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第二部 『呪いの序曲。イーガの魔王』 (少年編から青年編の間のエピソード。)
02 聖なる魔の王②
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オーガ族。額に2本のツノを生やした東洋人風の顔かたちをした亜人種は、寿命は亜人種の中で一番短い500年ほどである。
この種族にはニンゲンの女と交わると、能力がそれほど劣らぬ彼等の種族の子が産まれるという特質があった。他の亜人とは外見こそ似ているがそちらの特性がついてしまう。
逆にオーガ族の女がニンゲンの子を産んでも、能力こそオーガ族のそれだが、寿命は半分かそれ以下という『劣等種』みたいなのが出来てしまう。
オーガ族は魔法はからきしだが、魔法抵抗と腕力、身体能力に大変優れていた。とはいえ、病原菌や毒に対する耐性はニンゲンと大差無い。
この亜人らは北西にあるムーツ大陸にしかいなかった。しかしかつては、エチウの地にもこの種族は存在していた。
エチウのオーガ。その種族の寿命はムーツの同族の倍もあり、しかもエルフやゴブリンを凌ぐ魔法を駆使していた。
こんな説もある。とてつもない魔法科学技術を有し、宇宙をまたぐ船も作れる程だったとか。とはいえ彼等が一番栄えた時代の遺跡や、文物は朽ち果て、存在していなかった。
エチウのオーガが滅びた理由はわからない。とはいえその一支族がムーツ大陸に移住した事だけは、オーガの中では知られていた。けれどもその種族は既に地元のオーガ達の血が混じっていた。
コージュはエチウの『純血種』の生き残りだった。コーザに呼びかけた時、実際の歳は1000を過ぎていた。息子にそう語った彼だが、今だに若々しい青年の姿のままであった。
コーザは母と身体を1つに合わせる様に交わる父から、エチウのオーガについて沢山の事を聞いた。酷寒のエーゾの地に眠る『導きの龍』の友人であり忠実なしもべであった。彼が望む慈愛の為に、惜しみなく力を尽くした。
「みちびきのりゅう……それはなんでございましょうか?」
クラリスの上に乗って夢中で腰を動かす父に言う。そのコーザは母の右横にへたりこみ、歳よりも長くて太いペニスをたっぷりと口で慈しまれていた。
父は性交の悦びに溺れつつもはっきりと答えてくれた。導きの龍がエチウのオーガ達に様々な力を与え、衰退に向かわせたのだと。
「その神は様々な世界にいる苦しめられて来た人々を、この世界のこの星に招き入れました」
それこそがニンゲンと呼ばれる種族の存在だった。エチウのオーガ達は被保護者たる彼等に、魔法と科学とを教えてこの世界で生きる術を教えたという。
「そうだったのですか?」
「そうなのです。しかし私のご先祖らは気づいておりませんでした。かくまったニンゲン達に恐ろしい秘密があった事を……」
寿命が50年から80年。世代交代がとても早い。そのせいか、彼等の身体の中では様々な毒が産みだされた。疫病というやつだ。
ニンゲンは世代交代が早いから、病原菌に対する耐性を得る事が出来た。しかしエチウのオーガは違う。1000年も生きる彼等にはなかなか、毒への耐性が生成されなかった。
毎年の様に次々と新種が湧いて出る。生物毒に弱いオーガ達は苦しめられた。ニンゲンは繁殖力が強く、数千年の間にこの星で最も多い種族となった。
ニンゲンはエチウにも当然住み着くようになった。千にも及ぶ歳月の中で、エチウ諸島のオーガらはその数を減らしていったという。
コージュがこの世から産まれた時には、その亜人種はほんの数百しか生き残らなかった。おりしも、最悪の疫病がエチウ諸島全土に訪れた年である。ツノが生えずに産まれた『忌み子』であったコージュは、ゴブリン族に託された。
それから生き残り達がどうなったのかはわからない。とはいえ彼は世界を転々として移り住み、600年近く経った頃にエチウ諸島に戻って来た。
