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13章
たるんだ包帯と制服のボタン
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夏休みが明ける。
藤本が学校の図書室へ悠を呼び出した。
「過去問あげるって、約束しただろう。」
藤本は悠に段ボールを渡した。
「藤本さん、ありがとう。」
「髪切ったの?」
「うん。けっこう切った。」
頭を触る悠を見て、
「なんか変わった感じがしたから。」
藤本は悠の髪に触りたくなった。
「雑誌を見て切ってもらったんだけど、こんなだったかなあ?って思うの。」
「そう?すごく似合ってるよ。」
藤本は悠の頭を撫でた。
「藤本さん、国試の勉強ってやっぱり大変?」
自分を見つめている悠を見て、
「そうだね。だけど今更焦るもんじゃないし。」
藤本は少し格好をつけた。
「藤本さんは頭がいいんだね。過去問もみんないい点数ばっかり。」
段ボールを開いた悠は、自分がやってきたテストを見ている。瀧本、俺はずっとトップの成績だったんだよ。早く気がつけよ。
「俺、本当は医者になりたかったけど、医大に落ちてね。」
俺は君の彼氏とは、志も実力も違うんだ。
「そうだったの?」
悠は思った通りの反応をした。
「瀧本さん、今日少し時間ある?」
「これからバイトなの。」
「じゃあ、バイトが終ったら少し話そう。」
「遅くなるかもよ。」
「それでもいいから。だけど、彼氏は怒るかな?」
「何の話し?」
「後で話す。グランドで待ってるから。」
22時半。
バイトを終えて、悠はグランドへ向かっていた。
「バイトで遅くなる。先に寝てていいから。」
尚からラインが来た。
悠は少しホッとしていた。
藤本と2人だけで会うのは、尚を裏切っているようで心が痛んだ。
「瀧本さん、こっち。」
藤本は悠の腕を掴んだ。
藤本は悠に犬を見せた。
「瀧本さんを骨折させた秋田犬がいたでしょう。」
「うん。」
「その犬が追いかけたのが、この子。」
「えーっ、そんなに大きくなったの?」
「捨てたんじゃないんだよ。逃げ出したんだ。」
「そうだったの、この子も秋田犬?」
「そう。たまにこんな風に毛がフサフサなやつが生まれるんだ。」
悠は犬の頭を撫でていた。
「もらってきたその日に逃げ出して、探してたんだよ。瀧本さんの話しを聞いて、やっと見つかったんだ。」
「そう、良かったね。この子、なんて名前なの?」
悠は犬の頭を撫でながらそう聞いた。
「ムネ。死んだ弟の名前がムネノリ。」
悠はびっくりして、藤本の顔を見た。
「4年前、病気で亡くなってさ。生まれつき体が弱かったから、10歳まで生きたのは奇跡だって。この犬は、ムネが可愛がってた近所の秋田犬の子供。生まれたらもらう約束してて、母さんはすごく楽しみにしてたんだ。急にいなくなって、ずっと探してたんだけど、瀧本さんの携帯に写ってたのを見て、この前、迎えに行った。」
「そうなんだ。ねえ、この子、たくさんご飯食べるんでしょう?」
「食べるよ、たくさん。」
「すっごいかわいい顔してる。」
無邪気な悠の事を、藤本はますます好きになっていた。
「瀧本さん、家まで送るよ。」
「大丈夫。」
悠はそう言って立ち上がった。
「遅いし、危ないから。」
藤本は悠を引き止めようとした。
「ううん。藤本さん、過去問ありがとう。国試頑張ってね。」
悠は走っていった。足元で鼻を鳴らしている犬の様に、藤本の心には、淋しい気持ちがまとわりついていた。
悠が家に着くと、尚が待っていた。
「遅かったね。」
「ごめん。」
「悠、これ何?」
尚は段ボールに手を置いていた。
「これ、過去問。先輩にもらったの。」
「悠が誰と話そうと自由だけど、やっぱり、あんまりいい気持ちはしないよ。これは?」
叶大からの手紙を悠に見せた。手紙はボタンと合わせて、机の上に置いたままだった。後でちゃんと、机の奥へしまおうと思っていたのに。
「大切な゙ものなら、ちゃんとしまって置かないと。このボタンも。」
尚は視線をそらさず、ずっと自分を見つめている。私は何も悪い事をしていないのに、悠はそう思っていた。叶大の事も、藤本さんの事も、ちゃんと区切りをつけてきた。それを上手く尚に伝える言葉が見つからないだけ。全部説明しないと、ひとつもわかってもらえないの?
