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第二部 『呪いの序曲。イーガの魔王』 (少年編から青年編の間のエピソード。)
12 ホーデンエーネンからの留学生①
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7月の予定なのに早すぎですぞ。おっとり旅で3カ月近くこちらに向かえばよかったのにと大使は愚痴っていた。そんなのは言いがかりもはなはだしい。
(まだ棲み処がきまっておらぬとは……いったいぜんたい大使どのは何をしていたでござるか?)
招待された大使館の中で、イズヴァルトは憤っていた。とりあえずこの1週間は大使館近くのホテルを住居にして欲しいと頼まれた。
「解せぬ。全く解せぬでござる!」
とはいえイズヴァルトは受け入れる他無かった。大使の召使いの女とあれこれ世間話をしていたマイヤが仕入れた話をイズヴァルトに教えた。
「ここの大使さまって毎晩宴会ばかりでろくに仕事をしてないんだって!」
「なんと!」
「それだけじゃないよ。イーガ人の現地妻達のおまんこのお世話ばかりで、ここに来るのは月に2度か3度ぐらい。ひどいよね!」
聞けばイズヴァルトが到着したから、急ぎ愛人の家からやって来たという。大使はこの街で5人の妾を持ち、8人の子を産ませていた。
「うううむ。元は王家でも傍流の傍流、貧乏貴族と大差無い領地しか持たぬというのに……」
「王様に手紙でチクる? あんなのが大使じゃホーデンエーネンの恥さらしだよ、イズヴァルト?」
それは彼の仕事が終わってからにしよう。事実、この街での家に入居してからイズヴァルトは国王あてに手紙を書いた。もうちょっと真面目な人物を大使にすべきでござる。
それはともかくコーヅケーニッヒでの日々が始まった。最初の1週間はホテル暮らし。イズヴァルトとマイヤはコーヅケーニッヒ見物することにした。
しかしどうにも気になるのはコーヅケーニッヒにある巨大な尖塔群だ。高さ100メートル近くあるそれにイズヴァルトとマイヤは興味が行く。
「わあでかい!」
「たかいたかいでござる!」
「まるで、イズヴァルトのおちんちんみたい!」
「……それは嫌な表し方でござるな?」
街の者に尋ねると、ただの物見塔ではなく『びるぢんぐ』と呼ばれる商業施設。ここに世界各国の商会の支社が集まって交渉事を行っているという。
「……なるほどでござる。しかし何を取引するのでござろう?」
「ホーデンエーネンの人では想像できないでしょうかね。希少金属や宝石、はたまたこの大陸で取れない薬草ですよ」
そうした鉱物や薬草などはイーガで作られる魔道具や薬の材料となる。中には催淫薬や麻薬の原料も。
その中には『ひろぽん』という聞きなれない薬の名前があった。マイヤはもしやと思う。注射や吸引で摂取する。疲労が消えたり、男女ともどもセックスの時の快感が恐ろしく増すという。
「そんなとんでもない魔法の薬があるのでござるか……?」
「そうさ。この国ではよく使われている薬だよ。『ひろぽん』を使う男は出来る男、と言われているぐらいさ」
「はわわわ……」
「ほう……ではホーデンエーネンでも輸入すると致すでござるか! 聖騎士団でも使えるか、ガレノス隊にかけあってみるでござる!」
「イズヴァルト。それは絶対に手を出しちゃいけないよ? 興奮して痛みが無くなる薬草とか、あんな類じゃないからね。それ」
とはいえ麻薬はホーデンエーネンでも多く出回っている。戦場や娼館、あるいは民間療法で使われているのだ。中毒になって困っている者も出ているが。
魔法具の工房は都にもあった。南側の地区に建ち並んでいる。特に多く造られているのは世界各地で重宝されている照明石。これが無ければ薄暗いろうそくや油を使わないと灯せない。
この地区の工房やイーガ各地にある工房で造られたのが、世界中に輸出される。イーガのものは高品質だ。最高級品ともなると100年は使えるらしい。
外国のものはこれに使う『光輝術式』の研究がおろそかなのですぐに使えなくなる。亜人は火を起こす魔法が日常的に使えるから、その術式を得意としていなかったのだ。
マイヤは工房群のある街区にある直売の店を周り、様々な魔法具を熱心に確かめていた。副業でやっている生活用魔法道具の新製品の開発の為にだ。ぶっちゃけ前世の文明の利器の再現でもあるが。
(ふーん。冷却魔法を封じ込めた石に風を起こすアミュレットか……あと、魔蓄石もあるのね。)
