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第二部 『呪いの序曲。イーガの魔王』 (少年編から青年編の間のエピソード。)
10 里帰りした若君
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「おおイズヴァルト! こんなに大きくなった姿をようやく私に見せてくれるとはとても嬉しい! とても心配しておったのだぞ!」
そう喜びながらシギサンシュタウフェン公は、数年ほど姿を見せなかった息子の頭を思い切り殴りつけた。
「こんなにかわいい許嫁のマイヤちゃんと一緒に帰らず、いったいどこの戦場をほっつき歩いておった!」
イズヴァルトの父は尚も殴り続ける。妻のセシリアと幼い子供達が不安そうに見守り、マイヤとベートーベンは苦笑いをして怒りが収まるのを待った。
「も、もうしわけございませんでござる父上! せ、拙者はいささか引く手あまただったでござるゆえ!」
「なーにが引く手あまたじゃ! おぬしに慮って王様が仕事を授けてくれただけじゃ! この親不孝者!」
今度はイズヴァルトの背後に回り込み、彼を羽交い絞めにした。シギサンシュタウフェン公の体格はとてもいい。イズヴァルトとほぼ背丈が同じの180センチほどだ。
対してセシリアは黒髪の、驚くべき美人だった。あれ、本当に30過ぎたおばさんなんだろうかとベートーベンは疑った。俺と大差ねえ歳の女の子に見えるぞ?
イズヴァルトにきつい折檻を加えるシギサンシュタウフェン公に、マイヤの足元にいたオルフレッドが駆け寄った。
「おじいちゃん。やめて!」
抱き着かれてお尻をぺんぺんとされた公は、途端に顔を緩ませてオルフレッドを抱き上げた。
「おうおう。私はもう息子をいじめるのをやめたぞー! オルフレッドちゃんが怒るとこわいからなー!」
「ありがと、おじいちゃん!」
イズヴァルトとマイヤとベートーベンは耳を疑った。おじいちゃん。なぜシギサンシュタウフェン公はオルフレッドにそう呼ばせるのか?
「父上……」
「ん、なんじゃ? 私がじいじ扱いされているのがそんなに可笑しいことか、イズヴァルト?」
これがお前の胤による子だとわかっているのだぞ、と言いたげに公はマイヤとベートーベンに笑顔を向け、イズヴァルトを睨んだ。
「お前がいない間のこの村の事は全て、私が全部仕切っておる。というかお前にはこの領地を継がせてやらん」
公は内心悲しんでいた。領主としての教育を始める前にイズヴァルトは武芸者として王都に行ってしまった。こいつ、武芸もできるし勉強家なのに。見込みのある嫡男であった。
代わりにイズヴァルトが出て行った翌年に産まれたレオナールを後継者に指名して教育を受けさせる準備を整えている。長女のアリオと末子のセエレはレオナールの補佐にしたい。
それと、イズヴァルトと5人の村娘の間に産まれたカイム、ベルドレ、ノウェ、ユーリック、ジスモアの男の子達には将来、この村の武者にしようと考えていた。おちんちんが大きければ体付きも大きかった。
「それとだな、オルフレッドちゃんはルッソ君がうなずいてくれたら、この領地の家宰になってもらうつもりじゃ」
「そ、それは……」
「オルフレッドちゃん。じいじが住むこの村は大好き?」
「うん、だいすき!」
オルフレッドは実の祖父であるシギサンシュタウフェン公の頬にキスをした。公も可愛くなって孫とちゅっちゅする。ちなみにだがシギサンシュタウフェン公はまだ33歳だ。じじいの歳ではない。
オルフレッドにばあば、と呼ばせているセシリアもまた31歳だ。ベートーベンはやっぱり目を疑った。どうからどう見ても17ぐらいの美人じゃねえか。服装はおばさんくさかったが。
そのセシリアが、怒られてぶん殴られて焦燥していたイズヴァルトに近づき、抱きしめた。一体どうして戻ってこなかったの、ぼくちゃん。母にそう呼ばれたのを聞いて、ベートーベンは嫌そうに舌打ちした。
(けっ! どこからどこまでも甘やかされたぼんぼんだってわけか!)
