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第二部 『呪いの序曲。イーガの魔王』 (少年編から青年編の間のエピソード。)
26 呪いの序曲⑦
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手術台に縛られたサキュバスのノンは、全身に激痛を感じ泣き叫んでいた。彼女の右腕、右肩、乳房の皮膚には火傷を受けていた。
ノンはもっと叫んだ。今度は左腕だ。熱く焼けた棒が彼女の手首を焼き始めた。左腕の次は胴体、両脚に会陰の周囲。
右腕から肩にかけての火傷は絵にも見えた。蔓(かずら)みたいなそれは魔封じのための刻印だった。イーガの魔道士に伝わる、強力な魔封じの力だ。
これをやられた暁には死ぬまで魔法は使えなくなる。下級の魔族ならば片腕だけでも充分に効果はあるが、これは懲罰だ。沢山の部下を殺した仕返しである。
ノンが悲鳴をあげる。それを聞いたヒッポタルトが欲情に奔った目を向ける。アドルフは彼女の右腕の美しく白い肌に、醜い火傷が出来るのを嬉しそうに見ていた。
左腕と左肩が終わった。今度は乳房だ。彼女のそれは大きく実っていた。とはいえマイヤ程ではない。90あるか無いかだろう。それにも灼けた鉄の棒があたり、肌を焼き始めた。
淫魔は涙を流しながら叫ぶ。しかしやめて欲しいとまでは言わない。彼女は嗚咽しながら、せめてマイヤさまに酷いことをしないで欲しいと懇願し続けていた。
(……うるさい女だ。そんなにまで滅んだ国の女王の子孫を気遣うのか? 男のナニを求めてばかりの淫魔風情が、泣きたくなるぐらいにけなげだな。)
鉄の棒を握るヒッポタルトは、乳房には容赦しなかった。いや、喜々として強く押し当てる。ノンの乳房に煙が立った。乳房の中の脂が溶けてにおいを放った。
たまらないぐらいにいい香りがする。サキュバスは己の血肉にも男を魅了する力があるのか。いいや、肉だけでなく糞便も食えると聞いたことがあるなとアドルフは思い出す。
「ヒッポタルト。左の乳房はやめにしろ」
「どうしてです?」
「後で良いものをお前たちにごちそうしてやる。ついでの褒美だ」
ヒッポタルト達がうなずいた。再び火桶に鉄棒を差した後、ノンのなだらかな腹を焼き始めた。ノンはそれでも懇願する。マイヤさまだけは無事でいさせてくれ。
「その責めに耐えきったらそうしてやろう。マイヤには危害を加えない。しかしあの娘をそこまで気遣うのは何故だ?」
「お前にはわかるまい! しかし我らにとってマイヤさまは命よりも大事な姫君であり……うあっ、うああああッ!」
腹に描かれるのは魔法の呪印だ。へそを囲む正三角形の紋様の周囲に呪文を刻む。自殺への欲求と反抗心を減退される力が備わっていた。それが終われば今度は両脚だ。
太く柔らかく甘い香りを放つ両腿を、ヒッポタルト達は醜く残る傷痕を残していく。ノンは更に強く泣き叫んだ。痛覚を和らげる魔法がとうとう使えなくなったからだ。
それでも彼女は気を失う事は出来ない。魔族の肉体と精神は強靭に過ぎる。しかし魔法の力を失えばただそれだけを持て余す。
サキュバス族は個体差はあるが概して非力だ。魔法が使えなくなればそこらの小娘と変わらぬ。ただただ寝ずに性交をする体力と、巨体にのしかかられても痛みや苦しみではなく、性の悦楽覚える感度を有するのみ。