ゴブリンやエルフ、サキュバスやドワーフから魔法と技術を学んだ彼は、今だ困窮に喘ぐ酷寒の諸島を救うべく魔道士として戻ってきた。
だが見た物はいつまでも貧しい暮らしを余儀なくされる人々と、時折奢侈に逃げながらも領民を助ける為に動くが空回りをしてばかりの領主達だ。エチウにはニンゲンというか弱い種族を滅ぼそうとする意志があった。
豊かさだけはどうにもならない。そうして彼は救世の教団・パラッツォ教を建てて皆を導くように願った。しかし旧来のマハラ教の勢力が根強かったエチウ諸島では、なかなか信者が増えなかった。
「ゆえに……皆の心を救う為、貴方には頑張ってもらわねばなりません」
持ちうるその生殖の才をもってなるべく多くの子を作り、教団の布教に励め。コーザが7歳で4人の子の父親となり、それからも多くの赤ん坊を女達に孕ませる様になってからも、コージュはその事を繰り返し告げた。
そしてコーザが18の歳に、コージュ=ストーンマウントは騒乱を起こす者としてカナザワースの大公によって処刑された。それまで比較的平和的なパラッツォ教は、その日を境に武力闘争も辞さぬ集団へと変わり始めた。
□ □ □ □ □
父と母から不世出の才能を引き継いだコーザ=ストーンマウントだが、彼は教団の跡を引き継がすに足る、優れた子供を得る事は無かった。
信者の女との間の産まれた子は、どれも魔法の才と美貌に優れていたが、サキュバスの亜種と言ってさしつかえない者達ばかりだった。
男児はもっと頼りなかった。才能のある者は司祭騎士や魔道士に出来たが、才の無き者は各地の司祭かその補佐につけるしか他は無かった。
とはいえ、である。彼は血こそ繋がってはいなかったが、己の跡を継がすに足る、強大な宿命と魔力の才の持ち主を見出していた。
その子をエチウに連れて帰り、育てなければならない。しかし現状はうまくいかなかった。イナーヴァニア戦線は今、ここが一番の踏ん張りどころだったからである。
□ □ □ □ □
パラッツォ教軍は弱兵ばかりだが、圧倒的な数と集団戦法を駆使し、北部の戦いでは何度も起きた合戦で勝利を収めていた。
トットリーブールを奪取し、いよいよ中部から南部を攻めとるつもりでいた。イナーヴァニアの同胞を3万人以上も殺された信徒たちが、国王を捕まえるまでは終われないなどとコーザの肩を押した為である。
国王とその将軍達はイナーヴァニア南東部に逃れた。そこを策源地として反抗作戦に打って出た。主戦場となったのは中央部だ。
しかし戦場が中央部に移ってから、パラッツォ側は敗退する様になった。イーズモーとヒッジランドの参戦のせいだ。
いくつかの戦闘で、大将格の司祭騎士や補佐役の教典の巫女が討ち死にした。進撃の度合いが鈍くなり、イナーヴァニア戦線はとうとう膠着状態に陥った。
特にヒッジランドからの援軍が厄介だった。ドワーフやゴブリンの武者が多く加わり、なかなかに精強だった。その上にとんでもない猛将が戦いの途中から加わり、手痛い敗北を喫する様になった。
鉄騎隊長エドワード=ルーカス。途中で遠征軍に組み込まれたそうだ。ランスを鈍器の様にぶんまわす、まるでドワーフの様な力任せの戦い方をする荒武者だ。でたらめみたいに強く、とにかく高笑いばかりしてやかましい。
戦場で彼の「わはははは!」という笑い声が聞こえてきたら、それは敗北が起こる知らせであった。彼とヒッジランド最強の騎馬隊・鉄騎兵団。それからドワーフの突撃隊に何度も中央突破をされた。
しかも彼等は兵卒ではなく、事もあろうか魔法戦士、つまりは指揮官を狙って攻めて来る。彼等の鈍器でこれまでに、司祭騎士を30名、教典の巫女を10名殺された。
その頃にイナーヴァニア入りしたコーザ=ストーンマウントは、自ら督戦して皆を鼓舞しなければならないと思い立ち、多くの反対を押し切って中部地方へと向かった。その道中である。
「教主様。聞き及んでおりませんか?」
副官としてつけた司祭騎士がコーザに呼びかけた。この付近にはまだ、パラッツォ教への帰依をはっきり示さない村がある。我らの同胞が何度か説得してみたが、なかなかに首を縦に振らない。