魔法の刻印が刻まれた様々な石や小物を見て考える。冷蔵庫はこの世界に存在しているしクーラーはホーデンエーネンでは必要無い。でも、扇風機はあったほうがいいか。
「何を熱心に考えているでござるか?」
「次の商品について考えていたところだよ」
様々なアイデアを思い浮かべながら見る。イズヴァルトは脚を動かさなくても前や後ろに進んでくれる靴を考えていた。大量生産出来る。速度を調節できれば便利なことこの上ない。
「拙者はいくさ場で役に立つものばかりを考えてしまうでござるよ。生水を濾過する道具や井戸に投げ込まれた毒を中和する薬。そういうものをでござる」
「飲み水が無くならない水筒とかだね! 吸気術式と冷却術式の道具を用いれば出来るんじゃないかな。でも、乾燥しているところは多分無理かも」
魔法はその土地にいる精霊の数で強さがまちまちになるらしい。乾燥地帯では水の精霊が殆どいないから水や氷の魔法が使いにくくなる。雪原や海の上では火の魔法が頼りない。
とはいえそれをひっくり返すものが世の中には散らばっているという。イズヴァルトが持つ魔剣に似たもの。伝説の武器というやつだ。
カントニアにはエルフ達を支配したニンゲンの英雄・スーワシューロが持っていた爆風と暴風を起こす弓、『エルフ狩りの王の弾弓』。
チンゼーには火山の神の力の半分を封じ込め、力を解き放てば辺り一面を火の海にすると語られている『邪悪を討つ者の光炎槍』が。
亜人達もまた得意分野の魔法なら、その術式を使うのに力を貸してくれる精霊が少ない場所でも、遜色なく力を発揮できるという。ニンゲンの魔道士は別だ。彼等は環境に制限される。
「何か思いついたでござるか?」
「うーん。全然! だけど、いくつか買ってみるから荷物運びお願いね!」
どうせ大した量は買わないだろうとイズヴァルトは思った。しかしマイヤが購入したのは店に並んでいた品を1つずつ。これが大した荷物に。
その上更にマイヤは工房街の書店にあった技術書なんぞを10冊以上も選んでしまったから、帰り道にイズヴァルトはとほほほ、と嘆かざるを得なかった。
□ □ □ □ □
「ホーデンエーネンから有名人のイズヴァルトとマイヤが来ているのか」
「そうだったんですか? そんなに人気者……はて?」
毛織の掛物がかぶせられたソファに座り、茶を飲んでいたシュタイナーは目の前の男を見た。彼の傍らには、彼の孫娘となる8歳ぐらいの金髪の少女が太い腹に抱き着いて微笑んでいる。
「トンダバヤシ退き口で活躍した少年騎士だよ。ホーデンエーネンの数々の内乱でも活躍した。もっぱら、あの国王のお気に入りらしいそうだ」
「それで、もう1人のマイヤという女の子は何者でございますかな?」
「そのイズヴァルトの侍女であり恋人だ。映像水晶で見たことがある。小さい頃もなかなかに可愛かったが、今はどうかな?」
男は口元の金色の髭を撫でながら尋ねる。愛らしい美少女だとシュタイナーは答えた。しかし幾分、男好きしそうな気配があったと。
「ほう、それだけかね?」
「それだけですよ。後はマレーネの前では言えないことばかりですからね」
「おじいちゃま。それはどういうことかしら?」
金髪の少女は何もわからぬという表情でシュタイナーの顔を見上げた。歳は8。マレーネという名前で、祖父が相対する男の息女のうち1人である。
大層愛らしい少女だが、左足が大きく曲がっていた。彼女は万全でない姿でこの世に生まれてきた。出産の直後に死んだ母が、幼くして彼女を産んだことも関係するだろう。
「関係のないことだよ。マレーネ」
「そう。おじい様がいう通りだマレーネ。いずれ知ることになるが、今は覚えなくていい」
父親が見据えるとマレーネは目を伏せてうなずく。男は初耳だったな、とシュタイナーに聞こえる様につぶやいた。
「てっきり殿下なら既にご存じだったかと思いましたが?」
「入国まわりのことは範疇の外にあるのだよ。私は政治のことに関与しないからね」
そう言って彼は娘とその祖父に微笑みを向け、今夜は泊っていくといいと告げてその部屋を出た。廊下には彼の妻のうち1人であるクララが待っていた。
「アドルフ殿下。シュタイナー魔道伯との会合はもうお済みでしょうか?」
「今夜は屋敷に泊って行くそうだ。料理人にごちそうを用意しろと申し伝えておけ」
「はい」
「私のはいつもの量でいい」
この男は小食だった。身体が弱いため贅沢な量の食事は受け付けられなかったのだ。クララが立ち去ろうととすると「もう1つ」と彼は申しつけた。
