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大倉の優越感
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気がついたら視界には崎坂のどアップ。
唇には柔らかな感触があった。
崎坂にキスをされたのだ。
男に初めてのキスを奪われるなんて一生の不覚だと思う。
大倉は中学の頃から部活三昧だった。
それに同級生達のレベルからすれば、性的なことには消極的。
興味がないわけではないけれど、全面に出すのは恥ずかしいと感じる。
崎坂曰くの一人エッチだって、ごくたまにしかしないくらいだった。
だから、当然のごとく彼女いない歴と年齢がイコールで結ばれている。
彼女がいる同級生を羨ましいと思ったこともない。
部活で忙しいこともあり、当分の間は無縁の話だと決めてかかっていた。
が、しかし。
急に思い出した。
そういえば、まがりなりにも崎坂と自分は恋人同士なのだ。
一応、承諾はしてしまったのだから、そういうことになる。
とはいえ、この五日間、恋人同士の甘い雰囲気なんて微塵もなく過ごしていた。
こうして遊びに来るのだって、大倉からすればいつものことに過ぎない。
今の今まで、恋人としてつきあっているのを忘れていた。
「おーくら……怒っちゃった? ごめんって」
しゅんとしている崎坂に、少し気分が落ち着いてくる。
もし別れると言ったら屋上の時のように泣くのだろうか。
思うと、突き放しきれなくなった。
「もう……すんなよ?」
「わかった。しない」
ホッとして肩から力が抜けた。
屋上で告白してきた崎坂の勢いが、今は感じられない。
あの時は本気で身の危険を感じたのだ。
今にも押し倒されるのではないかといった気配が漂っていた。
けれど、今はそれがない。
しゅんとしているのが、演技ではないとわかる。
崎坂の態度の変化が自分の言動にあると、大倉は気づいていなかった。
単純に優位に立てているのがなんだか気持ち良くなってくる。
特に、今まで崎坂の走りを見ていたので、よけいに気分がいい。
実力試しのため一年生だけで臨んだ大会。
誰よりも速いタイムを叩き出したのは、崎坂だった。
それからもずっと崎坂はタイムを縮め続けている。
駅伝というのはチームで競うものだ。
それでもチーム内での競争はあった。
崎坂は一年生のみならず、チーム内で最も速いタイムで走れるランナー。
表情を変えず、口で大きく息をすることもなく、自分の区間を走りきる。
大倉にはない実力と才能を持っていた。
同級生で、しかも体格だけで言うなら自分のほうが恵まれている。
それなのに勝てない。
勝てる気がしない。
崎坂は才能がある上に努力もしていた。
凡人の自分では到底追いつけはしない。
わかっていても、努力を怠れば追いていかれるだけだ。
それが嫌で頑張っている。
ひどい挫折を味わいながらも、大倉は食い下がってきた。
崎坂が押し上げた順位を落とさないというのが、いつしか大倉の目標になっている。
そういう意味で、崎坂は特別な存在。
「オレさぁ……」
しんみりとした口調で崎坂が話し出した。
うつむいて、組んだ両手の指先を見つめている。
「おーくらに、たすき渡すのが好きだよ」
どきんとした。
崎坂が走ってくる光景を思い出す。
それまで無表情に近い顔つきで走っているのに、中継地点前で急に崎坂は笑うのだ。
苦しさなんて感じていないように、にっこりして走ってくる。
その表情がやけに嬉しくて、大倉もにっこりしてしまう。
両手を上げ、ばたばたと振りながら、崎坂を迎えるのが常だった。
次ランナーとしての緊張も吹き飛び、たすきを受け取ることだけを考える。
そして、崎坂にぽんっと背中を叩かれるのも好きだった。
なにか「よし」という気持ちになる。
気合いも入るし、なにより「任された」感が嬉しかった。
「でも、この間……たすき渡せなかったろ」
「ああ……走順がいつもとちがかったからな」
チーム内からの選抜メンバーで挑む大会ではたいてい二、三年生の走者ばかりだ。
崎坂は抜擢されていたけれど、大倉は当初メンバー入りしていなかった。
走る予定だった二年生が体調不良になり、突然のメンバー入り。
しかも、直前に監督が走順を変更。
だから、大倉は崎坂からたすきを受け取れなかった。
「中継ンとこに着いたとき、あれ?って思った。なんでお前いねーのかわかんなくて」