「その報告は初耳です。どの様な村なのですか?」
すぐ近くにある。山間にある小さな村。イナーヴァニア国王の天領にあり、雪蚕蛾という虫を飼って絹糸を生産しているという。
「絹ですか。あまり興味を持てませんね。エチウでは無用なものですから」
「ですが、その村だけパラッツォの教えを広めないわけには参りません。この近辺の人々は皆、改宗を受けております」
コーザは微笑んでうなずいたが、内心はあまり嬉しくなかった。エチウの武者達が刃で脅して宗旨替えを迫ったからだ。逆らった者は国王の熱烈な協力者として処刑された。
この事実を派遣軍は教主に報告しなかった。コーザがその話を聞いたのは、教典の巫女を通してであった。ちなみにだが勝手な処刑を行ったのは、エチウの諸公国に仕えていた武者である。
例え平和的な宗教を信じる者でも、血と肉のにおいを嗅いで己が生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされれば、平気で殺戮や略奪を為した。
コーザは己の徳が足らないと自嘲しながらも、副官達の求めに応じて二千の兵を率いてその村へ向かった。村は人口がほとんどいなかった。400いるかいないかの数だった。
山の中で雪が深く、うらびれた家々ばかりの寂しい集落。こんな所は気にかけず、早く国王を捕縛して帰依させれば良いと彼は考えてしまう。国王さえパラッツォの教えを信奉するようになれば、後はどうともなるはずだ。
彼は己の魔性と秘められた力を用いず、まずは何故この村の者達はパラッツォ教を信じると言わないのかを聞き出すことにした。
マハラ教と同じマハーヴァラを主神と崇めている。教典と戒律が変わるだけで他は変わらない。そう考えて村の入口の門をくぐると奇妙な感覚を覚えた。
(魔物、あるいは魔族の気配ですね。この村には何かが潜んでいる様です。)
この辺りの歴史についても思い出す。確か1000年ほど前までは、とある邪悪な種族が闇夜に紛れて人を襲い続けていたそうだ。
それが何だったかと思い出している内に、コーザは話し合いの相手となる村長と顔を合わせる事となった。70近い老人で体格こそ良かったが、ところどころ歯が抜けていた。
長年付き添って正妻は既に亡くなっていたが、35歳ほど年下の子連れの未亡人を後妻にし、死にぞこないの年頃になって2人の子を得ていた。
「これは私の息子と娘ですじゃ。8歳と4歳になります」
なかなかに容貌が整っていて可愛らしい。その後妻もかなりの美人だった。胸こそ平らであったが背が高く、脚がすらりとした金髪の美女であった。彼女はコーザをちらと見て頬を染めていた。
その女は死んだ前夫の間に、マーサという名前の娘を儲けていた。今年で20になったという。12の時に村長の甥に嫁ぎ、3人の子を得ていた。1人は3カ月前に産まれたばかりで、ヘラと名づけられた。
「甥はマーサに首ったけでしてな。4人目の子を早く産ませたいと躍起になっているのですよ。それだけ義理の娘は良いおなごであるということでして……」
自分もこの妻に3人目の子を産ませたいと村長は笑った。今にもお迎えが来そうな顔と体つきであったが、雪蚕や蜂の子などを食べて精力旺盛だという。ちなみにだがこの村長は前の妻と、16人の子を為した。
「それは素晴らしいことです。産めよ増やせよはパラッツォ教の教典にも書かれていることですから」
「マハラ教とそっくり同じですな! かっかっかっ!」
村長はあれこれ話を脱線させ、コーザが言いたいことをはぐらかそうとする。しかし教主は我慢強く聞きながらとうとう村長に改宗の是非について尋ねた。
「……果たして、マハラのそれと似た教えが、この村の者に広まりますかの?」
村長が述べたのはこうである。この村が出来てから1000年。ずっとマハラの教えを信奉し続けている。正月と盛夏と秋口には、北にある町のマハラ神殿に参拝して無病息災を祈り、村に富が入ってきたのを報告する。