「カリナにシュタイナーの夜伽をさせろ」
「?」
カリナはこの人物の娘のうち1人だ。今年で13になる。
「月経が始まったそうだな。オットーにシュタイナーとカリナの為の催淫薬と子ができやすくなる薬を用意させる」
「でもシュタイナー様には既に、ベランナお嬢様をお輿入れさせたではございませんか?」
ベランナは一昨年の暮れに、シュタイナーの側室としてこの男が譲った娘だ。歳は16でシュタイナーとの間に息子がいる。今年の秋には2人目が産まれる予定だ。
「しかしシュタイナーは、不要なことをやっているそうだ」
「なんでしょう?」
「母体に慮ってベランナを抱かないそうだ。私は常々、当の娘から愚痴られているよ」
精液が胎児の早産や流産を促す。医療魔道士ならそれを防ぐ方法を知っているはずだ。何なら子宮口に結界を張る力技を用いたっていい。感染症だったらそれ専用の解毒術式だってある。シュタイナーならば知っているはずだ。
「しかし男も我慢はできんのだよ。シュタイナーのやつ、旅先で娼婦を抱いてきたようだ」
それは憶測では、とクララは思った。しかし男は証拠をおさえていると言った。
「彼奴の旅先にも、イーガの『草』がいるからな」
『草』。つまりはスパイのことだ。魔道もそこそこ使える。魔法王国イーガは、世界各地にそうしたスパイを放っていた。
そのスパイたちから知らされていた。シュタイナーは宿をとる街で必ず、たちんぼを宿に引き入れたと。どれも野良のサキュバスか、まだ魔族になれていない淫魔とニンゲンの間の子であった。
淫魔なら理にかなっている。感染症を防ぐために彼女たちが誘惑の魔法以外に真っ先に覚えるのは、解毒魔法や治癒魔法だ。
「そのようなことを、シュタイナー様は……」
「これが男というもののサガだ。認めろ、クララ」
それとシュタイナーにはいつまでも、我が家に忠節を誓ってもらわなければならない。彼はイーガになくてはならぬ人物である。娘の2人や3人、くれてやっても惜しくはないぐらいだ。
「……わかりました。カリナ様に申し伝えておきます。お母上殿はいかがいたしましょう?」
「エイミアにも話してある。きゃつめは断らぬだろうよ。やったら離縁させる。もちろん、良き後添えを得るよう、手を尽くしてやるが……」
エイミアは下級貴族の娘だが、国が豊かになることについてを深く考える愛国者でもあった。娘のカリナにも教育している。断ることはまず無いと彼は考えていた。
「万事、殿下のお心のままに……」
「クララ。今夜はお前とエイミアの部屋に入る。褥を準備しておけ。私は夕方まで書斎に籠る」
そう告げてアドルフはクララの元から去った。彼の書斎には沢山の魔道書と魔法具が並べられていた。大きな書机に向かうと、先日届いたスパイのうち1人からの手紙と映像水晶を取り出した。
彼が世界中に派遣している密偵のうち1人、エレクトラからのものだった。送られたのはムーツ西部のクボーニコフ王国からだ。
「……エイオンはエチウでしばらく滞在。自分ひとりだけムーツに入った。これから北回り航路でナンブロシアに入る」
クボーニコフの偵察員と情報交換。あいも変わらず農村部は貧しい。北西部にいる水軍衆がいまだ強大な権力を握り、国の予算はそちらに持っていかれてしまっている。
(ふん。そもそもがオーガの国に人間が王として君臨するからこうなるのだ。水軍衆はオーガの海賊王の頃から存在しているからな。)
クボーニコフは3000年ほど昔に生きていたオーガの海賊王・ショウ=チュウセイが築いた大海賊団が原型である。その末裔たる水軍衆には、オーガ族の血が濃かった。
「ナンブロシア大公の嫡子が神童と噂されているらしい。歳は10になったばかりだが、既にキンキ大陸の言葉も学び始めている。ナンブロシアからクノーへ、カサイニコフ公国とシヴァチャコフ公国で見聞きしてダテーゾフへと向かう予定」
その諸国にもスパイはいた。カサイニコフとシヴァチャコフは、南のダテーゾフと一触即発の気配を漂わせていた。
理由は彼等が王として頂くワターリの王家の統治に、強国であるダテーゾフがさかんに口入れをしていたからだ。
(……ムーツのことはどうでもいい。俺が読み直したいのはあれのことだ。)
アドルフは手紙の3枚目を開いた。そこに彼が放ったスパイが記してくれた、イズヴァルトとマイヤについての情報が記されていたからだ。
(まだ棲み処がきまっておらぬとは……いったいぜんたい大使どのは何をしていたでござるか?)
