聖騎士イズヴァルトの伝説 外伝 『女王の末裔たち』

CHACOとJAGURA

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第一部 少年騎士と幼き侍女(幼年編から少年編の間のお話)

11 遠征行⑩

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 イズヴァルト達の提案を聞き、配下の騎士達にも尋ねて練った作戦というものがこうだった。国王直属であることを示す旗を掲げた本隊が出陣するが、その数は1500ほど。

 もう半分は敵に悟られぬよう南北の間道を進み、合流ができる地点を決戦場とし、本隊が敵軍をひきつけている間に分隊が加勢して取り囲む形で相手を叩きのめす。うまくいけば、の話であるが。

 聖騎士団を倒そうとする敵の主力は、20キロ離れた砦に集結していると聞いたからこの策はなるかもしれないとライナーは考えた。しかし集結地点に是非とも誘導したい。

「ここは、敵方を挑発する策はいかがだろうか?」

 軍議の席で『知恵者』と言われた配下の騎士が策を提案した。先回りして砦に奇襲をかける。精鋭の中の精鋭をもって襲い掛かれば、敵を激怒させるぐらいの被害を与えられるだろう。

 その日の夜、イズヴァルトはえり抜きの『精鋭』の1人として街から出発した。いっしょじゃなきゃ嫌だとだだをこねるマイヤを馬の前に乗せて。ついでながらベートーベンが重い鎖帷子から護身用の革鎧に身を包んで同行していた。

 部隊の数は20名。100名という話だったのにこれではあまりにも少なすぎる。ベートーベンは隊を率いるボルヘスという名の騎士に異議申し立てをしてみたが、相手は彼の兜をぶん殴って笑った。

「がははは! この隊に誰がいると思ってるんだ! あのイズヴァルトがいるんだぜ!」

 あいつがいりゃ500人の騎馬隊に匹敵するさ、とベートーベンに言う。ベートーベンは馬を後ろに振り向かせ、一番後ろでとことことお馬を歩かせるイズヴァルトに近寄った。

「おい、イズヴァルト。どうしてお前が『見習い』のくせにこの隊に参加してんだよ?」
「それはライナーどのに尋ねていただきたいでござるよ」
「けっ。トンダバヤシの守り神任せかよ!」

 地面に向けて唾を吐くベートーベンを嫌そうに見たマイヤが呼びかける。そういう貴方こそ見習いなのに『捨て石』みたいな部隊に参加したの?

「ここで敵兵の首をあげて、早く出世する為に決まっているだろ? なんてったって俺は、未来の聖騎士団の騎士団長だからな!」
「ふーん。それじゃあイズヴァルトさんはホーデンエーネン国軍の元帥ということだね!」 
「けっ! 俺に試合で負けるような奴はせいぜいが俺の部下の副官さ!」

 ベートーベンは剣を抜き、やかましく吠えて馬を走らせた。それを一人の騎馬武者が近づき、体当たりで彼を馬から落とした。鍛錬の成果で上手く転がり落ちれたベートーベンは、すっくと立ち上がって相手を怒鳴りつけた。

「いてえ! なにするんだよ!」
「やかましいわあ! ここは戦場なんじゃぞ! ガキがっ!」

 兜からのぞく男の顔は浅黒い。ホーデンエーネン人とは違い、あごが細くてしわが多かった。彼は魔竜戦役の『傭兵衆』の中の、数少ない生き残り。西のゲースティア人のエッケイ=アーヌクオックである。

 魔竜戦役ではトンダバヤシに進んだ軍に加わらず、シジョーナワテの砦で留守役についた。なかなかの武勇の持ち主だったから、救援時には首を20あげる活躍を見せた。

 ライナーが聖騎士団に入れたのだ。歳は40過ぎだったからいきなり正団員に遇されている。元はゲースティアの軍人だったらしいが立ち居振る舞いは盗賊のまさにそれであり、粗野で乱暴。

 ベートーベンが尚もやかましく叫ぼうとすると、エッケイは馬を飛び降りて彼を蹴り倒した。素早い動きにルートヴィッヒはついて来れなかった。エッケイは剣を抜き、少年の首筋に突きつけた。

