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第二部 『呪いの序曲。イーガの魔王』 (少年編から青年編の間のエピソード。)
34 碩学姫の受難⑥
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マイヤは恐ろしい事実を聞かされた。出産より前、自分は事故に遭って両腕両脚がだめになった。切断する手術を受けたらしい。
出産の記憶は本当だ。3カ月前に赤ん坊を出産した。女の子でとりあえずロゼという名前を医者たちはつけたがどうかと尋ねられた。
「とりあえず、ロゼちゃんで構いません。でも私はあの後気を失って……」
「暴走した馬車が飛び込んで来たと聞いたな。君は生死にかかわる大怪我を負った。しかし幸いにもお腹の中にいたロゼお嬢ちゃんは無事だった。今は別室で医療魔道士の保育を受けているよ」
「ありがとうございます……」
まだ信じられなかった。けれども両腕両脚を失ったのは確かな事実だ。気持ちに整理をつけようとマイヤは心掛けた。今は生きる為に自分を励まさなければ。
「お医者様。アドルフさん。私にはイズヴァルトという恋人であり……ロゼちゃんの本当のお父さんがいます。イズヴァルト=シギサンシュタウフェン。私と一緒にホーデンエーネンから来て王立魔道学問所で一緒に学んでおりました。彼はアノーヅに向かってから消息を断ちましたが、行方をご存じじゃないですか?」
イズヴァルトという名前を聞き、アドルフと連れの魔道医師、ヒッポタルトは困った顔になった。何か言いたげな視線をマイヤに向けた。至極言い辛い事実を伝えようか、伝えまいかとする目だ。
「……まさか!」
アドルフは白状した。すまない。つい近頃、国内で発表があったのだ。
「ホーデンエーネンの騎士イズヴァルトは、アノーヅで亡くなったそうだ」
「そんな!」
「このように聞いております。かの少年騎士は旅先で死に、その遺骨はホーデエーネン王の元に送り届けられたと」
信じられない。マイヤは泣きわめいた。愛しい恋人を喪った悲しみで、胸が張り裂けそうだった。アドルフとヒッポタルトは、彼女をどう慰めればいいかと互いに見つめあっていた。
「じゃあ私は! イズヴァルトがいなくなった私はどうすればいいの! ねえイズヴァルト、私たち、まだ1人の赤ちゃんしか産まれていないのよ? あなただったら私に、もうやだと叫ばせるぐらいに子だくさんにしてくれるって、幸せいっぱいな大家族を作ってくれるって思っていたのに……」
夢のうち1つが永遠に潰えてしまった。こんな事ならイーガに来なければよかった。コーヅケーニッヒの夢みたいな驚異を見るのを途中でやめ、イズヴァルトと一緒にホーデンエーネンへ帰るべきだったのだ。
「いやだよ! 私を1人にしないでよ、イズヴァルト!」
自分とロゼを遺して死んだのか。そんなのは嫌だ。後を追いたい。マイヤはヒッポタルトに頼んだ。お願いだから自殺の手伝いをしてくれ。もうこの世に未練は無いよ。
「……ロゼちゃんがいるのにかね?」
「そうよ! 私はトーリという姉がおります! 私の代わりにトーリがきっと育ててくれるはず……」
「馬鹿を言ってはいけない! 命を粗末にするな!」
マイヤは右の頬に強い衝撃を受けた。アドルフが引っぱたいたからだ。
「軽々しく死ぬなどと言うのは駄目だ! 私は君の様な立場になったことが無いからわからない。でも、君にはイズヴァルト君という少年から、ロゼちゃんを授かったのだろう?」
「……」
「産まれたばかりの娘を大人になるまで育てる。それがイズヴァルト君がマイヤさんに死ぬ間際に願っただろう」
本当はもっと別のことを考えたかもしれないが、でも、イズヴァルトはマイヤと腹の中にいたロゼと一緒に暮らすことを死ぬ間際まで願ったはずだ。私はそう信じているとアドルフは諭した。