ニンゲンの女から見ればレイプ同然のセックスでも彼女らは喜ぶし、精液便所となり下がる日々も喜びそのものだ。魔力を失ったノンには、過酷でありながらも悦に満ちた毎日が待っていた。
いよいよ会陰だ。小刀を出せとアドルフは命じた。クリトリスの周囲の包皮を削り、性感を増す為だ。切除には彼女が持っていた剣が使われた。
闇魔道士のうち1人がその役目を担った。その男についてアドルフはこんな事を知っている。もとは医者だが、下層民の童女のクリトリスをナイフでえぐるのが大好きな極悪人だ。
「前もって忠告しておく。陰核を切除するな。仕損じたらお前はこの場で手打ちだぞ?」
「はい。わかっておりますとも」
闇魔道士はノンの包皮に切っ先をあてがった。魔族の皮膚は柔軟かつ頑丈だ。ニンゲンの比ではない。しかしその剣の切れ味は杞憂を一掃するものだった。
「……ッ!」
陰核の包皮はものの見事に切り取られた。血が湧き出ている。アドルフがやって来て治癒の魔法を施すと、ものの数秒で傷口は塞がった。
「お見事です、殿下」
「ふん。女のさねの周りを整えるのを、俺は何度もやっているからな」
アドルフは自分の妾や娘達にそれを施していた。そちらの方が性感が増すからだ。自らメスを取り、傷口に治癒の魔法をかける。
彼の手術の腕は確かだ。彼に施された女達の中で、クリトリスの周りに醜い傷痕を残す事は無かった。比較的簡単なものになるが外科手術も行える。名医でもある医療魔道士のシュタイナーに教わった技術だ。
「淫魔。これからお前はもっと男を楽しめる様になる。感謝しろ」
「……放っておいてよ」
「礼が言えぬか。お前の昔のあるじはさぞかし、お前のことで悩んでいただろうな」
続けろ。アドルフがヒッポタルト達に命じる。ノンはもだえ苦しんだ。会陰の周囲に焼印が刻まれていく。これで懲罰は完了だ。よく耐えきったと褒めてやりたい。
ノンはすっかり弱り切っていた。魔力を封じられた身体は、何度念じても彼女を助けてくれなかった。ニンゲンの姿のままで施されたから、もはや元の姿には戻れなかった。
「……マイヤさまは?」
「安心しろ。約束する。酷いことはせんよ」
「だったらいいわ」
それだけが救いだ。自分はこれからこの男や仲間達の慰みものにされるだろう。しかしヒッポタルトという薄気味悪い魔道士は、あの口ひげの男を殿下と言っていたな。
「お前の本当の名前を知りたいの。そこの魔道士が殿下と言っていたけれど……」
「アドルフ=トードヴェル=キョウゴクマイヤーだ。以後、末永くお見知りおきを、と言ってやろう」
ノンの顔がこわばった。その名前に心当たりがあるようだ。彼女は信じられないと心の中でつぶやいていた。
(そ、それが本当のことだったら、この男は……)
自分達の味方のはずだ。ナントブルグの古代王国が滅亡した時に、捲土重来をと落ちのびた女王に暇乞いを告げ、ホーデンエーネン王国を打倒する為の国を作り上げたエルフの忠臣。
その末裔のはずだ。イーガの歴史も知っている。その忠臣の子と子孫が代々王となっている。第一王朝と150年前に成立した第二王朝とで分かたれているが。
(マイヤさま……トーリ様に忠節を誓うべき者! 何をたくらんでいる! 目を覚ませ! 祖先が為し得なかった大望を引き継ぐのよ!)
