聖騎士イズヴァルトの伝説 外伝 『女王の末裔たち』

CHACOとJAGURA

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第二部 『呪いの序曲。イーガの魔王』 (少年編から青年編の間のエピソード。)

24 呪いの序曲⑤

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「手術の計画はこうだ。まずはマイヤの腹の子を排出させる。その後輸血をしながらその両手両脚を斬り落とす。これを今日1日でやる」

 手術台を前にアドルフは、ヒッポタルトや手伝いの闇魔道士、数名の部下を前にそう告げた。

「なあに。死にはせん。私が治癒魔法で何とかする。シュタイナー医療魔導士の薫陶を受け、その師であるパスツール上級魔道士に子供のころから医療魔法のイロハを叩きこまれたからな。そこらの藪医療魔道士と思わんでくれ」

 手術台の上には、先ほどまでレグスに蹂躙されていた昏睡状態のマイヤを寝ていた。彼女は眠ったまま風呂に入れられ、身体を拭き清められていた。

 両腕と両脚にはアドルフが言う、切断の為の印がつけられている。主君は本気だ。流石のレグスも気分が悪くなった。

 対してヒッポタルトや他の魔道士たちはにんまりと笑っていた。彼等は目の前にいる、見事な肢体をした少女に欲情していた。最高の虐待を加えたがっていた。

「感染症なども問題は無い。あれらの病原菌は既に殺し切っている。懸念点は『ういるす』というやつだが、何度も洗えば大体が取れる。まあ気にするな。私の医療魔法はそこも殺せるように修練を積んである」

 さあ取り掛かれ。アドルフは配下の者達に命じた。ヒッポタルトや魔道士達がマイヤの下腹に張り付いた。彼女の身体に輸血針が刺された。

「惜しいですなあ。生まれれば殿下の好きなように育てられるでしょうに……」

 ヒッポタルトの皮肉にもアドルフは動じない。そもそも胎児を取り出して秘薬にしたがっていたのはどこのどいつだ。あの少女は事実を知って、首を吊って死んだそうではないか?

「ヒッポタルト。次の愛人はどんなのがいい? 何名でも見繕ってやるぞ?」
「2人は欲しいですな。13歳ぐらいと7歳ぐらいの女児。姉妹などがよろしいでしょう」
「ふふ、お前好みのを貧民街から探してやろう」
「それはありがたいことで……」

 ヒッポタルトは印を切った。他の魔道士たちはまじないの言葉を唱える。マイヤにしかけた眠りの魔法を深くする為にだ。

 同時に麻酔針がマイヤの下腹に打たれた。膀胱を避ける様に盛り上がっていた肉にメスが入る。白い肌が血まみれになり、子宮の中が姿を見せた。

 胎児の体を見つけると、ヒッポクラテスは毒針を打った。イズヴァルトとマイヤの絆の証であったその小さな命の灯は、その一刺しで吹き消された。

「午後1時31分23秒。ご臨終です」

 闇魔道士のうち1人が面白がって言った。レグス達は顔を真っ青にした。アドルフは少しだけ笑う。ふん。罰当たりな奴め。

 マイヤの子宮に薬剤が流し込まれた。胎盤や羊膜を子宮から引きはがす特殊な薬剤だ。古来からイーガにはこの薬があった。

 妊娠が進んでいる妻や恋人を持つ反逆者や重犯罪人に、見せしめの為に用いるものだ。自分の死は恐れなくても、愛する人の腹の子が殺されるのを見せられるのが一番精神に来るだろうと思って造られた。

 胎児の身体が子宮の外に引き出された。へその緒と胎盤も取り出すと、ヒッポタルトはゴミの様に皿の上に投げ捨てた。

 マイヤの子宮の切開部分が糸で縫われる。それから皮膚も。アドルフが近づきマイヤの腹に手をかざした。血で見えづらくなっていたが、彼女の子宮と皮膚の傷がみるみるうちにふさがった。

「ここまでにしておく。どうせ1週間は安静にしておかなくてはな。さあ、次に取り掛かれ」

 アドルフは呆然として様子を見ていたレグス達に目を向けた。彼等は明らかに怯えていた。馬鹿な奴らだ。騎士であり戦士であったお前たちが怯んでどうする?