「ロゼちゃんが君の側にいる。眠っている君を慕っているようだったとそこの医師は語ってくれたよ」
「はい……ロゼちゃんはとても愛おしそうに、マイヤさんのおっぱいを吸っておりましたよ」
「……そうですか」
「私がロゼちゃんを連れて来よう。目覚めたお母さんに挨拶をしてもら貰いたい。いいや、これからもずっと、離れないで欲しいと頼んでもらうつもりだ!」
アドルフは部屋を出ていき、しばらくして白いおくるみに包まれたロゼを抱いて戻ってきた。白い肌と母譲りの蒼にも見える黒髪が生えた乳児だ。
ロゼは丸々と太っていて血色も良かった。ばら色の頬の我が子を見てマイヤは涙を流す。ヒッポタルトの手を借り、二の腕で抱え込むとロゼは彼女の乳房に顔をつけた。
「……飲んでる」
「ロゼちゃんは君をそれほどまでに恋い慕っているのだよ。こんな可愛い娘を置いて死ぬなんてあんまりだ。マイヤさん、悲しいのはわかる。でも、この子が大きくなるまで生きてみないか?」
そうですね。美味しそうに己の乳を吸い立てる我が子を見て、マイヤは己の身体に力がみなぎって来るのを覚えた。
両頬に再び涙が伝う。この子の為に生きねば。マイヤは決意した。
(イズヴァルト、さようなら。私、この子の為に生きてみるよ。でも……)
貴方のこと、絶対に死んだとは思っていないから。彼女は欲深で諦めが悪かった。彼女の気配が悲しみから闘志に変わるのをアドルフは逃さなかった。
□ □ □ □ □
(ふん。なかなかに気丈な娘だ。)
あれだけ泣き叫び悲しみに暮れたのに、随分と立ち直りが早い。
(母は強し、か。俺はエレクトラに去られた時、どれだけ泣き叫び悲しんだだろう?)
1カ月、いいや2カ月。涙で枕を濡らさぬ夜は無かった。その頃から荒れ狂う害意というものが起こり、愛人や家臣にひどい仕打ちを為したこともある。
その一番の犠牲者がマレーネの母だった。彼はその女に魔法の指南役としてあれこれと教えていたが、エレクトラが去った後、獣欲に身を任せて彼女を強姦してしまった。
それから自分の囲い物にしてマレーネを産ませた。出産と同時にマレーネの母は死んだ。母親は12の歳だった。
(俺はろくでなしのごろつきだ。シュタイナーを嘆き悲しませた。きゃつが俺の家臣でなければとっくに毒を盛られただろうな。)
罪の意識は持っている。自分は死後、地獄に落ちるだろう。いいや、輪廻転生がマハラ教やパラッツォの説であるから、次の人生はきっとろくなものではない。
ならば現世で思い切り悪事を為し、そして己の務めを果たすのみだ。悪事はこれからひどいことをもっとやる。今をまだ春だと思っているマイヤを騙し続けるのだ。
そうして妾になる契約を結ばせる。自分の物にした後はどうしよう。賢い娘と聞く。いずれ真実を知り、歯向かってくる事だろう。
(それまでせいぜい楽しませてもらうか。まずは心を開かせる。)
頭の中でそうつぶやいた途端、彼の下腹に強い悦楽が奔った。アドルフは深く眠るマイヤと腹をくっつけあっていた。
彼女は決意を声に出した後、再び眠りの魔法をかけられた。明日の昼まで眠るだろう。それからヒッポタルトに、ロゼについて気味の悪い話を聞いた。
赤子ながら男の精液を欲するそうだ。養育役の男達が彼女の口に精液を放つらしい。そういえばとアドルフは思う。産まれてからしばらくは虚弱だったが、その悪事が始まった頃から血色が良くなった。
(なるほどな。何から何まで母親の血が濃いというわけだ。ふん。部下どもには好きなようにさせてやろう。)
再び腰を動かす。ペニスがきゅっと締まったヴァギナの肉に絡め取られ、精を吐き出させようと責められる。眠っていてもこの娘は吸精に余念が無かった。
(くくく。マイヤ、次産まれてくる子も娘だったらいいのにな!)