その他にもマハラ教の大神殿があるトットリーブールや遠いところにある大きな街に1年1度は拝みに向かう。そうした旅が村人の数少ない娯楽であった。
社殿などを設けず教典を読み、隣人と法悦を致せばそれでよいとするパラッツォ教には無い事だ。それと『甘露(アームリータ)』を主食として生きるという戒律。
実を言えばこれは信徒の間でもあまり守られていない。多くの信徒はごくわずかだが、肉や野菜や菓子もつまんでいる。村長は食生活の彩りが乏しいのが、最も嫌われる戒めだと論じた。
「何よりも飯が味気なくなるのが寂しいばかり。儂らには耐えられぬ生活でございますのう」
それが一番の耐えがたい事である。村は養蚕でそれなりに銭を得ており生活は豊かだった。周囲には果樹園だってある。
コーザと村長は長いこと話し合った。なかなかに説得が出来ぬと見た教主は、強いる事も無いと思いこの村にはマハラ教を信じるままで良いと告げて話を終えた。
村長に何かの足しにと小さな包みに入った砂金を贈ると村長の家を出る。一緒についてきた司祭騎士がこれで良いのかと尋ねた。コーザは薄く笑って「対魔術式を張りなさい」と告げた。
「……魔物がこの村に潜んでいるのですか!」
「その様ですね。この村に入った時から違和感を感じておりましたよ」
しかも村長と話し合っている間、その刺々しい殺意は強くなっていった。自分が狙われているのだとコーザはにらんでいた。
村の入口を出る前に、彼は自分の身の回りの警備を薄く引き延ばせと命じた。司祭騎士らが拒んだが、どうしてもやるのだ、とコーザは押し込めた。
「仕方がございません……みんな!」
コーザの左右がすかすかになった。前後にももっと間隔を広げる様にとコーザは命令する。側面から攻めかかるのを誘う格好になると、コーザと引きつれた兵士達は村の入口を抜け出た。
その時である。コーザの首筋に張り詰めた感覚が広がるのと、司祭騎士らが巡らせた対魔術式が察知して鈴の様な音が耳元で鳴ったのは。
「教主様!」
部下が叫ぶと同時にコーザは左右から猛烈な早さで飛び込んで来る何かに気づいた。半魔の者である彼はそれが何かとわかった。『同族』の様なものである。
この種族にはニンゲンの女と交わると、能力がそれほど劣らぬ彼等の種族の子が産まれるという特質があった。他の亜人とは外見こそ似ているがそちらの特性がついてしまう。
逆にオーガ族の女がニンゲンの子を産んでも、能力こそオーガ族のそれだが、寿命は半分かそれ以下という『劣等種』みたいなのが出来てしまう。
オーガ族は魔法はからきしだが、魔法抵抗と腕力、身体能力に大変優れていた。とはいえ、病原菌や毒に対する耐性はニンゲンと大差無い。
この亜人らは北西にあるムーツ大陸にしかいなかった。しかしかつては、エチウの地にもこの種族は存在していた。
エチウのオーガ。その種族の寿命はムーツの同族の倍もあり、しかもエルフやゴブリンを凌ぐ魔法を駆使していた。
こんな説もある。とてつもない魔法科学技術を有し、宇宙をまたぐ船も作れる程だったとか。とはいえ彼等が一番栄えた時代の遺跡や、文物は朽ち果て、存在していなかった。
エチウのオーガが滅びた理由はわからない。とはいえその一支族がムーツ大陸に移住した事だけは、オーガの中では知られていた。けれどもその種族は既に地元のオーガ達の血が混じっていた。
コージュはエチウの『純血種』の生き残りだった。コーザに呼びかけた時、実際の歳は1000を過ぎていた。息子にそう語った彼だが、今だに若々しい青年の姿のままであった。
コーザは母と身体を1つに合わせる様に交わる父から、エチウのオーガについて沢山の事を聞いた。酷寒のエーゾの地に眠る『導きの龍』の友人であり忠実なしもべであった。彼が望む慈愛の為に、惜しみなく力を尽くした。
「みちびきのりゅう……それはなんでございましょうか?」
クラリスの上に乗って夢中で腰を動かす父に言う。そのコーザは母の右横にへたりこみ、歳よりも長くて太いペニスをたっぷりと口で慈しまれていた。
