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第二部 『呪いの序曲。イーガの魔王』 (少年編から青年編の間のエピソード。)
09 淫魔達の姫君
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カミラはこのアスカウの村に滞在してから、ある事をトーリに報告している。この村とその周辺の男性の精液が、平均的に魔力を多く含んでいるという事だ。
しかも魔族のそれに近い質だという。特にこの牧童の村の男がそうだった。概してそういう男達は魔界の魔法術式と相性がいい。
ただ、気になる点があった。どうも同じ種族のみの遺伝子を引き継いでいる。魔界のハーフリング族だ。あちらのはエルフとドワーフのあいのこではなく、純然たる種族として存在している。
この村の者は概して長寿だ。90まで生きるのがざらにいる。医療技術が施されていれば100以上は生きるだろうとカミラは見立てた。
しかしである。なぜ『万年がきんちょ』の魔族の血を濃く受け継いでいるのに、身体つきが大人のそれになり200年も300年も生きられないのか。トーリが疑うとカミラはこう答えた。
「魔族は産まれ出る子がある程度の時期までに、寿命を定める魔法をかける事ができるのです。かなり上位の魔族にしかできないことですが……」
その魔族は女の腹の中で育っている我が子を、ニンゲンとほぼ同じ寿命になるよう仕向けたみたいだ。その理由は世代交代を促進する為。
魔界のハーフリングの射精・月経が始まるのはだいたい、1万年以上経ってからだ。それとかの種族とニンゲンとのあいの子は、最低でも1000年以上は生きる。その分第二次性徴も遅い。
「腹の子に働きかけ、父の種族の特性よりも母の種族になるよう無理やりさせたようです。15や16で子を産み、世代交代が滞らない様に」
そうすることでニンゲン社会と溶け込める子となる。妙に長寿だと特別扱いされたり、嫌われて追い出される事もあるからだ。
オーガの『忌み子』なんぞは特にそうだった。彼等は普通のオーガの倍近く寿命があるとされている。かつていたエチウのオーガ達と同じぐらいの長さである。
そしてカミラはトーリには言ってはいなかったが、とある一家がこの村で一番色濃く大魔族の血を継いでいるのを知っていた。
トーリをあるじと仰ぎ、警護するサキュバスはカミラだけではない。この村とその周辺にいたのはカミラを含め、全員で4名。
真面目なカミラはそれをしなかったが、他の3人は違った。トーリからは「死なない程度に」と許可を得ていたから、夢魔として忍び込んだ。
アスカウに住むその一家の跡継ぎと30代半ばの父。父親の弟達やアスカウから南西にある村にいる、彼等の祖父達のそれを試した。
「め、めっちゃ濃い精液……」
「あの『くされホビット』のものにとっても似ているわ……」
膣や口蓋でいただいた精に彼女達は歓喜した。週に2,3回はいただきに参る様に。しかし男達はなかなかに枯れる事は無かった。高貴な魔族の血が濃いと絶倫になるのだ。
そしてとうとう、半年前に彼女達のうち1人が妊娠してしまった。カミラはそのうちの1人を本拠に帰して新たにもう1人を呼び寄せた。
彼女達はこの一家に至極似通った精液を放つ一族を知っていた。ホーデンエーネン王家の者だ。あの城は魔法に対する防備が薄いから、幾度か忍び込めた。
それに何より先々代の『ひめさま』こそがナントブルグ王城当主の愛妾だったから、何度もそのお相伴に預かった。大砲は小さいけど弾薬庫は充実していたから彼女達は大喜びだった。
ここでサキュバスの特質について記す。彼女達は特殊な技能がある。相手が意識を持っている状態での性交や愛撫で、自分達の魔法術式や記憶を伝えるというものだ。
但し彼女達が分け与えたいという意志を持たない限りは、相手はそれを享受することが出来ない。がしかし、ごくまれに逆の場合もあった。サキュバス側の意志を問わずに盗んでしまう者がいた。
そういう技能を持つ人物は滅多にいなかったし、性交や愛撫を受けている最中にサキュバスらは気付けなかった。その人物こそがトーリの身近にいた。
彼はサキュバスの魔法こそ駆使出来なかったが、トーリの護衛の3人のサキュバス達から淫魔の魔法術式を得て、念話魔法を密かに覚えていた。