セシリアはおろおろしながら、侍女に薬箱を取って来るように頼んだ。イズヴァルトは母と幼い弟妹達に連れられて、殴られたところの介抱を受けに別室に入った。
(あんなのが戦場では負傷も恐れぬ天下の麒麟児だったとは……立つ瀬がねえなあ!)
ベートーベンはついていったマイヤの背中を見て嘆いた。対して自分は地元にいた時、ひどい扱いを受けていた。
兄たちと違い、飯は下男と一緒の雑穀のおじやで寝床にはしらみやのみがたかっていた。風呂だって毎日は入れなかった。
オルフレッドを抱きかかえたままのシギサンシュタウフェン公が近づいて、ベートーベンに頭を下げた。
「イズヴァルトがだいぶ長く世話になった。ルートヴィッヒ君。あの甘ったれを何かと気にかけてくれて、本当にありがとう」
「あはは……むしろ戦場ではあいつに助けてもらってますよ。マイヤちゃんにも何かと親切にしてもらってますし」
「マイヤちゃんはこの村にしょっちゅう遊びに来ておったがな。ルッソ君とトーリさんと一緒にだよ」
それと、オルフレッドやコリアンナを連れてである。その縁でオルフレッドはこの城に預けられる事となった。15の歳まで武術を学ばせて欲しいとトーリに頼まれたからだ。
□ □ □ □ □
その夜。オルフレッド達が寝静まり、イズヴァルトとマイヤがセシリアの寝室に招かれていなくなった後、ベートーベンはシギサンシュタウフェン公に呼び出された。
彼の書斎で酒を飲みながら、あれこれと出自を問われた。ベートーベン家の庶子で貧乏な生活を余儀なくされたこと。しかし腕が達者だったから聖騎士団入り出来た事を語る。
「聖騎士団か。私も若い頃はそこに入ろうと考えていたよ。次男坊だったからな」
シギサンシュタウフェン公も荒武者だ。いささかのんびりしているところがあるが、戦場では向かうところ敵無しと言われた事もある。
とはいえ彼は聖騎士団ではなく、近衛騎士団にお呼びがかかった。シギサンシュタウフェン公の倅なので、出自が卑しい者が多い聖騎士団ではやっていけないと判断されたからだ。
そうして入団と同じくして17の歳に修行と称し、サイゴーク大陸へ向かった。そこでセシリアと会って恋に落ちた。イズヴァルトが産まれたのはその頃だった。
ナントブルグに戻ってすぐにシギサンシュタウフェンに帰った。もともとの跡継ぎであった兄が急死し、呼び戻されたからである。
シギサンシュタウフェン公は領主としてもそこそこに辣腕をふるった。たびたび起こる内乱の鎮圧に参加し武名をあげたこともある。
「ベートーベン家とは大違いですね。うちの親父は酒びたりで領主らしいことは何一つしちゃいなかった。兄貴2人も乱暴な阿呆ばかり」
「あそこはイーガ商人の通り道になるからな。黙っていてもお金を落としてくれるから豊かになれるんだろう」
「いいや、素通りですよ。俺の故郷を通る北街道はけちな旅籠屋や酒場しかないから……」
作物こそよく獲れるが、自分の故郷は貧しい。しかしシギサンシュタウフェンは繁盛している。イズヴァルトがどうしてここを捨てたのかがわからない、とベートーベンは打ち明けた。
「私にもわからないよ。しかしあいつは私によく似ている。一つのところでじっとしていられない」
息子があちこち旅をするのがうらやましい、とシギサンシュタウフェン公は言った。本音だ。それからマイヤが為そうとしている宿願に手を貸しているそうだ。給料の多くを貯蓄に向けていると聞いた。
「その前に、シギサンシュタウフェン公をじいじと呼ぶ子がもう1人、増えるかもしれませんよ?」
「とても仲が睦まじいようだな。あのはしたなくも可愛らしい映像水晶を見たらわかるよ。きっと近いうちにそうなる」
シギサンシュタウフェン公は嬉しそうに笑った。早くイズヴァルトとマイヤの子供の顔を拝みたい。