「ごめんなさい。」
悠は尚に謝った。尚は謝る事よりも、ちゃんと悠から話しを聞きたかった。
「悠。話してよ、この手紙は何?」
悠は叶大が両手を広げて笑った顔が浮かんだ。喉に引っ掛かる言葉を飲み込むと、
「言えない事なの?」
尚が顔を覗き込む。
「違う。」
悠は大切な思い出のさらけす事が、なんだかとても辛くなった。
「俺、嫌なんだよ、こういうの。」
尚は悠の肩を強く掴んだ。
「尚、違うの、隠してる事なんて何もない。」
「今日はこれ以上話したくないよ。」
尚は部屋を出ていった。
少しずつズレてきた縫い目は、最後には余分な布地を残す。初めからやり直してしまえば、悩む事もないけれど、なんとかなると思い、余っている布を隠そうと考える。
尚に叶大の事をなんて話そう。ハルカとハルカを間違えたなんて、わかってもらえないし。
藤本さんの犬の事も、今更話したって、ただの言い訳にしかならない。
尚だって、勝手に勘違いして出ていったくせに。
悠は1人になった部屋で、膝を抱えた。
部屋に戻ってきた尚は、ポケットに悠の家の鍵が入っていた事に気づく。ため息をついて、それを机に置くと、ベッドに横になった。悠の腕が折れた時、いつもここに手をおいて寝ていたんだよな。尚はベッドに置いてあったクッションに胸を抱いた。
悠はなんにも考えないで、誰にでもあんなふうに笑うんだろうな。相手が勝手に勘違いして、悠の事を好きになる。悠は悪くないのだろうけど、いい加減、それで傷ついてるやつがいる事に気がつけよ。
あんまり時間が経たないうちに、悠と会って、話しをしよう。
尚はそう思っていた。
次の日。
「青田くん、包帯巻く練習させて。」
尚は同じ大学の看護学科の橋本由依《はしもとゆい》に教室に呼ばれた。
交流戦の時に知り合った由依とは、学校の中で会うとどちらからともなく話すようになっていた。
教科書を見ながら、腕に包帯を巻いていると、包帯が落ちて、転がっていった。
「あぁ、やり直し。」
由依は包帯をもう一度巻きなおす。
「青田くんの彼女は、赤十字だったよね。」
「そうだね。」
「向こうは災害看護とかもやるんだよね。赤十字の看護師って、昔から有名だし。」
「そうなの?」
「誇りがあるっていうか、赤十字精神っていうの、そういうのがある。」
「看護師はみんな変わりないだろう。」
「違うよ。むこうは平等に人を助けるとか、看護の理念をしっかり勉強するらしいよ。」
「へぇ~。」
「私は去年、赤十字が不合格だったの。なんでだろうね、模試はA判定だったのに。ひとつしか受けてなかったから、浪人するしかなくってね。悔しくて今年は医大に絞って受験したの。ほしいものが手に入ってる青田くんの彼女が、ちょっと羨ましい。」
「それって去年がたまたま悪かったんじゃない?」
「そうかな…。はい、できたよ。」
「ちょっと、ここがもたついてるぞ。」
「本当だ。ダメだなあ。また居残りだ。」
「もう一回、やれよ。バイトまでまだ時間があるから。」
「いいの?」
「ほら。」
「青田くん、バイトって何やってるの?」
「家庭教師。」
「へぇ~、青田くんが先生なら、勉強に集中できないな。」
「何言ってんだよ。」
「彼女は幸せだね。」
「いろいろあるんだって、こっちも。」
「そういえば、実家からさくらんぼ送ってきてね、食べきれないから、青田くんにもあげるよ。彼女と食べて。」
「橋本の実家って、どこ?」
「山形。秋田の隣り。」
「山形は、こっちと言葉が違うのか?」
「わかる?」
「ぜんぜんわからないよ。」
悠は尚と話しをしようと、バイトが終わる時間に、尚の家の前で外で待っていた。
生暖かい初夏の風が、時々悠の肩をなでる。21時を過ぎた頃、髪の長い女の子が、箱を抱えてやってきた。