彼女達うち1人を孕ませたのも彼の精液でだった。自分にサキュバスとの子がいるのを彼は生涯知る事が無かったが、彼の種子は魔族やその血を継ぐ者の卵子と親和性が高かった。
余談だが、彼はもう2人のトーリの護衛に子を産ませる事となる。イズヴァルトの物語には全く関係のない事であるが。
□ □ □ □ □
イズヴァルト達が出て行った日の夜。羊小屋にいたルッソは、子羊達の様子を見にやって来たトーリに呼びかけた。
「なあトーリ。カミラさんの部下のフラニーとジュディとスザナには、新婚家庭のところには忍び込まないように言っておいてほしいんだけどさ?」
最近のあの人達、目に余るぐらいの吸精行為をやらかしているぜとルッソは言った。トーリの顔はこわばっていた。
「も、申し伝えておくわ……でもどこで知ったの?」
「ここ3年、新婚夫婦になかなか子供が産まれないからさ。大抵は1年かそこらで赤ちゃんが生まれるものだけど、最近はそうじゃない。となればきっと彼女達のせいだと思ったんだ」
牧童の村はなかなか飢餓に襲われる事は無い。食べ物はあるし住居こそみずぼらしいが豊かである。
彼はスザナの前にいた、『生理休暇』として警護任務から外れたキャンディスについてもこう告げた。
「キャンディスさんはいつ頃戻るんだろうな。トーリはわかるかい?」
「……」
彼女は押し黙った。キャンディスが妊娠したこと。ルッソの胤によるものではないかと告げられた事も。別にルッソが別の女と子を作るのは気にしていない。自分だってそうしたからだ。
既にルッソには、自分の影の家臣たちの事を教えていた。自分の母方の家の秘密もだ。ゆえに彼からはきつくとがめだてられていた。天下を望むような事をやっちゃ駄目だ。
「まあいいよ。それよりもトーリ。シギサンシュタウフェン様に預けたオルフレッドの事だけど……」
オルフレッドをイズヴァルトの故郷に預ける事は、もともとはトーリが計画した事だがシギサンシュタウフェン公も乗り気だった。
息子が去った後に立て続けに生まれた3人の我が子と一緒に育てたい。イズヴァルトの父はオルフレッドを大層可愛がっていた。このまま養子にさせてくれないかという文も寄越す程に。
オルフレッドは、イズヴァルトの息子と疑わしき村の5人の男の子達とも仲良くやっている。彼等と古くからの友人の様に毎日つるんで遊んでいるそうだ。
ただ、オルフレッドはあまりにも美少年なので、年上の女の子達に色っぽいいたずらを仕掛けられているという。最近はちんちんを自分で剥いておしっこをしているそうだ。
「向こうでは楽しくやっているみたいね」
「こっちに戻してもいいかい? あいつの顔が見れなくなって寂しいんだ」
「預けてからまだ1年も経っていないのよ? 武芸のお稽古だって……」
「俺はあいつに、この家を継がせるつもりだよ?」
あるいは宿場町の運送屋。シギサンシュタウフェン公の家宰でもいい。そう告げるとトーリの顔が曇った。自分はオルフレッドをホーデンエーネンの王位に就けたいのに。
トーリは子羊達の毛づくろいをしながら、汚れた枯草を集めて荷台に運ぶルッソを見た。彼はどうして自分のやりたいことを邪魔してくるのだろう。
毎年の様に子供達を産むのはいい。それが彼女の毎日の甘い時間の帰結によるものだったからだし、生れ出た子供達に愛着を持っていたからだ。
しかし密かにたくらんでいる国盗りの野望と、自分達の祖先を害した裏切者たちの討滅の夢想までも否定されたくは無かった。幸せな家庭を築きながら出来るはずだ。淫魔の姫である自分になら。
「トーリ。このホーデンエーネンを治める王様はとても苦労しているはずだよ。大領主達は乱暴者ばかりだし王族はいばりんぼの怠け者だらけ。でもそんな国でも市井の者は静かに暮らせる事が出来るんだ」
いいや違う。トーリは思った。無能な王族衆を死滅させ、大領主達を強い力で押し込める事が必要なのだ。
彼女の理想は、マイヤが置いて行ってくれた本にある、『とう』の『そくてんぶこう』だった。異世界の女王。あらゆる家臣を下僕として扱った彼女の治世は、その王国の時代で下々の者らが、最も平和で豊かに暮らせたという。
(『そくてんぶこう』か……一代限りの女王様だったじゃないか、トーリ?)