□ □ □ □ □
シギサンシュタウフェンでの滞在は一週間。出る前にイズヴァルトは父親から、毎年顔を見せに帰って来るのだぞときつく言われた。
出ていく間際、イズヴァルトとベートーベンと仲良くなった子供達は寂しそうにしていた。ただ1人オルフレッドだけは、伯母であるマイヤが去ることを悲しく思った。
彼はマイヤが滞在中、いつも彼女のおっぱいに抱き着いた。実の父であるイズヴァルトにはあまり興味が無かった。
滞在中、オルフレッドが自分にはあまり懐いてくれなかったのをイズヴァルトは寂しく思いながらイーガへと向かう。旅程はおおよそ1カ月。盗賊に出くわさぬ順調な旅となった。
途中、ベートーベンの実家に寄ろうかとイズヴァルトが提案したが、彼は凄いく嫌な顔をして拒んだ。あそこにはもう戻りたく無い。というわけで中央街道を通っての旅を続ける。
ヨーシデン地方を抜け、イーガとの国境沿いにあるシガラーキ地方に入った。そこの東端、シガラーキの街の入口でベートーベンと別れる事となった。
「じゃあ俺はここまでって言う事で」
「なにゆえでござる? 一緒にイーガまでついてい来るでござるよ?」
「あのなあ……俺は王様に命じられたんだ。シガラーキの街まで護衛しろって」
ベートーベンにはこの後行くべきところがあった。ナガオカッツェに向かい、入り婿となるライナー=イナトミッテンフェルトの補佐をせよ。
聖騎士団の若手から数名、同じ様に命を受けた者がいる。期間はおおよそ5年。それほど長めにされたのは、ライナーが彼等に兵法を伝授したかったからだ。
「寂しくなるでござるな……」
「なあに。5年たてばまたナントブルグに戻るさ。今度は指揮官になる。団長となる夢にまた一歩近づくのさ!」
それと、マイヤの身体が最近調子がおかしいのをベートーベンは知っていた。最近は身体がだるいらしい。旅の途中から馬から馬車に切り替えている。
最近はぼーっとしている事が多くなった。いつも頭が回っている感じがする彼女だが、少しだけおっとりというか、すっとぼけた感じの気配が漂っている。
「イーガにはこの馬車は要らないらしいな」
「どういう事でござる?」
「『えくすぷれす』ってのがあるんだよイーガには。忘れたのか?」
なるほど、とイズヴァルトはうなずいた。街の兵士の詰所で小さな荷車を借りると、ベートーベンは馬車に乗って来た道を去って行った。
「マイヤ。いよいよでござるな」
「うん……」
おや、とイズヴァルトは思った。このシガラーキに来てからマイヤは元気が乏しい。とはいえセックスの時はいつも通りに元気なのだが。
「どうしたでござる?」
「旅に疲れただけだよ。さあ、イーガに行こうよ、イズヴァルト!」
シガラーキの街は、東と西でホーデンエーネン国とイーガとに分かれている。もともと街はまるごとイーガのものだったが、ホーデンエーネンとの不戦条約の締結の見返りに、この街の領有権の半分を譲り渡した。
とはいえ街中はイーガの色が濃かった。荷物を置いた浮かぶ板を引く馬たちや、空中を浮かんで座禅をし、瞑想にふける魔道の修行者達がそこかしこに。
行者に何をしているのかと問うと、魔法の力を蓄える為にやっているのだと言われ、こうして精神統一を施すと魔法の力が研ぎ澄まされるのだという。
「君達も魔道士を目指すのかね?」
イズヴァルトは魔法戦士に。マイヤは魔法使いになるかはわからないが、魔法書を覚えて書きうつす様な仕事を仰せつかっていると答えた。
「汝らの願いがきっと叶うと祈ろう」
再び行者は瞑想へと入ってしまった。ホーデンエーネン領である西街区でもこれだ。もっと人口が多い東側は、魔法使い見習いや魔道具の職人でごった返していた。
「すごい人だかりでござるな……」