またもアドルフはマイヤの中で果てた。彼女の腹の中に宿っていた2番目の子は順調に育っている。
□ □ □ □ □
マイヤが起きている間、アドルフは自分の身の上話をした。王家に連なる人物であるが、傍流のそのまた傍流。しかし金だけは持っている。
「君が立ち直るまで援助させて欲しい。ホーデンエーネンはどうも、君のことを忘れているようだ」
「……本当のことですか?」
マイヤは疑っていた。もしかしたらアドルフは嘘を言っているかもしれない。全部のイーガの王族の名前を知っているわけではないが、アドルフという名前は数えるほどだろう。
(いいえ。この人はもしかしたら王太子の……でも、私にちょくちょく面会に来る余裕があるのかしら、王子様に?)
目覚めてから3日経った。医師のヒッポタルトによると身体の抗体が弱まっているので外には出せないからこの病室に入れているというが、病院の中なら連れまわしてくれてもいいはずだ。
(何せこの部屋には窓がない。病院の中だというけど、患者さんを入れる部屋というよりも霊安室みたいな薄気味悪さがあるわ。)
けれども。アドルフが金銭的な支援を申し出てくれた事に感謝していた。総合大学を建てる夢も語ってしまった。
こうした会話を始めて一週間目。アドルフはマイヤに妻にならないか、と申し出て来た。
「形式的な妻でいいよ。でも、君が求めるもう一つの夢、ホーデンエーネンに総合大学を建てる夢を微力ながら手を貸そう」
「本当ですか……」
「イズヴァルト君のもう1つの遺志を継ぐのを、手伝わせて欲しいんだ」
「うれしい……」
そう答えるマイヤはもう、イズヴァルトを忘れて何が何でも己が生き延び、野望を遂げたいと願うだけだった。イズヴァルトがきっと来ると淡い期待も抱いていたけれど。
□ □ □ □ □
その申し出を受けた翌日。マイヤはアドルフが持ってきた婚姻の書類に口でサインをした。マイヤ=トードヴェル=キョウゴクマイヤーと今日から名乗る。
けれどもアドルフはマイヤに誓わされていた。もし、万が一にだがイズヴァルトが生きていて自分の元に来てくれたら、その日をもってこの婚姻を解消すると。
「それはどうしてかね?」
「だって、誰かに聞いた態で語ってましたから。私は今でも、イズヴァルトが生きていると信じているんです」
(ふん。面白い。どこまでも恋人が生きていると願いたいとはな。なかなかに意固地だ。)
こういう女は嫌いじゃない。むしろ好きな方だ。なかなかに屈服してくれさそうだと嘆きながらも、アドルフはこの気丈な娘を得た事に喜んだ。
それからもう1つ、アドルフは彼女に羊皮紙の巻物を広げて見せた。文字はなく五芒と円の模様だけが描かれたものだ。
(……魔法陣?)
何かの魔法の契約なのかと尋ねると、アドルフは違うと答えた。イーガ古来から伝わる婚姻の契約書。結婚を誓った2人がその羊皮紙の中心に互いの血を垂らすしきたりだと答えた。
「と、いいつつこれは半ば形骸化しているのだがね」
「血をですか……」
「嫌ならいい。君の望む通りにすればいいんだ」
でも、これが無いと役所に受理されない。イーガは意外と古くさいしきたりが残る国なんだよとアドルフは告げた。
「だったら、別に構いませんよ……」
マイヤは医者が用意してくれた注射で血を取られると、その羊皮紙の上に垂れさせて貰った。アドルフは小刀で指を切る。しきたりはあいなった。
「これでよいだろう」
また明日来ると告げてアドルフは去った。マイヤはロゼに乳をやるとまたも眠りについた。馬車の中でアドルフは、羊皮紙を開いてほくそ笑んだ。
(ふふ。まだ甘いなあの娘は。これが何なのかわからぬだろう。)
その羊皮紙は強い呪力が備わっていた。主従契約の魔法が仕込んであった。魔法陣を描いた者が念じれば、その血を垂らした者の身に耐えがたい激痛が走る。主にあたる者が血を垂らして発動が開始されるのだ。
それからある程度の思考の操作も。裏切られても抑え込む自信はあったが、念には念をだ。
(これでマイヤは俺が自由にできる女になった。完全にな。)
逆らったら痛めつけてやる。籠の中の鳥は大人しく閉じこもっていただく。彼女を突き落とす準備はついに完了だ。