「隠密行動におめえみてえな騒がしいガキは必要ないんじゃ! 死にたいならここで殺してやる! 敵の斥候にやられたと報告するからな!」
「ぐっ……ぐっ……」
「初陣だと喜び騒ぐ奴こそすぐに死ぬ! びびって腹が痛くなって黙り込むのが生き残る。それがいくさというものじゃ。覚えとけ!」

 ベートーベンは従う事にした。エッケイが剣を鞘に納めて手を貸した。なかなかに良き武者でござるな、とイズヴァルトは感心した。

「エッケイさんはとてもいい人だよ! ライナーさまも副官にしたいと考えているって!」

 マイヤはエッケイを見てはにかむ。精液の出し方はびゅっびゅっびゅっ、と小分けに連射するとささやいてイズヴァルトを微笑ませた。エッケイは彼女の『お得意さま』のリストの内の1人だった。

「こらこら。エッケイどのを干からびせてはならぬでござるよ?」
「最近はしていないよ。国元から奥さんと子供たちを呼び寄せたらしいからね。どうもおうちではお妾さんと言い争ってばかりらしいけど……」

 エッケイは聖騎士団員になる前から、ホーデンエーネンの1人の村娘を妾にしていた。今年で16になるが倍の歳ぐらいに見えるほどで、何もかもがでっぷりとしている。エッケイとの間におでぶな男の子を授かった。

 エッケイの妻は華奢で美人だったから、夫が自分より容貌が遥かに劣る女を愛人にしたことが不満らしい。子供達と赤ちゃんとの仲は良好だが、妻と愛人とは常に言い争っている。

「お家にいるのが嫌だから、エッケイさんはこの作戦に参加したのかもしれないね!」
「それなら……おめかけさんとそのお子さん用のお家を建てるべきでござるよ」
「じゃあ、イズヴァルトさんはたっくさんお家を建てないといけないかもね!」

 マイヤにそう言われてイズヴァルトは悲しくなり、思わず彼女をぎゅっと抱きしめてしまった。拙者はおめかけさんはいらぬでござる。マイヤどの1人がいればそれで良いでござるよ。さめざめと泣きながらそうささやいた。

「く、くるしい……」

 愛されているのはわかっているけど、あんまり強い力で抱きしめないで欲しいものだわ、とマイヤは嘆いた。未発達の小さな身体に彼の心からの愛情は、いささかきつくて重すぎた。


□ □ □ □ □


 敵の主力が集う城までの道では、一度も戦いが行われなかった。ざる過ぎる、とボルヘスがエッケイに向けてぼやく。エッケイはこの隊では副長格だ。実践経験の豊富さを買われての抜擢だった。

「他国との合戦をしているわけじゃねえですからなあ。せやけん、スーエイニアとのいくさでも、こないな真夜中を見回る敵はようおらんかったけぇのう」
「そうなのか……普通にホーデンエーネンでは夜回り隊を結成しているんだが」
「ま、所詮はのんきな田舎兵隊がって事でよろしいじゃろ。そんなら早いところ先手を打ちましょうかのう?」

 エッケイのサイゴークなまりのきつい声を聞きながらボルヘスはうなずいた。今回の為の秘密兵器を連れて来た。イズヴァルト、前に出ろ。

「さて、なんでござるか?」
「お仕事だよ……その背中におぶっているでっかい剣……『はおうの剣(ソード=オブ=ブロント)』だか『くろきしのなんちゃら』だったっけ。それの力で門を破れ」

 ブロントという言葉でエッケイが目を見張った。彼の故郷の大陸の北の国・イーズモーの古語では『覇王』を意味するからだ。サイゴークで覇王を称せる者と言えば、後にも先にも暗黒卿のみである。

「ヴィクトリアのホラ話は……本当のことやったけぇな?」

 イズヴァルトは一瞬だけむっとした。けれども暗黒卿の子孫は存在自体が奇跡の様なものだったから、ホラ話と思われるのも仕方が無かった。気を取り直してマイヤをエッケイに預け、単騎駆けで城門へ向かう。

 50メートル程まで近づいた時、かがり火を焚く城壁から声が聞こえてきた。何者だ。名を名乗れ。義勇兵なら絶賛募集中だからその用事なら開けてやる。どうだ?