父は性交の悦びに溺れつつもはっきりと答えてくれた。導きの龍がエチウのオーガ達に様々な力を与え、衰退に向かわせたのだと。
「その神は様々な世界にいる苦しめられて来た人々を、この世界のこの星に招き入れました」
それこそがニンゲンと呼ばれる種族の存在だった。エチウのオーガ達は被保護者たる彼等に、魔法と科学とを教えてこの世界で生きる術を教えたという。
「そうだったのですか?」
「そうなのです。しかし私のご先祖らは気づいておりませんでした。かくまったニンゲン達に恐ろしい秘密があった事を……」
寿命が50年から80年。世代交代がとても早い。そのせいか、彼等の身体の中では様々な毒が産みだされた。疫病というやつだ。
ニンゲンは世代交代が早いから、病原菌に対する耐性を得る事が出来た。しかしエチウのオーガは違う。1000年も生きる彼等にはなかなか、毒への耐性が生成されなかった。
毎年の様に次々と新種が湧いて出る。生物毒に弱いオーガ達は苦しめられた。ニンゲンは繁殖力が強く、数千年の間にこの星で最も多い種族となった。
ニンゲンはエチウにも当然住み着くようになった。千にも及ぶ歳月の中で、エチウ諸島のオーガらはその数を減らしていったという。
コージュがこの世から産まれた時には、その亜人種はほんの数百しか生き残らなかった。おりしも、最悪の疫病がエチウ諸島全土に訪れた年である。ツノが生えずに産まれた『忌み子』であったコージュは、ゴブリン族に託された。
それから生き残り達がどうなったのかはわからない。とはいえ彼は世界を転々として移り住み、600年近く経った頃にエチウ諸島に戻って来た。
ゴブリンやエルフ、サキュバスやドワーフから魔法と技術を学んだ彼は、今だ困窮に喘ぐ酷寒の諸島を救うべく魔道士として戻ってきた。
だが見た物はいつまでも貧しい暮らしを余儀なくされる人々と、時折奢侈に逃げながらも領民を助ける為に動くが空回りをしてばかりの領主達だ。エチウにはニンゲンというか弱い種族を滅ぼそうとする意志があった。
豊かさだけはどうにもならない。そうして彼は救世の教団・パラッツォ教を建てて皆を導くように願った。しかし旧来のマハラ教の勢力が根強かったエチウ諸島では、なかなか信者が増えなかった。
「ゆえに……皆の心を救う為、貴方には頑張ってもらわねばなりません」
持ちうるその生殖の才をもってなるべく多くの子を作り、教団の布教に励め。コーザが7歳で4人の子の父親となり、それからも多くの赤ん坊を女達に孕ませる様になってからも、コージュはその事を繰り返し告げた。
そしてコーザが18の歳に、コージュ=ストーンマウントは騒乱を起こす者としてカナザワースの大公によって処刑された。それまで比較的平和的なパラッツォ教は、その日を境に武力闘争も辞さぬ集団へと変わり始めた。
□ □ □ □ □
父と母から不世出の才能を引き継いだコーザ=ストーンマウントだが、彼は教団の跡を引き継がすに足る、優れた子供を得る事は無かった。
信者の女との間の産まれた子は、どれも魔法の才と美貌に優れていたが、サキュバスの亜種と言ってさしつかえない者達ばかりだった。
男児はもっと頼りなかった。才能のある者は司祭騎士や魔道士に出来たが、才の無き者は各地の司祭かその補佐につけるしか他は無かった。
とはいえ、である。彼は血こそ繋がってはいなかったが、己の跡を継がすに足る、強大な宿命と魔力の才の持ち主を見出していた。
その子をエチウに連れて帰り、育てなければならない。しかし現状はうまくいかなかった。イナーヴァニア戦線は今、ここが一番の踏ん張りどころだったからである。
□ □ □ □ □
パラッツォ教軍は弱兵ばかりだが、圧倒的な数と集団戦法を駆使し、北部の戦いでは何度も起きた合戦で勝利を収めていた。
トットリーブールを奪取し、いよいよ中部から南部を攻めとるつもりでいた。イナーヴァニアの同胞を3万人以上も殺された信徒たちが、国王を捕まえるまでは終われないなどとコーザの肩を押した為である。
