聖騎士イズヴァルトの伝説 外伝 『女王の末裔たち』

CHACOとJAGURA

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第二部 『呪いの序曲。イーガの魔王』 (少年編から青年編の間のエピソード。)

28 王太子アドルフ

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 自宅に戻った後、アドルフは急に具合が悪くなり倒れてしまった。魔法を使いすぎるといつもこうなる。特に魔族殺しの剣の魔法を使うとなるとだ。

 起きた時にはシュタイナー医療魔道伯の顔があった。妾達やマルティン、マレーネほか幾人もの娘達が彼のベッドを囲んでいる。アドルフは笑いかけた。

「どうしたのだね? 私は楽しい夢を見ていただけだよ」
「2日も熱にうなされていたのですよ、殿下」

 シュタイナーは薬が入った杯を渡す。アドルフは一息に飲んだ。やや苦みがきつい。頭がすっきりし、股間が急に膨らんだ。

 熱さましの薬と精力を増す薬が混ざっていた。しかし目覚めたから早くセックスが出来る様にと、シュタイナーは飲ませた訳ではない。

「お散歩や剣の稽古など、お身体を動かしなされませ。その方が体調の治りも早くなります」
「肝に銘じるよ。もう歩いても大丈夫か?」
「はい。しかしくれぐれも乗馬や閨房は自重なさいますように」

 わかっておる。アドルフは沐浴場で汗を流すと、オットー他数名の護衛を連れて王城へと向かった。父王に回復を報告する為にである。

 その時国王は会議の最中。アドルフがやって来ると意見を求めてきた。議題はカントニアの東部にある大国・ツックバー神聖帝国からの依頼についてだ。

 ツックバーの北にあるヒッターチ帝国と雌雄を決する戦争を仕掛けたいので、魔道騎士団の援軍と最新式の投石砲や輸送道具を援助してほしい。使者は援助とは言っていなかった。貢ぎ物と言い表していた。

(貢物だと? あの国はいつもそうだな。)

 ツックバー神聖帝国は、かつてカントニアのほぼ全域を治めていたムサシノ帝国の後裔だ。国は豊かで人口は多いが、大変に気位の高い国としてややこしくもある。

 同時にイーガの魔法道具製品の主な輸入元の1つである。輸入ばかりしてくれているので貿易は黒字続き。

 元々はツックバーの植民地で、貴族の庶流が多く移り住むウマヤーノ共和国へのとりなしもしてくれる。ウマヤーノはカントニア最大の人口と国土を誇り、市場としては最大だ。

「ウマヤーノとの貿易のこともある。それに、ヒッターチに勝った折りにはイーガに、ヒッターチ南東部の割譲をするなどとほざいておる。どう返したら良いものかな、アドルフ?」
「送ってしまって良いのでは?」

 廷臣達が首をかしげる。どういう理由でそう申したのか。アドルフは「領土はいらぬ」ときっぱり断った上で、無報酬で受けるべきだと答えた。

「しかし、ウマヤーノを巻き込まぬ限り、ツックバーが勝てる見込みは無いぞ?」
「戦いに勝たせる必要はございませんな。魔道騎士団の精鋭ではなく、実力が劣っている武将や騎士を送れば良いだけのことです」

 傲慢なツックバー国王は、海外の事についてきわめて疎い。イーガがどれだけ豊かなのかは使者達は存じていたが、国王は魔道士ばかりがいる田舎の国と蔑んでおいでのようだ。

 事実、アドルフは美人の女スパイを後宮に潜り込ませ、ツックバー王がどれだけ凡愚か逐一報告を受けていた。ちなみにそのスパイは国王のお手付きとなり、娘を産んでいる。

「投石砲や輸送道具はどうするのだ?」
「工房で研究している最新式のものは出してはなりません。軍団の倉庫に眠っている、古い投石砲をお使いくだされば良いのです」
「それに怒ってウマヤーノを盾に文句を言ってきたら?」
「国王がいくら声高に叫ぼうとも、貿易の主役は民草ですぞ。他国の民の欲求や不満が、我が国を豊かにしてくれるのです。脅してその通りにしても思った効果は与えられないでしょうな。それと……」

 何もウマヤーノからの貿易は直通ではない。周辺諸国、例えばサガミニア地方の自治都市や北のミナッカミニア山地の金色エルフ達との交易ルートを通じて、ウマヤーノで商売ができる。