いよいよ真実を教える時が近づいてきた。マイヤが激怒し、絶叫して荒れ狂う姿を想像したアドルフは、これから楽しい余生が過ごせそうだとつぶやきながら、気味の悪い笑みを浮かべていた。
出産の記憶は本当だ。3カ月前に赤ん坊を出産した。女の子でとりあえずロゼという名前を医者たちはつけたがどうかと尋ねられた。
「とりあえず、ロゼちゃんで構いません。でも私はあの後気を失って……」
「暴走した馬車が飛び込んで来たと聞いたな。君は生死にかかわる大怪我を負った。しかし幸いにもお腹の中にいたロゼお嬢ちゃんは無事だった。今は別室で医療魔道士の保育を受けているよ」
「ありがとうございます……」
まだ信じられなかった。けれども両腕両脚を失ったのは確かな事実だ。気持ちに整理をつけようとマイヤは心掛けた。今は生きる為に自分を励まさなければ。
「お医者様。アドルフさん。私にはイズヴァルトという恋人であり……ロゼちゃんの本当のお父さんがいます。イズヴァルト=シギサンシュタウフェン。私と一緒にホーデンエーネンから来て王立魔道学問所で一緒に学んでおりました。彼はアノーヅに向かってから消息を断ちましたが、行方をご存じじゃないですか?」
イズヴァルトという名前を聞き、アドルフと連れの魔道医師、ヒッポタルトは困った顔になった。何か言いたげな視線をマイヤに向けた。至極言い辛い事実を伝えようか、伝えまいかとする目だ。
「……まさか!」
アドルフは白状した。すまない。つい近頃、国内で発表があったのだ。
「ホーデンエーネンの騎士イズヴァルトは、アノーヅで亡くなったそうだ」
「そんな!」
「このように聞いております。かの少年騎士は旅先で死に、その遺骨はホーデエーネン王の元に送り届けられたと」
信じられない。マイヤは泣きわめいた。愛しい恋人を喪った悲しみで、胸が張り裂けそうだった。アドルフとヒッポタルトは、彼女をどう慰めればいいかと互いに見つめあっていた。
「じゃあ私は! イズヴァルトがいなくなった私はどうすればいいの! ねえイズヴァルト、私たち、まだ1人の赤ちゃんしか産まれていないのよ? あなただったら私に、もうやだと叫ばせるぐらいに子だくさんにしてくれるって、幸せいっぱいな大家族を作ってくれるって思っていたのに……」
夢のうち1つが永遠に潰えてしまった。こんな事ならイーガに来なければよかった。コーヅケーニッヒの夢みたいな驚異を見るのを途中でやめ、イズヴァルトと一緒にホーデンエーネンへ帰るべきだったのだ。
「いやだよ! 私を1人にしないでよ、イズヴァルト!」
自分とロゼを遺して死んだのか。そんなのは嫌だ。後を追いたい。マイヤはヒッポタルトに頼んだ。お願いだから自殺の手伝いをしてくれ。もうこの世に未練は無いよ。
「……ロゼちゃんがいるのにかね?」
「そうよ! 私はトーリという姉がおります! 私の代わりにトーリがきっと育ててくれるはず……」
「馬鹿を言ってはいけない! 命を粗末にするな!」
マイヤは右の頬に強い衝撃を受けた。アドルフが引っぱたいたからだ。
「軽々しく死ぬなどと言うのは駄目だ! 私は君の様な立場になったことが無いからわからない。でも、君にはイズヴァルト君という少年から、ロゼちゃんを授かったのだろう?」
「……」
「産まれたばかりの娘を大人になるまで育てる。それがイズヴァルト君がマイヤさんに死ぬ間際に願っただろう」
本当はもっと別のことを考えたかもしれないが、でも、イズヴァルトはマイヤと腹の中にいたロゼと一緒に暮らすことを死ぬ間際まで願ったはずだ。私はそう信じているとアドルフは諭した。
「ロゼちゃんが君の側にいる。眠っている君を慕っているようだったとそこの医師は語ってくれたよ」
「はい……ロゼちゃんはとても愛おしそうに、マイヤさんのおっぱいを吸っておりましたよ」
「……そうですか」
「私がロゼちゃんを連れて来よう。目覚めたお母さんに挨拶をしてもら貰いたい。いいや、これからもずっと、離れないで欲しいと頼んでもらうつもりだ!」