「……ふん。我が国の事はそこまで存じておらぬようだな。あっちの事ばかりに興味がありすぎて、肝心な事を勉強しておらん。所詮は下賤の魔族だ」
何故イーガは第一王朝と第二王朝と分断があったか、それを勘ぐれとアドルフは言った。ノンが黙っているとやれやれ、とため息をついて親切な本性を見せた。
「第一王朝は確かに、ホーデンエーネンと激しく争った。連戦連勝……とはいかないまでも領土は今ぐらいにまで拡張できる程だったがな」
ホーデンエーネンはイーガとの戦争で負け続けていた。イーガの初代国王、つまりは女王の忠臣のエルフこそ討ち取られたものの、続く2代目以降は戦争に勝ち続けた。
イーガ魔法王国の組織力はホーデンエーネンの数歩上をいっていた。しかし国の広さと武者の多さは敵国が上であった。
「我が国は小国なりにも頑張ったよ。まあ、あの脳みそ筋肉のイキり武者の王国は、魔竜に喧嘩を売ったり海外に領土を求めたりと馬鹿な真似を繰り返していたからな。しかしそれこそがモノを考える肝というものだよ」
「……何を言いたいの?」
「潜在的な国力は圧倒的にホーデンエーネンの方が上だ。かの国は征服した国々の庶流を血族に入れ、大貴族として遇する統治を行う馬鹿な真似をした。それが伸び悩む原因でもあるが王家がそのことに気づいたら、どうする?」
魔竜や海外との戦争を止めて王家の直轄領を富ませた後、大領主達に難癖をつけて己の土地と人民を増やし、国全体の富国強兵に務める。
「近年、かの王国はそれまで見向きもしなかった魔道士を養い、科学技術の研究にも力を出している。国の宿痾たるアカサカチハヤの征服への夢、というものはあるが、眠れる獅子は目覚め始めた」
だがイーガは、賢明な王や賢臣らは、そうなるのではあるまいかと、とうの昔に予測していた。第二王朝が始まる前にだ。
ホーデンエーネンと争い続けるのは国を危うくする。あとそれと、どうでもいいことだがホーデンエーネンの女の方が平均的に純朴でおっぱいがでかい。
対してイーガ女はどうにも気難しく、陰謀を好むから面倒くさいやつらばかりだ。策士は決して知恵者の妻を欲しがるという訳ではない。家に帰ってまで言い争いをするのは心が休まらないものである。
「第一王朝の最後の王は、ホーデンエーネン打倒に燃える若き男だった。フリードリッヒ3世=トードヴェル=キョウゴクマイヤーだ。彼はヨーシデン地方制圧の為の必勝の策を胸に携え、決戦に望もうとしていた。出陣の前夜だ」
王城でクーデターが起こった。首謀者はフリードリッヒの弟のマルティーン。第二王朝の祖・マルティーン=トードヴェル=キョウゴクマイヤー。アドルフは初代国王にあやかって我が子を名づけた。
「そのマルティーン様のご決断により、ナントブルグの女王の呪いから解き放たれ、今のイーガはあるのだ」
「ふふ……裏切者の子孫というわけかしら。あのカツランダルクの庶流の様にッ!」
「裏切られて当然の事をしただけだろう。お前達の本当のあるじは。俺は知っているぞ。男には政治の権利を分け与えぬろくでもない国だったそうだな?」
ノンは眉根を怒らせた。男達を疎んじたわけではない。女王はとかく戦争を望みがちな彼等を遠ざけただけだった。特に裏切った庶流の者らは、意味のない征服戦争を声高に主張した。
「戦争で功を挙げ、自分の思い通りになる美女をたくさん囲い、多くの子を産ませて己らの領地を増やそうとする。庶流の男どもにはその様な目論見があったの。それを知っていたから女王陛下は権力を取り上げたのよ!
