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怒るから怒った。

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「あーあ……なんかつまんねぇなぁ」
 
 自室のベッドの上。
 
 一太郎は仰向けになって、天井を見つめていた。
 新築ではないけれど、まだ新しさの残るマンション。
 十階なんて、エレベーターが壊れたら最悪だ。
 とはいえ、父親が会社からあてがわれた部屋なのでいたしかたない。
 
 もとより二年か三年という期限つきの転勤だったらしい。
 両親は戻る気満々。
 もし二年で戻ることになったら自分はどうするだろう。
 
「……その頃にはあいつとも、もう…………」
 
 つきあいは薄れているに違いない。
 胸がきゅうきゅうして苦しくなる。
 そんな自分に腹が立った。
 
 一緒に公園でサッカーの練習をしたのはつい先週のことだ。
 それなのに、ひどく昔のことのように感じる。
 しーんと静まり返った部屋の中では、よけいに一人気分になっていた。
 
 両親は仲が良く、二人で出かけることも多かった。
 すっかり成長した高校生の息子は一人にしておいても大丈夫だと考えているようだ。
 もちろん大丈夫だった。
 
 今までは。
 
 二人が食事に出かけてしまい取り残されていても、一人で食事をし、風呂に入り、勉強をして寝る。
 それだけのことだ。
 いつからか、さみしいとも心細いとも感じなくなっていた。
 自分は一人のほうが落ち着くとさえ思っていた節がある。
 
 けれど、今はさみしいし、心許ないような気持ちだ。
 ごろんと体を横にして腕を頭の下に敷く。
 勉強をする気にもならず、帰ってきてから着替えもせず、ごろごろしていた。
 とはいえ、考えるのは栗原のことばかり。
 考えないようにしようとしても、いつしか思考が戻っている。
 
 明日は土曜日。
 
 一日中、こんな気分で過ごすのかと思うと憂鬱だった。
 いっそ本当に塾通いをしたほうがいいかもしれない。
 嘘をつくのも気が重くて、長くは続けられなさそうだ。
 ふわぁ~と、ひときわ大きくため息をついた時、ドアベルの音が小さく聞こえた。
 
 時計に視線を向けてみると午後七時過ぎ。
 両親が食事から帰ってくるにはまだ早い。
 ということは、なにかの押し売りか、マンションの管理人か、宅配便か。
 ともあれ、今この部屋には一太郎しかいないのだ。
 
 出ないわけにもいかず、重い腰を上げた。
 玄関の手前にあるリビングには、応答用のカメラと操作パネルがある。
 カチっと押してカメラとインターフォンをオンにした。
 
「どちらさ……」
 
 声が止まる。
 
 カメラに映っていたのが、同じように制服姿の栗原だったからだ。
 心臓がばくばくしはじめた。
 どうしよう、という言葉しか浮かんで来ない。
 
 けれど、もう声を出してしまっている。
 居留守を使うには手遅れだった。
 塾に行かず家にいることをどう申し開きすればいいのか。
 うまい言い訳を思いつけないまま、一太郎は玄関のドアを開く。
 
「話あんだけど」
 
 いきなりそう言われた。
 当然と言えば当然かもしれないけれど、栗原はひどく不機嫌そうだ。
 
 塾通いが嘘だったと完全にバレている。
 言い訳も通用しない、そんな予感がした。
 
 一太郎がドアを大きく開くと、栗原が無言で入ってくる。
 靴を脱いで、さっさとあがりこんでいた。
 一度、来たことがあるからかすたすたと歩いていく。
 無言で栗原の後ろを歩いているうちにも、動悸がしてきた。
 
 心拍数は上がりっ放し。
 
 部屋に入ってから、ドアを閉める。
 振り返った瞬間、心臓がばくっと大きく跳ね上がった。
 怒りに満ちた瞳でにらまれたからだ。
 
「やっぱウソじゃん」
 
 今、栗原は「やっぱり」と言った。
 
 ひどくそわそわして落ち着かない気分になる。
 ずっと自分の嘘はバレていたのだろうか。
 そんなそぶりを栗原は見せていない。
 疑うような言葉も態度もいっさいなかったように思う。
 