国王とその将軍達はイナーヴァニア南東部に逃れた。そこを策源地として反抗作戦に打って出た。主戦場となったのは中央部だ。
しかし戦場が中央部に移ってから、パラッツォ側は敗退する様になった。イーズモーとヒッジランドの参戦のせいだ。
いくつかの戦闘で、大将格の司祭騎士や補佐役の教典の巫女が討ち死にした。進撃の度合いが鈍くなり、イナーヴァニア戦線はとうとう膠着状態に陥った。
特にヒッジランドからの援軍が厄介だった。ドワーフやゴブリンの武者が多く加わり、なかなかに精強だった。その上にとんでもない猛将が戦いの途中から加わり、手痛い敗北を喫する様になった。
鉄騎隊長エドワード=ルーカス。途中で遠征軍に組み込まれたそうだ。ランスを鈍器の様にぶんまわす、まるでドワーフの様な力任せの戦い方をする荒武者だ。でたらめみたいに強く、とにかく高笑いばかりしてやかましい。
戦場で彼の「わはははは!」という笑い声が聞こえてきたら、それは敗北が起こる知らせであった。彼とヒッジランド最強の騎馬隊・鉄騎兵団。それからドワーフの突撃隊に何度も中央突破をされた。
しかも彼等は兵卒ではなく、事もあろうか魔法戦士、つまりは指揮官を狙って攻めて来る。彼等の鈍器でこれまでに、司祭騎士を30名、教典の巫女を10名殺された。
その頃にイナーヴァニア入りしたコーザ=ストーンマウントは、自ら督戦して皆を鼓舞しなければならないと思い立ち、多くの反対を押し切って中部地方へと向かった。その道中である。
「教主様。聞き及んでおりませんか?」
副官としてつけた司祭騎士がコーザに呼びかけた。この付近にはまだ、パラッツォ教への帰依をはっきり示さない村がある。我らの同胞が何度か説得してみたが、なかなかに首を縦に振らない。
「その報告は初耳です。どの様な村なのですか?」
すぐ近くにある。山間にある小さな村。イナーヴァニア国王の天領にあり、雪蚕蛾という虫を飼って絹糸を生産しているという。
「絹ですか。あまり興味を持てませんね。エチウでは無用なものですから」
「ですが、その村だけパラッツォの教えを広めないわけには参りません。この近辺の人々は皆、改宗を受けております」
コーザは微笑んでうなずいたが、内心はあまり嬉しくなかった。エチウの武者達が刃で脅して宗旨替えを迫ったからだ。逆らった者は国王の熱烈な協力者として処刑された。
この事実を派遣軍は教主に報告しなかった。コーザがその話を聞いたのは、教典の巫女を通してであった。ちなみにだが勝手な処刑を行ったのは、エチウの諸公国に仕えていた武者である。
例え平和的な宗教を信じる者でも、血と肉のにおいを嗅いで己が生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされれば、平気で殺戮や略奪を為した。
コーザは己の徳が足らないと自嘲しながらも、副官達の求めに応じて二千の兵を率いてその村へ向かった。村は人口がほとんどいなかった。400いるかいないかの数だった。
山の中で雪が深く、うらびれた家々ばかりの寂しい集落。こんな所は気にかけず、早く国王を捕縛して帰依させれば良いと彼は考えてしまう。国王さえパラッツォの教えを信奉するようになれば、後はどうともなるはずだ。
彼は己の魔性と秘められた力を用いず、まずは何故この村の者達はパラッツォ教を信じると言わないのかを聞き出すことにした。
マハラ教と同じマハーヴァラを主神と崇めている。教典と戒律が変わるだけで他は変わらない。そう考えて村の入口の門をくぐると奇妙な感覚を覚えた。
(魔物、あるいは魔族の気配ですね。この村には何かが潜んでいる様です。)
この辺りの歴史についても思い出す。確か1000年ほど前までは、とある邪悪な種族が闇夜に紛れて人を襲い続けていたそうだ。
それが何だったかと思い出している内に、コーザは話し合いの相手となる村長と顔を合わせる事となった。70近い老人で体格こそ良かったが、ところどころ歯が抜けていた。