「……他の国々と同じ考えではないか。平和を望む女達の王国。それがお前たちの祖国が滅んだ原因だ」
とはいえ女も、戦争をしたがる者はごまんといるがな。アドルフは心の中でそう付け加えた。
「人は争わなければ生き残れない。特に国家というものはそういうものだ。隣国と競い、発展していかなければ長く続かない。惰眠をむさぼるばかりでは吸い込まれてしまう。この世こそ地獄だよ。魔界の様に安定はしていないのは、見ててわかるだろう?」
「……」
「もういい。語ってやりたい事は話し尽くした。淫魔よ。お前との約束を守ることを誓ってやろう。マイヤは大事にする。『危害』は加えない」
ではひめさまとやらをお目見えさせてやろう。アドルフは配下の者に命じて、別室で今も眠りにつくマイヤをこの部屋に運ばせた。
担架に乗せられた可愛い姫君の姿を見て、ノンは狂おしく叫び、そして呪いの言葉を吐き続けた。
「……こんな事を! こんな事をマイヤさまにッ!」
「だから誓うと言っただろう? しかしこの姿になったのは、お前たちがこの屋敷に来る前だ」
俺は約束を破っておらんよ。涙を流しながら激怒するノンの前で魔王は薄い笑みを浮かべていた。
ノンはもっと叫んだ。今度は左腕だ。熱く焼けた棒が彼女の手首を焼き始めた。左腕の次は胴体、両脚に会陰の周囲。
右腕から肩にかけての火傷は絵にも見えた。蔓(かずら)みたいなそれは魔封じのための刻印だった。イーガの魔道士に伝わる、強力な魔封じの力だ。
これをやられた暁には死ぬまで魔法は使えなくなる。下級の魔族ならば片腕だけでも充分に効果はあるが、これは懲罰だ。沢山の部下を殺した仕返しである。
ノンが悲鳴をあげる。それを聞いたヒッポタルトが欲情に奔った目を向ける。アドルフは彼女の右腕の美しく白い肌に、醜い火傷が出来るのを嬉しそうに見ていた。
左腕と左肩が終わった。今度は乳房だ。彼女のそれは大きく実っていた。とはいえマイヤ程ではない。90あるか無いかだろう。それにも灼けた鉄の棒があたり、肌を焼き始めた。
淫魔は涙を流しながら叫ぶ。しかしやめて欲しいとまでは言わない。彼女は嗚咽しながら、せめてマイヤさまに酷いことをしないで欲しいと懇願し続けていた。
(……うるさい女だ。そんなにまで滅んだ国の女王の子孫を気遣うのか? 男のナニを求めてばかりの淫魔風情が、泣きたくなるぐらいにけなげだな。)
鉄の棒を握るヒッポタルトは、乳房には容赦しなかった。いや、喜々として強く押し当てる。ノンの乳房に煙が立った。乳房の中の脂が溶けてにおいを放った。
たまらないぐらいにいい香りがする。サキュバスは己の血肉にも男を魅了する力があるのか。いいや、肉だけでなく糞便も食えると聞いたことがあるなとアドルフは思い出す。
「ヒッポタルト。左の乳房はやめにしろ」
「どうしてです?」
「後で良いものをお前たちにごちそうしてやる。ついでの褒美だ」
ヒッポタルト達がうなずいた。再び火桶に鉄棒を差した後、ノンのなだらかな腹を焼き始めた。ノンはそれでも懇願する。マイヤさまだけは無事でいさせてくれ。
「その責めに耐えきったらそうしてやろう。マイヤには危害を加えない。しかしあの娘をそこまで気遣うのは何故だ?」
「お前にはわかるまい! しかし我らにとってマイヤさまは命よりも大事な姫君であり……うあっ、うああああッ!」
腹に描かれるのは魔法の呪印だ。へそを囲む正三角形の紋様の周囲に呪文を刻む。自殺への欲求と反抗心を減退される力が備わっていた。それが終われば今度は両脚だ。
太く柔らかく甘い香りを放つ両腿を、ヒッポタルト達は醜く残る傷痕を残していく。ノンは更に強く泣き叫んだ。痛覚を和らげる魔法がとうとう使えなくなったからだ。
