤがどこに行ったのかの情報が来ねえんだ。俺はそいつさえ貰えれば、手を引くつもりでいるんだが……」

 今は戦争に『勝っている』という状態だから、この場で進撃をやめても面子は保たれる。イーガ王から略奪のことを不問にする。という言質も出しやすいはずだ。

 しかしだ。未だイズヴァルトについての情報をくれない。マイヤの身柄も引き渡してくれない。となれば進撃して、講和会議を設けさせ、その場で詰るしかない。

「仮にだが。ハットーリ大河の渡河での決戦で俺達は勝てるのか?」
「無理でしょうな。ここはすでにイーガ領。向こうの方が地勢に詳しいはず。私が考えているのはですな。この平地で進軍を一旦止め、撤退に向けて準備をした方がよろしいかと」

 やけに弱気だ。しかしセインも思うところがあった。ハットーリ大河で、歴代の王や王族は何十人も死んでいる。あそこはホーデンエーネン王家にとって呪いの地だ。

 更に敵の本番たる魔道騎士団とも未だ交戦していない。考えるとやっぱりいらいらしてきた。ついでにペニスも勃起してしまう。セインは娼婦をまた呼び寄せた。彼女に股間を自由にさせてやり、めいいっぱいのフェラチオを受けて気をなだめる。
 
 それを間近に見ていたライナーはげんなりした。彼はサキュバスやエルフは大好きだったが、ニンゲンの娼婦はどうにも苦手だったのだ。

「はひ……き、きくぜぇ……」
「しゃぶられながらお聞きください。陛下。これ以上の進撃は無理が生じます」
「おお、いい……どういうことだよ?」
「調べると兵糧はあと20日分。略奪無しではきっと、帰り道は兵がひもじい思いをすることでしょう。腹を空かせている時に追撃されたら、ひとたまりもありません。わが軍は大打撃を受ける事でしょう」

 そこで、手持ちの軍資金で食料を買いあさって精鋭だけを残し、その他は腰兵糧とともに帰還させる。ホーデンエーネン軍は半分ぐらい残せばいい。

「と、いう情報も流すんだろ? 敵本軍がこっちに来るように」
「はい。実際は食料を買いあさるだけで兵は減らしません。幸いにこの辺りには冬野菜が取れる土地柄です。穀物には事欠きますが、輸送隊を用いて運び込めば、きっと」
「おおっ。も、もう出そうだ……うっ……はあっ。ていうことならさっさと実行だな。やっちまうぞ。売掛金になるんなら後で王家が負担してやる。ありったけかき集めろ」


□ □ □ □ □


 アドルフがいればこのホーデンエーネンの偽計は見破れただろう。第一軍はその話を聞いて急ぎ出発した。歴史上の数々の戦争でホーデンエーネン軍を打ち破ったイーガだが、平和な時代が続いて戦争の動きを読める者は殆どいなかった。

 かくして翌々日、第一軍の1万弱が大勝利を確信しながらホーデンエーネン軍の陣地に向かった。戦場で待っていたのはホーデンエーネンの精鋭軍団5000だ。

 激闘が始まった。魔法で初手は優勢だった第一軍は、乱戦になりだしてから徐々に押し返された。そこへライナーがひそかに迂回させていた騎馬隊主体の伏兵が、左右からイーガ軍に襲い掛かった。

 圧倒的な劣勢。イーガ魔法騎士団第一軍団は敗退を余儀なくされた。ホーデンエーネン軍は追加購入の食料と敵が捨てた腰兵糧とで進軍出来た。

 ハットーリ大河の西岸で、セイン王は一大決戦を望む書をイーガ王に送った。イズヴァルトとマイヤを寄越しやがれ、この老いぼれ。乱暴な口調の手紙を受け取ったイーガ王は、どうするか廷臣らと協議を始めた。

「全面戦争だな、もはや」
「陛下。今のホーデンエーネンを甘く見てはいけません。先ほどの第一軍との合戦でわが軍は見事なまでに敗北してしまいました……」
「これまでのホーデンエーネン軍の中で一番手ごわいかと思われます。ここは定石どおり、魔道騎士団全軍をハットーリ大河に張り付かせ、川を渡る敵軍を葬るべきではないでしょうか?」

 廷臣たちの考えはごもっともだ。しかし国王はこれ以上大きないくさをホーデンエーネンと構えたくなかった。さて、どうするか。悩んでいるところで突如として会議に乱入する姿が。

 マルティン王子とその小姓、オットーだった。2人は国王の前にひざまづくと、ある一計を開陳した。

「おじい様、いえ、陛下。このマルティンにお任せください。イズヴァルトさんは無理でも、マイヤさんをどうにかすることができるはずです」
「どういう事だ、マルティン?」
「僕と愛しいローザとで、セイン王様の元に和平の使者として向かわせてください」

 マルティンはどの様に進めるのかと語った。ローザをマイヤと言い通すのだ。彼女は自分の意志で妾となってくれた。彼女に語らせて矛を収めてもらうのだ。

 彼女は今、イーガにとって大事な人物だ。お腹には自分との間の愛の結晶も育まれている。そこまで出ればホーデンエーネンの王は何も言えないだろう。多分だが。

「むしろ、それは逆上させる事になるのではないのか?」
「セイン王様が愚かな方であれば、僕を斬り捨てるでしょう。でもセイン王様は弟君のジューンショーン様をとても可愛がっている、情の厚いお方だと聞き及んでおります。乱暴者なれど性質は善良。勇猛なれど民衆を思う名君になりうるお方だと」

 そのようです。怜悧な面をあげてオットーが同意した。私が同行します。もし殿下が斬られた時、自分も後を追う為自害いたします。

 老王はこの2人がどれだけ仲が良いか存じていた。オットーは美少年の様ななりだが女だという。きっと良い夫婦になるのではないかとも考えた。

「申し訳ない……」

 老王は孫に期待をかけていた。わざわざ死地に赴かせるのは国王として許されぬ行いだが、マルティンならきっとうまくやると信じる事にした。
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