マイヤがこの家に置いてくれた転生者の著書を読んだ彼も、その女王の名を知っていた。この世界の歴史では、女が代々冠を頂いた事は無いとされていた。
しかしかつてナントブルグ盆地に、代々女が王に就く国があることをルッソはつい最近知った。その王国はトーリの理想に近かったが、『そくてんぶこう』ほどに苛烈な統治では無かった。
ルッソは汚れたわらを荷車にあらかた積み終えると外に出た。トーリがなついて来た子羊と一緒についてきた。
「ルッソ。オルフレッドのことはお願いだから、15歳になるまでシギサンシュタウフェンに置いてほしいの」
「あいつもきっと、寂しがっているんじゃないのか?」
「けど、この村だけじゃなくいろんなところで暮らして、オルフレッドには立派な男の子に育ってほしいのよ。いずれ一家の大黒柱になるんだから」
ルッソはしぶしぶうなずいた。彼女が念話魔法を仕掛けてきたからだ。こちらの思考を読み取ろうとしている。そうなると厄介なもめ事が起きるかもしれない。
トーリもまたルッソの心が読めずに困っていた。常日頃、念話魔法でのぞき見しようと思っていたが、彼の思考はもやがかかったようになって読み取れなかった。
(カミラが言ってたけど、ルッソの魔法抗体は強いのかしら?)
それがキャンディスらサキュバスとの性交で自然に会得したものだと、トーリもルッソもわからなかった。だから2人は親密に肌を重ね合わせ、激しく交歓するのだ。
小屋に戻った後、ルッソとトーリは積んだ藁の上で、いつもの様に夫婦の営み事を始めた。互いの敏感なところを舐めて愛であい、深くつながって羊たちに鑑賞させた。
行為の後、たっぷりと注がれた己のヴァギナのほうに目を向けてトーリは思った。ルッソといつまでもこうして愛し合っていたい。けれども、自分には為すべき大仕事が待っている。
□ □ □ □ □
山深いシギサンシュタウフェン領に入ったのは、イズヴァルト達がアスカウの村を出てから3日後の事だった。
イズヴァルトの故郷も、ウラスコーとどっこいどっこいのひなびた田舎だ。シギサンシュタウフェン城は比較的小さい。とはいえ背後には渓谷が流れており割と攻め辛いと見えた。
この領主の土地は、この山地の山間に3つある、小さな盆地の村のみだ。とはいえ山は豊富に持っている。林業や鉱業でそこそこ儲けている。隠れた富豪であった。
「最近は新しい鉄鉱山を開山したというでござるが、いかほどになっているのでござろうな」
「鉱山のみんなが住んでいるのは北の村なんでしょ? あっちに市場や旅籠があるんじゃないかしら?」
まずは領主の城を立ち寄らず、イズヴァルトの里から2キロ先といったところにある盆地にある北の村に向かった。大まわりでそこへ伸びる道があったからだ。
北の村は確かに人が増えていた。住人の数は3倍にも増えているという。鉱毒を受け止める遊水地があちこちに作られ、村の周りは池だらけとなっていた。
村にはマイヤが言う様に、市や新たな家が建てられていた。中には畑をつぶして貸し家屋に転職する農家もあった。この繁栄ぶりにベートーベンは驚いた。
「はええ。俺の実家とは大違いだな!」
「さようでござるかの!」
「……イズヴァルト、聖騎士やめて故郷に戻れば?」
言われた途端、イズヴァルトは嫌な顔をした。とはいえ、言われてみればイズヴァルトは立身出世を志さなくても、そこそこ豊かな領主として暮らすことが出来た。
聖騎士団はそもそも、武勇には秀でているが貧乏な騎士や武芸者が扶持を得る為に入る集団だ。そこそこの旗本ぐらいの領地を得て、その代わりに王家の為に死に物狂いで戦う。
