強くて弱いキミとオレ

黒井かのえ

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梅野の驚愕

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「あれ? カオちゃんは?」
 
 自分の部屋に戻ったのはいいが、梅野は公平のことが心配で、部屋を訪ねていた。
 部屋には公平一人。
 イスをくるっと回して梅野を振り返る。
 
 一夜明けての日曜日。
 
 昨日の夜を二人はどう過ごしたのだろう。
 公平の顔は思った以上に明るく、悪い方向に転ばなかったことだけはわかる。
 
「なんか用があるっつって出かけた」
「ふぅん」
 
 二週間、梅野が使ったベッドは今は空っぽだ。
 そこに、とすんと腰かける。
 
「カオちゃんと仲直り、した?」
 
 一番、聞きたかったことを聞いてみた。
 イスに座ったまま、公平はにこっと笑う。
 
「まぁな。仲直りになってるかどうかはわからねぇけど、険悪でもねぇよ」
 
 公平の笑顔に梅野まで嬉しくなってきた。
 この間までの悲愴感はなく、いつもの公平だ。
 
「良かったすね」
「心配かけて悪かったなぁ」
 
 ちょっと照れくさそうな公平に、梅野も笑ってみせる。
 
「いいんすよ、別に。オレは二人が仲良しならそれで」
「仲良し、か」
 
 公平が意味ありげに、ふふ、と笑った。
 
「なんすか?」
 
 首をかたむける。
 
「別になんもねぇよ」
 
 言う割りには、公平はやけに嬉しそうだ。
 薫と和解できたのが、よほど嬉しいのだろうか。
 梅野は松葉と喧嘩をしたことはなかったが、喧嘩後の和解は周りが思う以上に嬉しいものなのかもしれないと思った。
 
「また勉強してたんすか?」
 
 梅野は立ち上がり、公平の机の上を見る。
 英語の教科書が開いてあった。
 
「ああ。もう趣味みたいなもん」
 
 公平は表からの編入生だ。
 きっとその頃のクセが抜けないのだろう。
 そういえば、と梅野は公平に視線を戻した。
 
「公平さんは普通科だったんでしょ?」
 
 聞いたことはなかったが、公平の勉強している姿は珍しくもなかったので、当然、普通科に通っていたものと思っていた
 公平が肩をすくめる。
 
「いや、スポーツ科」
「えーーーー?!」
「なんだよ?」
 
 梅野の驚きぶりに公平が苦笑していた。
 
「だって、公平さん、勉強ばっかしてんから、てっきり……」
 
 まさかスポーツ科だったとは思っていなかった。
 なんの……と聞きかけて、急に梅野はハッとなる。
 
「そうか……あいつ…………」
 
 顔つきを変えた梅野を、公平が不思議そうな顔で見ていた。
 
「なに?」
 
 思い出したことを公平に伝えようした時だ。
 梅野のズボンのポケットが、ふるふるふるっと震えた。
 
「あ、すんません、電話いいすか?」
 
 公平が軽く頷くのを待って、ポケットから携帯電話を取り出す。
 表示面には「松葉」と出ていた。
 
「なんだろ?」
 
 自分が起きた時にはもう松葉はいなかったので、校外にいるには違いない。
 日曜日なので買い物にでも出かけたのかと思っていた。
 松葉とお揃いで買った、黒い薄めの携帯の表面をしゅるりと撫でる。
 
「もしもーし」
「小梅、公平さん、いるか?!」
 
 切羽詰った松葉の声に、梅野のほうが慌てた。
 
「い、いるけど、なにっ?!」
「いいから代われ!」
 
 いつもなら松葉はこんな言い方をしない。
 焦りが電話口から伝わってくる。
 
「松葉」
 
 梅野は携帯電話を公平に差し出す。
 
「どした? マツ」
 
 電話口から松葉の声は聞こえてこない。
 公平の顔が、みるみる険しくなっていく。
 
 なにかが起こったのだ。
 それも薫の身に。
 
 直感していた。
 じりじりして二人の会話が終わるのを待つ。
 
「わかった。お前はその辺り、探せ。見つかったら連絡入れろ」
 
 言って、公平が電話を切った。
 梅野を振り返って電話を投げ返す。
 
「薫が拉致られた」
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