「お前、ウソ、ヘタなんだよ」
 
 ぐっと言葉に詰まった。
 どうやら今この瞬間に嘘がバレたのでないのは確実だ。
 
「なにウソついてんだ。オレと一緒いるのがヤだったからか?」
 
 違うと言いたかったけれど、うまく言葉が出てこない。
 予想していなかった栗原の訪問にすっかり頭がパニくっている。
 いろんな思いが浮かんでは消えた。
 
 自分は栗原と一緒にいると楽しい。
 さみしくなくなる。
 けれど、栗原はどうだろう。
 
 サッカー部のマネージャーをしている女子生徒の言葉も思い出される。
 栗原が周りの人間とうまくやれる機会を邪魔する迷惑な存在と言われたも同然だった。
 
「…………め、迷惑……」
 
 ぽつりとそれだけが口からこぼれる。
 迷惑にしかならない存在だなんて思いたくないのに、それが現実。
 せつなくてさみしかった。
 
「な、なんだ……そ、そっか……」
 
 知らずうつむけていた顔を上げる。
 そして驚いた。
 
 栗原がくしゅっと顔をゆがめている。
 瞬間、悟った。
 さっきの言葉を誤解されたのだ。
 
「オレ、迷惑だったんだ。ノロ、普通に話してくれっから……嫌われてるなんて……気づかなかったじゃん」
「ち、ちが…………」
 
 慌てて誤解を正そうとするも、栗原が目の前で手を振った。
 
「もういいよ。言い訳いらねーよ。そーいうの優しいってのとはちげーだろ」
「だ、だから、ちげぇんだって……オレは……」
「ちがくねえ!」
 
 怒鳴られて、言葉を失う。
 栗原の目に、うっすら涙が浮かんでいた。

「ウソついてまで避けといて、なにがちげえんだよ? なんもちがくねーじゃん。結局、お前だって、ほかのヤツらと一緒だ。オレを独りにすんだろ!」
 
 言葉に目のふちが熱くなってくる。
 と、同時に一方的に責められて腹が立っていた。
 
「どうせオレは運動音痴だよっ! 性格も悪ィし、ネガティブだしな! 愛想もできねぇし、愛嬌だってねぇよっ! 取り得っつったら頭ぐらいで……」
 
 唇がとがり、小さく震える。
 わずかに視界がくもっているのは、涙が出そうになっているからかもしれない。
 黙ってこっちを見ている栗原の姿に、眉がきゅっと勝手に寄せられる。
 
「どうせお前とは、つり合い取れてねえもんな! だからって、なんでオレがあんなこと言われなきゃなんねぇんだ! こんなのオレのほうが、ぜんっぜんさみしいっつーの!」
 
 口を閉じても、唇はとがったままだ。
 きっと子供のようにふてくされ顔になっているに違いない。
 栗原が頭をかりかりっとかく。
 それから近づいてきた。
 
「えっと…………誰かになんか言われたの?」
 
 ふいっとそっぽを向く。
 こんなふうにわめいてしまうなんて、子供の時にだって覚えがなかった。
 みっともなくて情けない。
 黙っていると、両手をつかまれた。
 
「ごめんね、オレのせい? ヤなこと言われたの? ごめんね?」
 
 静かな口調に感情の糸が切れる。
 ぽろぽろっと涙がこぼれた。
 
「さ、サッカー部、出ればいいだろ。お前はうまくやれっかもしんねぇのに、オレと一緒にいたら……だ、だ、駄目になる……」
 
 喉が小さくしゃくりあげる。
 本当に情けないことになってしまった。
 恥ずかしくても、涙を止められない。
 おまけに手で拭おうにも、両手は栗原に捕まれていてできない。
 一太郎の頬をつねぽろぽろと涙が伝わり落ちていく。
 
「だから……さみしいけど、は、離れてやろうと……し、したんじゃ……ね……か……」
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