招待された大使館の中で、イズヴァルトは憤っていた。とりあえずこの1週間は大使館近くのホテルを住居にして欲しいと頼まれた。
「解せぬ。全く解せぬでござる!」
とはいえイズヴァルトは受け入れる他無かった。大使の召使いの女とあれこれ世間話をしていたマイヤが仕入れた話をイズヴァルトに教えた。
「ここの大使さまって毎晩宴会ばかりでろくに仕事をしてないんだって!」
「なんと!」
「それだけじゃないよ。イーガ人の現地妻達のおまんこのお世話ばかりで、ここに来るのは月に2度か3度ぐらい。ひどいよね!」
聞けばイズヴァルトが到着したから、急ぎ愛人の家からやって来たという。大使はこの街で5人の妾を持ち、8人の子を産ませていた。
「うううむ。元は王家でも傍流の傍流、貧乏貴族と大差無い領地しか持たぬというのに……」
「王様に手紙でチクる? あんなのが大使じゃホーデンエーネンの恥さらしだよ、イズヴァルト?」
それは彼の仕事が終わってからにしよう。事実、この街での家に入居してからイズヴァルトは国王あてに手紙を書いた。もうちょっと真面目な人物を大使にすべきでござる。
それはともかくコーヅケーニッヒでの日々が始まった。最初の1週間はホテル暮らし。イズヴァルトとマイヤはコーヅケーニッヒ見物することにした。
しかしどうにも気になるのはコーヅケーニッヒにある巨大な尖塔群だ。高さ100メートル近くあるそれにイズヴァルトとマイヤは興味が行く。
「わあでかい!」
「たかいたかいでござる!」
「まるで、イズヴァルトのおちんちんみたい!」
「……それは嫌な表し方でござるな?」
街の者に尋ねると、ただの物見塔ではなく『びるぢんぐ』と呼ばれる商業施設。ここに世界各国の商会の支社が集まって交渉事を行っているという。
「……なるほどでござる。しかし何を取引するのでござろう?」
「ホーデンエーネンの人では想像できないでしょうかね。希少金属や宝石、はたまたこの大陸で取れない薬草ですよ」
そうした鉱物や薬草などはイーガで作られる魔道具や薬の材料となる。中には催淫薬や麻薬の原料も。
その中には『ひろぽん』という聞きなれない薬の名前があった。マイヤはもしやと思う。注射や吸引で摂取する。疲労が消えたり、男女ともどもセックスの時の快感が恐ろしく増すという。
「そんなとんでもない魔法の薬があるのでござるか……?」
「そうさ。この国ではよく使われている薬だよ。『ひろぽん』を使う男は出来る男、と言われているぐらいさ」
「はわわわ……」
「ほう……ではホーデンエーネンでも輸入すると致すでござるか! 聖騎士団でも使えるか、ガレノス隊にかけあってみるでござる!」
「イズヴァルト。それは絶対に手を出しちゃいけないよ? 興奮して痛みが無くなる薬草とか、あんな類じゃないからね。それ」
とはいえ麻薬はホーデンエーネンでも多く出回っている。戦場や娼館、あるいは民間療法で使われているのだ。中毒になって困っている者も出ているが。
魔法具の工房は都にもあった。南側の地区に建ち並んでいる。特に多く造られているのは世界各地で重宝されている照明石。これが無ければ薄暗いろうそくや油を使わないと灯せない。
この地区の工房やイーガ各地にある工房で造られたのが、世界中に輸出される。イーガのものは高品質だ。最高級品ともなると100年は使えるらしい。
外国のものはこれに使う『光輝術式』の研究がおろそかなのですぐに使えなくなる。亜人は火を起こす魔法が日常的に使えるから、その術式を得意としていなかったのだ。
マイヤは工房群のある街区にある直売の店を周り、様々な魔法具を熱心に確かめていた。副業でやっている生活用魔法道具の新製品の開発の為にだ。ぶっちゃけ前世の文明の利器の再現でもあるが。
(ふーん。冷却魔法を封じ込めた石に風を起こすアミュレットか……あと、魔蓄石もあるのね。)
魔法の刻印が刻まれた様々な石や小物を見て考える。冷蔵庫はこの世界に存在しているしクーラーはホーデンエーネンでは必要無い。でも、扇風機はあったほうがいいか。
