強くて弱いキミとオレ

黒井かのえ

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小梅の憂慮

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 松葉からの連絡はない。
 一時、減っていた体育館組がまた増えていた。
 戻ってきた連中の大半が薫の暴れぶりについていけない、という話をしている。
 
 校外で暴れるのは校内でのそれとは違う。
 ヘタをすれば警察沙汰になりかねない。
 そうなれば退学は免れないだろう。
 ここに放り込まれている連中に戻る場所などない。
 学校を出れば、嫌々でも社会に出るしかないような連中ばかりなのだ。
 
 それは松葉にしても同じだろうに、松葉は未だ薫につきあっている。
 薫のことも心配だが松葉のことも心配だ。
 そして、なによりも心配なのは。
 
「公平さん、大丈夫?」
 
 大丈夫かと聞かれて「大丈夫じゃない」と答えるような公平ではない。
 わかっていてもつい聞いてしまう。
 薫や松葉は乱闘で顔中、痣だらけかもしれないが、公平の顔はとにかく生気がなかった。
 青白く、いくら言ってもウサギほどにも食事をしない。
 
 梅野は公平のことが心配でたまらなかった。
 このままでは倒れてしまう。
 一刻も早く、薫と仲直りしてほしかった。
 なんの根拠もなかったが、薫と仲直りさえすれば万事うまくいく。
 そんな気がするのだ。
 
「薫、どうしてるって?」
 
 青白い顔で公平が聞く。
 
「外で暴れまわってるらしいっす。最近、なんか変なヤツらに目ぇつけられてるらしくて」
「変なヤツら?」
「オレにもよくわからないっす」
 
 公平がうっすらと笑った。
 
「そりゃそうだよな。小梅、俺につきあってここに残ってくれてんし……」
 
 自嘲気味に言う公平に、梅野はむすっとした顔をする。

「別に嫌々つきあってるわけじゃないっすから」
 
 公平に気をつかわれるのは嫌だった。
 そんな梅野の気持ちは察してくれているらしい。

「けど、お前、マツのことも心配だろ?」 
「いいんすよ、松葉のことは。あいつだって好きでカオちゃんにつきあってんだから」
 
 メールに返信がないのは腹立たしかったけれど、それは言わずにいた。
 これ以上、公平によけいな心配をかけたくなかったからだ。
 もともと仲の良かった二人が割れて、もう二週間。
 二人とも違う方向性ではあるが荒んでいる。
 
 そんなふうになるくらいなら仲直りしてしまえばいいのに。
 思っても言葉にはできなかった。
 公平は「今の自分では薫をもっと傷つける」と言った。
 
 つまり。
 
 薫は公平に傷つけられ荒れていて、公平は薫を傷つけたことで荒れている、ということ。
 謝ればすむ、といった簡単な話ではないのだろう。
 顔にそうした心配が表れていたらしい。
 公平がひどくさみしそうに微笑む。
 
「悪ィな……俺らのことで心配かけてよ」
「だから。オレなんかに謝ることねぇって言ってるじゃないすか」
 
 梅野はわざと明るい声を出した。
 
「そんな悪ィと思ってんなら、ちゃんとメシ食ってくださいよ」
 
 松葉は自分からのメールを読んでいるだろうか。
 読んで薫に今の公平の状態を伝えてくれているだろうか。
 公平がなにを言ったのか、なにをしたのかは知らない。
 
 けれど、傷ついているのは薫だけではないのだ。
 公平も充分、傷ついている。
 それは見ている梅野のほうがつらくなるほどだった。
 どんなに怒っていても、こんな状態の公平を薫が放っておけるはずはない。
 公平のそばを離れられない自分の代わりに、松葉がなんとかしてくれることを期待するだけだ。
 
 あいつ。
 
 心の中で思う。
 いつもの松葉なら梅野の期待に応えてくれるはずだが、ちょっと前から松葉自体おかしかった。
 
 わかってんのかよ。
 
 梅野は松葉にもいつもの松葉「らしさ」を取り戻してほしかった。
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