 イズヴァルトは馬から降りた。背中の大剣をゆっくりと抜き、念じながらそれを地面に突き立てる。この旅の中で夜中こっそりと野原に出て訓練していたから、その魔剣はすぐに力を示してくれた。

 彼の前方で地揺れが起こり、それが大きな亀裂となって水掘りや城壁にまで届いた。城壁の守備兵が見ていたのはまさに敵方。しかも魔法戦士であった。

「まさか、国王の派遣部隊の者か!」
「にっくきヨーシハルトスに肩入れする国賊め!」

 城壁から矢が放たれる。イズヴァルトは無言で腰にさげていた『姫竜の牙』を抜くと、城壁を斬るかの様に振り上げた。かまいたちとともに強い風が起こり、彼に向けた矢を吹き飛ばした。

 それだけではなかった。巨人の刀に斬りつけられたかの様に城壁がいくつもえぐられた。とんでもない奴が現れた。城壁の守備兵はすぐさま敵襲を知らせるラッパを吹く。イズヴァルトはその場を立ち止まったままだけでなく、馬を逃がしてしまった。

 果たして城門が開いて20近くの騎馬兵と100人ぐらいの歩兵が飛び出した。隠れたところで伺っていたベートーベンは、助けに行かないのかとボルヘスに尋ねた。

「まだだ。まだだよ」

 騎兵で一番脚の速いのが2騎、イズヴァルトのすぐそこまで迫った。槍を突き出し左右から突き刺そうとする。彼は『覇王の剣』を片手で軽々と振り回し、敵の槍を叩き落してもう一人の腿を『姫竜の牙』で切り裂いた。

 乱戦が始まる。イズヴァルトは右てに大剣、左手に細剣を持って暴れまわった。機械的に。犠牲を出すのは忍びなかったが、しかしこれは命令であると自分に言い聞かせて斬りまわる。

 この隊の中で、彼の技量を上回る者はいなかった。命こそ奪われなかったが、大剣でぶん殴られて馬から落とされ、細くて鋭利な片手剣でもって腿や二の腕を鎧ごと切り裂かれるのに、彼等は恐怖を覚えてたじろぎ始めた。

 武器もすごいが身のこなしもとんでもない。なんて強い。しかしなんだか幼い顔をしているな。そのうちに兵士のうちの1人が思い出して、仲間達に向けてこう叫んだ。

「こいつは……シギサンシュタウフェンのイズヴァルト坊やだ! トンダバヤシの戦いで首を100も200もあげたとんでもねえガキだぞ!」
「こ、こいつがか!」
「やべえ! 絶対に勝てる相手じゃねえぞ! 俺は見たんだ、トンダバヤシで! もう抜ける! お前らともおさらばだ!」

 叫んだ兵士は武器を捨て、どこかへと逃げ去ってしまった。イズヴァルトのあまりにも隙の無い猛者ぶりに恐怖感を抱いていた騎士や兵士らも、城に逃げようと後ずさり、くるりと背を向けた。

 それを潜んでいたボルヘスらは見逃さなかった。今だ。寝かせていた馬を立たせて急ぎ駆ける。マイヤは騎士のうち1人に見守られながら、彼等が逃げていく敵兵を追撃し、次々と討ち取っていく様を見てぶるぶると震えていた。

(や、やっぱり……戦争っていやだなあ……)

 逃げていく者に対してあまりにも容赦の無い仕打ち。おちっこじゃなくてうんちがしたい。そう思って騎士に呼びかけ、馬から降ろしてもらってお尻をめくると、当のイズヴァルトが戻ってきた。

「……拙者も、うんちをしておきたいでござるよ」

 彼は無双の働きぶりを見せたのに、ひどく悲し気だった。侵略者でもなく悪党でもなく、領民たちを痛めつけたヨーシハルトスに抗う為に立ち上がった者らを斬ったのが、後味が悪かったのだ。

「そ、そうだよね……うぬぬぬぬ……」

 マイヤはびゅりびゅりと音を立てながら、おしっことともに下痢状の便を放った。嫌に臭いと嘆きながらおしりから大便が吹き出るのが終わり、イズヴァルトが拭いてくれるのを待つ。

 イズヴァルトの出世の為には仕方が無い事だった。この追い打ちでベートーベンは初の首級をあげた。喜びが過ぎて射精してしまった程である。とはいえ彼はそれから1カ月、挙げた首に恨み事をつぶやかれる嫌な夢ばかりを見る様になったという。
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