「見損なったぞレグス。お前は勇猛だと思っていたのだがな?」
「わ、わかりましたよ殿下……」

 レグスは意を決した。彼の『四肢斬り』の腕は確かなものだった。切断面は芸術的なまでだ。全部の四肢を斬り落とせとアドルフは命じた。

 マイヤはそれで命を落とすことは無かった。アドルフが彼女にかけた強い治癒魔法で最初に斬られた右腕からの傷が塞がり、血が止まった。

 左腕も両脚も。これはアドルフの治癒魔法だけの力ではなかった。マイヤが受けている輸血の中に、ヒッポタルトが精製した別の『親思いのひな鳥の献身』が入っていた。

 胎児ではない。孤児院の前に打ち捨てられた赤ん坊だ。この薬は出産直後の赤ん坊が一番良い原料になるという。ヒッポタルトはこれで大儲けをしようかとアドルフに語ってくれた。

(口減らしにも役に立つし病に困る者も助けられる。両得だな。)

 この薬とアドルフの医療魔法により、マイヤの血管は早くに修復が完了し、1週間後には動いていいぐらいになる。流石は俺が見込んだ部下達だ。頼りになるとアドルフは思った。

(しかしだが……)

 どうにも妙な気配を感じた。この屋敷の周囲を伺っているものがいる。魔道士、いや、まずニンゲンではない。

(さて、俺は一休みして、ここを伺っている奴がいつ仕掛けてくるか、試してみるとするか。)

 この屋敷の中には強力な結界を設けてある。果たしてそれを潜り抜けて来るだろうか。


□ □ □ □ □


 トーリに忠誠を誓うサキュバスのカミラはひそかに、3名のサキュバスをイーガに潜入させていた。風のうわさでイズヴァルトの身に何か起きていると聞いたからだ。

 選ばれたのは下級の位ではあるが、彼女が長年信頼しているメグとノンとマミ。彼女達は本日の昼、コーヅケーニッヒにたどり着いた。

 マイヤが住んでいる家を探して突き止め、彼女の姿を見る事までは出来た。しかしその後謎の場所に乗せられて行ったところも見ているが、市街の魔法結界のせいで見失ってしまった。

 でもどうして彼等を探し出す事が出来たのか。それはマイヤの魔力を探し出したからである。彼女がいる都の北の郊外にあるアドルフの隠れ家を突き止める事が出来た。しかしそれはマイヤの四肢が斬られた後だった。

「……マイヤさまの魔力が弱まっているわ。この中の館の中で何をされたのかしら?」
「メグ。ここは一旦、役割を決めましょう。カミラ様に報告の為に1人を向かわせる。私が潜入するわ」
「だめよノン。マイヤ様の身の安全が大事。ワタシたち3人だったらなんとかなる。メグ。杞憂で終わればいいけど、早く助けに行こう?」

 メグはマミの案を受け入れた。例え下級サキュバスでも3人でかかれば大丈夫。彼女達はへの字に曲がったショートソードを手に持った。

 40センチほどの長さのその刀身は黒かった、魔界のサキュバスの戦士が持つ剣である。鉄でもミスリルでもない、魔界にある黒錬石という材質の剣である。鋼よりも丈夫で切れ味が鋭い。

 まさかこの武器を抜く事になるとは。メグ達は腹をくくった。彼女らは嫌でも目立つ乳と尻の輪郭と胴のあたりにぴっちりついた、薄い衣をまとっていた。娼婦が着る様な服に見えるが、絹よりも軽く鎖帷子よりも丈夫だ。

「いくわよ」
「うん」
「やるしか無いよね」

 メグが先頭となって進んで行った。下級のサキュバス達は転移魔法は使えぬが、空を飛ぶことが出来る。メグが飛翔するとノンとマミが後に続いた。

 メグが巻き毛がちな紅色の髪をなびかせながら夜空を飛翔する。その姿はさながら、魔法が使える怪盗といった感じだ。事実、彼女は潜入工作も何度か携わった事があった。

(マイヤさま。どこにおられるのですか?)