長年付き添って正妻は既に亡くなっていたが、35歳ほど年下の子連れの未亡人を後妻にし、死にぞこないの年頃になって2人の子を得ていた。
「これは私の息子と娘ですじゃ。8歳と4歳になります」
なかなかに容貌が整っていて可愛らしい。その後妻もかなりの美人だった。胸こそ平らであったが背が高く、脚がすらりとした金髪の美女であった。彼女はコーザをちらと見て頬を染めていた。
その女は死んだ前夫の間に、マーサという名前の娘を儲けていた。今年で20になったという。12の時に村長の甥に嫁ぎ、3人の子を得ていた。1人は3カ月前に産まれたばかりで、ヘラと名づけられた。
「甥はマーサに首ったけでしてな。4人目の子を早く産ませたいと躍起になっているのですよ。それだけ義理の娘は良いおなごであるということでして……」
自分もこの妻に3人目の子を産ませたいと村長は笑った。今にもお迎えが来そうな顔と体つきであったが、雪蚕や蜂の子などを食べて精力旺盛だという。ちなみにだがこの村長は前の妻と、16人の子を為した。
「それは素晴らしいことです。産めよ増やせよはパラッツォ教の教典にも書かれていることですから」
「マハラ教とそっくり同じですな! かっかっかっ!」
村長はあれこれ話を脱線させ、コーザが言いたいことをはぐらかそうとする。しかし教主は我慢強く聞きながらとうとう村長に改宗の是非について尋ねた。
「……果たして、マハラのそれと似た教えが、この村の者に広まりますかの?」
村長が述べたのはこうである。この村が出来てから1000年。ずっとマハラの教えを信奉し続けている。正月と盛夏と秋口には、北にある町のマハラ神殿に参拝して無病息災を祈り、村に富が入ってきたのを報告する。
その他にもマハラ教の大神殿があるトットリーブールや遠いところにある大きな街に1年1度は拝みに向かう。そうした旅が村人の数少ない娯楽であった。
社殿などを設けず教典を読み、隣人と法悦を致せばそれでよいとするパラッツォ教には無い事だ。それと『甘露(アームリータ)』を主食として生きるという戒律。
実を言えばこれは信徒の間でもあまり守られていない。多くの信徒はごくわずかだが、肉や野菜や菓子もつまんでいる。村長は食生活の彩りが乏しいのが、最も嫌われる戒めだと論じた。
「何よりも飯が味気なくなるのが寂しいばかり。儂らには耐えられぬ生活でございますのう」
それが一番の耐えがたい事である。村は養蚕でそれなりに銭を得ており生活は豊かだった。周囲には果樹園だってある。
コーザと村長は長いこと話し合った。なかなかに説得が出来ぬと見た教主は、強いる事も無いと思いこの村にはマハラ教を信じるままで良いと告げて話を終えた。
村長に何かの足しにと小さな包みに入った砂金を贈ると村長の家を出る。一緒についてきた司祭騎士がこれで良いのかと尋ねた。コーザは薄く笑って「対魔術式を張りなさい」と告げた。
「……魔物がこの村に潜んでいるのですか!」
「その様ですね。この村に入った時から違和感を感じておりましたよ」
しかも村長と話し合っている間、その刺々しい殺意は強くなっていった。自分が狙われているのだとコーザはにらんでいた。
村の入口を出る前に、彼は自分の身の回りの警備を薄く引き延ばせと命じた。司祭騎士らが拒んだが、どうしてもやるのだ、とコーザは押し込めた。
「仕方がございません……みんな!」
コーザの左右がすかすかになった。前後にももっと間隔を広げる様にとコーザは命令する。側面から攻めかかるのを誘う格好になると、コーザと引きつれた兵士達は村の入口を抜け出た。
その時である。コーザの首筋に張り詰めた感覚が広がるのと、司祭騎士らが巡らせた対魔術式が察知して鈴の様な音が耳元で鳴ったのは。
「教主様!」
部下が叫ぶと同時にコーザは左右から猛烈な早さで飛び込んで来る何かに気づいた。半魔の者である彼はそれが何かとわかった。『同族』の様なものである。
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