「悪いことは言わないぜ。ここでマイヤちゃんとずっと暮らしなよ?」
「それ、私に総合大学の夢をあきらめろと言っていることと同じだよね!」
「金を貯めりゃ建てられるだろうさ」
北の村を出ていよいよイズヴァルトの産まれた里に。その里にほど近い小川で、3人はおもしろい光景を目にした。
4歳ぐらいの小さな男の子たちが6人、素っ裸になって並んで立ち、少し年上の女の子達にフェラチオを受けていたのだ。
「ふにゅー!」
「ううう、きもちがいいよう!」
あれはなんでござろう、とイズヴァルトが恥ずかしがると、マイヤとベートーベンはけらけらと笑った。しかし6人とも見たことがある様な顔だ。
特にそのうちの1人。茶色い髪の男の子はどうにもトーリと顔つきが似ていた。他の5人はイズヴァルトに似てなくもない。
「ううう。しゃぶしゃぶ。きもちいい。くしゅぐったい。とめないでえ……」
茶色い髪の男の子があうっ、と叫んだ。その声にマイヤは「まさか!」と思ってしまう。まさにその男の子がそうだった。
イズヴァルトと姉のトーリとの間の子、シギサンシュタウフェンに預けられたオルフレッドだった。
しかも魔族のそれに近い質だという。特にこの牧童の村の男がそうだった。概してそういう男達は魔界の魔法術式と相性がいい。
ただ、気になる点があった。どうも同じ種族のみの遺伝子を引き継いでいる。魔界のハーフリング族だ。あちらのはエルフとドワーフのあいのこではなく、純然たる種族として存在している。
この村の者は概して長寿だ。90まで生きるのがざらにいる。医療技術が施されていれば100以上は生きるだろうとカミラは見立てた。
しかしである。なぜ『万年がきんちょ』の魔族の血を濃く受け継いでいるのに、身体つきが大人のそれになり200年も300年も生きられないのか。トーリが疑うとカミラはこう答えた。
「魔族は産まれ出る子がある程度の時期までに、寿命を定める魔法をかける事ができるのです。かなり上位の魔族にしかできないことですが……」
その魔族は女の腹の中で育っている我が子を、ニンゲンとほぼ同じ寿命になるよう仕向けたみたいだ。その理由は世代交代を促進する為。
魔界のハーフリングの射精・月経が始まるのはだいたい、1万年以上経ってからだ。それとかの種族とニンゲンとのあいの子は、最低でも1000年以上は生きる。その分第二次性徴も遅い。
「腹の子に働きかけ、父の種族の特性よりも母の種族になるよう無理やりさせたようです。15や16で子を産み、世代交代が滞らない様に」
そうすることでニンゲン社会と溶け込める子となる。妙に長寿だと特別扱いされたり、嫌われて追い出される事もあるからだ。
オーガの『忌み子』なんぞは特にそうだった。彼等は普通のオーガの倍近く寿命があるとされている。かつていたエチウのオーガ達と同じぐらいの長さである。
そしてカミラはトーリには言ってはいなかったが、とある一家がこの村で一番色濃く大魔族の血を継いでいるのを知っていた。
トーリをあるじと仰ぎ、警護するサキュバスはカミラだけではない。この村とその周辺にいたのはカミラを含め、全員で4名。
真面目なカミラはそれをしなかったが、他の3人は違った。トーリからは「死なない程度に」と許可を得ていたから、夢魔として忍び込んだ。
アスカウに住むその一家の跡継ぎと30代半ばの父。父親の弟達やアスカウから南西にある村にいる、彼等の祖父達のそれを試した。
