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大倉の動揺

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「あれが元カノ?」
「らしいっすよ。この前、聞いたらそう言ってましたもん」
「くっそー、崎坂のことだから、もうヤってんだろなぁ」
 
 声に大倉はグラウンドを見回した。
 掃除当番だったため、いつもより少し遅くなり、状況がわからない。
 
 グラウンドには、二年生の先輩達と同級生達が輪を作っている。
 三年生が引退しているので人数が減った代わりに、輪ができ易くなっていた。
 みんなの見ている方角をそれとなく視線で探す。
 すぐに見つかった。
 崎坂がグラウンドの端で、女の子と立ち話をしている。
 
「中学で彼女とかありえねー」
「てことは、もう脱童貞ってことかよ」
 
 周りが男ばかりだからだろう。
 下世話な推測が飛び交っていた。
 
 崎坂とは高校の部活で知り合っている。
 中学の時のことはほとんど知らなかった。
 彼女がいたのか、と思う。
 
 大倉は二人から視線を外した。
 崎坂に彼女がいたとしても、関係ない。
 今、つきあっているのは自分だ。
 思ったのに気づいて胸がざわっとする。
 
 部屋でキスされてから十日が経っていた。
 つきあいはじめてから二週間を超えても、関係はそれ以上、進んでいない。
 もちろん自分とした約束があるから、崎坂はなにもしてこないのだろう。
 けれど、最初にあれほど見せていた積極性が最近はないような気がした。
 
 部屋に行ってもつきあう前と変わらない。
 これといって恋人らしさのようなものはなにもなかった。
 またキスされたらどうしようと緊張したのも一時のことだ。
 二人きりになっても、恋人同士特有の甘い雰囲気なんてないまま過ごしている。
 
 大倉には今まで恋人はいなかった。
 それでも、恋人と一緒にいるといった空気でないことくらいはわかる。
 駅伝大会を録画したものを見たり、練習について語ったり、ゲームをしたりするだけ。
 手をつないだことすらなかった。
 
 そんな状態で「つきあっている」と言えるのかわからなくなる。
 崎坂がした約束にホッとしていたのに、なにか胸がもやもやしていた。
 そういえば、あれっきり崎坂は好きだとも言わなくなっている。
 
「あいつ、手ぇ早そうだなと思ってたけど、中学からかぁ」
「そりゃ、下半身に忠実な奴だからな」
 
 周りであがる笑い声。
 以前は、大倉も苦笑いをもらしていた。
 けれど、今は笑えない。
 胸のもやもやが広がるばかりだ。
 
「ヨリ戻す気なんかな?」
「今つきあってる子いないみたいだし、そうかもしれないっすねー」
 
 そのやりとりに、ぎくりとする。
 当然のことながら自分達の関係はおおっぴらにはできない。
 つきあっている相手がいないと言われるのは当たり前だった。
 にもかかわらず、なんだか苛々する。
 
 崎坂がグラウンドにいる自分に気づかず、女の子とずっと話しているのにも苛々した。
 あんなにも「好き好き」言ってきて泣いたくせにと思う。
 ぐいぐい押されて泣かれ、結果、自分は寄り切られてつきあうことにしただけなのだ。
 
「別に……関係ねぇし……」
 
 言葉がぽろっとこぼれていた。
 ハッとして周りを見たけれど、誰も大倉の呟きに注意なんかはらってはいない。
 それもそうかと、今度は苦笑いがもれる。
 
 崎坂と自分は違うのだ。
 
 こうして輪から外れていても話題になる崎坂とは「格」が違う。
 崎坂に好きだと言われ、特別な存在になったような気がした。
 けれど、それは勘違い。
 浮かれていた自分が馬鹿みたいに思える。
 ひどく惨めな気分になった。
 
「お、戻ってきた」
 
 ちらっと集団のほうを見ると、みんな、にやにやしている。
 戻ってきた崎坂は、すぐに取り囲まれてしまった。
 
 ほらな、と思う。
 
 自分が遅れて入ってきても誰もなにも言わなかった。
 気づいてもいなかったのだろう。
 輪の中心はいつだって崎坂なのだ。
 
 ランナーとしての実力も、人としての魅力も、なにひとつ勝てない。
 
 ずっと感じていたことなのに忘れていた。
 大倉はきゅっと唇を噛む。
 これ以上、惨めになるのが嫌で、崎坂達のほうは見なかった。
 
「お前、ヨリ戻すのか?」
「は? なんのことすか?」
「さっきの元カノなんだろ?」
「え~、や……うーん……中学ン時にちょっと仲良かっただけすよ」
 
 崎坂が先輩達から、やいやい言われている。
 耳を塞ぎたくなるほど苛々した。
 そのことに気づいて大倉はどきっとする。
 
 ひょっとすると自分は妬いているのではないか。
 
 そう思い至ったからだ。
 自分のほしいものを持っている崎坂に羨望を抱き続けてきた。
 このうえ、心まで持っていかれたら、自分にはなにも残らない。
 大倉は、胸の中のもやもやと苛々を無理やり封じ込める。
 誰も気にしていないだろうと思いつつも、平静さを装った。
 
「おーくらぁ」
 
 びくっとして、声のほうを見る。
 崎坂が駆け寄ってきた。
 なんだか胸がずきずきする。
 
「明日、練習ねーし、今日は遅くなっても大丈夫? 帰り、ウチ寄ってかねー?」
「あ……や…………今日は……ちっと……」
 
 そんな気分にはなれないと言おうとした。
 が、崎坂が急に笑みを引っ込めてしまったので言葉が続けられなくなる。
 
「ぜってー無理? どーしてもダメ?」
 
 腕を手で掴まれ、大倉は顔をしかめた。
 崎坂のふれている場所だけに熱を感じる。
 
「一緒に見てえDVDあんだけど……」
 
 言った崎坂の後ろから、ひょいっと先輩が顔を覗かせた。
 ぎくっとして、崎坂の手を振り放す。
 
「崎坂ぁ、大倉に変なもん見せんなよ?」
「お前のエロコレクションはオレらに貸せ」
 
 周りは笑いで溢れていたけれど、やはり大倉は笑えない。
 口元はひきつっていて、自分が今どんな顔をしているのかわからずにいる。
 
「もおー! そんなんじゃないっすよ! なあ、おーくら!?」
「さぁ、知らねぇ」
 
 言うのが精一杯だった。
 周りからはまだ笑いがもれていて、わずかにホッとする。
 
 その時、ピーッという笛の音がした。
 顧問の教師がグラウンドに現れている。
 みんなでそっちに向かって走った。
 輪の中に混じりながら、大倉はひどく苦々しい気分になっていた。
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