それでも彼女は気を失う事は出来ない。魔族の肉体と精神は強靭に過ぎる。しかし魔法の力を失えばただそれだけを持て余す。
サキュバス族は個体差はあるが概して非力だ。魔法が使えなくなればそこらの小娘と変わらぬ。ただただ寝ずに性交をする体力と、巨体にのしかかられても痛みや苦しみではなく、性の悦楽覚える感度を有するのみ。
ニンゲンの女から見ればレイプ同然のセックスでも彼女らは喜ぶし、精液便所となり下がる日々も喜びそのものだ。魔力を失ったノンには、過酷でありながらも悦に満ちた毎日が待っていた。
いよいよ会陰だ。小刀を出せとアドルフは命じた。クリトリスの周囲の包皮を削り、性感を増す為だ。切除には彼女が持っていた剣が使われた。
闇魔道士のうち1人がその役目を担った。その男についてアドルフはこんな事を知っている。もとは医者だが、下層民の童女のクリトリスをナイフでえぐるのが大好きな極悪人だ。
「前もって忠告しておく。陰核を切除するな。仕損じたらお前はこの場で手打ちだぞ?」
「はい。わかっておりますとも」
闇魔道士はノンの包皮に切っ先をあてがった。魔族の皮膚は柔軟かつ頑丈だ。ニンゲンの比ではない。しかしその剣の切れ味は杞憂を一掃するものだった。
「……ッ!」
陰核の包皮はものの見事に切り取られた。血が湧き出ている。アドルフがやって来て治癒の魔法を施すと、ものの数秒で傷口は塞がった。
「お見事です、殿下」
「ふん。女のさねの周りを整えるのを、俺は何度もやっているからな」
アドルフは自分の妾や娘達にそれを施していた。そちらの方が性感が増すからだ。自らメスを取り、傷口に治癒の魔法をかける。
彼の手術の腕は確かだ。彼に施された女達の中で、クリトリスの周りに醜い傷痕を残す事は無かった。比較的簡単なものになるが外科手術も行える。名医でもある医療魔道士のシュタイナーに教わった技術だ。
「淫魔。これからお前はもっと男を楽しめる様になる。感謝しろ」
「……放っておいてよ」
「礼が言えぬか。お前の昔のあるじはさぞかし、お前のことで悩んでいただろうな」
続けろ。アドルフがヒッポタルト達に命じる。ノンはもだえ苦しんだ。会陰の周囲に焼印が刻まれていく。これで懲罰は完了だ。よく耐えきったと褒めてやりたい。
ノンはすっかり弱り切っていた。魔力を封じられた身体は、何度念じても彼女を助けてくれなかった。ニンゲンの姿のままで施されたから、もはや元の姿には戻れなかった。
「……マイヤさまは?」
「安心しろ。約束する。酷いことはせんよ」
「だったらいいわ」
それだけが救いだ。自分はこれからこの男や仲間達の慰みものにされるだろう。しかしヒッポタルトという薄気味悪い魔道士は、あの口ひげの男を殿下と言っていたな。
「お前の本当の名前を知りたいの。そこの魔道士が殿下と言っていたけれど……」
「アドルフ=トードヴェル=キョウゴクマイヤーだ。以後、末永くお見知りおきを、と言ってやろう」
ノンの顔がこわばった。その名前に心当たりがあるようだ。彼女は信じられないと心の中でつぶやいていた。
(そ、それが本当のことだったら、この男は……)
自分達の味方のはずだ。ナントブルグの古代王国が滅亡した時に、捲土重来をと落ちのびた女王に暇乞いを告げ、ホーデンエーネン王国を打倒する為の国を作り上げたエルフの忠臣。
その末裔のはずだ。イーガの歴史も知っている。その忠臣の子と子孫が代々王となっている。第一王朝と150年前に成立した第二王朝とで分かたれているが。
(マイヤさま……トーリ様に忠節を誓うべき者! 何をたくらんでいる! 目を覚ませ! 祖先が為し得なかった大望を引き継ぐのよ!)