「西街区は3000人、東街区には2万人近くも住人がいるんだって!」
その東街区の中心に、イーガの首都コーヅケーニッヒへ向かう『えくすぷれす』の駅があるらしい。東と西をさえぎる川の橋を抜けると、まさしくその建物はあった。
そう喜びながらシギサンシュタウフェン公は、数年ほど姿を見せなかった息子の頭を思い切り殴りつけた。
「こんなにかわいい許嫁のマイヤちゃんと一緒に帰らず、いったいどこの戦場をほっつき歩いておった!」
イズヴァルトの父は尚も殴り続ける。妻のセシリアと幼い子供達が不安そうに見守り、マイヤとベートーベンは苦笑いをして怒りが収まるのを待った。
「も、もうしわけございませんでござる父上! せ、拙者はいささか引く手あまただったでござるゆえ!」
「なーにが引く手あまたじゃ! おぬしに慮って王様が仕事を授けてくれただけじゃ! この親不孝者!」
今度はイズヴァルトの背後に回り込み、彼を羽交い絞めにした。シギサンシュタウフェン公の体格はとてもいい。イズヴァルトとほぼ背丈が同じの180センチほどだ。
対してセシリアは黒髪の、驚くべき美人だった。あれ、本当に30過ぎたおばさんなんだろうかとベートーベンは疑った。俺と大差ねえ歳の女の子に見えるぞ?
イズヴァルトにきつい折檻を加えるシギサンシュタウフェン公に、マイヤの足元にいたオルフレッドが駆け寄った。
「おじいちゃん。やめて!」
抱き着かれてお尻をぺんぺんとされた公は、途端に顔を緩ませてオルフレッドを抱き上げた。
「おうおう。私はもう息子をいじめるのをやめたぞー! オルフレッドちゃんが怒るとこわいからなー!」
「ありがと、おじいちゃん!」
イズヴァルトとマイヤとベートーベンは耳を疑った。おじいちゃん。なぜシギサンシュタウフェン公はオルフレッドにそう呼ばせるのか?
「父上……」
「ん、なんじゃ? 私がじいじ扱いされているのがそんなに可笑しいことか、イズヴァルト?」
これがお前の胤による子だとわかっているのだぞ、と言いたげに公はマイヤとベートーベンに笑顔を向け、イズヴァルトを睨んだ。
「お前がいない間のこの村の事は全て、私が全部仕切っておる。というかお前にはこの領地を継がせてやらん」
公は内心悲しんでいた。領主としての教育を始める前にイズヴァルトは武芸者として王都に行ってしまった。こいつ、武芸もできるし勉強家なのに。見込みのある嫡男であった。
代わりにイズヴァルトが出て行った翌年に産まれたレオナールを後継者に指名して教育を受けさせる準備を整えている。長女のアリオと末子のセエレはレオナールの補佐にしたい。
それと、イズヴァルトと5人の村娘の間に産まれたカイム、ベルドレ、ノウェ、ユーリック、ジスモアの男の子達には将来、この村の武者にしようと考えていた。おちんちんが大きければ体付きも大きかった。
「それとだな、オルフレッドちゃんはルッソ君がうなずいてくれたら、この領地の家宰になってもらうつもりじゃ」
「そ、それは……」
「オルフレッドちゃん。じいじが住むこの村は大好き?」
「うん、だいすき!」
オルフレッドは実の祖父であるシギサンシュタウフェン公の頬にキスをした。公も可愛くなって孫とちゅっちゅする。ちなみにだがシギサンシュタウフェン公はまだ33歳だ。じじいの歳ではない。
オルフレッドにばあば、と呼ばせているセシリアもまた31歳だ。ベートーベンはやっぱり目を疑った。どうからどう見ても17ぐらいの美人じゃねえか。服装はおばさんくさかったが。
そのセシリアが、怒られてぶん殴られて焦燥していたイズヴァルトに近づき、抱きしめた。一体どうして戻ってこなかったの、ぼくちゃん。母にそう呼ばれたのを聞いて、ベートーベンは嫌そうに舌打ちした。
(けっ! どこからどこまでも甘やかされたぼんぼんだってわけか!)