「め、めっちゃ濃い精液……」
「あの『くされホビット』のものにとっても似ているわ……」
膣や口蓋でいただいた精に彼女達は歓喜した。週に2,3回はいただきに参る様に。しかし男達はなかなかに枯れる事は無かった。高貴な魔族の血が濃いと絶倫になるのだ。
そしてとうとう、半年前に彼女達のうち1人が妊娠してしまった。カミラはそのうちの1人を本拠に帰して新たにもう1人を呼び寄せた。
彼女達はこの一家に至極似通った精液を放つ一族を知っていた。ホーデンエーネン王家の者だ。あの城は魔法に対する防備が薄いから、幾度か忍び込めた。
それに何より先々代の『ひめさま』こそがナントブルグ王城当主の愛妾だったから、何度もそのお相伴に預かった。大砲は小さいけど弾薬庫は充実していたから彼女達は大喜びだった。
ここでサキュバスの特質について記す。彼女達は特殊な技能がある。相手が意識を持っている状態での性交や愛撫で、自分達の魔法術式や記憶を伝えるというものだ。
但し彼女達が分け与えたいという意志を持たない限りは、相手はそれを享受することが出来ない。がしかし、ごくまれに逆の場合もあった。サキュバス側の意志を問わずに盗んでしまう者がいた。
そういう技能を持つ人物は滅多にいなかったし、性交や愛撫を受けている最中にサキュバスらは気付けなかった。その人物こそがトーリの身近にいた。
彼はサキュバスの魔法こそ駆使出来なかったが、トーリの護衛の3人のサキュバス達から淫魔の魔法術式を得て、念話魔法を密かに覚えていた。
彼女達うち1人を孕ませたのも彼の精液でだった。自分にサキュバスとの子がいるのを彼は生涯知る事が無かったが、彼の種子は魔族やその血を継ぐ者の卵子と親和性が高かった。
余談だが、彼はもう2人のトーリの護衛に子を産ませる事となる。イズヴァルトの物語には全く関係のない事であるが。
□ □ □ □ □
イズヴァルト達が出て行った日の夜。羊小屋にいたルッソは、子羊達の様子を見にやって来たトーリに呼びかけた。
「なあトーリ。カミラさんの部下のフラニーとジュディとスザナには、新婚家庭のところには忍び込まないように言っておいてほしいんだけどさ?」
最近のあの人達、目に余るぐらいの吸精行為をやらかしているぜとルッソは言った。トーリの顔はこわばっていた。
「も、申し伝えておくわ……でもどこで知ったの?」
「ここ3年、新婚夫婦になかなか子供が産まれないからさ。大抵は1年かそこらで赤ちゃんが生まれるものだけど、最近はそうじゃない。となればきっと彼女達のせいだと思ったんだ」
牧童の村はなかなか飢餓に襲われる事は無い。食べ物はあるし住居こそみずぼらしいが豊かである。
彼はスザナの前にいた、『生理休暇』として警護任務から外れたキャンディスについてもこう告げた。
「キャンディスさんはいつ頃戻るんだろうな。トーリはわかるかい?」
「……」
彼女は押し黙った。キャンディスが妊娠したこと。ルッソの胤によるものではないかと告げられた事も。別にルッソが別の女と子を作るのは気にしていない。自分だってそうしたからだ。
既にルッソには、自分の影の家臣たちの事を教えていた。自分の母方の家の秘密もだ。ゆえに彼からはきつくとがめだてられていた。天下を望むような事をやっちゃ駄目だ。
「まあいいよ。それよりもトーリ。シギサンシュタウフェン様に預けたオルフレッドの事だけど……」
オルフレッドをイズヴァルトの故郷に預ける事は、もともとはトーリが計画した事だがシギサンシュタウフェン公も乗り気だった。