アドルフは部屋を出ていき、しばらくして白いおくるみに包まれたロゼを抱いて戻ってきた。白い肌と母譲りの蒼にも見える黒髪が生えた乳児だ。
ロゼは丸々と太っていて血色も良かった。ばら色の頬の我が子を見てマイヤは涙を流す。ヒッポタルトの手を借り、二の腕で抱え込むとロゼは彼女の乳房に顔をつけた。
「……飲んでる」
「ロゼちゃんは君をそれほどまでに恋い慕っているのだよ。こんな可愛い娘を置いて死ぬなんてあんまりだ。マイヤさん、悲しいのはわかる。でも、この子が大きくなるまで生きてみないか?」
そうですね。美味しそうに己の乳を吸い立てる我が子を見て、マイヤは己の身体に力がみなぎって来るのを覚えた。
両頬に再び涙が伝う。この子の為に生きねば。マイヤは決意した。
(イズヴァルト、さようなら。私、この子の為に生きてみるよ。でも……)
貴方のこと、絶対に死んだとは思っていないから。彼女は欲深で諦めが悪かった。彼女の気配が悲しみから闘志に変わるのをアドルフは逃さなかった。
□ □ □ □ □
(ふん。なかなかに気丈な娘だ。)
あれだけ泣き叫び悲しみに暮れたのに、随分と立ち直りが早い。
(母は強し、か。俺はエレクトラに去られた時、どれだけ泣き叫び悲しんだだろう?)
1カ月、いいや2カ月。涙で枕を濡らさぬ夜は無かった。その頃から荒れ狂う害意というものが起こり、愛人や家臣にひどい仕打ちを為したこともある。
その一番の犠牲者がマレーネの母だった。彼はその女に魔法の指南役としてあれこれと教えていたが、エレクトラが去った後、獣欲に身を任せて彼女を強姦してしまった。
それから自分の囲い物にしてマレーネを産ませた。出産と同時にマレーネの母は死んだ。母親は12の歳だった。
(俺はろくでなしのごろつきだ。シュタイナーを嘆き悲しませた。きゃつが俺の家臣でなければとっくに毒を盛られただろうな。)
罪の意識は持っている。自分は死後、地獄に落ちるだろう。いいや、輪廻転生がマハラ教やパラッツォの説であるから、次の人生はきっとろくなものではない。
ならば現世で思い切り悪事を為し、そして己の務めを果たすのみだ。悪事はこれからひどいことをもっとやる。今をまだ春だと思っているマイヤを騙し続けるのだ。
そうして妾になる契約を結ばせる。自分の物にした後はどうしよう。賢い娘と聞く。いずれ真実を知り、歯向かってくる事だろう。
(それまでせいぜい楽しませてもらうか。まずは心を開かせる。)
頭の中でそうつぶやいた途端、彼の下腹に強い悦楽が奔った。アドルフは深く眠るマイヤと腹をくっつけあっていた。
彼女は決意を声に出した後、再び眠りの魔法をかけられた。明日の昼まで眠るだろう。それからヒッポタルトに、ロゼについて気味の悪い話を聞いた。
赤子ながら男の精液を欲するそうだ。養育役の男達が彼女の口に精液を放つらしい。そういえばとアドルフは思う。産まれてからしばらくは虚弱だったが、その悪事が始まった頃から血色が良くなった。
(なるほどな。何から何まで母親の血が濃いというわけだ。ふん。部下どもには好きなようにさせてやろう。)
再び腰を動かす。ペニスがきゅっと締まったヴァギナの肉に絡め取られ、精を吐き出させようと責められる。眠っていてもこの娘は吸精に余念が無かった。
(くくく。マイヤ、次産まれてくる子も娘だったらいいのにな!)
またもアドルフはマイヤの中で果てた。彼女の腹の中に宿っていた2番目の子は順調に育っている。
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マイヤが起きている間、アドルフは自分の身の上話をした。王家に連なる人物であるが、傍流のそのまた傍流。しかし金だけは持っている。
「君が立ち直るまで援助させて欲しい。ホーデンエーネンはどうも、君のことを忘れているようだ」
「……本当のことですか?」
マイヤは疑っていた。もしかしたらアドルフは嘘を言っているかもしれない。全部のイーガの王族の名前を知っているわけではないが、アドルフという名前は数えるほどだろう。
(いいえ。この人はもしかしたら王太子の……でも、私にちょくちょく面会に来る余裕があるのかしら、王子様に?)