「何を熱心に考えているでござるか?」
「次の商品について考えていたところだよ」
様々なアイデアを思い浮かべながら見る。イズヴァルトは脚を動かさなくても前や後ろに進んでくれる靴を考えていた。大量生産出来る。速度を調節できれば便利なことこの上ない。
「拙者はいくさ場で役に立つものばかりを考えてしまうでござるよ。生水を濾過する道具や井戸に投げ込まれた毒を中和する薬。そういうものをでござる」
「飲み水が無くならない水筒とかだね! 吸気術式と冷却術式の道具を用いれば出来るんじゃないかな。でも、乾燥しているところは多分無理かも」
魔法はその土地にいる精霊の数で強さがまちまちになるらしい。乾燥地帯では水の精霊が殆どいないから水や氷の魔法が使いにくくなる。雪原や海の上では火の魔法が頼りない。
とはいえそれをひっくり返すものが世の中には散らばっているという。イズヴァルトが持つ魔剣に似たもの。伝説の武器というやつだ。
カントニアにはエルフ達を支配したニンゲンの英雄・スーワシューロが持っていた爆風と暴風を起こす弓、『エルフ狩りの王の弾弓』。
チンゼーには火山の神の力の半分を封じ込め、力を解き放てば辺り一面を火の海にすると語られている『邪悪を討つ者の光炎槍』が。
亜人達もまた得意分野の魔法なら、その術式を使うのに力を貸してくれる精霊が少ない場所でも、遜色なく力を発揮できるという。ニンゲンの魔道士は別だ。彼等は環境に制限される。
「何か思いついたでござるか?」
「うーん。全然! だけど、いくつか買ってみるから荷物運びお願いね!」
どうせ大した量は買わないだろうとイズヴァルトは思った。しかしマイヤが購入したのは店に並んでいた品を1つずつ。これが大した荷物に。
その上更にマイヤは工房街の書店にあった技術書なんぞを10冊以上も選んでしまったから、帰り道にイズヴァルトはとほほほ、と嘆かざるを得なかった。
□ □ □ □ □
「ホーデンエーネンから有名人のイズヴァルトとマイヤが来ているのか」
「そうだったんですか? そんなに人気者……はて?」
毛織の掛物がかぶせられたソファに座り、茶を飲んでいたシュタイナーは目の前の男を見た。彼の傍らには、彼の孫娘となる8歳ぐらいの金髪の少女が太い腹に抱き着いて微笑んでいる。
「トンダバヤシ退き口で活躍した少年騎士だよ。ホーデンエーネンの数々の内乱でも活躍した。もっぱら、あの国王のお気に入りらしいそうだ」
「それで、もう1人のマイヤという女の子は何者でございますかな?」
「そのイズヴァルトの侍女であり恋人だ。映像水晶で見たことがある。小さい頃もなかなかに可愛かったが、今はどうかな?」
男は口元の金色の髭を撫でながら尋ねる。愛らしい美少女だとシュタイナーは答えた。しかし幾分、男好きしそうな気配があったと。
「ほう、それだけかね?」
「それだけですよ。後はマレーネの前では言えないことばかりですからね」
「おじいちゃま。それはどういうことかしら?」
金髪の少女は何もわからぬという表情でシュタイナーの顔を見上げた。歳は8。マレーネという名前で、祖父が相対する男の息女のうち1人である。
大層愛らしい少女だが、左足が大きく曲がっていた。彼女は万全でない姿でこの世に生まれてきた。出産の直後に死んだ母が、幼くして彼女を産んだことも関係するだろう。
「関係のないことだよ。マレーネ」
「そう。おじい様がいう通りだマレーネ。いずれ知ることになるが、今は覚えなくていい」
父親が見据えるとマレーネは目を伏せてうなずく。男は初耳だったな、とシュタイナーに聞こえる様につぶやいた。
「てっきり殿下なら既にご存じだったかと思いましたが?」
「入国まわりのことは範疇の外にあるのだよ。私は政治のことに関与しないからね」
そう言って彼は娘とその祖父に微笑みを向け、今夜は泊っていくといいと告げてその部屋を出た。廊下には彼の妻のうち1人であるクララが待っていた。
「アドルフ殿下。シュタイナー魔道伯との会合はもうお済みでしょうか?」