息子が去った後に立て続けに生まれた3人の我が子と一緒に育てたい。イズヴァルトの父はオルフレッドを大層可愛がっていた。このまま養子にさせてくれないかという文も寄越す程に。
オルフレッドは、イズヴァルトの息子と疑わしき村の5人の男の子達とも仲良くやっている。彼等と古くからの友人の様に毎日つるんで遊んでいるそうだ。
ただ、オルフレッドはあまりにも美少年なので、年上の女の子達に色っぽいいたずらを仕掛けられているという。最近はちんちんを自分で剥いておしっこをしているそうだ。
「向こうでは楽しくやっているみたいね」
「こっちに戻してもいいかい? あいつの顔が見れなくなって寂しいんだ」
「預けてからまだ1年も経っていないのよ? 武芸のお稽古だって……」
「俺はあいつに、この家を継がせるつもりだよ?」
あるいは宿場町の運送屋。シギサンシュタウフェン公の家宰でもいい。そう告げるとトーリの顔が曇った。自分はオルフレッドをホーデンエーネンの王位に就けたいのに。
トーリは子羊達の毛づくろいをしながら、汚れた枯草を集めて荷台に運ぶルッソを見た。彼はどうして自分のやりたいことを邪魔してくるのだろう。
毎年の様に子供達を産むのはいい。それが彼女の毎日の甘い時間の帰結によるものだったからだし、生れ出た子供達に愛着を持っていたからだ。
しかし密かにたくらんでいる国盗りの野望と、自分達の祖先を害した裏切者たちの討滅の夢想までも否定されたくは無かった。幸せな家庭を築きながら出来るはずだ。淫魔の姫である自分になら。
「トーリ。このホーデンエーネンを治める王様はとても苦労しているはずだよ。大領主達は乱暴者ばかりだし王族はいばりんぼの怠け者だらけ。でもそんな国でも市井の者は静かに暮らせる事が出来るんだ」
いいや違う。トーリは思った。無能な王族衆を死滅させ、大領主達を強い力で押し込める事が必要なのだ。
彼女の理想は、マイヤが置いて行ってくれた本にある、『とう』の『そくてんぶこう』だった。異世界の女王。あらゆる家臣を下僕として扱った彼女の治世は、その王国の時代で下々の者らが、最も平和で豊かに暮らせたという。
(『そくてんぶこう』か……一代限りの女王様だったじゃないか、トーリ?)
マイヤがこの家に置いてくれた転生者の著書を読んだ彼も、その女王の名を知っていた。この世界の歴史では、女が代々冠を頂いた事は無いとされていた。
しかしかつてナントブルグ盆地に、代々女が王に就く国があることをルッソはつい最近知った。その王国はトーリの理想に近かったが、『そくてんぶこう』ほどに苛烈な統治では無かった。
ルッソは汚れたわらを荷車にあらかた積み終えると外に出た。トーリがなついて来た子羊と一緒についてきた。
「ルッソ。オルフレッドのことはお願いだから、15歳になるまでシギサンシュタウフェンに置いてほしいの」
「あいつもきっと、寂しがっているんじゃないのか?」
「けど、この村だけじゃなくいろんなところで暮らして、オルフレッドには立派な男の子に育ってほしいのよ。いずれ一家の大黒柱になるんだから」
ルッソはしぶしぶうなずいた。彼女が念話魔法を仕掛けてきたからだ。こちらの思考を読み取ろうとしている。そうなると厄介なもめ事が起きるかもしれない。
トーリもまたルッソの心が読めずに困っていた。常日頃、念話魔法でのぞき見しようと思っていたが、彼の思考はもやがかかったようになって読み取れなかった。
(カミラが言ってたけど、ルッソの魔法抗体は強いのかしら?)