実はその気持ちが大倉にはわかる。
大倉も似たような感覚に陥ったのだ。
中継地点に走り込んできたのは崎坂ではなく先輩のランナー。
見た瞬間、ひどく違和感を覚えたのを思い出した。
「めちゃくちゃさみしくて、オレ、泣きそうになったんだぞ」
そうか、と思う。
あの時、違和感とともに心にあったものの正体。
きっと自分もさみしかったのだ。
崎坂の笑顔とたすきが大倉の中では結びついている。
その両方がなくて、さみしくなったに違いない。
「そのあと、考えたんだ」
崎坂が顔を上げ、視線を向けてきた。
どきりとするくらい真剣なまなざしだ。
屋上の時の瞳と似ている。
けれど、今日はなぜか怖いとは思わない。
「高校卒業したら、お前と会えなくなるんだってさ。離れ離れになって、連絡もあんま取らなくなって、遠くなってくんだろうなとか」
「そ、そんなんおんなじ大学行くって選択肢だってあるじゃねぇか」
とっさに言葉が口をついて出た。
崎坂が困ったように顔をしかめる。
「それも考えたよ。でも、大学って四年制だろ? そのあとは?」
「お、おんなじ実業団に入るって方法もあるだろ……」
いよいよおかしい。
なぜ一緒にいる選択肢を自分が提示しているのかわからなかった。
ただ崎坂の言った「離れ離れ」との言葉が胸にちくんと突き刺さっている。
いつまでも崎坂からたすきを受け取る存在でいたかったのかもしれない。
「けどさ、おーくらはぽかんとしてっから、できちゃった結婚とかしそーじゃん?」
う……と、言葉に詰まった。
馬鹿にされている気もしたけれど、否定もできない自分がいる。
押しに弱いのは自覚済みだ。
否定の言葉を口にできなかった大倉に、崎坂が大きくため息をついた。
ちろっと意味ありげな視線を投げてくる。
「そーいうの考えてたら……お前でヌけるようになってたってワケ」
理由につながる過程は抜けていたものの、なんとなくわかった。
崎坂は突然に自分を好きだと言い出したのではない。
ちゃんといろいろ考えて、その結果、気がついたのだろう。
体がなのか、心がなのかはともかく。
「オレ、お前ににっこりされんのが、すげー好き」
ぽつんともらしたあと、崎坂はパッと表情を変えた。
にひっと明るく笑ってみせる。
「でも、ま、心配すんな。いきなり襲ったりしねーって約束は守るよ」
唇には柔らかな感触があった。
崎坂にキスをされたのだ。
男に初めてのキスを奪われるなんて一生の不覚だと思う。
大倉は中学の頃から部活三昧だった。
それに同級生達のレベルからすれば、性的なことには消極的。
興味がないわけではないけれど、全面に出すのは恥ずかしいと感じる。
崎坂曰くの一人エッチだって、ごくたまにしかしないくらいだった。
だから、当然のごとく彼女いない歴と年齢がイコールで結ばれている。
彼女がいる同級生を羨ましいと思ったこともない。
部活で忙しいこともあり、当分の間は無縁の話だと決めてかかっていた。
が、しかし。
急に思い出した。
そういえば、まがりなりにも崎坂と自分は恋人同士なのだ。
一応、承諾はしてしまったのだから、そういうことになる。
とはいえ、この五日間、恋人同士の甘い雰囲気なんて微塵もなく過ごしていた。
こうして遊びに来るのだって、大倉からすればいつものことに過ぎない。
今の今まで、恋人としてつきあっているのを忘れていた。
「おーくら……怒っちゃった? ごめんって」
しゅんとしている崎坂に、少し気分が落ち着いてくる。
もし別れると言ったら屋上の時のように泣くのだろうか。
思うと、突き放しきれなくなった。
「もう……すんなよ?」
「わかった。しない」
ホッとして肩から力が抜けた。
屋上で告白してきた崎坂の勢いが、今は感じられない。
あの時は本気で身の危険を感じたのだ。
今にも押し倒されるのではないかといった気配が漂っていた。
けれど、今はそれがない。
しゅんとしているのが、演技ではないとわかる。
崎坂の態度の変化が自分の言動にあると、大倉は気づいていなかった。
単純に優位に立てているのがなんだか気持ち良くなってくる。
特に、今まで崎坂の走りを見ていたので、よけいに気分がいい。
実力試しのため一年生だけで臨んだ大会。
誰よりも速いタイムを叩き出したのは、崎坂だった。
それからもずっと崎坂はタイムを縮め続けている。
駅伝というのはチームで競うものだ。
それでもチーム内での競争はあった。