「……ふん。我が国の事はそこまで存じておらぬようだな。あっちの事ばかりに興味がありすぎて、肝心な事を勉強しておらん。所詮は下賤の魔族だ」
何故イーガは第一王朝と第二王朝と分断があったか、それを勘ぐれとアドルフは言った。ノンが黙っているとやれやれ、とため息をついて親切な本性を見せた。
「第一王朝は確かに、ホーデンエーネンと激しく争った。連戦連勝……とはいかないまでも領土は今ぐらいにまで拡張できる程だったがな」
ホーデンエーネンはイーガとの戦争で負け続けていた。イーガの初代国王、つまりは女王の忠臣のエルフこそ討ち取られたものの、続く2代目以降は戦争に勝ち続けた。
イーガ魔法王国の組織力はホーデンエーネンの数歩上をいっていた。しかし国の広さと武者の多さは敵国が上であった。
「我が国は小国なりにも頑張ったよ。まあ、あの脳みそ筋肉のイキり武者の王国は、魔竜に喧嘩を売ったり海外に領土を求めたりと馬鹿な真似を繰り返していたからな。しかしそれこそがモノを考える肝というものだよ」
「……何を言いたいの?」
「潜在的な国力は圧倒的にホーデンエーネンの方が上だ。かの国は征服した国々の庶流を血族に入れ、大貴族として遇する統治を行う馬鹿な真似をした。それが伸び悩む原因でもあるが王家がそのことに気づいたら、どうする?」
魔竜や海外との戦争を止めて王家の直轄領を富ませた後、大領主達に難癖をつけて己の土地と人民を増やし、国全体の富国強兵に務める。
「近年、かの王国はそれまで見向きもしなかった魔道士を養い、科学技術の研究にも力を出している。国の宿痾たるアカサカチハヤの征服への夢、というものはあるが、眠れる獅子は目覚め始めた」
だがイーガは、賢明な王や賢臣らは、そうなるのではあるまいかと、とうの昔に予測していた。第二王朝が始まる前にだ。
ホーデンエーネンと争い続けるのは国を危うくする。あとそれと、どうでもいいことだがホーデンエーネンの女の方が平均的に純朴でおっぱいがでかい。
対してイーガ女はどうにも気難しく、陰謀を好むから面倒くさいやつらばかりだ。策士は決して知恵者の妻を欲しがるという訳ではない。家に帰ってまで言い争いをするのは心が休まらないものである。
「第一王朝の最後の王は、ホーデンエーネン打倒に燃える若き男だった。フリードリッヒ3世=トードヴェル=キョウゴクマイヤーだ。彼はヨーシデン地方制圧の為の必勝の策を胸に携え、決戦に望もうとしていた。出陣の前夜だ」
王城でクーデターが起こった。首謀者はフリードリッヒの弟のマルティーン。第二王朝の祖・マルティーン=トードヴェル=キョウゴクマイヤー。アドルフは初代国王にあやかって我が子を名づけた。
「そのマルティーン様のご決断により、ナントブルグの女王の呪いから解き放たれ、今のイーガはあるのだ」
「ふふ……裏切者の子孫というわけかしら。あのカツランダルクの庶流の様にッ!」
「裏切られて当然の事をしただけだろう。お前達の本当のあるじは。俺は知っているぞ。男には政治の権利を分け与えぬろくでもない国だったそうだな?」
ノンは眉根を怒らせた。男達を疎んじたわけではない。女王はとかく戦争を望みがちな彼等を遠ざけただけだった。特に裏切った庶流の者らは、意味のない征服戦争を声高に主張した。
「戦争で功を挙げ、自分の思い通りになる美女をたくさん囲い、多くの子を産ませて己らの領地を増やそうとする。庶流の男どもにはその様な目論見があったの。それを知っていたから女王陛下は権力を取り上げたのよ!
「……他の国々と同じ考えではないか。平和を望む女達の王国。それがお前たちの祖国が滅んだ原因だ」
とはいえ女も、戦争をしたがる者はごまんといるがな。アドルフは心の中でそう付け加えた。
「人は争わなければ生き残れない。特に国家というものはそういうものだ。隣国と競い、発展していかなければ長く続かない。惰眠をむさぼるばかりでは吸い込まれてしまう。この世こそ地獄だよ。魔界の様に安定はしていないのは、見ててわかるだろう?」
「……」
「もういい。語ってやりたい事は話し尽くした。淫魔よ。お前との約束を守ることを誓ってやろう。マイヤは大事にする。『危害』は加えない」
ではひめさまとやらをお目見えさせてやろう。アドルフは配下の者に命じて、別室で今も眠りにつくマイヤをこの部屋に運ばせた。
担架に乗せられた可愛い姫君の姿を見て、ノンは狂おしく叫び、そして呪いの言葉を吐き続けた。
「……こんな事を! こんな事をマイヤさまにッ!」
「だから誓うと言っただろう? しかしこの姿になったのは、お前たちがこの屋敷に来る前だ」
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