セシリアはおろおろしながら、侍女に薬箱を取って来るように頼んだ。イズヴァルトは母と幼い弟妹達に連れられて、殴られたところの介抱を受けに別室に入った。
(あんなのが戦場では負傷も恐れぬ天下の麒麟児だったとは……立つ瀬がねえなあ!)
ベートーベンはついていったマイヤの背中を見て嘆いた。対して自分は地元にいた時、ひどい扱いを受けていた。
兄たちと違い、飯は下男と一緒の雑穀のおじやで寝床にはしらみやのみがたかっていた。風呂だって毎日は入れなかった。
オルフレッドを抱きかかえたままのシギサンシュタウフェン公が近づいて、ベートーベンに頭を下げた。
「イズヴァルトがだいぶ長く世話になった。ルートヴィッヒ君。あの甘ったれを何かと気にかけてくれて、本当にありがとう」
「あはは……むしろ戦場ではあいつに助けてもらってますよ。マイヤちゃんにも何かと親切にしてもらってますし」
「マイヤちゃんはこの村にしょっちゅう遊びに来ておったがな。ルッソ君とトーリさんと一緒にだよ」
それと、オルフレッドやコリアンナを連れてである。その縁でオルフレッドはこの城に預けられる事となった。15の歳まで武術を学ばせて欲しいとトーリに頼まれたからだ。
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その夜。オルフレッド達が寝静まり、イズヴァルトとマイヤがセシリアの寝室に招かれていなくなった後、ベートーベンはシギサンシュタウフェン公に呼び出された。
彼の書斎で酒を飲みながら、あれこれと出自を問われた。ベートーベン家の庶子で貧乏な生活を余儀なくされたこと。しかし腕が達者だったから聖騎士団入り出来た事を語る。
「聖騎士団か。私も若い頃はそこに入ろうと考えていたよ。次男坊だったからな」
シギサンシュタウフェン公も荒武者だ。いささかのんびりしているところがあるが、戦場では向かうところ敵無しと言われた事もある。
とはいえ彼は聖騎士団ではなく、近衛騎士団にお呼びがかかった。シギサンシュタウフェン公の倅なので、出自が卑しい者が多い聖騎士団ではやっていけないと判断されたからだ。
そうして入団と同じくして17の歳に修行と称し、サイゴーク大陸へ向かった。そこでセシリアと会って恋に落ちた。イズヴァルトが産まれたのはその頃だった。
ナントブルグに戻ってすぐにシギサンシュタウフェンに帰った。もともとの跡継ぎであった兄が急死し、呼び戻されたからである。
シギサンシュタウフェン公は領主としてもそこそこに辣腕をふるった。たびたび起こる内乱の鎮圧に参加し武名をあげたこともある。
「ベートーベン家とは大違いですね。うちの親父は酒びたりで領主らしいことは何一つしちゃいなかった。兄貴2人も乱暴な阿呆ばかり」
「あそこはイーガ商人の通り道になるからな。黙っていてもお金を落としてくれるから豊かになれるんだろう」
「いいや、素通りですよ。俺の故郷を通る北街道はけちな旅籠屋や酒場しかないから……」
作物こそよく獲れるが、自分の故郷は貧しい。しかしシギサンシュタウフェンは繁盛している。イズヴァルトがどうしてここを捨てたのかがわからない、とベートーベンは打ち明けた。
「私にもわからないよ。しかしあいつは私によく似ている。一つのところでじっとしていられない」
息子があちこち旅をするのがうらやましい、とシギサンシュタウフェン公は言った。本音だ。それからマイヤが為そうとしている宿願に手を貸しているそうだ。給料の多くを貯蓄に向けていると聞いた。
「その前に、シギサンシュタウフェン公をじいじと呼ぶ子がもう1人、増えるかもしれませんよ?」
「とても仲が睦まじいようだな。あのはしたなくも可愛らしい映像水晶を見たらわかるよ。きっと近いうちにそうなる」
シギサンシュタウフェン公は嬉しそうに笑った。早くイズヴァルトとマイヤの子供の顔を拝みたい。
