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大倉の返事
しおりを挟む「へ? なに? どーいうこと?」
聞き返されても困る。
大倉にとっては、精一杯の返事をしたつもりだった。
崎坂を傷つけるのは本意ではないけれど、応えられそうにもない。
ならば、正直に言うのが一番だ。
そう思って口にした言葉だったのに、崎坂はきょとんとしている。
不思議そうな表情をされ、自分が間違えたのかと勘違いすらしそうだった。
「だ、だから……オレは……男相手にそういう気持ちにはなれねぇって言ってる……」
「え? え? 意味わかんねーんだけど」
意味がわからないと言えることの意味がわからない。
なにせ崎坂は体の関係込みでのつきあいを前提にしているのだ。
恋人としてつきあうのなら当たり前の話ではある。
けれど、常識的に考えれば、男同士でつきあうなんておかしなことだ。
普通の「交際」と同じにはならない。
おまけに崎坂は「抱く」のも前提にして話していた。
これで良い返事を期待するほうが間違っている。
少なくとも、きょとんとされるようなことではない。
驚かれているのが驚きだ。
「お前とはつきあえねぇっつってんだよ」
今度こそはっきり断りの言葉を口にする。
崎坂が、ひどく驚いたような顔をした。
目を見開いて、まばたきもしない。
「…………うそ……」
「嘘じゃねぇよ……無理だって……そんなん」
崎坂が常識にとらわれない性格をしているのは知っていた。
思ったことはなんでもストレートに口にするし、感情表現もはっきりしている。
その中には「え?」と思うようなことも少なくなかった。
とはいえ、これは外れ過ぎだ。
「オ……オレは、おーくらにフラれたのか……?」
「まぁ……うん……そういうことになる」
崎坂の言葉を肯定したとたんだった。
大きな瞳に、涙が盛り上がってきたのを見て、ぎょっとなる。
よろよろと崎坂は後ろに少しよろけ、その場にしゃがみこんだ。
うつむいて、力なく両手を体の横に垂らしている。
「ウソ……ヤだ…………そんな……おーくらがオレをフリやがった……」
「やがったって、お前……そういう言いかたすんなよ……」
ものすごく自分が悪者のような言いかたをされ、大倉は口をとがらせた。
告白すれば即オッケーといった崎坂の考えかたのほうがどうかしている。
告白された側に選択する権利あるのであって責められるいわれはない。
だいたい普通の男女間での告白でも、フっただのフられただのという話はつきものだ。
「し、信じらんねー……無理なんて言いやがって……おーくら、ひでえ……っ」
「ひでえもなにも……無理なもんを無理っつっただけだろうが……」
微妙に声が小さくなっていた。
どうにも気まずくてしかたがない。
しゃがみこんでいる崎坂を見て、どうすればいいのかわからなくなる。
立ち去りたいのはやまやまだけれど、放置して行くのもはばかられた。
と、不意に崎坂がうめく。
「あ……ありえねー……こんなんひでえ……」
うつむいた顔から涙がぽたぽたとこぼれ落ちていた。
慌てて、大倉もしゃがみこむ。
崎坂が泣いている姿を見るのは初めてで、うろたえずにはいられなかったのだ。
「ちょ……マジで……な、泣くことねぇだろ……」
「泣くよ! 普通、泣くだろ! オレは、お前にフラれたんだぞ!」
それはそうなのだけれども。
泣かれたって困る。
「しょ、しょうがねぇじゃん……オレ、お前とそういうコトできそうにねぇし……」
「おーくらはオレに欲情しねえのか……」
「……しねぇよ…………つか、考えたことねぇし」
ぽたぽたとコンクリートの冷たい床に崎坂の涙が落ちて跡を残していた。
外気が冷たいのですぐには乾かない。
そこだけが濃い灰色に変化している。
「オ、オレは……お前との楽しい未来予想図しか頭になかったのに……」
どんな未来予想図かはともかく、大倉の中に共通の図がないのは確かだった。
大倉の中にあったのは、二人で走っている姿だけだ。
恋人同士になってイチャイチャしている姿はどこにもない。
「なぁ、おーくらぁ……っ」
いきなり両腕をつかまれ、喉の奥で悲鳴があがりそうになるのをこらえる。
びっくりしたのと、内心、ビビっているのとですっかり腰が引けていた。
そんな大倉に崎坂は泣きながらすがりついてくる。
必死の形相で大倉を見上げてきた。
「なぁ、オレのこと、ちょびっとも好きじゃねーの? まったく? ぜんぜん?」
口調からも視線からも必死さが伝わってきて、なんとも具合が悪い。
「う……う~ん……そりゃあ……友達としてなら……好きだけど……」
それ以上の感情を持ってはいない。
特別な存在だという自覚もあったけれど、それだってチームメイトとしてのものだ。
「なら、つきあって!」
「はあっ? なんでそうなるんだよっ?」
「だ、だって、つきあってくうちに、いつしか友情が愛情に変わるってコトもあるかもしんねーじゃん!」
ねえよ!と一蹴する言葉をすんでのところで押しとどめる。
泣いている崎坂に追い打ちをかけるのもどうかという仏心が出てしまった。
「な! な! な! いいだろ。ちょっとだけ! ちょびっとだけ、つきあって! そんで、どぉーっしてもダメならオレも諦める! 潔く!」
すでに相当な勢いで潔くない気もする。
これを受け入れてしまったら、どうなるのかも不安でたまらない。
にもかかわらず、ぴしゃりとやりきれないものがあった。
そもそも大倉は押しに弱い。
そのうえ、相手は崎坂なのだ。
大倉の中に、ちょっぴり優越感が生まれていた。
自分よりも実力があって走る姿は誰しもを魅了する。
そんな崎坂がこれほどに自分を望んで必死になっている。
涙ながらにすがりついてくるほどだから、良い返事をすればきっと喜ぶに違いない。
つきあってやると言ったら、崎坂はどんな反応を見せるだろうか。
ちらりとそんな考えが頭をよぎった。
さりとて。
大倉は眉を寄せ、顔をしかめる。
「つっても……オレ、お前で勃たねぇと思う。だから、そういうの期待されても……」
「よし、わかった!」
なにが?
なんだか嫌な予感がした。
崎坂が涙目でにっこりする。
その痛々しい感じに胸がきゅっとなった。
我ながら危険な兆候だとは感じている。
さっきまで確信を持って「無理」だと判断できたことができなくなっていた。
気持ちがグラついているのがわかる。
「それは、おーくらがその気になったらってことでいいよ。無理に押し倒したり、襲ったりしねーって約束する!」
「ずーっとその気になんねぇかもだぞ?」
「そんでもいい。だから、つきあって……」
恋人同士だからこそできる行為のほとんどを封印してまでつきあう意味はあるのか。
とは思ったけれど、崎坂からの言葉に安心していた。
そのせいで、優越感のほうの天秤が下がってくる。
大倉は、今までどうやっても崎坂には勝てないと思ってきた。
その崎坂の優位に立っているという優越感は魅力的だ。
そして、その魅力に大倉は負ける。
「まぁ……そんなんでいいなら……」
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