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崎坂の戸惑い
しおりを挟む「これ! 走順ちがかった時のやつ!」
テレビの画面を指さしてみても大倉は黙りこくっている。
練習が終わったあと、無理に誘ったのが良くなかったのかもしれない。
こうして部屋に来てくれてはいるけれど、もうずっと返事さえろくにしなかった。
崎坂が話しかけても「おう」とか「ああ」とか言う程度なのだ。
不機嫌そうな大倉に戸惑う。
つい三日ほど前に、ここへ来てくれた時は違っていた。
明るくいい雰囲気で話ができていたと思っている。
いきなりキスをして怒られて以来、気まずくなったりもしていなかった。
キスをしたり、ふれたりしたい気持ちはいまだにある。
大倉をそういう意味で好きなのだから、欲望を抑えつけるのは大変だった。
ただ、告白したらうまくいくというのは幻想だったし、イケると思ったキスも失敗。
だから、どうにも積極的になれない。
自分の勘が信じられず、強気で攻められなくなっている。
強気で攻めて気まずくなったり、別れを切り出されるよりは我慢したほうがマシだ。
そう思って崎坂は耐えている。
恋愛関係はイチかゼロ。
大倉に背を向けられたら、そこですべてが終わってしまう。
なにもかもを失うよりは「恋人」というポジションを守りたかった。
大倉が同情でつきあってくれているのだとしても、だ。
このポジションにいる限り大倉の気持ちが自分に向くかもしれないと期待できる。
少しの期待であれ、すがりついていたい。
「オレ、この録画……実は見てねーんだよね」
画面では崎坂が走っている。
大倉も画面を見ているのに、なにも言わない。
瞳の色もなんだか冷たく感じられて、心臓が嫌な音を立て始めた。
今日の大倉はおかしいと思う。
自分の勘はアテにはならないと判断していても、そのくらいはわかった。
これは勘でもなんでもない。
今まで大会の映像を前に、これほど硬い表情をした大倉は見たことがなかった。
特に崎坂が走っている映像では、いつだって瞳を輝かせていたのだ。
そのせいで勘違いし、キスをしてしまったのではあるけれど、それはともかく、大倉が自分の走りに興味を持っていなかったはずはない。
気づけば、あっという間に崎坂の区間は終わっていた。
大倉は表情を変えずに画面をじっと見つめている。
次のランナーが中継地点に近づき、たすきを大倉に渡そうとしていた。
見たくなくて、崎坂はふいっと視線をそらせる。
いつものごとく隣に座っている大倉へ視線を投げてみるも、無反応だった。
急にさみしくなってくる。
「…………最悪だな」
ぽつりと大倉がもらした。
画面では大倉が走り出している。
「あ~……こン時、お前、ちっと最初に突っ込み過ぎて……」
「いちいち言われなくてもわかってんだよ、そんなことっ!」
大きな声にびくっとした。
大倉が声と同じく怒ったような表情を浮かべている。
心臓が嫌な感じに鼓動を速めていた。
「あ……わり……そっか……そうだよな……うん……」
やはり今日の大倉はおかしい。
苛々していて不機嫌そのもの。
どちらかといえば温厚であまり怒らないのが大倉だ。
押しにも弱く、頼まれればわがままと思える要求にも首を横に振れない。
そういう性格を自分は利用した。
いつ大倉から「別れる」と切り出されてもおかしくはなかったのだと気づく。
今となっては二つ返事で受け入れられると思っていたこと自体、不思議だった。
崎坂は言葉を失い、口を閉じる。
なにをどう言えば大倉の機嫌が直るのかわからなかった。
そんなことすらわからないのかと自嘲した思いにとらわれ、しゅんとなってうつむく。
「お前、なんでオレなんかがいいわけ?」
「え?」
うつむけていた顔を上げた。
大倉は画面を見つめたままで、こっちを見ようとはしない。
「これといって取り柄もねぇし、目立つわけでもねぇし……凡人じゃねぇか」
大倉の言っていることの意味がよく理解できず、崎坂は首を傾ける。
大倉が自分自身のことをどう評価しているのかは関係なかった。
大きな体で飛び跳ねながら、両手をぶんぶん振って自分を迎えてくれる大倉。
一番苦しい中継地点前でも大倉がいると思うからにっこりできる。
大倉の「にっこり」を、誰にも取られたくない。
そんなふうに思ったのは初めてだった。
走順が変更になり、取られてみて初めて気づいたのだ。
自分は大倉を独り占めしたい。
ずっと一緒にいて、大倉から笑顔を向けられていたい。
大倉は自分を目立たない凡人だと言う。
けれど、崎坂にとっては目立つ存在だし、特別だった。
思うのは、大倉を好きだからだ。
「あのさ……」
「お前、オレを好きとか、ずっと一緒にいてえとか言ってたけどな。お前なら……別にオレじゃなくてもいいんじゃねぇの? たまたまオレが近くにいただけだろ」
大倉の言葉がうまく伝わってこない。
崎坂は「わざわざ」大倉を選んでいる。
たまたま近くにいたなんて理由なら、あえて男の大倉を選んだりはしていなかった。
約束を守って手出しもせず、我慢し続けたりもしていない。
崎坂は自他ともに認める下半身に忠実な男なのだ。
そんなこともわからないなんて。
「…………おーくら……バカなの?」
言った瞬間、大倉が崎坂のほうを見た。
キッと目つきを険しくしてにらんでくる。
「馬鹿で悪かったな。どうせオレは、自分のペースも管理できねぇ馬鹿だよ」
「ンなこと言ってねーだろ」
「お前にはわかんねぇ。なんでも持ってて望む通りにやれんだからな」
「なにそれ……?」
ふいっと大倉が怒った顔のまま、そっぽを向いた。
ふてくされたような口調で言う。
「いつまで経ってもヤらせねぇような奴なんてもうやめれば? つまんねぇだろ」
ぷつと崎坂の中で我慢の糸が切れていた。
大倉の顎をつかんで、引っ張る。
驚き、目を見開いている大倉を、真正面から見据えた。
「お前、ナメてんのか」
目をすうっと細めて、にらみつける。
本気で腹が立っていた。
「オレがどう望み通りだって言うんだよ? いつまたお前から無理って言われるか不安でたまんねーのに。嫌われねーようにって必死だし、我慢してることばっかなんだぞ」
大倉が黙りこんだだけで、少し不機嫌そうにしているだけで不安になる。
大倉は、そんな自分の気持ちをまるでわかっていないのだ。
「そんでも、お前じゃねーと嫌だから我慢してんだ。そんな簡単にやめれんなら、とっくにやめてらぁ。オレはな、一生、童貞でもいいくらいの覚悟あんだよ」
大倉がぱちぱちとまばたきをした。
それから、急に、ぶわっと顔を赤くする。
そのことに崎坂は驚いた。
「お、おま…………ど、童貞だったんか……?」
「おうよ。それがなに?」
「だ、だって……元カノ……中学ンとき……」
怒りは鎮まり、きょとんとなる。
大倉の目を見つめ、首をかしげた。
「あれ? なに? おーくら、ヤキモチ?」
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