実はお互いさまでした。

周の意地

　背中がすかすかする。
　隆志がいないからだ。

　周は壁のほうに向かって体を丸めていた。
　一緒に寝るようになってから寝返りをうった隆志に蹴り落とされたことがある。
　それ以来、周は壁際で寝るようになっていた。
　壁のほうへと向いている周の背中に、隆志がくっついて寝る。
　暑い日も寒い日も、隆志の体温を背中に感じていた。

　その体温が今日はない。

　だから、背中がすかすかしているのだと気がついている。
　隆志の泣き顔も思い出していた。
　泣きながらすがりついてこようとした手を自分は振りはらったのだ。

「知るか……」

　周は呟いて、布団を少し引き上げる。
　隆志だけのせいにしてしまったのが、心にひっかかっていた。

　きっとひと言「許す」とメールを打てば、隆志はすっ飛んでくる。
　何度も謝ってすがりついてくる。
　それでも、メールを打つ気にはなれずにいた。
　一度吹き飛んでしまった優位性は、そう簡単には取り戻せない。

　また同じことが起こったらどうなるのか。
　また隆志のいいようにされてしまうのではないか。

　思うと、許す気持ちになれない。
　隆志のせいではなく、自分が信用ならないからだった。
　隆志に望まれても拒絶できる自信があれば叱り飛ばして終わり。
　元通りの二人に戻れただろう。

　けれど、強く拒絶できる自信がない。
　実際、拒絶できなかった現実がある。
　隆志は、自分が嫌がることはしないと言った。
　言葉通り、嫌がればしてはこないとわかっている。

　問題なのは、本当に嫌だったのかどうかがわからないことだ。
　自分の優位性を失い、頭にきた。
　とはいえ、それだって自分から手放したとも言える。

　もし嫌ではなかったとするならば、そこにどんな意味があるのか。

　そもそもの原因は隆志が不機嫌になったことから始まっている。
　あの時に感じた距離感に周は怯えたのだ。
　隆志に対する強い執着心を感じる。

　それがなんなのかに気づきたくなくて、周はきつく目を閉じた。
　閉じた瞼の裏に隆志の泣き顔が浮かんでくる。
　思い出したくなくても、謝罪を繰り返す声が聞こえてきた。

「知るか……勝手に泣いてろだ……」

　ここで折れたら、自分達の関係が変わってしまう。
　しかも、良いほうに変わるとは限らない。
　隆志は前に「エッチありきでつきあう気はない」と言い切ったのだ。
　にもかかわらず、自分に対しては性的な欲望を剥き出しにしてくる。

　つまり自分と「恋」をする気はないと言っているも同然。

　ならば、自分だけが隆志に「恋」をするわけにはいかなかった。
　求められているのが性的な部分だけなんて情けなさ過ぎる。
　だから、周は「許す」とのメールは打たない。

　泣き顔やすがる声を振りはらって、布団の中でさらに体を丸めた。
　泣きたいのは自分のほうだと思う。

　隆志が先にイくばかりするので不満を残しつつも、行為を続けていた理由。

　初めて思い至り、周は本当に泣きたくなっていた。
　外見も性格も良くてモテている隆志。
　いつか自分から離れ、どこかの誰かと本物の恋をするのだ。

　胸がきゅっと痛くなる。
　いつでも追いかけてくる隆志に安心していたのだと気づいていた。

「知るか……オレら……ただの幼馴染みっつーだけで……恋人でもなんでもねぇんだからな……」

　本当には、隆志とそうなりたいと思っている自分の心を抑えつける。
　もうなにも考えたくなかったけれど、背中がすかすかしていて周は寝つけなかった。