「こんばんは。」
透明なその子の腕が、悠の目の前に青白く光る。
「こんばんは。」
悠は小さな声で挨拶をする。車から降りてきた尚が、その子の細い腕から箱を受け取る。
「橋本、わざわざ届けてくれたのか?」
「うん。あまり日持ちしないから。」
「遅いから、家まで送っていくよ。」
「いいよ。ここから近いから。」
「乗れよ。」
尚はその子の肩に軽く手を置いた。
「中で待ってて。」
悠に自分の部屋の鍵と、その子が持っていた箱を渡すと、尚は車にその子を乗せて行ってしまった。
悠は彼女の白い腕を見た時、高校生の苦い思い出が蘇った。男の子はやっぱり、ああいう女の子が好きなんだよね。悠は尚の家の鍵を、彼女の持ってきた段ボールの上に置くと、自分の家に帰った。
やっと涼しくなった夜の風が、頬の涙を乾かしていた。
「いいの?彼女、勘違いしたんじゃない?」
由依はそう言った。
「そんなに簡単に壊れたりしないよ。」
尚はそう言った。
「青田くんと彼女が壊れたら、私は待ってるから。」
そう言って由依が笑う。
「嘘。ちゃんと、2人で食べなよ。私、悪者になるの嫌だから。」
「そうする。じゃあ。」
尚は急いで家に帰ると、悠はいなかった。机の上に置いてあった悠の部屋の鍵がなくなり、代わりにさっき、悠に渡した自分の部屋の鍵がさくらんぼの入った箱の上に置かれていた。
勝手に勘違いして。
少しは待てなかったのかよ。
悠の意地っ張りも、時間が経てば、そのうち何もなかったように、戻ってくるだろう。
尚はさくらんぼを冷蔵庫にしまった。
藤本が学校の図書室へ悠を呼び出した。
「過去問あげるって、約束しただろう。」
藤本は悠に段ボールを渡した。
「藤本さん、ありがとう。」
「髪切ったの?」
「うん。けっこう切った。」
頭を触る悠を見て、
「なんか変わった感じがしたから。」
藤本は悠の髪に触りたくなった。
「雑誌を見て切ってもらったんだけど、こんなだったかなあ?って思うの。」
「そう?すごく似合ってるよ。」
藤本は悠の頭を撫でた。
「藤本さん、国試の勉強ってやっぱり大変?」
自分を見つめている悠を見て、
「そうだね。だけど今更焦るもんじゃないし。」
藤本は少し格好をつけた。
「藤本さんは頭がいいんだね。過去問もみんないい点数ばっかり。」
段ボールを開いた悠は、自分がやってきたテストを見ている。瀧本、俺はずっとトップの成績だったんだよ。早く気がつけよ。
「俺、本当は医者になりたかったけど、医大に落ちてね。」
俺は君の彼氏とは、志も実力も違うんだ。
「そうだったの?」
悠は思った通りの反応をした。
「瀧本さん、今日少し時間ある?」
「これからバイトなの。」
「じゃあ、バイトが終ったら少し話そう。」
「遅くなるかもよ。」
「それでもいいから。だけど、彼氏は怒るかな?」
「何の話し?」
「後で話す。グランドで待ってるから。」
22時半。
バイトを終えて、悠はグランドへ向かっていた。
「バイトで遅くなる。先に寝てていいから。」
尚からラインが来た。
悠は少しホッとしていた。
藤本と2人だけで会うのは、尚を裏切っているようで心が痛んだ。
「瀧本さん、こっち。」
藤本は悠の腕を掴んだ。
藤本は悠に犬を見せた。
「瀧本さんを骨折させた秋田犬がいたでしょう。」
「うん。」
「その犬が追いかけたのが、この子。」
「えーっ、そんなに大きくなったの?」
「捨てたんじゃないんだよ。逃げ出したんだ。」
「そうだったの、この子も秋田犬?」
「そう。たまにこんな風に毛がフサフサなやつが生まれるんだ。」
悠は犬の頭を撫でていた。
「もらってきたその日に逃げ出して、探してたんだよ。瀧本さんの話しを聞いて、やっと見つかったんだ。」