目覚めてから3日経った。医師のヒッポタルトによると身体の抗体が弱まっているので外には出せないからこの病室に入れているというが、病院の中なら連れまわしてくれてもいいはずだ。
(何せこの部屋には窓がない。病院の中だというけど、患者さんを入れる部屋というよりも霊安室みたいな薄気味悪さがあるわ。)
けれども。アドルフが金銭的な支援を申し出てくれた事に感謝していた。総合大学を建てる夢も語ってしまった。
こうした会話を始めて一週間目。アドルフはマイヤに妻にならないか、と申し出て来た。
「形式的な妻でいいよ。でも、君が求めるもう一つの夢、ホーデンエーネンに総合大学を建てる夢を微力ながら手を貸そう」
「本当ですか……」
「イズヴァルト君のもう1つの遺志を継ぐのを、手伝わせて欲しいんだ」
「うれしい……」
そう答えるマイヤはもう、イズヴァルトを忘れて何が何でも己が生き延び、野望を遂げたいと願うだけだった。イズヴァルトがきっと来ると淡い期待も抱いていたけれど。
□ □ □ □ □
その申し出を受けた翌日。マイヤはアドルフが持ってきた婚姻の書類に口でサインをした。マイヤ=トードヴェル=キョウゴクマイヤーと今日から名乗る。
けれどもアドルフはマイヤに誓わされていた。もし、万が一にだがイズヴァルトが生きていて自分の元に来てくれたら、その日をもってこの婚姻を解消すると。
「それはどうしてかね?」
「だって、誰かに聞いた態で語ってましたから。私は今でも、イズヴァルトが生きていると信じているんです」
(ふん。面白い。どこまでも恋人が生きていると願いたいとはな。なかなかに意固地だ。)
こういう女は嫌いじゃない。むしろ好きな方だ。なかなかに屈服してくれさそうだと嘆きながらも、アドルフはこの気丈な娘を得た事に喜んだ。
それからもう1つ、アドルフは彼女に羊皮紙の巻物を広げて見せた。文字はなく五芒と円の模様だけが描かれたものだ。
(……魔法陣?)
何かの魔法の契約なのかと尋ねると、アドルフは違うと答えた。イーガ古来から伝わる婚姻の契約書。結婚を誓った2人がその羊皮紙の中心に互いの血を垂らすしきたりだと答えた。
「と、いいつつこれは半ば形骸化しているのだがね」
「血をですか……」
「嫌ならいい。君の望む通りにすればいいんだ」
でも、これが無いと役所に受理されない。イーガは意外と古くさいしきたりが残る国なんだよとアドルフは告げた。
「だったら、別に構いませんよ……」
マイヤは医者が用意してくれた注射で血を取られると、その羊皮紙の上に垂れさせて貰った。アドルフは小刀で指を切る。しきたりはあいなった。
「これでよいだろう」
また明日来ると告げてアドルフは去った。マイヤはロゼに乳をやるとまたも眠りについた。馬車の中でアドルフは、羊皮紙を開いてほくそ笑んだ。
(ふふ。まだ甘いなあの娘は。これが何なのかわからぬだろう。)
その羊皮紙は強い呪力が備わっていた。主従契約の魔法が仕込んであった。魔法陣を描いた者が念じれば、その血を垂らした者の身に耐えがたい激痛が走る。主にあたる者が血を垂らして発動が開始されるのだ。
それからある程度の思考の操作も。裏切られても抑え込む自信はあったが、念には念をだ。
(これでマイヤは俺が自由にできる女になった。完全にな。)
逆らったら痛めつけてやる。籠の中の鳥は大人しく閉じこもっていただく。彼女を突き落とす準備はついに完了だ。
いよいよ真実を教える時が近づいてきた。マイヤが激怒し、絶叫して荒れ狂う姿を想像したアドルフは、これから楽しい余生が過ごせそうだとつぶやきながら、気味の悪い笑みを浮かべていた。
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