「今夜は屋敷に泊って行くそうだ。料理人にごちそうを用意しろと申し伝えておけ」
「はい」
「私のはいつもの量でいい」
この男は小食だった。身体が弱いため贅沢な量の食事は受け付けられなかったのだ。クララが立ち去ろうととすると「もう1つ」と彼は申しつけた。
「カリナにシュタイナーの夜伽をさせろ」
「?」
カリナはこの人物の娘のうち1人だ。今年で13になる。
「月経が始まったそうだな。オットーにシュタイナーとカリナの為の催淫薬と子ができやすくなる薬を用意させる」
「でもシュタイナー様には既に、ベランナお嬢様をお輿入れさせたではございませんか?」
ベランナは一昨年の暮れに、シュタイナーの側室としてこの男が譲った娘だ。歳は16でシュタイナーとの間に息子がいる。今年の秋には2人目が産まれる予定だ。
「しかしシュタイナーは、不要なことをやっているそうだ」
「なんでしょう?」
「母体に慮ってベランナを抱かないそうだ。私は常々、当の娘から愚痴られているよ」
精液が胎児の早産や流産を促す。医療魔道士ならそれを防ぐ方法を知っているはずだ。何なら子宮口に結界を張る力技を用いたっていい。感染症だったらそれ専用の解毒術式だってある。シュタイナーならば知っているはずだ。
「しかし男も我慢はできんのだよ。シュタイナーのやつ、旅先で娼婦を抱いてきたようだ」
それは憶測では、とクララは思った。しかし男は証拠をおさえていると言った。
「彼奴の旅先にも、イーガの『草』がいるからな」
『草』。つまりはスパイのことだ。魔道もそこそこ使える。魔法王国イーガは、世界各地にそうしたスパイを放っていた。
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淫魔なら理にかなっている。感染症を防ぐために彼女たちが誘惑の魔法以外に真っ先に覚えるのは、解毒魔法や治癒魔法だ。
「そのようなことを、シュタイナー様は……」
「これが男というもののサガだ。認めろ、クララ」
それとシュタイナーにはいつまでも、我が家に忠節を誓ってもらわなければならない。彼はイーガになくてはならぬ人物である。娘の2人や3人、くれてやっても惜しくはないぐらいだ。
「……わかりました。カリナ様に申し伝えておきます。お母上殿はいかがいたしましょう?」
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「万事、殿下のお心のままに……」
「クララ。今夜はお前とエイミアの部屋に入る。褥を準備しておけ。私は夕方まで書斎に籠る」
そう告げてアドルフはクララの元から去った。彼の書斎には沢山の魔道書と魔法具が並べられていた。大きな書机に向かうと、先日届いたスパイのうち1人からの手紙と映像水晶を取り出した。
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(ふん。そもそもがオーガの国に人間が王として君臨するからこうなるのだ。水軍衆はオーガの海賊王の頃から存在しているからな。)
クボーニコフは3000年ほど昔に生きていたオーガの海賊王・ショウ=チュウセイが築いた大海賊団が原型である。その末裔たる水軍衆には、オーガ族の血が濃かった。
「ナンブロシア大公の嫡子が神童と噂されているらしい。歳は10になったばかりだが、既にキンキ大陸の言葉も学び始めている。ナンブロシアからクノーへ、カサイニコフ公国とシヴァチャコフ公国で見聞きしてダテーゾフへと向かう予定」
その諸国にもスパイはいた。カサイニコフとシヴァチャコフは、南のダテーゾフと一触即発の気配を漂わせていた。
理由は彼等が王として頂くワターリの王家の統治に、強国であるダテーゾフがさかんに口入れをしていたからだ。
(……ムーツのことはどうでもいい。俺が読み直したいのはあれのことだ。)
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