「そう、良かったね。この子、なんて名前なの?」
悠は犬の頭を撫でながらそう聞いた。
「ムネ。死んだ弟の名前がムネノリ。」
悠はびっくりして、藤本の顔を見た。
「4年前、病気で亡くなってさ。生まれつき体が弱かったから、10歳まで生きたのは奇跡だって。この犬は、ムネが可愛がってた近所の秋田犬の子供。生まれたらもらう約束してて、母さんはすごく楽しみにしてたんだ。急にいなくなって、ずっと探してたんだけど、瀧本さんの携帯に写ってたのを見て、この前、迎えに行った。」
「そうなんだ。ねえ、この子、たくさんご飯食べるんでしょう?」
「食べるよ、たくさん。」
「すっごいかわいい顔してる。」
無邪気な悠の事を、藤本はますます好きになっていた。
「瀧本さん、家まで送るよ。」
「大丈夫。」
悠はそう言って立ち上がった。
「遅いし、危ないから。」
藤本は悠を引き止めようとした。
「ううん。藤本さん、過去問ありがとう。国試頑張ってね。」
悠は走っていった。足元で鼻を鳴らしている犬の様に、藤本の心には、淋しい気持ちがまとわりついていた。
悠が家に着くと、尚が待っていた。
「遅かったね。」
「ごめん。」
「悠、これ何?」
尚は段ボールに手を置いていた。
「これ、過去問。先輩にもらったの。」
「悠が誰と話そうと自由だけど、やっぱり、あんまりいい気持ちはしないよ。これは?」
叶大からの手紙を悠に見せた。手紙はボタンと合わせて、机の上に置いたままだった。後でちゃんと、机の奥へしまおうと思っていたのに。
「大切な゙ものなら、ちゃんとしまって置かないと。このボタンも。」
尚は視線をそらさず、ずっと自分を見つめている。私は何も悪い事をしていないのに、悠はそう思っていた。叶大の事も、藤本さんの事も、ちゃんと区切りをつけてきた。それを上手く尚に伝える言葉が見つからないだけ。全部説明しないと、ひとつもわかってもらえないの?
「ごめんなさい。」
悠は尚に謝った。尚は謝る事よりも、ちゃんと悠から話しを聞きたかった。
「悠。話してよ、この手紙は何?」
悠は叶大が両手を広げて笑った顔が浮かんだ。喉に引っ掛かる言葉を飲み込むと、
「言えない事なの?」
尚が顔を覗き込む。
「違う。」
悠は大切な思い出のさらけす事が、なんだかとても辛くなった。
「俺、嫌なんだよ、こういうの。」
尚は悠の肩を強く掴んだ。
「尚、違うの、隠してる事なんて何もない。」
「今日はこれ以上話したくないよ。」
尚は部屋を出ていった。
少しずつズレてきた縫い目は、最後には余分な布地を残す。初めからやり直してしまえば、悩む事もないけれど、なんとかなると思い、余っている布を隠そうと考える。
尚に叶大の事をなんて話そう。ハルカとハルカを間違えたなんて、わかってもらえないし。
藤本さんの犬の事も、今更話したって、ただの言い訳にしかならない。
尚だって、勝手に勘違いして出ていったくせに。
悠は1人になった部屋で、膝を抱えた。
部屋に戻ってきた尚は、ポケットに悠の家の鍵が入っていた事に気づく。ため息をついて、それを机に置くと、ベッドに横になった。悠の腕が折れた時、いつもここに手をおいて寝ていたんだよな。尚はベッドに置いてあったクッションに胸を抱いた。
悠はなんにも考えないで、誰にでもあんなふうに笑うんだろうな。相手が勝手に勘違いして、悠の事を好きになる。悠は悪くないのだろうけど、いい加減、それで傷ついてるやつがいる事に気がつけよ。
あんまり時間が経たないうちに、悠と会って、話しをしよう。
尚はそう思っていた。
次の日。
「青田くん、包帯巻く練習させて。」
尚は同じ大学の看護学科の橋本由依《はしもとゆい》に教室に呼ばれた。