崎坂は一年生のみならず、チーム内で最も速いタイムで走れるランナー。
表情を変えず、口で大きく息をすることもなく、自分の区間を走りきる。
大倉にはない実力と才能を持っていた。
同級生で、しかも体格だけで言うなら自分のほうが恵まれている。
それなのに勝てない。
勝てる気がしない。
崎坂は才能がある上に努力もしていた。
凡人の自分では到底追いつけはしない。
わかっていても、努力を怠れば追いていかれるだけだ。
それが嫌で頑張っている。
ひどい挫折を味わいながらも、大倉は食い下がってきた。
崎坂が押し上げた順位を落とさないというのが、いつしか大倉の目標になっている。
そういう意味で、崎坂は特別な存在。
「オレさぁ……」
しんみりとした口調で崎坂が話し出した。
うつむいて、組んだ両手の指先を見つめている。
「おーくらに、たすき渡すのが好きだよ」
どきんとした。
崎坂が走ってくる光景を思い出す。
それまで無表情に近い顔つきで走っているのに、中継地点前で急に崎坂は笑うのだ。
苦しさなんて感じていないように、にっこりして走ってくる。
その表情がやけに嬉しくて、大倉もにっこりしてしまう。
両手を上げ、ばたばたと振りながら、崎坂を迎えるのが常だった。
次ランナーとしての緊張も吹き飛び、たすきを受け取ることだけを考える。
そして、崎坂にぽんっと背中を叩かれるのも好きだった。
なにか「よし」という気持ちになる。
気合いも入るし、なにより「任された」感が嬉しかった。
「でも、この間……たすき渡せなかったろ」
「ああ……走順がいつもとちがかったからな」
チーム内からの選抜メンバーで挑む大会ではたいてい二、三年生の走者ばかりだ。
崎坂は抜擢されていたけれど、大倉は当初メンバー入りしていなかった。
走る予定だった二年生が体調不良になり、突然のメンバー入り。
しかも、直前に監督が走順を変更。
だから、大倉は崎坂からたすきを受け取れなかった。
「中継ンとこに着いたとき、あれ?って思った。なんでお前いねーのかわかんなくて」
実はその気持ちが大倉にはわかる。
大倉も似たような感覚に陥ったのだ。
中継地点に走り込んできたのは崎坂ではなく先輩のランナー。
見た瞬間、ひどく違和感を覚えたのを思い出した。
「めちゃくちゃさみしくて、オレ、泣きそうになったんだぞ」
そうか、と思う。
あの時、違和感とともに心にあったものの正体。
きっと自分もさみしかったのだ。
崎坂の笑顔とたすきが大倉の中では結びついている。
その両方がなくて、さみしくなったに違いない。
「そのあと、考えたんだ」
崎坂が顔を上げ、視線を向けてきた。
どきりとするくらい真剣なまなざしだ。
屋上の時の瞳と似ている。
けれど、今日はなぜか怖いとは思わない。
「高校卒業したら、お前と会えなくなるんだってさ。離れ離れになって、連絡もあんま取らなくなって、遠くなってくんだろうなとか」
「そ、そんなんおんなじ大学行くって選択肢だってあるじゃねぇか」
とっさに言葉が口をついて出た。
崎坂が困ったように顔をしかめる。
「それも考えたよ。でも、大学って四年制だろ? そのあとは?」
「お、おんなじ実業団に入るって方法もあるだろ……」
いよいよおかしい。
なぜ一緒にいる選択肢を自分が提示しているのかわからなかった。
ただ崎坂の言った「離れ離れ」との言葉が胸にちくんと突き刺さっている。
いつまでも崎坂からたすきを受け取る存在でいたかったのかもしれない。
「けどさ、おーくらはぽかんとしてっから、できちゃった結婚とかしそーじゃん?」
う……と、言葉に詰まった。
馬鹿にされている気もしたけれど、否定もできない自分がいる。
押しに弱いのは自覚済みだ。
否定の言葉を口にできなかった大倉に、崎坂が大きくため息をついた。
ちろっと意味ありげな視線を投げてくる。
「そーいうの考えてたら……お前でヌけるようになってたってワケ」
理由につながる過程は抜けていたものの、なんとなくわかった。
崎坂は突然に自分を好きだと言い出したのではない。
ちゃんといろいろ考えて、その結果、気がついたのだろう。
体がなのか、心がなのかはともかく。
「オレ、お前ににっこりされんのが、すげー好き」
ぽつんともらしたあと、崎坂はパッと表情を変えた。
にひっと明るく笑ってみせる。
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