 それが長く続けばウマヤーノ国内ではなく、ツックバー王の思惑が届かぬ土地に交易拠点が置かれ、結果的にはツックバー王の首を締める事になるだろう。

「いささか気の遠い話でもあるが、まあわからなくもない。とはいえ、おぬしがそう申してくれたおかげで決心がついた」

 父王はアドルフの意見をのんだ。会議が終わると親子は国王の私室に入った。顔見せついでに聞きたいことがある、と王が言ってきたからだ。

 国王は侍女が入れてきてくれた茶と菓子を息子に与えると、ホーデンエーネンの大使館からしきりに催促が来ている件について語りだした。

「イズヴァルト=シギサンシュタウフェンの遺体の引き渡しと、マイヤ=カモセンブルグの失踪について協力して欲しいと申し出があった」

 イズヴァルトは急病に倒れた後、エルフ達によってカントニアに運ばれたが、その情報はコーヅケーニッヒには届いていなかった。知らせに戻ろうとした隊長は行方不明だった。

「調べさせたがあの時、カントニアのエルフ達が隣町に来ていた事以外はわからん。イズヴァルトを泊めた宿屋の主人も、どこに行ったのか知らぬと返すだけ。そもそも、アノーヅに魔物が現れたなどとはでたらめそのものだったらしいではないか?」
「……その様な事があったのですな。初耳でしたぞ?」
「しらばっくれるな。とっくの昔に存じていたと思っておったぞ。とはいえ、そなたを疑うつもりは無い」

 国王はひどく不愉快だった。イーガの体面はともかく、イズヴァルトの遺体を見つけられない事に歯がゆい思いだった。

「イズヴァルトの損失はホーデンエーネンの、いや、キンキ大陸の損失でもあるのだからな」

 父王はイズヴァルトを好意的に見ていた。武勇伝も存じている。しかし彼が滞在している時に宴に呼ばなかったのは、学業に専念させて欲しいという魔道学問所からの強い要請があったからだ。国元からはそれ程までに期待されていた。

 しかしイーガの防衛兵団はそんな事おかまいなしに、大使館を通じてイズヴァルトに手を貸してくれと要請した。決定した武官らは国王から激しいけん責を受けた。

「まあしかし、ホーデンエーネンの大使も大概だな。捜索に手を貸すのかと思いきや、あいも変わらず宴や妾との情事にうつつを抜かしておる。あんな愚物を抜擢するとは、ジュンケイン王の目は節穴か?」

 憤る父を見てアドルフは思った。節穴なんかではない。大貴族の出身であるがゆえにあの男は大使になれた。ホーデンエーネンは貴族の力強い。嫌でも無能を要職に就かせる事はままあった。

「アドルフでも行方がわからぬ……どういう事なのだろうな?」

 自分にはさっぱりわからぬ、という口ぶりであったが国王の言いたい事はこうだろうとアドルフは思っていた。まさかおぬしが犯人ではないだろうな。

 自分が父に疑われる可能性が高いことは重々承知していた。虚弱体質の為に国王にはなれないが、アドルフはスパイを使うのが上手いことを国王は存じていたのだ。

「しかし、もう1人のマイヤ=カモセンブルグはどうなのでしょうな?」
「何者かにさらわれた。そういった目撃情報があるらしいが……警備兵団に捜査を続けさせている」

 国王の魔道士もいずれ調査に加わる。マイヤのが誰で、どんな目的でさらったのか。魔道学問所からもハーフエルフの^パルパティアが捜査に協力するらしい。

「アドルフ。イーガ国内にもお前の密偵が沢山いるのだろう。その力を借りたい」

 出来れば、と国王は口に出してから止めた。一番優秀なエレクトラをイーガに呼び戻したい。この前ホーデンエーネンから本人と疑わしき女が国内の悪事に加担していた、と文句が来た。

 その悪事が何だったのかはごにょごにょと返すばかりではっきりしなかったが、放った密偵によりホーデンエーネンの2人の大物貴族が死んだ事に関係すると見ていた。

(トマス海洋公とカルカド=セッツェン。有能の部類に入る者たちだ。しかもパラッツォ教との宥和派……)

 何をしていて誰が命令者だったのかなんとなくわかる。しかし疑いのままで終わっているため追及するつもりは無い。よからぬことをしている噂があるとはいえ、可愛い息子を疑いたくなかった。

「わかりました、陛下。部下に申し伝えておきます」
「ありがとう。すまないな……ところで」

 エレクトラをこちらに呼び戻せないか。そろそろあの賢い義理の娘に会いたいと国王は告げた。離縁などすぐに取り消せる。それに。

(あのエレクトラがお前にとっての心の拠り所だと、儂は知っているのでな。)

 エレクトラは数多くいるアドルフの妻の中で、一番彼に愛された女だった。豊富な知識を持つ転生人。語ってくれた前世での経験は息子も国王も魅了した。

 虚弱なアドルフに比して健康で聡明なマルティンという孫を産んでくれたのも、神の導きというものだろうか。

「ははは……私もそうしたいのはやまやまですが、彼女はどうも窮屈なコーヅケーニッヒより、田舎が好きなようでしてな」

 アドルフの声には力が無かった。やはりな、と父は思う。アドルフはまだ強い未練をエレクトラに持っているらしい。
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