交流戦の時に知り合った由依とは、学校の中で会うとどちらからともなく話すようになっていた。
教科書を見ながら、腕に包帯を巻いていると、包帯が落ちて、転がっていった。
「あぁ、やり直し。」
由依は包帯をもう一度巻きなおす。
「青田くんの彼女は、赤十字だったよね。」
「そうだね。」
「向こうは災害看護とかもやるんだよね。赤十字の看護師って、昔から有名だし。」
「そうなの?」
「誇りがあるっていうか、赤十字精神っていうの、そういうのがある。」
「看護師はみんな変わりないだろう。」
「違うよ。むこうは平等に人を助けるとか、看護の理念をしっかり勉強するらしいよ。」
「へぇ~。」
「私は去年、赤十字が不合格だったの。なんでだろうね、模試はA判定だったのに。ひとつしか受けてなかったから、浪人するしかなくってね。悔しくて今年は医大に絞って受験したの。ほしいものが手に入ってる青田くんの彼女が、ちょっと羨ましい。」
「それって去年がたまたま悪かったんじゃない?」
「そうかな…。はい、できたよ。」
「ちょっと、ここがもたついてるぞ。」
「本当だ。ダメだなあ。また居残りだ。」
「もう一回、やれよ。バイトまでまだ時間があるから。」
「いいの?」
「ほら。」
「青田くん、バイトって何やってるの?」
「家庭教師。」
「へぇ~、青田くんが先生なら、勉強に集中できないな。」
「何言ってんだよ。」
「彼女は幸せだね。」
「いろいろあるんだって、こっちも。」
「そういえば、実家からさくらんぼ送ってきてね、食べきれないから、青田くんにもあげるよ。彼女と食べて。」
「橋本の実家って、どこ?」
「山形。秋田の隣り。」
「山形は、こっちと言葉が違うのか?」
「わかる?」
「ぜんぜんわからないよ。」
悠は尚と話しをしようと、バイトが終わる時間に、尚の家の前で外で待っていた。
生暖かい初夏の風が、時々悠の肩をなでる。21時を過ぎた頃、髪の長い女の子が、箱を抱えてやってきた。
「こんばんは。」
透明なその子の腕が、悠の目の前に青白く光る。
「こんばんは。」
悠は小さな声で挨拶をする。車から降りてきた尚が、その子の細い腕から箱を受け取る。
「橋本、わざわざ届けてくれたのか?」
「うん。あまり日持ちしないから。」
「遅いから、家まで送っていくよ。」
「いいよ。ここから近いから。」
「乗れよ。」
尚はその子の肩に軽く手を置いた。
「中で待ってて。」
悠に自分の部屋の鍵と、その子が持っていた箱を渡すと、尚は車にその子を乗せて行ってしまった。
悠は彼女の白い腕を見た時、高校生の苦い思い出が蘇った。男の子はやっぱり、ああいう女の子が好きなんだよね。悠は尚の家の鍵を、彼女の持ってきた段ボールの上に置くと、自分の家に帰った。
やっと涼しくなった夜の風が、頬の涙を乾かしていた。
「いいの?彼女、勘違いしたんじゃない?」
由依はそう言った。
「そんなに簡単に壊れたりしないよ。」
尚はそう言った。
「青田くんと彼女が壊れたら、私は待ってるから。」
そう言って由依が笑う。
「嘘。ちゃんと、2人で食べなよ。私、悪者になるの嫌だから。」
「そうする。じゃあ。」
尚は急いで家に帰ると、悠はいなかった。机の上に置いてあった悠の部屋の鍵がなくなり、代わりにさっき、悠に渡した自分の部屋の鍵がさくらんぼの入った箱の上に置かれていた。
勝手に勘違いして。
少しは待てなかったのかよ。
悠の意地っ張りも、時間が経てば、そのうち何もなかったように、戻ってくるだろう。
尚はさくらんぼを冷蔵庫にしまった。
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