 あるじにとって大切な妹はどこだ。マイヤは彼女達にとって、絶対に死なせてはならぬ存在だ。トーリが秘めている尋常でない量の魔力を解放する鍵となる。

 身体の術式回路に不備があるトーリは、魔力の量こそ少ないけれど、魔族並みの才能はあるがもともとの魔力が殆ど身体の維持に使われて欠乏がちになっているマイヤの力を借りないと実力を発揮しない。

 メグ達の上司であるカミラは見込んでいた。トーリとマイヤが高みに上り詰めれば、無敵の魔道士になれるはずだと。魔竜はともかく、この世界で最強と噂されるコーザ=ストーンマウントを凌ぐだろう。

 カミラやメグ達は、あるじとその妹が目覚める時を待ちわびていた。いいや、トーリはある程度まで自分の力でいくらか魔法が使えている。目覚めの時は訪れつつある。

 対してマイヤはまだこれからだ。発展途上にあるのかもうすでに完成しているのかはまだ見切れていないが、少なくとも自分達の大願成就の時までは生きていて欲しい。

(マイヤさま。無事でいてください。トーリ様がホーデンエーネンの女王になった暁には、マイヤ様はお望みだった総合大学を建てる夢をきっと叶えられるでしょう。トーリ様はマイヤさまの為に、王座を狙おうとしているのです。)

 祈る様にメグは心の中でマイヤに呼びかける。館の敷地に入った時、彼女は2階にマイヤの魔力を感じた。

 魔力はだいぶ弱り、やつれている。アスカウの村に来た時の半分以下だ。一体彼女の身に何が起こったのだろう。メグは念じた。壁をすり抜ける為の魔法を自分にかける為にだ。

 メグの身体は屋敷の壁に吸い込まれた。ノンとマミもそれに続く。メグはその部屋からまた壁を抜け、右脛を残して廊下に出た。そこでようやく何かが仕掛けられていることに気が付いた。

(まずい! 謀られた!)

 メグは後ろの2人に壁抜けの魔法は使うな。扉から部屋を出ろと呼びかける。右脛とふくらはぎに激痛が走った。斬り落とされる様な感覚だ。

 まだ壁抜けが終わっていなかった右足の下半分は、もののみごとに切り離されていた。壁抜けの魔法を妨害する術式が、この廊下の壁一面にかけられていたのである。

(……これしきのことで!)

 脚から吹きだす血が煙となってたちのぼると、彼女の脛から下の脚が元通りになった。素足なのはサンダルまでも再現できないからだ。

 しかし身体の修復の魔法はかなり多くの魔力を必要とする。下級淫魔のメグには手痛いダメージになった。一瞬ふらついて気を取り戻すと、扉から出たノンに呼びかけられた。

「メグ。屋敷の中に結界が張り巡らされていたの?」
「そうみたい。マイヤさまはあの部屋よ」

 メグはへの字に曲がった剣で差した。この廊下の手前に左側から3つ目の部屋だ。待ち伏せているかもしれないが3人でかかればなんとかなる。

「メグ。ノン。この屋敷、なんだか怖いわ」

 マミが注意を促した。彼女は他の2人よりも顔が引きつっていた。経験が無いからではない。直感がこの屋敷は手ぬるくはないぞと言っていたのだ。

「怯えないで。マミ。大抵のサキュバスは襲う相手にちんちんを見せられたらお尻を振ってなびいちゃうけど、ワタシたちは違うわ」

 自分達は末端ながら、ナントブルグの女王の遺臣だ。あの輝かしい女神が治める時代には、女王やその娘達に仕える女官でもあった。

(きっと大丈夫よ。だってこのイーガは……)

 女王に絶対の忠誠を誓ったエルフの将軍が築いた国。それがこの国だ。初代国王はもちろんそのエルフ。ホーデンエーネンとの戦争で志半ばで散ってしまったが。

 けれどもホーデンエーネンとたびたび争ったり、諜報を派遣して諸々の妨害工作を企図したのもナントブルグに再び女王らを迎え入れる為であった。
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