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シギサンシュタウフェンでの滞在は一週間。出る前にイズヴァルトは父親から、毎年顔を見せに帰って来るのだぞときつく言われた。
出ていく間際、イズヴァルトとベートーベンと仲良くなった子供達は寂しそうにしていた。ただ1人オルフレッドだけは、伯母であるマイヤが去ることを悲しく思った。
彼はマイヤが滞在中、いつも彼女のおっぱいに抱き着いた。実の父であるイズヴァルトにはあまり興味が無かった。
滞在中、オルフレッドが自分にはあまり懐いてくれなかったのをイズヴァルトは寂しく思いながらイーガへと向かう。旅程はおおよそ1カ月。盗賊に出くわさぬ順調な旅となった。
途中、ベートーベンの実家に寄ろうかとイズヴァルトが提案したが、彼は凄いく嫌な顔をして拒んだ。あそこにはもう戻りたく無い。というわけで中央街道を通っての旅を続ける。
ヨーシデン地方を抜け、イーガとの国境沿いにあるシガラーキ地方に入った。そこの東端、シガラーキの街の入口でベートーベンと別れる事となった。
「じゃあ俺はここまでって言う事で」
「なにゆえでござる? 一緒にイーガまでついてい来るでござるよ?」
「あのなあ……俺は王様に命じられたんだ。シガラーキの街まで護衛しろって」
ベートーベンにはこの後行くべきところがあった。ナガオカッツェに向かい、入り婿となるライナー=イナトミッテンフェルトの補佐をせよ。
聖騎士団の若手から数名、同じ様に命を受けた者がいる。期間はおおよそ5年。それほど長めにされたのは、ライナーが彼等に兵法を伝授したかったからだ。
「寂しくなるでござるな……」
「なあに。5年たてばまたナントブルグに戻るさ。今度は指揮官になる。団長となる夢にまた一歩近づくのさ!」
それと、マイヤの身体が最近調子がおかしいのをベートーベンは知っていた。最近は身体がだるいらしい。旅の途中から馬から馬車に切り替えている。
最近はぼーっとしている事が多くなった。いつも頭が回っている感じがする彼女だが、少しだけおっとりというか、すっとぼけた感じの気配が漂っている。
「イーガにはこの馬車は要らないらしいな」
「どういう事でござる?」
「『えくすぷれす』ってのがあるんだよイーガには。忘れたのか?」
なるほど、とイズヴァルトはうなずいた。街の兵士の詰所で小さな荷車を借りると、ベートーベンは馬車に乗って来た道を去って行った。
「マイヤ。いよいよでござるな」
「うん……」
おや、とイズヴァルトは思った。このシガラーキに来てからマイヤは元気が乏しい。とはいえセックスの時はいつも通りに元気なのだが。
「どうしたでござる?」
「旅に疲れただけだよ。さあ、イーガに行こうよ、イズヴァルト!」
シガラーキの街は、東と西でホーデンエーネン国とイーガとに分かれている。もともと街はまるごとイーガのものだったが、ホーデンエーネンとの不戦条約の締結の見返りに、この街の領有権の半分を譲り渡した。
とはいえ街中はイーガの色が濃かった。荷物を置いた浮かぶ板を引く馬たちや、空中を浮かんで座禅をし、瞑想にふける魔道の修行者達がそこかしこに。
行者に何をしているのかと問うと、魔法の力を蓄える為にやっているのだと言われ、こうして精神統一を施すと魔法の力が研ぎ澄まされるのだという。
「君達も魔道士を目指すのかね?」
イズヴァルトは魔法戦士に。マイヤは魔法使いになるかはわからないが、魔法書を覚えて書きうつす様な仕事を仰せつかっていると答えた。
「汝らの願いがきっと叶うと祈ろう」
再び行者は瞑想へと入ってしまった。ホーデンエーネン領である西街区でもこれだ。もっと人口が多い東側は、魔法使い見習いや魔道具の職人でごった返していた。
「すごい人だかりでござるな……」
「西街区は3000人、東街区には2万人近くも住人がいるんだって!」
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