それがキャンディスらサキュバスとの性交で自然に会得したものだと、トーリもルッソもわからなかった。だから2人は親密に肌を重ね合わせ、激しく交歓するのだ。
小屋に戻った後、ルッソとトーリは積んだ藁の上で、いつもの様に夫婦の営み事を始めた。互いの敏感なところを舐めて愛であい、深くつながって羊たちに鑑賞させた。
行為の後、たっぷりと注がれた己のヴァギナのほうに目を向けてトーリは思った。ルッソといつまでもこうして愛し合っていたい。けれども、自分には為すべき大仕事が待っている。
□ □ □ □ □
山深いシギサンシュタウフェン領に入ったのは、イズヴァルト達がアスカウの村を出てから3日後の事だった。
イズヴァルトの故郷も、ウラスコーとどっこいどっこいのひなびた田舎だ。シギサンシュタウフェン城は比較的小さい。とはいえ背後には渓谷が流れており割と攻め辛いと見えた。
この領主の土地は、この山地の山間に3つある、小さな盆地の村のみだ。とはいえ山は豊富に持っている。林業や鉱業でそこそこ儲けている。隠れた富豪であった。
「最近は新しい鉄鉱山を開山したというでござるが、いかほどになっているのでござろうな」
「鉱山のみんなが住んでいるのは北の村なんでしょ? あっちに市場や旅籠があるんじゃないかしら?」
まずは領主の城を立ち寄らず、イズヴァルトの里から2キロ先といったところにある盆地にある北の村に向かった。大まわりでそこへ伸びる道があったからだ。
北の村は確かに人が増えていた。住人の数は3倍にも増えているという。鉱毒を受け止める遊水地があちこちに作られ、村の周りは池だらけとなっていた。
村にはマイヤが言う様に、市や新たな家が建てられていた。中には畑をつぶして貸し家屋に転職する農家もあった。この繁栄ぶりにベートーベンは驚いた。
「はええ。俺の実家とは大違いだな!」
「さようでござるかの!」
「……イズヴァルト、聖騎士やめて故郷に戻れば?」
言われた途端、イズヴァルトは嫌な顔をした。とはいえ、言われてみればイズヴァルトは立身出世を志さなくても、そこそこ豊かな領主として暮らすことが出来た。
聖騎士団はそもそも、武勇には秀でているが貧乏な騎士や武芸者が扶持を得る為に入る集団だ。そこそこの旗本ぐらいの領地を得て、その代わりに王家の為に死に物狂いで戦う。
「悪いことは言わないぜ。ここでマイヤちゃんとずっと暮らしなよ?」
「それ、私に総合大学の夢をあきらめろと言っていることと同じだよね!」
「金を貯めりゃ建てられるだろうさ」
北の村を出ていよいよイズヴァルトの産まれた里に。その里にほど近い小川で、3人はおもしろい光景を目にした。
4歳ぐらいの小さな男の子たちが6人、素っ裸になって並んで立ち、少し年上の女の子達にフェラチオを受けていたのだ。
「ふにゅー!」
「ううう、きもちがいいよう!」
あれはなんでござろう、とイズヴァルトが恥ずかしがると、マイヤとベートーベンはけらけらと笑った。しかし6人とも見たことがある様な顔だ。
特にそのうちの1人。茶色い髪の男の子はどうにもトーリと顔つきが似ていた。他の5人はイズヴァルトに似てなくもない。
「ううう。しゃぶしゃぶ。きもちいい。くしゅぐったい。とめないでえ……」
茶色い髪の男の子があうっ、と叫んだ。その声にマイヤは「まさか!」と思ってしまう。まさにその男の子がそうだった。
イズヴァルトと姉のトーリとの間の子、シギサンシュタウフェンに預けられたオルフレッドだった。
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